第8話 高貴なる調べ

ブラックドッグとの戦いから数日後。


「はぁ!たぁー!」

「グルァ!」

「グギャっ!」


吹き飛ぶゴブリンとそれに押しつぶされるゴブリン。

ゴブリンとはまさに日本のゲームなどで出てきたような容姿で、緑色の肌、尖った耳、不揃いで尖った歯、腰に襤褸を巻いて小鬼のような角を生やしたモンスターである。


「フッ!」

「!!」


振り向きざまに背後から忍び寄っていたもう1体のゴブリンを鉈で一薙ぎし首を狩る。そして先に吹き飛ばした2体が体勢を整える前に素早く接近し、鉈を心臓がある位置に1つ、2つと突き入れてこの2体も葬る。


「ふぅー、はっ!これで今日はそろそろいい時間かな。でもなんかすっかり作業感が出てきたよなぁ」


強くなりすぎてしまったのか、私は…


なんだかんだとバレずに(ニヤリ)、夜の修行(意味深)を続けていた訳だけど、正直なところ、敵の手ごたえのなさに飽きを感じてもいるんだよね。

事実、この森の浅い部分でしか探索をしていないってのもある。魔の森なんて呼ばれているこの森の手前である外周部ってところは本当に自分の家の庭のような感覚で知り尽くしちゃったしね。


「そろそろ、奥の方にも行きたいとは思わなくもないけど…」


しかしこの身は所詮3歳児、むぅ、あまり欲をかいても死ぬだけの気もするんだよね。だってこの森さ、本当に氣で満ち溢れているんだ。外周部にいる僕にだって感じられるほどに濃密な氣がここにはある。奥には何かがあるし、何かがいるんだと思う。だから今はもう少しこの外周部で実践!実践!って感じなのかなぁ。



――――――――――――――――――――



ススススス、ススススススス、ススススス。っとな。

僕はこの屋敷の空気。決して気取られずに、滑らかに、素早く、音もなく家に忍び込む天才よ…

今日も家に忍び込む前の自宅内の住民の睡眠状況は確認済みである。完璧に寝ている。まぁ、訓練といっても行って帰ってくるのも含めて3時間くらいしか使ってない。そら、寝てますわ。熟睡してる時間でしょうよ。トイレに行くことはあるかもしれないけど、この時間にトイレってことは、僕自身歩けなかった乳児の間に十全に調べ上げたさ。この僕の統計は完璧さ!

…わかってるうぬぼれだよ。たまにはトイレに起きてるみたいだよ。いつばれてもおかしくはないと思っている。

だけど僕には秘策がある!前にもこの秘策を使用したことがある、え、もう秘策じゃなくなっているって?バレなければよいのさ!


秘策は何か?フフフ、それはね…














そう、夢遊病さ!

…いや、本当にこの病で苦しんでいる人をけなすつもりは欠片もないんだよ?ただそう装っていると何かと都合がいいこともあるんだよ。お父様に見つかったときとかね。


「むぅ、お姉ちゃん、トイレェ…お姉ちゃーーん、むにゃあ。」


おっと、開けていた自室の窓から戻ったところで、マリア姉ちゃんがトイレに起きてしまったようだ。やはり信用できんな統計海斗調べは…

あぁあぁ、寝ぼけて僕の部屋のドアを叩いておるわい。ここは弟の部屋ですよ?あと、6歳にもなってまだ1人でおトイレいけないのね…

仕方があるまい、ここは一肌脱ぎますかね。実際着替えも済ませるわけですが。


「おねぇちゃーーーん!来てよぉ…怖いよぉ…むにゃむにゃ」

「うふふ、どうしたのマリア?(エンゼルボォイス)」

「あれぇ?お姉ちゃんちっちゃくなったね?むにゃあ~むにゃむにゃ」

「あらあらマリアったら、寝ぼけているのね?お姉ちゃんはいつも通りよ!(エンジェルヴォイス)」

「うーん、分かったからトイレェ~~」

「はいはい、ほらこっちよ、マーリア(エンジェルぼいs(以下略))」


スルッと一肌脱いで寝巻きに着替えたら、いたって当たり前のようにエミリア姉さんを装ってみたけど、案外イケるな…


完全にふざけながらトイレに誘導する海斗は寝ぼけまくるマリアをトイレに完璧に誘導し、中に納まる。…一緒に。


「はい、マリア、着いたわよ。ほらその服まくってここに座るの」

「はぁい、お姉ちゃ~ん」


この家のトイレはお丸のようなものなんだけど、中にスライムが数匹入っているものがこの世界では主流みたい。

よくあるファンタジーの序盤、敵役の代表格てある彼らだけど、スライムの特性である吸収と分解によって、ことこの世界においては良き隣人として、トイレであったり、排水溝、下水道といったご家庭からインフラまで大活躍してくれている。実際性格もみな温厚で人を襲うこともなく、大体プルプル震えているだけ。無害な良き隣人だよ。


「はーい、シーシーしましょうね~~(ゲス顔)」

「ふわぁぁあ」


 ( 高貴なる調べ~夜の帳を添えて~ ※美しい音楽をお楽しみください )


「はい、これでちゃんと拭くのよ?」

「あぁい~~」

「はい、じゃあ、戻るわよ?☆」


脇に置いてある布の切れ端を渡して、マリア姉ちゃんを立たせて彼女の部屋に戻す。


「むにゃあああ、ありがと、お姉ちゃん。」

「うふふ、いいのよ、マリア。ほぉら早く寝なさい?」

「う~~ん、おやすみぃ…」


そして、自分のベッドへ戻っていくマリア姉ちゃん。完璧だ。完璧だよ。全く気付かれることなくやり遂げた。完全犯罪である。ミッションは恙無く終えられたのである。











そう、遊びに夢中にならずに気配に気を付けてさえいれば…




…本物のお姉さまがトイレと泣きつく妹のために起きてさえいなければ。




「カイトォ?ちょっとこっち来なさい?」

「ほえ?」

「来なさい?」

「ははははは、はい(ガクブルガクブル)」


怒るとマジで怖いエミリア姉さんの部屋に連行された。そこから先は詳細は省くことにするよ。思い出したく…無いんだ…

まぁ、簡単にだけ言うと、夜な夜な教会の先生みたいに説き伏せるように話ながら、超低温の凄まじい圧力で明け方近くまで説教されました。はい。



――――――――――――――――――――



あれから明け方近くまでこってり絞られた僕は、普段から夜にも活動しているからそこそこ眠気には耐性もついているとはいえ、さすがに眠気を堪えられなかった。夜の活動のせいだろうけど、もともと僕は寝坊助ってことで浸透してます。そりゃね、あれだけ戦ったら寝るよね。子供だし。3歳だし。

まぁ、今日は昨夜の恐怖であまり寝付けなくて目が冴えてしまって、寝るにも微妙な時間と感覚なので起きることにしました。


「ふぁぁあ。眠い…」

「誰のせいかしらね?」

「っ!エミリアお姉さまは最高のお姉さまです!」

「あらあら、ありがとね。カイト?」

「もももも、もちろんでございましゅる…」

「うふふ、変なカイトねぇ~」

「(ガクブルガクブル)」


昨夜のやり取りが抜けきらない僕の前に昨夜のことなど何も覚えていない、というか知らないマリア姉ちゃんが部屋から出てきた。


「あれ、どうしたのカイト今日は早起きね?」

「っ!!マリアお姉さま!お慕い申しておりますっ!!」

「ふぇっ!ど、どどど、どうしたのよぉ~。いきにゃりぃ///」

「あぁ、かの調べ(シャアアァ)が脳内に響き渡り体の震えがおさまるぅぅうう(小声)」

「ちょ、ちょっと!どうしたのってば。ねぇ、ほら。もう、動けないでしょ!」

ゴチンッ

「いったぁ!頭はダメだってば!痛いんだよ!」

「急に抱き着くあんたが悪いんでしょ!」

「いつでもぎゅっとしてほしいんだよ!」

「~~!!朝から何なの!もう知らないんだからっ!」


先にリビングに行ってしまうマリア姉ちゃん。


「カァイィトォ~~?お姉ちゃんで遊んじゃダメでしょう~~?」

「ハわ、ハわ、ハわわわ…」


「あら、あなたたち今日はみんな揃って早起きね!偉いわよ?」

「お母さまーー!!(ぎゅっ)」

「カイトは今日も朝から?元気ね~」

「うん、うん…」

「あ、あら?泣いているの?カイト?」

「ううん…ちがうの…あくびが出ただけなの…」

「そう、エミリア、カイトはどうしたのかしら?」

「ちょっとおふざけし過ぎたカイトに自分のやったことを教えてあげただけですよ。お母さま」

「あらあら、カイト?何をしたのか知らないけど、あんまりエミリアを怒らせるようなことをしちゃいけないわよ?エシュア様の加護を頂いた聖女様なんだから悪いことはぜーんぶ、お見通しなのよ?いいわね?」

「は、はい。お母さま」

「私じゃなくて他に謝る相手がいるでしょう?」

「はい、エミリア姉さん、昨日は申し訳ありませんでした。以後慎みをもって過ごしていきます」

「本当に謝らなくてはいけないのは私ではないけど、今回はこれで許してあげるわね?マリアも知りたくないでしょうし」

「あら、マリアにいたずらしたの?駄目よ、かわいいからっていじめるようなことをしちゃ。それはお母さんの役目なんだからっ」


お母さま、あなたはいいのですね…


「は、はい…」

「ほら、せっかく早く起きたんだから私のお手伝いをしてちょうだい?いちばんやさしい子は誰かしら?」

「「はーい」」


「おう、今日はみんな早起きだな!父さんは今日は早くに出なくちゃいけなかったからな。みんなに会えてうれしいぞ!」

「いってらっしゃい、あなた。」

「あぁ、今日も森の平和を守ってくるぞ!お前たち!」

「「「いってらっしゃーーい」」」


こうして今日も平和な一日がやってくるのである。






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