開闢!ホープ・ニンジャ(前篇)

第203話 やって来るものと忍者

 ここは冒険者の街、ギルディア。

 冒険者総合案内所をはじめ、危険な依頼をこなす冒険者達を全面的にバックアップする街。少し前に起きたとある勇者の大暴れの痕跡こそまだ残るが、復旧作業の八割は完了しており、以前からの活気も取り戻しつつある。

 そんな街だが、実はつい最近まで、大事なピースが欠けている状態だった。

 街の救世主とも呼ぶべき存在が、二十日ほど前から忽然と姿を消してしまっていたのだ。きっと帰ってくると誰もが信じていたが、それでも不在が寂しく思える四人組だ。

 尤も、彼ら、彼女らの喪失感は、本日をもって拭われる。


「――戻ってきたよ、あたし達のギルディアっ!」


 フォン率いる四人組――通称『忍者パーティ』が、街に帰ってきたからだ。

 最後の忍者にして冒険者のフォンを筆頭に、西側にある門から彼らが入ってくると、周辺の露店や売店、ただ普通の家庭ですら騒めいた。

 最早有名人扱いの四人であるが、態度はいたって普通で、不遜さなど微塵も感じられない。強いて言うなら、服装や背負っている武器が、街を出た時と違うくらいだろうか。

両手を大きく掲げて、街の空気を吸い込む冒険者のクロエもそうだ。忍者共通の黒い外套を、いつもの服の上から羽織っている。


「予想よりも十日ほど遅れたでござるが……ま、あまり風景も変わらんでござるな」


 小さな背を伸ばし、顎を擦って郷愁に耽る、猫の魔物にして忍者のカレンも。


「いつも通り、冒険者ばかり。サーシャ、でも、ここが好き」


 二つの巨大なメイスを担いだ剛力の戦士、サーシャも。


「……そうだね、僕もここが好きだ。久々に戻ってきたけど、我が家のように思えるよ」


 そして、己の闇を乗り越え、赤のバンダナと『俺』を携えたフォンも、街に帰還したことそのものを心から喜んでいた。


「わかるわかる、第二の故郷って感じ!」


 クロエが相槌を打つと、周囲の冒険者や商人が声をかけてきた。


「お、久々だな、フォン!」

「クロエちゃんに、他の皆も! どうしたんだよ、旅行にでも行ってたのかー?」

「ははっ! ま、そんなとこだよ!」


 彼らがフォン達に好意的なのは、前述したとおり、彼らが街の救世主だからだ。

 かつて街で最も幅を利かせていたのは、勇者パーティと呼ばれていた一団だ。しかし、彼らは恐るべき犯罪や癒着を重ねた悪党であり、フォン達とは何度も衝突してきた。最終的には決闘という形で、勇者パーティは悪事を暴露され、街を追われた。

 今となっては平和になった街は、フォンや仲間達にとって安住の地ともいえる。

 とはいえ、クロエはどういうわけか、帰路に起きた出来事も忘れ難いようだ。


「だけど、ここ何日かの冒険も楽しかったよね。まさかここまで帰るのが遅くなるとは思ってなかったけど!」


 そう。四人が街に戻ったのは、予定よりもずっと遅れていたのだ。

本当なら数日ほど早いはずだったが、道中に行きと違うルートを使った結果、新たな出会いがあった。全てを書き記すのが難しいほど濃密で、摩訶不思議な出会いが。

彼らは街の皆に手を振りながら歩きだし、総合案内所へ向かうがてら、回想に耽る。


「ごめんね、みんな。どうしてもあの人達を見過ごせなくて……」

「謝る必要などないでござるよ、師匠! 師匠の人助けの気持ちは素晴らしいでござる、それに拙者達も同じ気持ちでござったし!」

「そうそう! まさか、『トカゲ人間に支配された民族』を助けて、そのあとに『温泉掘りに人生を賭ける家族』に出会うなんて思ってもみなかったけどね! ははは!」

「うん、トカゲはびっくりするくらい強かったね……」


 思い返せば返すほど、奇々怪々な出会いでもあった。

 一つは、とある農村を支配するトカゲ人間の存在。そこで暮らす人々はトカゲの頭をした魔物――所謂リザードマンに圧制を強いられ、節目には最も若い女の子を生贄に捧げる風習を押し付けられていた。

 もう一つは、渓谷で温泉探しに勤しむ一家。とある手段で地下に温泉があると判明したのだが、巨大な岩壁を長年破壊できずに温泉を掘り当てられずにいた。

 双方とも、これまでの四人では直面したところでどうにもならないほどのトラブルであった。しかし、今の彼らはかつてと比べると、別人と呼べるほどの強さを手に入れていた。


「だけど、サーシャ達の敵じゃない。サーシャ達、昔よりずっと強い」

「うむうむ! 拙者達の力は圧倒的でござった!」


 再びこの数日間の思い出を振り返ると、浮かぶのは彼女達の大勝利。

 方や、並み居る緑色の鱗の怪物を退ける姿。


『忍法・火遁『十連猫』じゅうれんびょうの術ッ!』

『忍魔法矢』シノビショット――『超雷鳴』サンダーハウル!』

『ゴギャアッ!?』

『逃、逃ゲロ、逃ゲロ!』『人間ドモメ、覚エテイロ!』


 燃え盛る猫を模した炎の連撃と、雷撃を纏った矢の前では、いくら屈強なリザードマンの戦士といえども、ひとたまりもない。どたどたと逃げ去るトカゲ人間の背中を恨めしそうに見つめたのち、ぼろぼろの布切れを纏う村の人々はフォン達に感謝した。


『あ……ありがとうございます、ありがとうございます!』

『トカゲ人間を追い払っていただいて、ありがとうございます……!』


 方や、何年も砕けない恐るべき漆黒の岩盤を砕く姿。


『サーシャ――ブチ壊すッ!』


 サーシャが手にした一対のメイス――ドラゴンメイスは、魔法を宿した武器だ。

 地面に向かって思い切り振り下ろされた剛腕の打撃は、黒い岩に容易くひびを入れたかと思うと、凄まじい勢いで噴出した温泉とともにそれを砕け散らせた。採掘に励む家族は信じられない光景を目の当たりにしながら、涙ながらに一同に感謝した。


『お、おお……俺達が十年叩き続けても壊れなかった伝説の岩が、一撃で!』


 その後、急ピッチで整備された温泉に浸かり、ゆっくりと過ごしていたのだから、街に帰ってくるのが遅れても仕方ない。それくらい、濃密な数日間だったのだ。


「――本当に、思い返すと本の一冊でも書けそうな大冒険でござるな……」


 伝記にできそうな冒険譚を思い返すカレンの隣で、フォンは微笑む。


「はは、同感。これだけ人助けも冒険もしたんだし、しばらくは街でのんびり――」


 彼の言う通り、修行の期間も含めると、とんでもなく忙しない日々であった。正直なところ、ゆっくり休みたいというのが素直な感想だ。

 実際問題、街の救世主が数日ほど惰眠を貪ったところで、誰も咎めないだろう。


「――悪いけど、そうはいかないわね」


 ――ただし、彼女だけはそうはいかなかった。

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