第31話 三人と忍者


 フォンが現在住まうのは、ギルディアの街。

 冒険者の街とも呼ばれており、街の中央に鎮座する冒険者への依頼斡旋案内所を囲むように冒険に関わる施設、つまり武具屋や宿、雑貨屋が犇めく。

 街の内外から冒険者がやってきて、魔物の討伐や希少品の納品といった依頼をこなし、彼らは生計を立てている。その為、案内所はいつだって人で賑わっているし、宿に泊まれない貧乏人の為に、食事も注文できる。半ば酒場のように騒がしい。


「フォン、大丈夫? なんだか元気がなさそうだね」


 そんな案内所に乱雑に並べられたテーブルを囲むのは、フォンと彼の仲間、クロエ・ディフォーレンとサーシャ・トレイルだ。

 パイナップルのような形の金髪が目立つクロエは、フォンの最初の仲間。最初は彼を利用しようとしたが、彼の優しさと悲しさに触れ、最終的にはフォンとフェアな関係になった。職業は弓矢使いで、背負った巨大な弓で的確に獲物を射抜く。

 ボロボロのマントを羽織った、黒髪のポニーテールが特徴の仏頂面がサーシャ。戦闘民族の生まれである彼女は、フォンに決闘を挑み、現在休戦中。とある依頼で彼に助けられてからは、彼と決着をつけるべく、行動を共にしている。

 朝食としてパンケーキを頬張り、ジョッキ一杯の茶色い飲み物をがぶがぶと飲む三人。

 傍から見てもおかしなパーティだが、実力はお墨付き。そんな三人は、冒険者として今日も今日とて、依頼を受注しに案内所にやって来たのだ。


「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。そういうクロエこそ、顔色悪いけど」


 フォンはともかく、クロエにははっきりとした思い当たりがあるようだ。


「あー、昨日自分の部屋で飲み過ぎたからかも……いや、いい、兵糧丸はいいから!」


 フォンが腰のベルトに取り付けた小物入れから取り出そうとしたのは、黒い指先サイズの食糧らしい球。それがどんなものかを知っているクロエは、慌てて首を横に振る。


「ん? これ一つで気分が楽になるよ?」


「それより、兵糧丸を呑んだショックで、毎度味覚が吹っ飛びそうになる方がきついんだよね……口の中でカメムシが爆発したような味なんだから」


 口に苦すぎる良薬『兵糧丸』を拒むクロエと、それを仕舞うフォンを見て、サーシャはフン、と鼻を鳴らす。テーブルに立てかけられた、フォンよりも高い彼女の背丈よりも大きな鉄製のメイスが、彼女の剛健さを物語っている。


「体調管理、戦士の鉄則。お前達、戦士の自覚ない。サーシャ、健康」


「あんたとフォンの胃袋が異常なの。ったく、うちのパーティは化け物揃いなんだから」


「サーシャ、お前達と組んでない。サーシャ、フォンを倒す。フォンを監視する為、お前達と一緒にいる、それだけ」


 孤高を好むサーシャは、いつもこの調子だ。

 しかし、十九歳のクロエは、この武骨な二十二歳を丸め込む術を知っている。


「はいはい。でも、一人じゃ受けられない依頼があるのは事実よね?」


「うっ……」


 クロエがさらりと言うと、サーシャは押し黙った。

 確かに彼女の実力は、一人でそれなりの魔物を討伐できるほどではある。だが、依頼には往々にして、一定数の人数でパーティを組んでいないと受けられないものもある。

 魔物を狩ってトレイル一族の名を上げるサーシャにとっては、人数制限だけで狩れない魔物がいるのは無念でならない。なれ合いを嫌う彼女がパーティを組んでいるのは、そんな理由もあるのだ。

 赤いマフラーを揺らしながら、クロエは話を変える。


「実際、あたし達三人で組み始めて、ちょっとずつだけどギルディアの街では有名になりつつあるんだよ。ほら、この前のマンイーター討伐依頼とかね」


「マンイーター……僕が燃やした、植物の魔物だ」


 フォンが思い出すように呟くと、クロエが微笑む。


「そうそう、あの魔物に庭園を占拠されてた依頼人、ちょっと有名な富豪だったのよ。報酬も弾んでくれたし、名前も広めてくれたみたい」


 三人がパーティを組む切欠となった依頼――ゴブリン討伐の一件以降、彼らは何度か依頼をこなしてきた。そのいずれも、三人は成功させてきた。

 サーシャがあらゆる魔物を叩き潰し、クロエが弓矢使いとしての腕前やサバイバル知識を活かす。フォンはというと、あらゆる面で、普通の冒険者が百人集まっても相手にならないほどのスペックを発揮してくれた。

 特に、フォンが使う『忍術』は、この世界で用いられる『魔法』と呼ばれる超自然的な能力と比べても遜色ないどころか、魔法を上回ってすらいる。世界でただ一人の忍者である彼が使う力は、火や閃光を操り、凄まじい筋力と威圧で魔物すら圧倒する。

 気づくと、少しずつではあるが、彼らの高名は広まりつつあった。歴戦の冒険者ほどではないにしても、彼らに任せれば少しばかりは安心だろう、という程度には。


「あとは、六色水晶の納品とかね。あれもフォンが直ぐに採掘場所を見つけてくれたから、結構あっさりと終わったけど、本当なら半月はかかる依頼なんだって。そんな依頼をサクサクこなしたから、あたし達が有名になるのも、まあ当然ってわけ!」


 嬉しそうなクロエの表情が示す通り、名声が上がれば、名指しの依頼が入ってくるのもそう遠くない。他の者に横取りされない仕事は、それだけで価値があるのだ。


「有名になれば、指名での依頼もあるだろうし、ありがたい話だね」


 同じく嬉しそうなフォンだが、サーシャだけは相変わらず仏頂面。


「どうでもいい。サーシャ、フォンと決着付ける、それだけ」


 ぎろり、と睨みつけてくるサーシャに対し、フォンは参った調子で苦笑い。


「あはは……」


 とにかく、三人で結成されたパーティは、すっかり平らげられた朝食のように、かなりの好スタートを切っていた。

 ただし、何事も良い事柄ばかりではない。世の中には、少しの問題が必ずある。


「あたしとしては、もうちょっと有名になるのも悪くないって感じかな。指名依頼は報酬も高くなるし、財布が肥えれば酒代も……」


 クロエがジョッキの中身を空にしながら喋っていると、話は後方から遮られた。

 この声こそ、まさに困り事だった。


「よう、フォン。随分調子に乗ってるみてえだな」


 ジョッキを乱暴にテーブルに置いたクロエの後ろ、つまり彼女を挟んでフォンの前に立っているのは、見慣れた、しかしできるなら二度と見たくない一団。

 あからさまに不機嫌な表情を露にするクロエとサーシャ。フォンが少しだけ顔を上げると、視界に入るもの全てを小馬鹿にしたような表情を浮かべる男と、彼の仲間らしい面々が、案内所に入って来ていた。


「……クラーク」


 無意識に、彼は男の名を口に出した。

 逆立った銀髪のハンサムガイと、後ろに続く四人の女性。

 彼らはかつて雑用係だったフォンをクビにした、『勇者』クラークのパーティである。

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