第39話 森林と忍者


 翌日、フォン達は予定通り、朝からとある山林地帯に来ていた。

 昨日受注した依頼をこなす為に来たこの森は、以前フォンとクロエが来たタスクウルフの生息地とは違う、ギルディアの街から見て南部にある森。前者よりもずっと危険で、熟練の冒険者でも命を落とすケースがあるほどの場所だ。

 そんな森の入り口から少し進んだ先にいるのは、フォンとクロエ、サーシャ。


「……で、この森にテナガオークとやらがいるでござるな?」


 そして、ぶすっとした顔で同伴した、忍者を名乗るカレンだ。

 約束通り、彼女はフォンの素性の善悪を確かめるべく、テナガオークの討伐についてきた。じっと見つめる彼女からの目線に慣れないのか、フォンは少し落ち着かない様子だ。


「本当はもうちょっと奥の森に住んでるんだけど、近くの村に迷い込んでから、すっかり人の味を覚えちゃったみたいなんだ。子供を襲うからって、討伐の依頼が来たの」


「童を襲うとは……卑劣でござる、絶対に許さんでござる!」


 どんな相手であろうと、子供を襲う者は等しく悪。ならば子供が大人を襲えばどんな反応をするのか、とクロエが首を傾げる。

 彼女の話を聞いたフォンもまた、別の意味で首を傾げた。


「討伐依頼なんだろう? 危険な魔物みたいだし、殺さなくていいのかい?」


「処分方法は定められてないからね。生け捕りにして売り飛ばしても、被害が及ばないようにすれば依頼は達成扱いになる。だからサーシャ、今回は出番はないよ」


「サーシャ、退屈」


 トレイル一族最後の闘士、サーシャの役割は敵を滅し、潰し殺すこと。敵を倒せないと知った彼女は、黒のポニーテールを指で弄り、随分と退屈そうな顔をしていた。


「普通に討伐するだけなら銀貨五枚だけど、捕まえて街はずれの業者に引き渡せば、追加で銀貨三枚はもらえるってわけ。フォン、今回はよろしくね!」


 尤も、フォンにとってはそうはいかない。出番がないどころか、今回は主役同然だ。

 魔物の生け捕りは、殺すよりもずっと難しい。殺してしまわないように立ちまわり、攻撃をしないといけないのに、敵はこちらを殺す気で来るのだ。魔物の討伐に慣れた冒険者がうっかり殺された、などという話は枚挙にいとまがない。

 フォンとしては、全くもって問題ない。自分の五倍は大きな魔物を、訓練時代に十匹狩るまで里を追い出される修行よりはずっとましだ。


「そういう話なら、分かった。僕に任せて」


 陽光を遮る鬱蒼とした木々の先を進もうとしたフォンだが、カレンが躍り出た。


「待てぃ! お主のような忍者に頼らずとも、拙者の力があれば外道のオークなど取るに足らず! 悪の忍者は、そこで指を咥えて見ているがいいでござる!」


 随分とやる気のようだが、どうやら役に立とうという気持ちよりも、自分の力を見せつけてフォンを屈服させようという気持ちの方が強いようだ。昨日も見せつけるような技術の使い方は良くないと言った矢先にこんな態度では、まるで反省の色が見られない。

 ならば、フォンもやりようを変える必要がある。つまり、カレンの本質と実力をしっかりと見極めるだけでなく、若輩な自分なりに、忍者としての姿勢を教える必要が。


「まずは、オークの手がかりを探すでござる! 忍者はこういう時……」


 意気揚々とオークの居場所を探し始めようとしたカレンだが、その必要はない。


「うん? もう見つけてるよ?」


 なぜなら、フォンが既に手がかりを見つけているからだ。


「……なぬ?」


 きょとんとするカレンに見せつけるように、フォンは近くの黒ずんだ岩を指差した。


「そこの岩の削り跡と泥の一直線、オークが棍棒を引きずった跡だ。テナガオークは指先が脛まで届くから、どうしても手持ちの棍棒が擦れる。辺りの木が凹んでるのは、彼らが休息を取る時にもたれかかったからだ。彼らは横になって眠らないからね」


 彼の言葉通り、岩と地面の間くらいに、擦ったような白い一直線の痕跡が残っている。更にフォンが岩に近寄ると、ブーツを汚す泥濘の中に、別の手がかりが見つかる。


「三本指の足跡が地面に残ってる。雨で薄れてるけど、これだけ見えれば十分追えるよ」


 これで手掛かりは揃ったわけだが、負けたように思えたのか、カレンは納得しない。自分の方が優れているのだと証明しようと、半ば躍起にすらなっている。


「むぅ……ならば、最も安全な道を教えるでござる! 足跡を辿りながら……」


 それすらも、フォンは許さなかった。

 カレンの言葉を遮るように、フォンは一番手近な木を垂直に登って、少ししてから飛び降りた。無論、戯れなどではなく、その合間に周囲の地理を全て把握する為だ。


「ここから足跡を辿っていくと谷にぶつかるから、オークは向かってないはず。痕跡を探しながら別の道を使って森の奥に行こう。東側に行けば、比較的安全なはずだよ」


「オッケー。じゃ、行こっか」


 泥濘とは別方向の木々の奥を指差したフォンに従い、クロエ達が歩いてゆく。


「ぐ、ぐ、ぐぬぬ……!」


 同様について行きながら、フォンを親の仇の如く睨むカレンを見て、フォンは悟った。


(やっぱり。今確信できた、彼女は忍術を使うけど、基礎はてんでダメだ。つまり――彼女の忍者としての修行は、完全に独学だ)


 この程度の技術も会得していないカレンは、忍者の修行を受けていない。

 つまり、カレンを例えるならば、忍術が使えるだけの、ただの少女である。

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