第127話 ニンジャ・エッジ

 朝から陽の当たらない影を、こそこそと歩く五人組。

 常日頃から野良猫か家なしの人くらいしか通らないくらい細く、塀に左右を遮られた道。時間も理由の一環だが、今は薄汚い浮浪者の姿すら見当たらない。

 そんな道だからこそ、彼らにとって、うろつくのには好都合なのだ。


「クソ……なんで、なんでこうなっちまったんだ……!」


 何かを後悔するように頭を掻くのは、勇者パーティのリーダー、クラーク。

 いつもの傲慢さも、身勝手さも感じられない今の彼にあるのは、ただただ焦りだけだ。まるで何かに首筋を掴まれているかのように、ちっとも落ち着いていない。


「冷静になって、クラーク。まだあの女がやったという確証はないわ」


 チームでもっとも冷静――或いは冷酷な魔法使いのマリィが宥めるが、焼け石に水だ。


「冷静になんてなれる!? 昨日だけで何人死んだか、あんた知ってるの!?」

「まさかあんなにヤバい奴だったなんて……!」


 武闘家のサラ、剣士のジャスミンも、いつもの不遜ぶりが鳴りを潜めている。こちらもまた、死に背中を追い回されているかのように、怯えっぱなしである。


「やっぱり、軽い気持ちで、暗殺なんて依頼するんじゃなかったんです……」


 彼女達ですらそうなのだから、最も気弱なナイトのパトリスは、もう生きた心地がしない顔つきだ。着こんだ鎧など、もう何の意味も持ち合わせていない。

 何かの襲来に怯え続けている彼ら五人は、一様に沈んだ面持ちだった。


「あいつらに好き勝手させねえようにするには、こうするしかなかったんだよ!」

「だ、だからって、あんな見るからに危ない人に頼むなんて……!」

「そうだよ、今朝の街の様子を見たでしょ!? フォンを殺せって言ったのに、どうして関係ない奴まで殺しちゃうのさ! それに自警団ならまだしも、無関係の街の人まで!」

「黙れよ、パトリス、ジャスミン! あいつらがやったって確証は……」

「あんたもマリィと同じこと言ってるよ! フォンが襲われた日の翌日に、あんなとんでもない放火があったのに、関連性がないって本気で思ってんの!?」


 サラに凄い形相で睨まれ、クラークは押し黙る。

 半ばパニックになったように喚き立てる内容というのは、当然、街で虐殺を繰り返そうと企てているリヴォルについてだ。彼女と勇者パーティは、決して無関係ではない。

 どれほどの関係かといえば、それが発覚すれば取り囲まれて住民にリンチされるか、若しくは王都騎士団によって牢獄へと叩き込まれる。

 そんな関係性がある彼らにとって、リヴォルの残虐性は想定外だった。ターゲットを殺しさえすればよかったのに、無関係の住民を次々と巻き込んでいる。そして直感に過ぎないが、この殺しは目的を完遂するまで終わらないし、エスカレートする気がしていた。

 だからどうしたものかと、五人は人目につかないところで相談していた。尤も、一番冷静なはずのマリィの手が震えている時点で、まともな判断ができる人員はいないだろうが。


「と、とにかく! 俺達もさっさと街を出ようぜ、フォンが死んでから戻ってくりゃあいい! 報酬も払えばあいつは納得して、俺達には手を出さないはずだ!」

「……そうね、そうしましょう。ほとぼりが冷めてから戻って来れば、きっとばれない――」


 クラークの意見に、恋人のマリィが珍しく同調した時だった。


「――何がばれないのでござるか、クラーク?」


 突然聞こえてきた猫撫で声に、勇者パーティが大きく震えあがった。

 彼らは振り向く必要もなかった。あまりに話し合いに夢中になっていたからか、声が正面からかけられたのにも気づいていなかったのだ。

 何者かと心臓を鳴らしながら前方を見据えた彼らの目に飛び込んできたのは、青い髪と黒いポニーテール、しなる長い爪と牙、右手に握られた鉄製の棒状武器『メイス』。


「随分と興味深い話をしているでござるなあ? それも酷い話を?」

「お前ら、色々知ってる。サーシャ、全部問い質す」


 カレンとサーシャが、それぞれの武器を手に立ち塞がっていた。


「てめえら、フォンの……!」


 咄嗟にクラークは剣に手をかけ、同じく武器や魔法を構えようとした仲間達と先制攻撃を仕掛けようとしたが、それよりも先に、一行の足元にどこからともなく放たれた矢が突き刺さった。勇者の髪を矢が掠めると、彼はこれまた震えた。


「この矢は、フォンの仲間の弓矢使いが!」


 振り向いたマリィの予想通り、塀の上には矢を番え、ぎりりと弦を引き絞ったクロエの姿があった。今の一撃は威嚇で、その気になれば誰の頭も容易く射抜けるのは明白だ。


「い、いつから……!?」

「あんた達がこそこそ逃げてから、ずっとだよ」


 彼らはまるで気づいていないが、クロエ達は勇者パーティが裏路地に入っていったのを見て、挟み撃ちをするように前後から回り込んでいたのだ。作戦は見事に成功し、正面のカレンとサーシャを破るのも、クロエの弓の一撃から逃げるのも至難の業である。

 クロエに睨まれ、クラーク達は武器から手を離す。マリィも掌に宿した赤い魔法の光を収縮させ、八人以外の気配がしない狭い路地で、敵は完全に沈黙した。


「それでいいの、大人しくあたし達の言うことに答えるだけでいいんだよ。話を戻すけど、誰に何を頼んだのかな?」

「お、お前らには関係ない……」

「関係あるでしょ。悪いけど、さっきからこそこそ話していた内容は大まかに聞かせてもらってるの。必要なのは、あんた達が何をしでかしたか、はっきりと証言することだよ」

「に、兄ちゃん、ヤバいよこれ……!」


 ジャスミンだけではない。クラークの仲間は皆、一様に焦り、戸惑っている。

 恐らく、彼女達はクラーク達が罪を自白するまで逃がしてはくれない。さりとて、罪を自白して、フォンを殺そうとしたと言えば彼らの命はない。

 つまり、勇者パーティの現状は詰んでいる。滝のように流れる汗がその証拠で、パトリスに至っては既にぼろぼろと泣いてしまっている。他の面子も、半ば涙目だ。


「……フン、ヤバくねえよ。何もな」


 ただ、クラークだけは違った。

 正確に言えば、さっきまでは確かに怯えていたはずなのに、今はやけに強気なのだ。強大な魔物が味方に付いたかの如く、歯を見せてにやにやと笑っているのだ。

 苛立つクロエを睨み返すほど、彼には余裕が戻ってきている。


「お前らは勘違いしてるみたいだからな……教えといてやるぜ。命を狙われてるのはフォンだけじゃねえんだよ。俺達はこう言ったんだ、邪魔になる奴ら全員だってな」

「意味が分かんない。ちゃんと説明しなきゃ足をもぎ取るよ」

「そんな必要はねえよ、ククク……なあ、お前ら?」


 クラークの言葉の真意に気付いたのか、勇者パーティ全体にも醜悪な笑みが伝播する。


「何がおかしいのか知らないけど、話す気がないならここでぶちのめすだけだから」


 痺れを切らしたクロエは、遂に威嚇射撃として矢を一発、敵目掛けて放とうとした。

 だが、彼女よりも早く動いた者がいた。


「――お前らも標的なんだよ! 仕事をこなしてもらうぜ、暗殺者ァ!」


 クラークの命令に従い――契約に従い、ずっと彼らの周囲にいた九人目。

 その気配を、クロエ達の誰も察せなかった。よもや自分の背後に誰かがいるとは思ってもいなかったし、尾行する自分達が尾行されているなど想像もつかなかった。

 当然だ。相手は尾行と追跡のプロ、暗殺と襲撃の達人なのだ。


「――えッ」


 なので、気付かないのだ。クロエの腹を、背後から刃が貫くまで。

 どこかで見た艶めきと輝きに、赤い血が滴る。カレン達の目の前で、弓が落ちる。よろめいたクロエの背後に立っているその姿を、誰もが知っていた。


「ごめんね。皆、お兄ちゃんを呼び出す為の餌になってね」


 白い髪とワンピース、黒いコートと瓜二つの顔。つまり、リヴォルとレヴォル。

 人形の姉妹は雇い主の命令通り、フォンと彼の仲間達を殺すべく動き出した。

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