第21話 不安
「違うのっ! お姉ちゃんがっ! お姉ちゃんが攫われたのっ!!」
「え……」
エミリア姉さんが攫われた……? え、なんで? 一体どうして!? 先に逃げてヴィーグルの町まで救援を呼びに行ったとかそういうことじゃないの?
「待ってよマリア姉ちゃん! ほかにもいない人がいるじゃないかっ! だからその人たちと一緒にヴィーグルの町まで……」
「違うのっ! 警備隊の格好をした人たちがカイトが見つかったって知らせに来てっ! そしたらお母さまが私も行くからって警備隊の人たちを数人残して私とお姉ちゃんについていてってことになって……」
ここでもまた僕がっ……
「それで、それでお姉ちゃんと隊の人たちと待っていたんだけど、急に隊の人たちが変になって、私たちを襲ってきて……。最初はお姉ちゃんが戦ってくれたんだけど、その間に私は家の床下の貯蔵庫に隠れていなさいって言われてそこにいたの。でもやっぱりお姉ちゃんが心配で少しだけ蓋を開けて外を覗いてみたら、知らない人が出てきてお姉ちゃんが気絶しちゃって、それで、それで……う、うぅ……」
マリア姉ちゃんは最後まで言い切れずに泣き始めてしまった……。マリア姉ちゃんのその姿を見て自分のしでかしたこととか、エミリア姉さんが攫われたことで頭に血が上っていたけど、一気に冷静になれた。これが取り乱している人を目の前にすると自分は落ち着いてくるってやつなんだろうか。知りたくもなかったけど……
そんなこと考えている場合じゃないか……。これ以上はマリア姉ちゃんから話を聞くのは難しそうだ。いや、むしろこれだけのこと泣かずに我慢してちゃんと言ってくれたんだ、8歳の女の子なら上出来以上だろうな。村の中に入ってから見えていたけど、何人もの人が死んでる。その暴れだしたって人たちにやられたんだろう。まだ時間はそこまでたっていないのか腐臭はしないけど、血の匂いがひどい。こんな中で1人で隠れて我慢していたんだ。トラウマものだったろうに……
「マリア姉ちゃん、ありがとう。教えてくれて。もう大丈夫だよ。僕はちゃんと無事だったし、エミリア姉さんもきっと無事さ。ね? 大丈夫だから」
「うぅ、私、私警備隊の人たちが急に暴れだしてから、しばらくして静かになったんだけど、怖くて外に出られなくて、お姉ちゃんがどこに行ったのかもわからなくて……私、何もできなかったよぉ……。お父様ぁ、お母さまぁぁぁ」
「マリア姉ちゃんはこうして無事でいてくれたんだ。きっとそれだけでお父様もお母さまも十分だって言ってくれるよ」
「カイトぉぉぉ」
ボロボロ泣いているマリア姉ちゃんを抱きしめながら、リーファに問う。
「リーファ、さっき捕まえてくれた人たちなんだけど」
「うん?」
「あの人たち、警備隊の装備の人もいるけど、村の住人も中にはいるんだ。暴れるような人たちじゃない、きっと何かがあったんだと思うんだけど……」
「そのようね。かすかにだけどあの人たちの中からなんらかの魔術の痕が残っているもの。おそらく精神支配系の魔術を掛けられたのでしょうね」
「精神支配系……」
そんなものがあるのか。何でもありなんだな。異世界魔術。いや、僕もたいがいか……
「今も支配されている感じ?」
「まぁ、影響下にはあったと思うけれど。さっき私が捕まえた時に気絶してもらったでしょ? そのお陰なのかはわからないけれど、今は支配は受けているようには感じられないわね」
誰かしら起こしてみないことには確証が持てないってところなのかな……
事情も聞きだせるなら聞きたいところだし、まずは1人起こしてみるか?
「誰か起こせる?」
「誰でもいいの?」
「あぁ~、警備隊の人だと暴れられたら面倒かもしれないね。一応村の人に起きてもらおうか」
「分かったわ。この人でいいかしら?」
「あぁ、うん頼むよ」
そう言ってリーファが蔓で持ち上げた人にとりあえず聞いてみることにしよう……
――――――――――――――――――――
「手掛かりは何もなかったね……」
「……そうね。支配からは解放されていそうだったから、結局みんな起こしてみたけれど、記憶が混濁しているのか何も覚えていない人ばかりだったわね」
「うん……」
くそっ! どうしろっていうんだ!? これじゃエミリア姉さんの行方も分からないし、いなくなっている人たちの行方も分からない……!
みんなまとめて連れ去られたのか、それとも支配を受けて一緒にどこかに向かったのか、どちらにせよ行き先が分からなかったらやりようがないっ!!
「カイト、ねぇ、カイト?」
どうすればいい? また襲われることはもうないのかっ!? というかなぜここが襲われたんだ? 今までの道のりじゃ襲われているようなところはなかった。この村が襲われている理由って? あぁ、だめだ。考えがまとまらないっ! ぼーっとしてくるし、関係なさそうなことも頭をよぎる……。今は一刻を争うっていうのにっ!!
「カイト、カイトってば!」
避難をした方がいいんだろうけど、道中で襲われでもしたら、それに一度支配を受けた人たちは実はまだ支配にかかったままだったりなんてことになったら……
「もう、カイト!」
「いたっ!? 何するのさ! マリア姉ちゃん!? 痛いじゃないかっ!」
「何度も呼んでるのに無視するからよっ! こちらの、えぇと……」
「リーファ?」
「そう! リーファ様?はどうしてカイトと一緒にいるの?」
あぁ、そういえば村の状況しか聞いていなかったから、僕のことは話していなかったね。僕と一緒に来た人でなんだか仲良くしてるから特に聞いてこなかったのかもしれないけど、さっきの状態からはだいぶ冷静になってきたし。疑問も出てきたってところか。
「あぁ、それがね……」
―――――――――――――――――――
「えぇドライアドの方なの!? そんなすごい方とカイトが契約しちゃったの!?」
え、マリア姉ちゃん精霊のこと知ってたの!?
「当然でしょ! 私だって教会お勉強してたんだから!」
人の心を読まないでよ……。そんな能力あったっけ?
「カイトはすぐに顔に出るからよくわかるのよ!」
あぁ、そっちね……
とりあえず、僕たちの事情も簡単にだけど伝えて、現状どうするべきか考えないといけないんだけど。
「リーファ、この人たちがまた暴れだすことってないってことでいいのかな?」
「そうねぇ、まだ意識が混濁している人もいるみたいだから、ちょっと断言できないけれど、もう必要なくなっているってところじゃないかしら?」
「必要ない? どうして?」
「多分だけれど、暴れまわった後は静かにしていたわけでしょう? もしこの人たちが必要なら連れて行ったり、もっと暴れさせてほかの村とかを襲わせたりしてたんじゃないかしら?」
うーん、確かに。僕たちが村に近づいたときはこの人たちは物陰に潜んでいる人もいたみたいだけど、僕たちが近づいてきてもその場から動こうとはしていなかった。地面から蔓が出てきた時は何人かは驚いていたけど、無反応の人もいたみたいだし、用が済んだからあとは放置していたってところなんだろうか?
「ねぇねぇ、カイト。精霊様を呼び捨てにして平気なの? 怒られない?」
「ん? あぁ、全然大丈夫だよ。なんたって僕はリーファのご主人様なんだしね!」
「ご主人様って、あなたねぇ……」
「カイトはすごいのね……。それに比べて私は……」
あちゃ、ちょっと陽気に話してみたけど、自分が何もできなかった悔しさがフラッシュバックしているみたいだな。どうしよう、戦闘技術に関してはマリア姉ちゃんは何も教えてもらっていなかったんだから、むしろ何もできなくて当然なんだけど……
「ねぇ、カイトのお姉さん?」
「は、はいっ!?」
「そんなに緊張しなくてもいいわ? マリアさんだったかしらね?」
「はい!」
「あなたは強くなりたいの? さっきみたいなことがあっても戦えるように」
(おい、リーファ。何言ってるんだ! 今はあまりあの状況を思い返すようなことを……)
(いいから!)
いいからって、言ったってマリア姉ちゃんはまだ子供でっ!
ってなんだ、このにおい? 甘いような、でも甘すぎずなんというかフローラル?な香りが……
「っ!! ……はい。もっと私がお姉ちゃんを助けることができれば、逃げないで戦う勇気があればっ! そうすればお姉ちゃんが攫われることもなくって……」
「そう、あなたは強い子ね」
「全然そんなことはなくてっ! 私が弱くて足手まといだったせいでっ!」
あぁ、また泣きそうになってるじゃないかっ! 何するんだリーファはっ!
(もうじき効くから待ってて!)
え? なんだって? 何が効くって?
「でも今はまだその必要はないの。あなたはまだ8歳なのでしょう?」
「うぅ、でも……」
「カイトから聞いたわ。魔物なんかを実際に相手するようになるのは学校っていうところに行ってからだそうね?」
「はい……」
「で、学校には10歳になってから通うそうね?」
「そうです……」
「そしたら今のあなたは戦い方なんて碌に知らなくて当然だわ。むしろ逃げないといけないの、分かるでしょ?」
「う、うん……」
「そしてあなたはちゃんと逃げて、ちゃんと無事だった。カイトも言っていたけれど、それだけで十分あなたの役目は果たしているわ」
「うん……」
あぁ、目に涙がたまって……いるけど、あれだんだん眠そうになって、きてる……?
「役目は果たしたんだから、今は休んでいいの。いい? もう寝なさい?」
「ぅん……」
だんだん舟をこぎだしたマリア姉ちゃんはなんとか返事をしましたって感じで、言葉を発するとそのまま眠っちゃった……
「リーファ、これって?」
「私の魔術、みたいなものね。悪夢を見るようなことはないから安心して。少しだけ気分よく眠れると思うわ。今言った通り少し休んでもらいましょう?」
「あぁ、そういうことね……」
というか、あれ、なんだか僕の方も……
「あなたも少し休みなさい。さっきから疲れてふらふらしてるわよ。そんなんじゃ考えもまとまらないでしょう?」
おい!今、は、そんなこと……言ってる場合……じゃ……
「いいからあなたも寝なさい。時間だって昼になったばかりよ。あなたたちが寝ている間にいろいろ話しておくこともあるから」
話す……? 一体……誰と……
「それじゃ、おやすみなさい。カイト」
その言葉を聞いたのを最後に僕の意識は途切れたのだった―――
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