第147話 ニンジャ・ヒーロー・ラース

 ギルディアの街を覆っていた恐るべき暗雲は、たった二日で風に飛ばされてしまった。

 理解不能な虐殺と騒動に怯えていた住民達だったが、襲撃がぴたりと止んだと知るや否や、これまでの活気をあっという間に取り戻したのだ。

 露店や商店は営業を再開し、自警団は人員が足りないながらも活動を始めた。一時的に避難していた住民、特に王都ネリオスに逃げていた富裕層も戻ってきたことから、街そのものの警戒心が薄れていくのが目に見えた。

 特に、ギルディアの象徴である冒険者組合総合案内所が活気づくのは最も早かった。組合長のウォンディが動いたというよりは、スタッフ達の施設修復が迅速であったのと、元より冒険者がそこまで危険を延々と懸念する性質ではないのが、大きな要因だ。

 軽食喫茶も盛り上がり、案内所に乱暴者が溢れかえる。そうなってくると、今まで影におびえるかのように案内所に寄ってこなかったとあるパーティも、戻ってくるというものだ。

 案内所に並ぶ円形テーブルの、一番奥。ウォンディ組合長のお墨付きである一団のみにしか着席が許されていない、選ばれたテーブルを、彼らは囲んでいた。


「……フォンの奴、死んだと思うか?」


 小さな声で仲間と物騒な話をするのは、勇者パーティを率いる青年、クラーク。

 円形のテーブルに並べられた食事に口すらつけず、彼は二日間ほど姿を見ていない忍者の生死を気にかけていた。当然、彼の身を案じているのではなく、床に伏していると聞いたフォンが死んでしまっていないかと期待しての発言だ。

 クラークの非情な発言を、仲間は誰も咎めない。四人の女性メンバーのうち三人は、クラークと同じような結果を望んでいる表情で、あとの一人は俯いている。


「宿の亭主に聞いたけど、昨日の夜の時点では目を覚ましていないらしいわ。うなされているとも聞いたし、長くはないかもしれないわね」

「随分としぶといもんだね。フォンも、あいつの仲間も」

「てゆーか、暗殺を依頼したチビからも何の連絡もないし! 二日間も音沙汰なしってことは諦めたっぽいし、ほんとーに使えないよね!」


 元々勇者パーティに長く属していたマリィ、サラ、ジャスミンは、想定外の恐怖がすっかり喉元を過ぎてしまっているのか、好き勝手にべらべらと話している。

 唯一残ったナイトのパトリスだけは、どうにも浮かない表情だ。フォンや仲間に死んでほしくはないが、勇者パーティに身を寄せている立場上、彼らの無事を願えないのだ。


「街中を巻き込む事態になったのは予想してなかったけど、私達に被害が及んでいないなら問題ないわ。フォン達に被害を与えられたのは事実だし、この様子だと報酬を支払う必要もないもの。暫くは連中の顔を見なくていいと思えばいいのよ」

「だな。その間に、また俺達の地位を盤石にすればいいのさ」

「地位といえば、組合長への贈り物も考えとかないとね。あいつが手中にあるうちは、あたし達の街での立場はまだまだ安泰だろうしね」

「こ、こんなところで、そんな話を……」

「心配しなくてもいいわよ、パトリス。誰も聞いていないし、聞いていたってどうしようもないもの。私達に抵抗出来る冒険者なんて今はもう、どこにもいないわ」


 発言を封殺されたパトリスをよそに、彼らは今日一日の予定を話し合おうとした。


「サラ、贈り物は私が用意しておくわ。クラークもついてきてちょうだい」

「おう、いいぜ。愛しい恋人の願いは、断れねえ――」


 だが、クラークは背後に感じた気配で、マリィへの返事を止めた。

 彼だけではない。勇者パーティの全員が、普段は誰も近寄ってこないはずの自分達の席に、複数人の気配が集まっているのに気付いたのだ。

 誰だろうか、とクラークが椅子から立ち上がり、振り向いた。


「……よぉ、フォンじゃねえか」


 彼ら五人に近づいてきたのは、フォンと仲間達だ。

 周囲のざわめきが妙に強まっていたような気はしていたのだが、成程、これが原因かとクラークは納得した。確かに、二日ほど姿を見せなかった男が包帯に巻かれて、しかも顔色も良くないのに、よりによって因縁深い勇者の元までやって来るとは。

 しかも、彼の仲間だって万全の状態とは言い難い。こんな様子で喧嘩を売りに来たとは思えないし、売られたところで負ける理由がない。だから、同じく立ち上がったクラークの仲間達も、彼自身も、まるでフォン達を恐れていない。

 以前に何度か威圧されて腰を抜かしたことなどすっかり忘却して、勇者は口を開いた。


「怪我の調子はどうだ? 聞いたところじゃ、随分と手酷くやられたみたいじゃねえか。さしずめ、調子に乗ってどこかで恨みでも買われたんだろ?」

「……そうだね、恨みは買ってる。くだらない逆恨みってところだ」


 後ろに立つクロエが前のめりになるよりも先に、フォンが言った。

 いつものフォンにしては、かなり刺々しい発言だ。クラークはというと、言い返されるのが随分と嫌いなようで、顔を顰め、語気を強める。


「その様子だと、反省もしてねえみたいだな。何でもできるなんて勘違いして、反感を買って無様を晒したとも思わねえのか、傲慢なやつだぜ」

「謙虚さは心得てるつもりだ。でも、君達の前でそんな態度を取っていれば、増長し続けるだろう? そうでなきゃ、案内所の中じゃ王様気取りでなんかいられないよ」


 二人の距離が近づく。顔を向け、鼻が当たるほどに。


「……王様気取りじゃねえさ。俺達はな、冒険者組合長が認めた、王なんだよ」

「だとすれば、愚鈍な王だ。足りない頭で策を練ろうとするから、つい口を滑らせるんだ」

「何だと?」


 少しだけ後ろに下がったフォンは、集まってくる冒険者達にも構わず言った。


「僕達を襲った暗殺者を雇ったのは、君達だね?」


 勇者パーティ全員の顔が、吹雪の如く凍り付いた。


「襲われたクロエとカレンから聞いたよ、ついでに僕自身も暗殺者から聞いた。ここまでの事態になるとは思ってなかったんだろうけど、頼み込む相手を間違えたね。ああ、一応言っておくけど、もう彼女は僕達を襲わない。今のところは、だけどね」


 何もかも全て、ばれている。

 サラやジャスミン、パトリスは今にも嘔吐してしまいそうな顔色になっているが、クラークとマリィは一瞬だけ表情を歪ませただけで、さして困惑していない。

 当然と言えば当然だ、彼らの発言には証拠がない。単なる言いがかりに過ぎず、冒険者の間でも騒めく程度で、噂にどよめいてはいるが信じているようには見えない。つまるところ、放っておいても何ら問題はない。


「……証拠もないのに、酷い言い方ね。幻滅したわ、フォン」

「俺達に恨みがあるのか知らねえが、事件の犯人に仕立て上げようったってそうはいかないぜ。寧ろ、直接襲われたのはてめえらだ。関わってるとすりゃ、そっちじゃねえか?」


 だから、こう言っておけば、相手は捨て台詞を残して去っていくだろう。いつもそうなのだし、彼らから直接危害を加えるなど、この状況ではありえない。

 ――しかし、今日ばかりは違った。


「……最初から、こうするべきだったのかもしれない」


 フォンは踵を返さなかった。仲間達も、一歩たりとも退かなかった。


「冒険者の間には、最終的な物事の決定権としての取り決めがあるらしいね。最初からその手段を選んでいれば、君達に情けなんてかけなければ、こうはならなかっただろう」


 フォンの脳裏に、これまでの因縁が思い浮かぶ。

 クビになったこと、サーシャの命を蔑ろにされたこと、カレンを嗾けたこと、生き埋めにされかけたこと、そして今回のこと。何もかも全て、くだらない難癖であると嘲笑されようとも、彼ら四人はある一つの事柄を決めていた。


「ぶつぶつと何を言ってやがる? 用がないなら、俺達はここで……」


 立ち去ろうとするクラーク達を引き留めるように、フォンは遂に、クラークに言い放った。


「――『決闘』だ、クラーク。僕達は君に、君の仲間に『決闘』を申し込む」


 冒険者達の最後の決着手段――『決闘』の挑戦状を、勇者パーティに叩きつけたのだ。

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