第150話 薬物と勇者

 一方その頃、フォン達が泊まる宿とは離れた別の宿に、明日の主役が集まっていた。

 真夜中だというのにまだ明かりが灯った部屋にたむろしているのは、クラーク率いる勇者パーティの面々、つまりマリィとサラ、ジャスミン、パトリスの四人だ。

 どういうわけか、肝心のリーダーであるクラークはいなかった。しかし、彼など最初からいないかのように、全員が忙しなく部屋をうろつきながら話し合っていた。


「……じゃあ、五日前に決めた例の作戦で、私達の一勝は決まりだね」

「マリィ、手筈はちゃんと整えてるんだろうね? いざ本番で失敗しましたなんて言ったら、あの筋肉バカより先にあんたをぶちのめすよ」

「抜かりはないわ。人があれだけ集まるんだもの、何をしようが誰も気づかないでしょうしね。フォン達が気づいた時にはもう手遅れ、私達の勝利は確定よ」


 しかも、サラやジャスミン、マリィの邪悪な笑みが示すのは、彼女達が決行を予定する作戦の恐ろしさだ。人に気付かれてはいけない、気付かない作戦が真っ当であるはずがない。

 腕を組むサラ、歯を見せて笑うジャスミン、さも当然の如く杖の手入れをしながら計画を話すマリィはともかく、パトリスだけはどうにも乗り気ではない様子だ。元より彼女は、手段を選ばない勇者パーティとそりが合わないのだろう。


「うぅ、こんなことをして本当にいいんでしょうか……」


 だとしても、もう脱退や決闘の辞退は許されない。

 戦いの意志を持たない者を引きずり出す必要があるほど、マリィは焦っていた。


「使える物は何でも使うのよ、じゃないと……この戦い、相当に不利よ」


 何がというと、明確に彼女が感じ取った、フォン達と自分達との戦力差だ。

 誰もこれまで敢えて口に出さなかったが、マリィはとうとう吐露した。パトリスはやはり、と言いたげに顔を慄かせ、サラは認めたくない現実を突き付けられたように苦々し気な顔を隠そうともしない。

 唯一、現状をきちんと理解していないのはジャスミンだけだ。


「不利って、まだ始まってもないじゃん! あんな奴ら、テキトーに斬り刻んでやりゃいいじゃん! 魔物退治じゃ知らないけど、殺し合いなら私達が負ける理由はないっしょ!」


 自分の二刀流剣術に絶対の自信を持つジャスミンを、マリィが冷たい目で睨む。彼女に直接説明しても無意味だと思ったのか、魔法使いは武闘家にわざとらしく聞いてみた。


「……サラ、貴女もそう思う?」


 そんなことはない。自分の拳は、憎きサーシャの頭を叩き砕く。

 こう言えたなら、どれほど幸せだろうか。現実は、彼女の発言を認めない。


「あいつらの前で大見得を切った以上、負けたくはない、ってのが正直な感想ね。ただし、現実的な話をすれば……マリィの言う通りなのも、否定できないところだよ」


 サラまでもが同意し、僅かに自信が揺らいだジャスミンに、マリィが追い打ちをかける。


「ジャスミン、私達はこれまで、フォンの存在を軽視し過ぎていたのよ」

「どーゆーこと?」

「獅子を一人で倒し、カルト集団を追い詰め、私達が雇った暗殺者を撥ね退けた。そんな男が、私達の弱点を見抜いていないと思う? 私達より弱いと思う? その気になれば、多分彼一人でクラークを含めた全員を瞬時に殺せるわ」

「嘘でしょ、マジで言ってんの!?」


 ようやく、馬鹿な小娘でもフォンの強さが計れた。

 というよりは、マリィがそこまで言うのならば事実だろうと判断しただけである。

 だが、それでも、脳味噌が頭蓋骨の空洞に満ちていないジャスミンにしては上出来だとマリィは思った。


「そこまでの力を持つ男を……私達は、あいつを軽視し過ぎてたってわけか?」

「フォンだけじゃない、他の面子も単純な戦闘力で言えば相当厄介よ。しかも残りの三人は、フォンと違って泣き落としも情けも通用しない。私達を明確に敵と認識してるわ」

「……フォンさんも、そう思っているのでは……」


 もしかすると、この場で一番冷静なのはパトリスかも知れない。マリィですら、フォンがまだ自分達に情けをかけてくれると勘違いしているのだから。

 はっきり言って、決闘まで持ち込んだ時点でフォンに温情は存在しない。殺人にまでは至らずとも、勇者パーティを倒す為に仲間への助けは惜しまないし、必要とあらば忍者としての情報も明け透けにする。それくらい、彼はもう容赦しない。

 いずれにせよ、待っているのはパーティの破滅。これだけは、逃れようがない。


「とにかく、あまり言いたくはないけれど、まともにやり合えば勝率は五分か、それ以下ね」

「…………」


 マリィが弾きだした現実的な数値を聞いて、4人とも沈黙してしまった。

 こうなると、苛立ちの矛先はこの場にいないクラークへと向けられてしまう。


「チィ、こんな時にあの勇者はどこをほっつき歩いて――」


 むかむかした態度で部屋の壁を小突くサラが、勇者に怒りをぶつけたがっていると、部屋の扉が乱暴に開いた。


「――俺を呼んだか、サラ?」


 入ってきたのは、四人を纏めるリーダー格、勇者クラークだ。


「クラーク!」


 仲間達の視線を一点に集めるクラークは、いつも通りの逆立った銀髪を一層強く撫でつけ、いかにも何かをしてやったと言いたげな顔をしている。しかもその右手には、真っ黒な布袋が握られているのだ。

 その中身が何であっても、マリィの視線と口調のきつさは変わらなかった。


「どこに行っていたの? 必要な物を買ってくると言って二日も私達から離れて……何をしていたのか、教えてちょうだい」


 二日間も帰ってこなかったリーダーへの対応としては、当然ともいえる。

 恋人に杖の先を軽く向けられても、クラークはけらけらと受け流すばかりで、全く悪びれない。手にしたものが金貨や金塊でもない限り、許されるはずもないだろうに、だ。


「おいおい、そう急かすなって。俺だって、ただぶらついてたわけじゃねえぜ。あいつらに勝つ、いや、殺す為に必要なアイテムを調達してきたんだよ」


 クラークはどかどかと部屋の真ん中まで来ると、テーブルの上に布袋を置いた。

 そして袋を広げると、中身らしき真っ黒な指先程度の大きさの球体が、幾つも転がり出てきた。一同は近寄って顔を覗き込ませ、勇者に袋の中身が何であるかを問い質す。


「これは……?」


 不安と好奇心、半々の疑問に対し、クラークは半ば凶器を湛えた笑みを浮かべ、答えた。


「『覚醒蝕薬』――別名『狂人薬』。人間を超えた力を手にする、禁断の増強剤だ」


 彼の声色が、このちっぽけな丸薬の山の危険性を、確かに伝えていた。

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