第17話 ニンジャ・デュエル


 外に出たフォンを待っていたのは、背負っていた武器を右手に握り締めたサーシャと、喧嘩が起きると聞いて集まってきた野次馬だった。中には、さっきまで案内所で一連の流れを見ていた者までいる。

 フォンの後ろを歩くクロエはまず、サーシャが握っている、黒く長いハンマーのような武器に、目を見張った。

 明らかに鋼鉄製のそれは、彼女の背丈ほど大きく、太い先端にいくつもの棘がついている。メイスと呼ばれる武器だと、彼女は知っていた。そんなものをサーシャが乱雑に振り回しているのを見て、クロエは、フォンに小声で警告した。


「……あんなでっかいメイスを、軽々と……フォン、気を付けて」


 ありがとう、と小さな声で言ってから、フォンはサーシャと向かい合った。彼女とメイスの重さが乗った石が割れている。あの武器は、どれほどの破壊力を秘めているのか。


「お前、決闘受けた。死ぬまで戦う、一族の掟」


「死ぬまでは駄目だよ、負けを認めるまでにしよう。僕が――」


 かつてのフォンのように、掟に縛られるサーシャが、彼の言い分を聞くはずがない。


「サーシャ、お前の話、聞かないッ!」


 先手必勝とばかりに走り寄り、フォン目掛けてメイスが薙ぎ払われた。

 クロエはてっきり、彼がさっと避けるものだと思ったが、何とメイスはフォンの横腹に直撃した。周りから歓声が湧き上がり、クロエの目が大きく見開く。


「フォン!?」


 サーシャもまた、手ごたえから、フォンの肉体を破壊したと確信した。


「他愛ない、この程度…………っ!?」


 だが、違った。

 サーシャのメイス、その棘に突き刺さっていたのは、フォンの胴回りと同じくらいの丸太。一体、いつから持っていたのか、いつの間にすり替わったのか。

 その答えではないが、答えを知る者の声は、メイスの柄にしゃがみ込んでいた。


「忍法・木遁『変わり身の術』。トレイルさんの打撃は鋭くて強いけど、それじゃあ忍者には勝てない」


 変わり身。一瞬で攻撃の対象をすり替え、あたかも攻撃が命中したかのように見せかける術。フォンはここにいた全員の目を、さもやられたかのように欺いてみせた。


「忍者、サーシャ、知らないッ!」


「勿論さ、忍者は忍ぶ者だから。今は違うけど……ねっ!」


 フォンが乗ったメイスを、サーシャが地面に叩きつけようとするより先に、今度は彼が動いた。掌大のボールをどこからか取り出すと、それを地面に叩きつけたのだ。


「ぐッ!?」


 たちまち、一帯を眩い光が覆った。見物しているクロエや衆人はともかく、眼前で光を目に浴びたサーシャは、あまりの明るさに、思わず立ち眩む。


「これは忍法・雷遁『閃光玉』。言っておくけど、僕は貴女を攻撃しないよ」


 これぞ忍術。手を絡め、直線的な攻撃をかわす、フォンの得意分野だ。


「舐めているのか、サーシャを、このぉッ!」


 サーシャはやぶれかぶれに、その場でメイスを振り回した。当たるのは地面ばかりで、抉れるのは石だけ。それでも目が慣れてくると、彼女はまた、フォンに襲いかかる。

 しかし、今度はもう、フォンは変わり身を使わなかった。まるでメイスの攻撃がどこに来るかを知っているかのように、一撃、二撃、三撃と、紙一重で避けるのだ。


(こいつ、殴っても殴っても、当たらない!)


 だとしても、サーシャは攻撃の手を緩めない。


「うおおぉぉッ!」


 ただ、緩めない余り、集中力が切れているのに、彼女自身も気付かなかった。


「早い、けど――甘い」


「な……!」


 気づいたのは、フォンだった。

 パーカーの内側から取り出した、鎖が底に付いた手鎌を取り出すと、分銅のついた鎖をサーシャのメイス目掛けて投げつけたのだ。鎖は見事に柄を絡め取ると、自分が焦っているのをようやく理解した彼女の手から、メイスを奪い取った。

 かなり重たい様子のメイスは、地面に引きずられ、鎖と共にフォンの手元に渡った。


「忍具・鎖鎌。技術さえあれば、どんな重さの武器をも奪う……言っておくけど、僕の師匠なら、これまで二十回は貴女を殺せた。そして僕は今、貴女の武器を握っている。まだ、続けるの?」


 誰もが、フォンの実力に驚愕していた。

 この辺りでフォンを知っている連中は、彼が単に勇者パーティの荷物持ちで、真面目で優しいが力はないと思い込んでいた。

 それがどうだ。目にも留まらぬ速さで技を披露し、圧倒的なパワーを持つサーシャの攻撃をいなし、あまつさえ武器を奪い取るとは。あれが本当に、フォンなのか。


「あれが、忍術……フォンの忍者としての力……」


 陰に徹さなくなった忍者の力を再確認するクロエ。一方でサーシャは、まだ戦う意志を消し去ってはいなかった。


「――サーシャを、馬鹿に、するなッ!」


 メイスに頼らず、彼女はフォンに殴りかかった。

 ならばとばかりに、フォンは鎖鎌とメイスを捨て、拳で応じる。ただ、握り締めてはいない。平手を翳し、サーシャの拳を撫でるようにして、攻撃の方向をずらした。


「忍者の動きは、柔だ。貴女は剛。柔よく剛を制す、忍者の教えだ」


「サーシャ、トレイル一族で一番、力強い! だから、お前にも負けない!」


 彼女は言うが、必死で攻撃するサーシャに対し、フォンは息切れ一つ起こしていない。

 あらゆる攻撃を、最低限の行動で無効化している。このままいけば、サーシャがフォンの頭を砕き割るより先に、スタミナが尽きてしまうだろう。


「それは敵わない。忍者に手の内を見せ過ぎた、貴女の動きはすべて読んだ。もう分かってるんじゃないかな、自分の攻撃が変わり身すらされず、当たってないのに」


 それでも彼女は、諦めない。戦いの、トレイル一族の掟に従って。


「トレイル一族、諦める奴、いない! サーシャ、最後の一人でも、諦め――」


 掟と戦いが全てであるサーシャは、体中に力を込めようとして。


「……へにゃあ」


 突如、妙な声と共に、その場に倒れ込んでしまった。

 うつぶせになって、ちっとも動かない。細身だが屈強な体つきが、急に軟体動物になってしまったかのようだ。


「……えっ?」


 呆気にとられるフォンの前で、サーシャが顔を地に伏せたまま、言った。


「…………腹、減った。サーシャ、動けない」


 その場にいた全員が、すってんころりと転びかけた。

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