10年ぶりに再会した幼馴染は俺以外に友達がいない

南川 佐久

第1話 ひとりでご飯食べるのをぼっち飯って言うんでしょ?


 ある晴れた日曜日。部活も無くて天気のいいGW明けの週末。こんな日は、昼前に起きて二度寝するに限る。そう思って惰眠を貪ろうと茅ヶ崎ちがさき真尋まひろは布団をかぶり直した。が――


 ドタドタッ。バタン。ドンドン!


 なにやら外が異様に騒がしい。


「ったく……朝っぱらからなんなんだ……」


 隣の家、芹澤せりざわ一家は10年ほど前からそろって海外に赴任したため、空き屋のはずだ。たまに依頼を受けた掃除業者などが出入りしているところは見かけたことがあるが、こんなに騒がしかった試しはない。不思議に思って遮光カーテンの隙間から覗くと、不意に自宅のインターホンが鳴る。


 ピンポーン。


「…………」


 ピンポーン。


『真尋~!出て~!お母さん達買い物~!』


 隣の部屋から響いてきたのは大学二年の姉の声。俺は負けじと部屋の中から声をはる。


「姉ちゃんが出ろよ!俺まだパジャマなんだけど!!」


『お姉ちゃん今、半裸で出られないからぁ~!お願い~!』


(負けた……あの裸族め。家の中だからって年中下着姿で出歩きやがって。少しは男子高校生たる俺の身にもなれって……)


 ピンポーン。


「くそっ……」


 仕方なく床に散らばったTシャツなどを適当に拾い上げて出る。


「はい、どちら様……?」


 モニター越しに映っていたのは、艶やかな黒髪を胸元まで垂らした絶世の美少女だった。初夏らしい白のノースリーブブラウスに、脚のラインが際立つスキニージーンズ。カメラ越しでもわかる抜群のスタイル。そして何より、インターホンに慣れないのか小動物のような仕草をし、きょときょとと上目遣いでカメラを覗き込んでいる仕草が……


(うわっ。可愛い……)


 朝は低血圧な方の俺だが、このときばかりは血圧が急上昇。思わず『かわっ』と言いかけた口元を抑えながらもう一度尋ねる。


「ど、どちらさまで……?」


『あの~、茅ヶ崎さんですか?』


「はい。ウチは茅ヶ崎ですが」


『あ!その声もしかしてヒロくん!?』


(……!?なんで俺のこと知って――!?)


 だが、ぱあっと輝くその笑顔に俺は微かな見覚えがあった。幼い頃、自宅の庭先で一緒に花冠を編んだ記憶。完成した冠を頭に乗せてあげたときの、あの笑顔。


「まさか……七海ななみちゃん……?」


『うわ~!覚えててくれたんだね!嬉しい~!』


 二度目の笑顔で俺は確信した。目の前のモニターに映っている美少女は、俺のかつての幼馴染、芹澤七海なのだと。


『10年ぶりだよね?お父さんの海外赴任が終わって、今日引っ越してきたんだよ!だからそのご挨拶!』


 そう言ってにこにこと手にした紙袋をカメラに映す七海。『はい!』とモニター越しにいくら見せつけられたところで受け取ることなどできない。


(出る、んだよな……?玄関から……俺が?)


 思わず下を見るが、よれた部屋着のTシャツとスウェットが虚しく目に映る。


「ちょっと!ちょっと待ってて!」


 俺は急いでモニターを切り、階段上へ向かって声をあげた。


「姉ちゃん!ちょっと出て!俺じゃあ無理!」


『なぁに~?NHKならこないだ払ったって……もしかして宗教~?』


「そんなんじゃないけど!!」


『マンション経営なら高めのトーンでボクワカリマセンで――』


 ピンポーン。ピンポ・ピンポーン。


(あああ……!幼馴染だってわかった瞬間容赦ない!!)


 俺は催促ピンポン攻撃に負けてしぶしぶドアを開けた。気持ちTシャツのしわだけ伸ばして、意味がないとわかっていても前髪をちょっと弄って。


「……はい」


 やけくそ気味に出ると、俺を出迎えたのはぴかぴかのいい笑顔だった。


「ヒロくん!大きくなったね!」


「あ、うん。七海ちゃんこそ……」


 この歳になって女子にちゃん付けなんてこそばゆいけど、それ以外の呼び方なんて知らないんだから仕方ない。


「はい、これ!ニューヨークで有名なチョコレート店のケーキだよ!日持ちするし、『ヒロくん甘いもの好きだったでしょ?』って、お母さんが!」


「ああ、ありがとうございます……」


 ぎこちない動きで紙袋を受け取ると、七海は両手をもじもじと合わせながら、膝をふりふり揺らしてこちらをチラ見する。まるでこれから何かをおねだりするような蠱惑的な動き。これは、姉ちゃんが年に数回父さんに無理を言って小遣いをねだるときの動きに似ている。そんなこれ見よがしな攻撃にあっさりと負ける父さんを普段は『あんなんに騙されるなんてバカだなぁ』と思っていたが、同年代の女子にやられるとワケが違う!!こんなん断れるわけがない!!


「ど、どうしたの……?」


 イヤな予感がしつつも声をかけると、七海はクリティカルなうるうる上目遣いで俺を見た。


「ヒロくん、お願い!助けて!私、ぼっち飯は嫌なの!!」


「えっ。ちょ……急に何?」


(ぼっち飯……?)


 戸惑いつつも耳を傾けると、七海はぽつぽつと語りだす。


「私ね、明日から日本の高校に通うの」


「うん」


「ヒロくんと同じ高校なの」


「うん……?」


「私、ヒロくん以外に友達いないの」


「え、あ。うん……」


(まぁ、帰国したばっか子女だしな)


「日本には、ぼっち飯っていう文化があるんでしょ?ひとりでご飯食べるのをぼっち飯って言うんでしょ?それをしていたらクラスで浮いてイジメられるんでしょ?」


「え?いや……イジメはどうだろう……?」


「私、ぼっち飯は嫌なの!進化系の便所メシはもっと嫌!!お願い、ヒロくん!助けて!」


(なんか、歪んだ日本のメシ文化に異常に詳しいみたいだけど……)


「つまり、俺に一緒に飯を食えと……?」


「お願い!!」


 両手をぱん!と合わせて懇願する幼馴染。そんなに腕を狭めたらブラウスの胸元から谷間が見えちゃうって。でも、こんな美少女にお願いされて断れる男がいるなら会ってみたいもんだ。俺は流されるままに返事する。


「わ、わかったよ。一緒に飯食ってる奴らに『幼馴染だ』って紹介すれば多分大丈夫だと思うから……」


 むしろ皆喜んでお菓子やら何やら捧げそう。目立ちそうだから少し面倒な気がするけど、断れないもんは仕方がない。


「一緒にご飯食べてくれる友達が見つかるまで……それでいいか?」


「うん!ありがとう、ヒロくん!」


 にぱっと笑った七海は『これで安心だ~!』とか言いながらポケットからスマホを取り出す。


「LINE教えて?」


「えっ?」


 クラスの女子のアドレスすらイマイチ知らない俺のスマホに、こんな美少女のアドレスが入ってしまうのか?いとも簡単に?これが海外のコミュニケーション能力?


(やべぇ……)


 俺は咄嗟に待ち受けがアニメのキャラになっていないことをわかっていながらも再確認し、連絡先を交換した。


「わ~!日本の友達初ゲット~!」


 まるでモケポンでも捕まえたみたいな言い草。でも、小さい頃はそうやって一緒にモケポンを捕まえたっけ。


「じゃあ、明日学校でね!」


「おう……」


 俺は元気のいい後姿につられるように手を振った。


(学校で……か。ってことは、明日は制服姿が見れるのか……)


 楽しみが、ひとつ増えた。学校なんてログインボーナスでもなければ行きたくないとか思っていたが、明日からはそんなこと無さそうだ。密かに浮足立つ俺に、幼馴染は隣の家の玄関先から声をかける。


「あ!私の部屋ヒロくんの部屋の隣だから!」


「え?」


「何かあったら窓開けてね!メールするより速いよ!」


「え??」


「じゃあね!」


「あ。うん……」


 なんか、あれよという間に俺の生活が書き換わっていく。お隣に幼馴染が戻って来て、それが超絶美少女で。アドレス交換して、部屋がまさかの隣。しかも、俺以外に友達いないんだって。


「マジか……」


 思わず頬が緩む。そして、確認するように再び呟いた。


「「マジか……」」


「うわっ。姉ちゃん!」


 気が付くと、背後にTシャツ一枚姿の姉が立っていた。しかも相変わらず下はパンツだけ。こげ茶の髪をふわっと揺らしてあくびをしている、そんなずぼら丸出し大学生な姉、琴葉ことははにやにやと俺の脇を小突く。


「時代がキタな。少年よ」


「な、何が……」


「まさかあの『幼稚園のアイドル・美少女天使☆七海ちゃん』が帰ってくるなんて」


「え。あ……」


「嬉しいだろ?」


「いや……」


「素直になれよ、ヒロくん?」


「別に……」


「お姉ちゃんは嬉しいよ。弟の思春期が加速しそうでさ?」


「てめっ」


 俺は照れを隠すように紙袋を持ってキッチンに向かった。


「そんなこと言う姉ちゃんに、コレは要らないな」


「ん?」


「引っ越し挨拶。ニューヨークで有名なチョコレート店のケーキだって」


「わぁん!何ソレ!いる!いるいる!!」


「受け取った人間に切り分ける権利がある。姉ちゃんの分は2センチな」


「少なっ!待って真尋!ごめんってば!調子に乗ったお姉ちゃんが悪うございましたぁ!ごめん許して真尋ちゃぁん!」


「いい歳してちゃん付けで呼ぶなって!」


「……七海ちゃんのことはちゃん付けで呼ぶくせに」


「ぐっ……!」


(こいつ!どこから聞いて……!?)


「……お昼一緒に食べるんでしょ?」


 イスに座ってケーキをまだかと待つ、チェシャ猫みたいなにやにや顔。座る前にとりあえずパンツの上になにか履けと言いたい。


「『ヒロくん以外に友達いないの!』だって!頼られてるぅ~!あんなに可愛くお願いされちゃあ、断れるわけないよねぇ?」


「うぐ……」


「ってことはアレか?明日学校の中とか案内するのも真尋の仕事なんじゃ?ヒュ~!」


「なんだよ、ヒュ~!って……」


 呆れながら切り分けたケーキを差し出すと、姉は渾身のにやにや顔で呟いた。


「がんばれよ、ヒロくん。お姉ちゃんはいつでもキミの味方だ」


「冷やかしならお断りですが?」


「童貞のヒロくんに乙女心などわかるまい。お姉さまがその心得を密かに伝授して差し上げよう」


「てゆーか、俺は別に七海ちゃんがどうこうとか思ってないって……」


「姉にそんな嘘がまかり通ると思うなよ?嬉しいとき、真尋はそのお気に入りのグラスで飲み物を飲む」


「…………」


 手にしたグラスは、少し小さめの可愛らしい飛行機が描かれたやつだ。昔から使っててなんとなく手に馴染むから気にいってて……


「それ、小さい頃に七海ちゃんに貰ったやつだろう?」


(くそっ……!)


 俺は汗をかいたグラスに入ったアイスティーを一気に流し込んだ。悔しいけど、認めるよ。俺の嬉しいような恥ずかしいような毎日は、この日から始まったんだってな。





※いつもお読み下さる方も、はじめましての方もこんばんわ。この作品をお読みいただきありがとうございます。

 なんと、今回このお話に【イラスト】を付けていただけることになりました!

 イラストレーター飴月しお様(@ametukisio)による美麗で可愛い七海ちゃんとのお話が、ダイジェスト(出会いから、温泉混浴旅行まで!)で楽しめるのは下記サイトから! たいあっぷ様という投稿サイトです。↓

tieupnovels.com/tieups/312


 すっごく! すっごく! 可愛いので、是非ご覧ください!

 七海ちゃんもう可愛いやばい。

 この場で宣伝するのは不躾かとも思いましたが、読者投票のあるコンテストに参加中のため、より多くの人にご覧いただければと思い、失礼致します。

 何卒、応援いただければ幸いです!

 コンテスト期間中は更新ペースを増やしていきたいと考えておりますので、今後とも是非よろしくお願い致します。(21.06.07追記)

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