第105話 救出と忍者

 さて、アンジェラがいなくなったのであれば、カレンも忍術を惜しむ理由がない。


「ようやく忍術を使えるでござるな――忍法・火遁『連炎つららほむらの術』!」


 彼女はコートのポケットから縄で連ねられた筒のようなものを取り出すと、爪で擦って火をつけ、敵に向かって投げつけた。すると、筒は連鎖するかのように爆発し、辺りにいた黒ずくめの連中を諸共吹き飛ばしてしまった。

 カレンが得意とする火遁の忍術は、一対多数の状況でこそ真価を発揮する。特に、未だにわらわらと這い出てくる敵に対してはうってつけともいえる。


「カレン、一応そこら辺の分別はついてたんだね……って、邪魔だよッ!」


 ただ、そんな炎に焼かれても、クロエの矢で射られ、サーシャに殴り飛ばされても、敵の勢いは減らない。これでは埒が明かないと思ったのは、サーシャはナイフを振りかぶった敵の頭を素手でかち割ると、クロエに向かって吼えた。


「おい、クロエ! お前、クラークのところ、行け!」

「拙者とサーシャでこいつらを一網打尽にするでござる! さっさとあの間抜け共を助け出して、一先ずこの洞窟を脱出するでござるよ!」


 クラークの救出をクロエに一任するサーシャに、カレンも同意する。

 敵の数がどれほどかは不明だが、このまま三人と一匹で敵を相手にしていてもきりがない。ならばとばかりに陽動役を請け負った二人を見て、クロエは頷いた。


「……分かった、直ぐに戻ってくる! ミハエル、ついてきて!」


 そうして、彼女は鷹を引き連れ、クラークが引きずられていった道を走り出した。

 後ろからは逃がすな、とか追いかけろ、とか聞こえてきたが、直ぐにサーシャ達によって遮られてしまった。行く手を塞がれた敵は、簡単には追ってこられないだろう。

 洞穴の中でも死闘を覚悟していたクロエだったが、敵の数はあまり多くなかった。しかも、その数少ない敵も、バトルホークの白い翼と嘴が撃退してくれる。しかも鷹は、分かれ道があっても、クラークがいる場所を知っているかのように先導してくれるのだ。


(ついてきてとは言ったけど、ミハエルの方があたしを案内してくれてる……フォン、魔物をここまで調教するなんて、凄いなんて次元の話じゃないよ!)


 走りながらもフォンの隠されていた才覚にクロエが驚いていると、あっという間に開けたところが見えてきた。さっきの広場よりも狭いそこは、格子が見える点から、牢屋であると窺える。

 おまけに門番もいるが、ただの一人だけ。ならばと、クロエは矢を番える。


「ここだね、あとはあの門番を……でりゃあッ!」

「あびゅッ!?」


 敵が気づくよりも先にクロエが放った矢は、門番の眼球を貫いた。

 敵が倒れるよりも先に、クロエは既に死んでいる門番を蹴飛ばした。その間際に黒づくめの敵が腰に提げていた鍵の束を引き千切った。

 そして、唯一使われている様子の牢の前に立つと、中で蹲る連中を見下ろした。


「……洞窟からここまでそう遠くなくて助かったよ。で、いつも見下してる相手に助けられる気分はどうかな、勇者サマ?」


 中にいるのは、やはりクラーク達であった。

 肝心の治療担当であるマリィが動こうともせず震えているのだから、怪我は当然ちっとも治っていない。だからクラークや前衛の二人はぐったりとしたまま。それでもクロエの声を聞いて何かを思ったのか、勇者は顔を上げた。


「……おばえは……ふぉんの……」


 細めた口をぱくぱくとした動かせない惨めなこれが、勇者か。

 あまりに惨めな様に、クロエは自分の中にあった彼らへの怒りが冷えていくのを感じた。地べたに這いつくばる負け犬に怒る気力すら、勿体ないと思えたのだ。


「本当は助けたくなんかないけど、フォンの頼みだとあたしは断れないんだよね」


 彼女が乱暴に格子を蹴ると、鉄が反響する音が聞こえた。ミハエルが欠片も動じないそれだけの音で、クラーク達はびくりと体を跳ねさせ、涙を滲ませた。

 しかし、薄っぺらいプライドが剥がれ、惨めな有様しか残さない勇者パーティでも、フォンが助けないといけないと言ったならばなるべく願いを叶えてやるのがクロエだ。鍵をくるくると指で回しながら、心底嫌そうに言ってやった。


「さっさと立って。ここを出るよ、負け犬パーティ」


 クラークは悔しさを顔に出さなかった。

 ただただ安心した調子の表情しか浮かべなかった勇者、もとい負け犬連中を見るクロエの目は、どこまでも冷めていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 その頃、カゲチヨと別れたカゲミツは、何人もの部下を率いてアジトに点在する秘密の出口に向かって走り続けていた。

 同胞以外は絶対に知らない出口は何か所かあり、万が一の時にはそこから脱出できるようになっている。だから捕まる心配はあまりなかったのだが、カゲミツの心配は逃走ではなく、突如として侵略しに来たあの連中への怖れだった。


「ハァ、ハァ……クソっ、なんなんだ、あいつらは……!」


 あれだけの戦力を有するパーティをどうして自分達が知らなかったのか、そこまで有名になっていないのか。謎は多いが、とにかく一つだけ言えるのは、彼らの総戦力は現時点での自分達を優に上回っていることだ。


「カゲミツ様、これからどうしますか!?」


 後ろを走る部下に問われ、カゲミツは振り向かずに答えた。


「この根城を捨て、新たな拠点を作るほかない。冒険者連中は警戒するだろう。ほとぼりが冷めてからもう一度儀式を――」


 もう一度儀式をやり直せばいいと言いたかったが、不意にカゲミツは足を止めた。

 ――さっきまで聞こえていた同胞達の足音、その全てが刹那の間に聞こえなくなってしまったのだ。何が起きているのか、というより何が起きたのかとカゲミツが噴き出す汗も拭かずに顔と体を背後に向けると、恐ろしい光景が広がっていた。

 同胞達は全員、一つの長く黒い布で体を縛り付けられていた。

 口を塞がれ、両手足を縛られ、しかも一塊にされている。箒で纏めて掃かれた埃のように、黒ずくめの男達が固められた光景をカゲミツが呆然と眺めていると、黒い塊の奥からゆっくりと彼らを起動不能に追い込んだ張本人が現れた。


「忍法・『轡車輪くつわしゃりん』。喋られず、動けず。拘束する類の忍術の基礎だ」


 黒いバンダナをはためかせ、カゲミツの前に姿を見せたのは、フォンだ。


「――そして彼らの返事だけど、僕が代弁するよ。儀式を続けさせるわけにはいかない。君達を、ここから逃がすつもりもないよ」


 焦げ茶色の瞳で睨まれたカゲミツは、フォンの代弁など聞いていなかった。


「……あれだけの数を、一瞬で……しかも、忍法だと……!?」


 無傷であるにも拘らず完全に動けなくなった敵を軽く転がし、立ち上がれなくしたフォンは、カゲミツに冷たい声で言った。


「改めて、自己紹介しておくよ――僕はフォン。ただの忍者だ」


 ラスト・ニンジャは、何故か悲しい目をしていた。

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