第18話 始動
魔の森の一角にて―――
「おいおい旦那ぁ!こいつは良い知らせってやつですよ!」
陽気な声が薄暗い森の拠点に響く。声の主はご機嫌といった様子で今にも小躍りしそうな雰囲気で、いかにも軽薄そうな格好をした男であった。
その声に苛立たし気にもう一人の男が対応する。その男は左頬に傷跡を残した引き締まった体で、使い古されているが手入れの行き届いた装備を身に着けて今後の計画について最終的な確認をしているところであったのだ。
「なんだ急に。それよりお前また昨日街に出たな? 足がついたらどうするつもりだ! 我々はだな……」
苛立たし気な男は軽薄そうな男を責めるがどこ吹く風と、まるで聞いてはおらず、自らの発見を報告する。
「だぁっ! そんなヘマ、俺一人ならすることないですよ! 旦那だって知ってるでしょ!? そんなことよりも……」
「お前なぁ……」
「いいからっ!そんなことよりもですよ。聖女候補ですよ! 聖女候補がこんな辺境にいました!」
「なにっ!? それは本当か!?」
しかしながらその知らせは傷の男にとっても朗報であることは間違いなく、まさに欲していたことであった。
「だから言ったでしょ? 良い知らせだってね! もちろんこの俺っちに抜かりはありませんよ!」
自慢げに軽薄そうな男は胸を張るが、今度は傷の男がそんな話は全く聞いておらず―――
「ははは! 素晴らしいじゃないか! まさかこんな辺境にそれほどの逸材が眠っていたとは! よし、確実にそいつは確保するぞ! ”門の開放”には最高の素材だ! 人員を揃えろ! すぐに出るぞ!」
「まぁまぁ焦っちゃいけねぇ、旦那ぁ」
すぐさま準備に取り掛かろうとする傷の男の前に立ち、それを軽薄そうな男が止める。
「何を言っている。すぐにでも確保しなければならないだろう。我々の計画は順調に進んでいるんだ。その最後も近い。ならばその最後に必要な欠片となりうるその聖女候補、今確保しなくてどうする?」
再び苛立たしげに軽薄そうな男を睨みつける傷の男に答える。
「そんな怖い顔しなすんなって!ここの樹海迷宮は俺達で掌握する、そうでしょう旦那?」
「そうだ!それがどうした!」
「それって別に掌握した後は魔物に関してはどうしたっていいんでしょう?」
「何が言いたい、そうだ、別に魔物はどうでもいいが……。まさかっ!
お前、あれを起こすきかっ!?」
何か思い当たる節があったのか傷の男は苛立ちを驚きに変えて軽薄そうな男を見つめる。
「そのまさかでさぁ。起こしましょうスタンピードを」
「しかしならば余計に聖女候補が我々の手もとに来る前に危険にさらすことになるぞ……?」
「だから、この俺っちにそんなへまはありませんってば、ここの警備隊のやつらは何人かいい線いってるやつがいますがね、俺たちにしてみればどうとでもできるでしょうよ。ただあの辺境伯のところにいる部隊、あれはいけねぇ。あれはさすがに強い。俺っちたちだって今の戦力じゃ目的を達成するのにあいつらに出張ってこられたらちときついでしょ?」
現在ヴィーグルヴァバルト領の政治的中心地、辺境伯の住むヴィーグルの地には辺境伯がとあることをきっかけに呼び寄せていた傭兵がおり、その中の一人を警戒して今の拠点に潜ることになったのだ。勝敗は別にしても関わらなければどうということもなかったのだが―――
「構わん、力でいえばこちらが上だ」
「でも時間は取られる」
「っ! しかしだな……」
「だからですよ、だからスタンピードを起こすんです。そうすればあいつらだってそっちにかかりきりだ。その騒ぎに俺っちが連れてくればいいんでしょ?」
「だがそうなるとわかったら村にだって入るのは簡単じゃないかもしれんぞ?腐っても聖女候補だ、無策ということもないだろう」
「だから俺っちは先にそっちに入っておくんですよ。そのあと旦那たちの方で……」
「スタンピードで騒ぎを起こせ、と?」
軽薄そうな男はただ口を三日月のようにさせるだけであった―――
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