第146話 ニンジャ・クリミナル

 リヴォルが自己判断のみならず、何者かからの指示を受けて襲撃をしていたという予測は、カレンやフォンだけでなく、全員の共通認識だった。

 無論、襲った張本人であるリヴォルはいない以上、現在は何を話そうとも憶測に過ぎない。仮に首謀者に問い詰めようとも、明確な証拠がなければしらを切られて終わりだろう。


「……みたいだね。僕を怒らせる為に皆を傷つけていただけじゃない、明らかに始末することに意味があるようだった。暗殺業で稼いでいるとも言っていたし、僕達全員の暗殺を依頼された、と見るのが妥当だろうね」

「暗躍する奴、自分で手を下さない奴、サーシャ、嫌い」

「当人はしてやったつもりでござろう。誰がやったかなどは言わなくても察しが付くでござるが、こちらも妄想の域を出ないでござるからなあ……」


 言及するには武器が足りな過ぎるかと思われたが、存外そうでもないらしい。


「……そうでもないかも」


 三人が三人、思い出したように呟くクロエに視線を集中させた。


「そうでもって、クロエ、つまりどういうこと?」

「あたしが路地裏で襲われた時に、あいつらが言ってたんだよね。フォンだけじゃなくて、あたし達も標的だって。しかも、後ろから襲ってきたリヴォルと面識があるみたいだったよ」

「標的を知っているなら、十中八九黒幕だね。一応聞いておくけど、誰かな?」


 フォンに問われ、クロエはたった一言、路地裏まで追い詰めた敵の名を言った。


「――そうか」


 彼――彼らの名を聞いて、いよいよフォン達の目は静かな激昂で染まった。

 これまで何度か、何度も彼らとの確執はあった。殺されかけた時もあれば、命を軽んじる態度に怒りを隠せなかった時もある。だが、フォンは重罪にまで発展はさせず、ただ反省を促すようにだけ警告してきた。

 しかし、そんな甘い考えもこれまで。外道非道の連中に対して自分達はどうするべきか、フォンは手だけでアンジェラ以外の三人を集めて、ひそひそと話し合った。

 入口から歩いて来て、近くの椅子にどっかりと座るアンジェラは話を聞いてはいなかったが、大方どんな相談をしているのかは察せていた。これまでの因縁に決着をつけるべく、仲間達と決意を固め合う最終確認をしているのだろう。

 こそこそした話は暫く続いていたが、やがて打ち合わせが終わったのか、屈んで顔を寄せていた三人が立ちあがった。次いで、ゆっくりと痛みを堪えながらも、フォンも同様にベッドから出てきて靴に足を入れる。

掛布団の上に乗せてあるシャツを羽織って、淡い水色の病人用ズボンを履いているのを確かめてから、フォンは少しよろめきつつ歩き出した。


「フォン、無理しないでね。必要なら、あたし達だけでも……」


 彼の肩を支えたクロエだが、フォンは微笑んで彼女をの手を離した。


「大丈夫だよ。僕が行かないと、連中も話を聞かないだろうしね」


 顔色もあまり良くないが、これから起こる自分達にとっての最大のターニングポイントを前にすれば、何を言ってもフォンは必ずついてくるだろう。

 微笑み返したクロエ、サーシャ、カレンの三人は意を決した顔つきになり、順に部屋を出てゆく。まるで戦場へと向かうかのような面持ちで廊下を歩いていく三人にフォンはついて行こうとしたが、ふと足を止めると、椅子に腰かけたアンジェラに目をやった。


「……何かしら、フォン?」


 冷たい声だった。


「二日間、リヴォルを探してたんだね。傷を治すよりも、敵を見つけるのを優先してたね」

「どうしてそう思うの?」

「君ならそうするからだよ。でも、もうリヴォルはこの辺りにはいないはずだ」


 努めて平静を装っている彼女だったが、フォンは彼女が、本当は腸が煮えくり返るほどの激情に駆られているのだと見抜いた。

 復讐すべき相手を見つけ、追い詰めておきながらも敗北した。きっと、この二日間はリヴォルを探して回っていたのだろう。しっかりと休んでいれば相当ましになっているはずの傷が、きちんと癒えていないのがその証拠だ。

 だが、これから何日かけてアンジェラがリヴォルを探そうとも、きっと見つかりはしない。フォンは忍者だからこそ分かっているが、撤退するほどの怪我を負った忍者であれば、次回は必ず勝てるほどの戦力や作戦を有しない限りは、再び寄っては来ないのだ。

 リヴォルほどの忍者であれば、相当念入りに準備を進めてくるはずだ。だから、アンジェラの二日間は徒労に終わってしまうのが目に見えていたのだが、それでも彼女は家族の為に、奔走を止められなかったはずである。

 彼女の気持ちは、ひしひしと伝わってきた。だからこそ、フォンは彼女の肩に手を触れた。


「アンジー、まだ復讐の機会はある。今は休んでくれ、家族の為にも、自分の為にも」


 彼の手は、血が通っていないように冷たく、なのに暖かく感じられた。


「……両親は、ベンは、ずっと待ってるのよ。復讐を果たす時を」

「かもしれない。けど、無茶をした末に、君が来るのを待ち望んではいない」

「無茶なんてしてないわよ、私は。貴方に比べればね」

「いいや、相当している。現実を認めずにリヴォルを探しても、何も掴めない。今は何をするべきか、本当に見定める勇気こそが、復讐の悲願を叶える力になるはずだ」


 フォンに諭されたアンジェラは、彼の手を撥ね退けて、小さなため息をついた。


「……認めたくないわね、戦いに負けた、というのは」


 アンジェラの目は、窓の外に向いていた。

 長年殺すことを夢見ていた相手に負けたと認めるのは、心苦しいだろう。二日間の奔走も、ただひたすらに目を背け続けた結果なのだろう。フォンに言われずとも分かっていたが、彼の言葉で、ようやくアンジェラは現実を見つめたのだ。


「アンジー、生きている限りは負けじゃない。何度だってやり直せるんだ」

「……そうね」


 敗北はしたが、まだ戦いは終わっていない。

 ある意味で、アンジェラはフォンにかけられた言葉で救われた。だからこそ、彼女はフォンを一瞥すらしなかった。


「さてと、私のことはもういいから、あの子達について行ってやりなさい……安心して、リヴォルを探そうとはしないわ。言われた通り、ゆっくり休むわよ」


 ただ、そうとだけ聞いたフォンは、少しばかりの心配を残して部屋を出て行った。

 扉が開いたままの部屋に、アンジェラは一人残される。階段を下りる音が聞こえてきて、宿の入口の扉が開く音も聞こえてくるほどここは静かだ。

 アンジェラの瞳は、外の景色を見ているようで、見ていなかった。

 彼女の目に映っていたのは、彼女にしか見えない家族の在りし姿。

 いつでも目を閉じれば浮かんでいた彼らの存在は、今や目を閉じずとも、想えばたちまち現れるようになっていた。それはつまり、復讐を強く望んでいるからなのだと、アンジェラは一人で勝手に思い込んでいる。

 彼女は知らない。家族が真に願っているのは、唯一残った娘の、姉の安寧だと。

 彼女は知らない。死した者の願いが、いつでも自分の想いに沿ってはいないと。


「……待っててね、パパ、ママ……ベン」


 つう、と一筋の涙が、女騎士の頬を伝った。

 誰にも見せない悲しみが、怒りが、床を濡らした。

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