『インフェルノ』紹介文(ネタバレ含)

常木らくだ

『インフェルノ』ダン・ブラウン(角川文庫)

 ダン・ブラウンは『ダ・ヴィンチ・コード』など人気作品の著者で、私は以前から彼の小説の大ファンである。ただ、これから紹介する『インフェルノ』を初めて読んだ時、私はどうにもこの作品を好きになることができなかった。というのも、本作はパンデミックを取り扱った小説であるが、その結末はハッピーエンドと呼べるものではなく、なんともモヤモヤとした読後感が残ってしまったからである。


 本作に登場するのは、人間の生殖能力を奪う特殊なウイルスだ。罹患しても死ぬわけではないが、感染者の3分の1が子供を作れなくなり、結果的に人口の爆発が抑制される。主人公であるロバート・ラングドンは、このウイルスの流出を防ぐために奔走するが、必死の奮闘にもかかわらず犯人の狙い通りパンデミックが起こってしまうのがこの作品の結末だ。人口の3分の1が子供を産めなくなったこの世界は、この後いったいどうなってしまうのだろうか。まず間違いなく大混乱が起きるだろう。長らく不妊治療をした私にとっては、人の生殖能力を奪うウイルスが(フィクションとはいえ)意図的に開発されたという点も、倫理的に許しがたい気分だった。第一こんな結果では主人公の努力がすべて水の泡で頑張った意味がないではないか。初読時の私の感想はそんな怒りに近いものだった。なお映画版では、ウイルスの回収に危機一髪で成功し、小説版とは正反対にハッピーエンドとなっていた点が印象深い。


 ところで、現実はどうだろう。当然ではあるが、私たちが生きるこの世界は、娯楽映画のように何もかもがハッピーエンドというわけにはいかない。パンデミックは実際に起こった。多くの人が感染して尊い命が奪われた。ウイルスの内容こそ違えど、このどうしようもない怒りと悔しさは、『インフェルノ』を初めて読んだ時の感情に似ている気がする。今我々が直面しているこの危機的な状況は、一人の主人公が救ってくれるものではなく、一人一人が当事者として対処するべき問題だ。映画版も娯楽作品として面白いが、ハッピーエンドではない本作の小説版を、私は今だからこそ読み返したいと思う。何故このように理不尽なことが起こるのか。この現実に私たちはどう立ち向かうべきなのか。感染を防ぐために日々の生活をこれからどう変えていけばいいか。感染者と非感染者の壁はどのように解消したらいいのか。そんな疑問を容赦なく投げかけてくる『インフェルノ』は今こそ読む価値がある作品だと思うのだ。


 なお、結末に対する賛否はさておき、本作はミステリー小説として充分すぎるほど面白い。今回はイタリア中心だが名所旧跡の描写も豊富で、ラングドンと一緒に世界を冒険しているような気分になれる。私は著者の小説をすべて持っているが、『ダ・ヴィンチ・コード』など他のシリーズ作品と同様に、今後も『インフェルノ』を末永く愛読していきたいと思う。

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『インフェルノ』紹介文(ネタバレ含) 常木らくだ @rakuda_tsuneki

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