第135話 ニンジャ・キルボックス③

 圧縮した威容を点に解き放ったのかと思うほど、凄まじい爆発だった。

 暗黒を切り裂く眩い炎が、広場どころか空をも焼き尽くすかのようだった。勢い余って転んでしまったカレンをサーシャが引っ張って逃げなければ、二人とも巻き添えを喰らっていただろう。

 燃やす、などという言葉では到底表現できないほどの破壊は、山を揺らすようだった。近隣に住民がいれば、地震か、噴火でも起きたのかと思って逃げ出してしまうはずだ。それくらい、フォン達がリヴォルを仕留める為に仕掛けた爆弾の威力は凄絶だった。

 天に昇るかの如く燃え盛っていた炎だが、ゆっくり、ゆっくりと小さくなってゆく。家を燃やすほどの勢いが木を焼き、草を焼く程度にまで縮まり、煙のみとなった。

 本当ならもっと燃え続けるはずだろうが、これも忍者が使う火遁の術が持ち得る特徴のようだ。ついでに、周辺を黒焦げにしてしまった轟炎の傍にいても燃えておらず、爆風に耐えきった黒い塊が五つもあった。

 もぞもぞと、何かを纏って蠢くそれらは、やがて漆黒の布を取り払い、姿を見せた。


「……やったで、ござる、か……?」


 最初に顔を出したのは、土汚れと煤に塗れ、尻尾を揺らすカレンだ。


「……やった、かもね」

「げほ、ごほ……」


 次いでクロエが林の中から出てきて、サーシャがのそりと吹き飛んだ倒木の影から顔を覗かせる。いずれも息は荒く、顔中土や泥だらけではあるが、朝に負った怪我のダメージはあまり感じさせない。ついでに服だってちゃんと着ている。

 罠のシステムも破損したようで、ナイフと杭の雨霰はすっかり止んだ。地面に突き刺さっていないそれらは、爆風に乗ってどこかへ飛んで行ってしまったようだ。三人が投げ捨てた布に刃物が刺さっているのが、ある意味ではその証拠になっている。

 こうして姿を見せた三人だが、彼女達だけで爆殺劇を披露するに至ったのではない。何もかもお膳立てし、計画を企てた主犯である男と冷徹さを湛える女が、草むらから出てきた。


「死んだかしらね、あの女は。まったく、とどめは私がさすと言ったのに」


 ぶつくさと文句を言うのは、アンジェラ。隣を歩くのは、忍者のフォン。


「でも、妥協してくれた。ありがとう、作戦に協力してくれて」

「……確実に止める手段があるなら、そっちに従うわ。作戦は任せるとも言ったしね」


 フォンが小さく笑うと、彼女はつん、とそっぽを向いた。

 アンジェラの性格と事情を鑑みれば、自分がリヴォルを殺すといって突撃しかねなかったのだが、今回は作戦補助を優先してくれた。刃物や杭の攻撃を、彼女も移動しながらこっそりと起動してくれていたのである。

 フォンが企て、クロエ達が名乗り出て実働し、アンジェラが補助した。五人による作戦の結果は、広場を真っ黒に塗り潰すほどの煤と倒木、武器の残骸、滝口の前に残る何かだ。


「それにしても、凄いね、このマント。爆風どころかナイフも防ぐなんて……」

「大洋に棲むシードラゴンの皮から作ったマントだからね。重いけど、忍者が使う防具の中でこれ以上に硬いものはない。ただ、今回で大分損傷したから、また作り直さないと」

「こんなものをまだ作れるのでござるか?」

「時間はかかるし、素材は金貨五枚分ほどかかるけど、不可能じゃない。時間を見て作るようにしておくよ……皆、あれを見て。あの炭化した人体、恐らくリヴォルだ」


 警戒しながらフォンが指差す先には、地に伏せて動かない、黒い人型の物質。

 地面と同化しているのかと思うほど真っ黒なそれは、リヴォルが爆散したところにうつ伏せに転がっていた。衣服は当然焼失し、髪や身体的特徴も爆ぜてしまったのか、人型の炭か人間かの区別がつかないが、辛うじてひくひくと動いている。

 レヴォルがいないのは、盾にした際に跡形もなく粉々になってしまったからだろうか。


「……フォン、あれの首は貰うわよ」


 そんな無惨な様を見ても、アンジェラに情は湧かなかった。


「お前、首を持って帰るのか?」

「そうでもしないと、ベンもパパも、ママもが納得しないわ。私が仇を取ったんだって、家族に伝えるにはそれしかないもの。いいでしょう、フォン?」


 フォンとしては、あまり了承はしたくなかったのだろう。


「……ああ」


 しかし、本来アンジェラが手を組んでくれた理由を考えれば、首を横には振れない。

彼が少し迷ってから頷くのを見て、サーシャやクロエ、カレンすら不安そうに見守る中、アンジェラはすたすたと亡骸に近寄る。彼が頷かずとも、そうするつもりだったかのように。

 じゃらりと蛇腹剣を下ろしながら、指先の一つすら動かせない様子のリヴォルの首を刈り取るべく、アンジェラはリヴォルの前まで来た。あとは蛇の如くくねる剣を軽く振るうだけで、復讐は完全に果たされ、彼女の願いは叶う。

 今回は、フォンと戦った時とは違う。ベンと彼女は似ても似つかないし、相手は家族を殺した張本人だ。剣を振るうのを躊躇う必要は一切ない。だから、右手を大きく振りかぶり、真っ直ぐに揃った刃で首に狙いを定める。


「ここで終わりよ、化物。私の復讐を、終わらせる――ッ!」


 表情を憤怒に染め上げ、動かない屍に向かって、剣を一気に振り下ろす。

 目をこれでもかと見開き、血走らせ、解き放たれた月光の刃は、確かに届いた。

 間違いなく、確実に、首を斬り飛ばしたのだ。


「――え?」


 ただ一つ、彼女の思い通りにいかなかったことがある。

 黒く燃え焦げた屍の腕が動き、その指先から細い針が放たれた。

 首がなくなったというのに、体が動いた。しかも人差し指が上下に開いて射出された針は、アンジェラの薄い鎧と胸を貫通して、遥か背後の木に突き刺さった。


「な、なん、で……!?」


 ぐらりと、アンジェラがよろめいた。

 貫かれた旨を抑える彼女だが、突如の襲撃はこれだけでは終わらない。なんと、巨大な木炭の如き姿だった死体が立ち上がると、アンジェラの腹に強烈な蹴りを叩き込んだのである。めきめきと、アンジェラの腹が抉れる音と、死体の指が砕ける音が響く。


「お、ごが、あ……ッ!」


 アンジェラの体が、後方に吹き飛ばされた。二、三度、地面を擦って倒れ込んだ彼女は、何が起きたのかを理解できない表情で、仁王立ちする首なしの亡骸を凝視する。

 クロエ達も、フォンですらも、こんな動きは予測できなかった。首が飛んだのに、爆発で焼き払われたのに、どうして動くというのか。

人理に反した奇怪なる動作の原因は、化物の背後の地面から、唐突に出現した。


「――キャハハハハ――ッ!」


 リヴォルだ。

 傷だらけ、煤塗れのリヴォルが、地面から這い出てきたのだ。

 そんな馬鹿な、リヴォルは遺骸のはずだ。そんな五人の疑問は、彼女が代弁した。


「ねえねえ、私だと思った? 真っ黒こげになったレヴォルと私の区別がつかなかったんだよね? そうじゃなかったら、こんなに油断して近寄ってこないもんね!?」


 完全に狂った形相で大口を開けて笑うリヴォルの作戦は、成功だ。

 誰もがレヴォルは爆散し、リヴォルが死体だと思っていた。真実は、黒焦げになったレヴォルの下にリヴォルが潜り込み、爆発から逃れ、双方ともに無事だったのだ。


「もう終わりじゃないよね? 武器もあるし、体も残ってるし、遊べるよね?」


 どうにか立ち上がったアンジェラも含め、五人の額を汗が伝う。


「私はまだ遊べるよ、皆が死ぬまで、お兄ちゃんを手に入れるまでずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずうううぅぅっと遊べるよ。だから――」


 首のない人形をカタカタと揺らし、唯一残ったらしい右手の刃を握らせ、彼女は嗤い。


「――だから、ハンゾーの願いを果たす為に、私を楽しませてね?」


 血走った目が冷たい邪悪に染まり、五人を見据えた。

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