第26話 夏祭り
夏休みも終わりに近づいた下旬。俺たちは川沿いの大花火大会に足を運ぶことになった。
「ヒ~ロ~くん!お待たせ~!」
インターホンの向こうからニコニコとした笑顔を咲かせるのは、俺の大事な幼馴染にして彼女、そして周りの景色がかすむような超絶美少女の七海だ。だが、今日はそんな最上級の褒め言葉ですら到底言い表せないような可憐な姿が目の前にあった。
「ごめんね?着付けに時間かかっちゃって。ヒロくんも浴衣紺色なんだ!ふふっ、お揃いだね?」
そんな風に、普段とは少し異なる
(わ。かわいい……)
それしか言えない。いや、敢えて言わせてもらうなら、それらに加えてアップにした髪とうなじが今日は一段と色っぽい。思わず言葉を失っていると、七海を俺の指先をちょい、と遠慮がちにつまんでカラコロと機嫌よく歩き出した。
「電車で一本のところだっけ?花火が上がるところを対岸から眺められるっていう」
「うん。対岸も同じように屋台とかで盛り上がってるから、十分に楽しめると思う」
「ふふっ!なに食べようかな?やっぱり焼きそば?フランクフルト?かき氷もいいし、りんご飴も食べたいなぁ……小さい頃はひとりじゃ食べきれないからって、よくヒロくんと半分こしたの、覚えてる?」
「ああ、七海ちゃんがすぐ飽きちゃって『もう食べれない~!』とか言うから……ふたりして舌を真っ赤にしてたっけ?懐かしいな」
「楽しかったよね!」
「きっと、今日も楽しいよ」
「うん!」
あの頃と変わらないわくわくとした期待を胸に、あの頃よりもだいぶ小さく華奢に感じる手を取って、俺達は夏祭りに繰り出したのだった。
◇
花火大会の会場は思った以上に混み合っていた。俺ははぐれないように七海の手をいつもより強く握りながら人混みをかきわける。一方で七海は幼い頃とはまた違って見える屋台の数々に目を輝かせてキョロキョロと忙しそうだ。
「ヒロくん、かき氷食べたい!私いちごね!ヒロくんはブルーハワイが好きだったでしょ?ふたつ買ってわけっこしよう?」
「かき氷ならいくつも屋台があるから、花火が始まる前に買って見ながら食べない?レジャーシートも持ってきてるし」
「あっ、じゃあその前に射的やろうよ!あのくまのぬいぐるみ可愛い!」
「ん?どれ?」
きらきらとした笑顔に根負けし、射的屋の前で足を止める。七海のお目当てはしっかりと座ったくまのぬいぐるみ。間違いなく一番難易度が高そうな奴だ。だが、多くの人に狙われたせいか足先が台座からはみ出ている。そこを下方向から狙い、連続して対角線上の耳に衝撃を与えることができれば転倒させられないこともないかもしれない。
「七海ちゃん、ちょっと持ってて」
俺は七海と繋いでいない方の手に持っていたラムネを渡して銃を構えた。
「ヒロくん……?ひょっとして、取れるの?」
「わからないけど、多分。それに、せっかくお祭りに来たんだし……」
形に残る思い出を残してあげたいなんて、少し欲張りすぎだろうか?だが、伊達に陰キャとして過ごしてきてない俺はFPSなら素人以上の覚えがある。『どうせ取れないだろう』とにやり顔でこちらを眺める店主をチラ見して、俺は引き金を引いた。
(オタクを舐めるなよ?)
パン、パン、パァンッ!っと心地いい音を響かせてくまの体躯が揺れる。
(弾は五発だったな……)
残りの二発で傾きを後押しするように衝撃を与えると、くまはころりと後ろ向きに倒れた。
「……! と、取れた! 取れちゃった! ヒロくんすごぉい!!」
「ちょっと七海ちゃん、はしゃぎすぎだって。人前なんだからそんなにくっつかないで……」
ナニがとは言わないけど当たってる、当たってる。それに、そんなにぴょんぴょん跳ねられるとおっぱいが揺れるから浴衣がはだけちゃうんじゃないかと心配だ。
「あ。エコバックあります」
俺はぽかんとした表情の店主に持参したエコバックを手渡し、景品を詰めてもらってその場を後にした。その間、『くまさん抱っこしたらダメ?』と言う七海を『それだと焼きそば持てなくなるよ』となだめ、ひと気の少ないところまで来ると、両手にたくさんの食べ物を手にレジャーシートを広げた。
「はー、買った買った。花火が上がるまであと十五分か。いいタイミングかも」
「だね~!ヒロくん、どれから食べる?焼きそば?たこ焼き?私フランクフルト~!」
はむはむと小さな口いっぱいにフランクフルトを頬張る姿がどこかエロ可愛い……とか思っていたら、『はい、半分!あ~んして?』と笑顔で食べかけのフランクフルトを差し出された。
(小さい頃と、変わらないなぁ……)
今更間接キスくらいでどうということもないわけだが、こうして仲良く分け合いながら食べるのは同じ時間を共有できる感じがして好きだった。そうこうしている間に打ち上げが始まり、すぐ傍で大輪を咲かせる花火にふたりして一様に顔を輝かせる。
「わぁ……」
「綺麗……!」
思わず言葉を失ってしまう美しさの花火。だが、言葉を交わさなくとも、俺達は同じ景色と感想、思い出を胸に抱いていただろう。レジャーシートの上でちょこんと繋がれた手から七海の熱が伝わる。大きな音に驚いてきゅっと握られるその様子がまた一段と愛しい。
「ねぇ、ヒロくん?」
「なに?」
「くまさんありがとね?ヒロくんだと思って、毎晩抱っこして寝るね?」
(なにそれ。可愛すぎかよ……)
「いや、そこはくまさんじゃなくて
冗談交じりにそう返すと、七海も『ふふっ、そうだね!』と可笑しそうに笑う。花火も終わりに近づき、どこか穏やかな雰囲気になってきた頃。俺は思い切って口を開いた。
「七海ちゃん。その……」
「ん? なぁに?」
「浴衣、似合ってるよ……」
少し照れ臭いのが滲み出ていたのか、それとも俺が目線を合わせられていなかったのか。七海はうずうずとこちらを覗き込む。
「ん~? 花火で聞こえなぁ~い!」
(あ。コレ絶対聞こえてるやつだ。そんな嬉しそうな顔されたら誰にだってわかるってのに、めずらしくイジワルそうな顔。小悪魔かわいい……)
もっと褒めて欲しいのか、もう一度その言葉を言わせようとする七海。だが、辛抱さが足りないのは昔からだ。しばらく言い淀んでいると、俺の腕をぎゅーっと挟むようにして抱え込んできた。
「ねぇ……可愛い?」
「うん。可愛い……それに、綺麗……だよ……」
素直にそう答えると、にぱっとしたいい笑顔が返ってくる。そして、七海は満足そうに俺に頭を預けてもたれかかると小さく呟いた。
「また、来年も来ようね? 一緒に……」
「そうだね」
そんな柔らかい夜風みたいな空気に包まれたまま、俺達は家路に着くのだった。
◇
夜。ベッドでその日の思い出に浸りながら寝転がる。花火と七海のせいで高鳴った胸は未だどきどきとして、シャワーを浴びた後なのに満足感と若干の熱さを残していた。
(七海ちゃん、今日も可愛かったな。浴衣姿が凛としてて、可愛さの中にも綺麗さがあって。特にあの、ふとした瞬間の横顔がいつもより大人っぽく見えて……)
「はぁ……」
……好き。
ベッドの中でもぞもぞと枕に顔を押し付けて悶えていると、コツンと窓の方から音がした。
(……?)
気のせいかと思ってそのままにしていると、再びコツンとした音が聞こえてカーテンを開ける。すると――
「な――」
ショートパンツにキャミソール姿の七海がにっこりと手を振っていた。
「な、七海ちゃん!? えっ、ちょ。そこベランダ……!」
急いで窓を開ける。そんな俺を見て、七海は満足そうに顔をあげた。
「えへへ。来ちゃった……」
「『来ちゃった』って……」
どうやって? と思い七海の部屋に視線を向けると、おもちゃみたいな小さなハシゴがベランダからのびて、俺の部屋との間にかかっていた。
(まさか、アレで……!?)
確かに俺の部屋と七海の部屋は手を伸ばせば届くかもしれない距離だけど……
「あ、危ないだろ!? てゆーか、こんな時間にどうして……!?」
あたふたとする俺をよそに、七海は髪をふんわりと払って首を傾げる。
「今日とっても楽しかったからかな?身体が熱くて、なんだか落ち着かなくて……」
「だからって、あんなハシゴで!」
「だって……今日はもうちょっと、ヒロくんと一緒にいたいなぁって……」
「……!?」
もじもじとする七海の様子に、俺は直感した。
(これはまさか……夜這っ……!?)
そして、予感は現実に変わる。
「くまさんじゃあ、やっぱり物足りない。だから、ヒロくんのこと、抱っこしに来たの……」
「な……」
「ねぇ、ヒロくん? 入れて……?」
それは。『部屋に入れて』という意味だ。一瞬脳内で『挿れて♡』に変換しかけた俺を、俺は殺したい。てゆーか、いとも簡単に『来ちゃった♡』って……
え? 今晩はここに泊まるってこと? 俺の部屋に?
(嘘でしょ……)
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