勇者パーティーをクビになった忍者、忍ばずに生きます

いちまる

風雲!ラスト・ニンジャ

第1話 ニンジャ・リストラ


 彼に家族はいない。

 愛情を込めてつけられた名前もない。

 里ではフォンと呼ばれていたが、それも師匠の死に伴い、襲名しただけ。名付け親も、過去もない。あるのは里での修行の日々と、命を懸けた闘いの日々だ。

 とある事情で帰るべき場所を亡くしてから、彼は里からずっと遠く離れたギルディアの街の、冒険者達がたむろする総合案内所で、自分を雇ってくれるパーティを探した。


 幸い、パーティは直ぐに見つかった。しかも、勇者がリーダーというではないか。

 勇者。剣術と魔法、双方を使いこなし、一部の村落では崇められるほど希少な職業。その域に達するのはごく僅かの才覚ある者のみと言われる存在。

 奉仕のしがいがある。己に物事を命じられることを至上の喜びとしていた彼は、一年以上、どんな命令にも従い、あらゆる手を尽くし、パーティに貢献してきた。


「――なんだって?」


 だから、信じられなかった。


「二度も言わせるなよ。お前はクビだ、フォン」


 彼――フォンは、自分がパーティから外されるなんて思ってもいなかった。

 彼の詳細を記そう。十七歳、男性。茶色のショートヘア。目の色は焦げ茶。鈍色のパーカーとポケットが沢山ついた黒いカーゴパンツ、底の厚い革靴を着用。黒いベルトには小物入れを幾つも提げている。細身だが筋肉質。口元を隠す黒いバンダナが目立つ。

 そんな彼に、とある宿の一室でクビを宣告したのは、誰あろう勇者にしてパーティのリーダー、クラーク。部屋の中央の大きな椅子にふんぞり返って座る、逆立った銀髪が特徴のハンサムガイだ。

 クラークが率いる勇者パーティは、周囲からの評価以上の実績を上げ、ギルディアの街どころか、一帯でその名を知らない者はいないほどだった。

 そんな名誉あるパーティに加入してもらえるのだから、フォンは里にいた頃よりずっと、それこそ体に鞭打って、仲間の為に身を粉にしてきた。

 必死に働いてきた、結果がこれだ。フォンは当然、リーダーに抗議する。


「な、なんで!? 僕はずっと、パーティの為に……」


「荷物持ちと地図作り、雑務だけだろ? 戦闘で何か、役に立ったか?」


 フォンは、言葉を詰まらせる。

 勇者パーティの戦闘力は高い。特にクラークの剣技は特筆すべきで、正直なところ、フォンが戦闘に介入しなくても十分だった。だから、彼は裏方に徹したのだ。


「誰にでもできることを裏でやってるだけの癖に、そんなもん、自慢にもならねえんだよ。一年間働かせてやったのに、それ以上のことを何もしなかったじゃねえか」


「だけど、一年間頑張ってきた! 僕は皆の為に!」


「いいんだよ、そういうのはさ。大事なのは結果じゃねえか。第一、お前の職業は意味が分からねえんだよ。聞いたことがないし、気味が悪りい」


 陰でずっと、こそこそ、うろうろ。その様子が、勇者は気に入らなかったようだ。

 しかし、彼の言うところの『誰にでもできること』こそが、真の価値を持つと、フォンは思っていた。だから、彼はまだ反論した。


「でも……」


 そんな反論すら、最早パーティは認めなかった。


「ああ、もう! 男の癖にうじうじと、みっともない! あんたはクビって言われたんだから、ごねてないで大人しく従ったらどうなの!」


 フォンにきつい言葉を投げかけるのは、武闘家のサラ。筋肉質の体つきと目の覚めるような赤色のショートヘアが特徴。気の強い性格で、男らしくない男を嫌う彼女の言葉に続き、別の方向からフォンをなじる声がぶつけられる。


「そうそう、フォンってば地味だし、ダサいし! せっかくクラークってイケメンがいるのにさ、パーティの印象が悪くなっちゃうじゃん!」


 子供特有の明るい表情と声でフォンを小馬鹿にするのは、剣士のジャスミン。パーティでは一番幼い、赤紫のツインテールが特徴の少女。二刀流剣術を得意とする。

 二人とも、クラークに心酔しており、フォンをただの雑務役としか思っておらず、勇者の言うことなら何でも信じ込んでしまう。きっと、フォンをクビにすると陰で相談していた時も、二つ返事でイエスと言ったのだろう。

 三人に睨まれても、フォンは諦めなかった。まだ、ここに残れる可能性があるからだ。


「……マリィ、僕は……」


 彼の隣に立つ、マリィこそがそうだ。

 杖を背負った、小柄で栗毛の地味な、魔法使いの女の子。サラたちと違って弱気な性格だが、フォンとは一番話す機会が多く、彼にとっても心の拠り所だった。何かにつけて文句をぶつける他のメンバーと違い、マリィだけは彼と心を通わせていた。

 恋人同士ではなかったが、友情以上のものを通わせていた。

 と思っていたのは、きっと彼だけだ。


「……ごめんなさい、フォン」


 マリィは頭を少しだけ下げて、そそくさとフォンの隣を去った。彼女が新たに駆け寄ったのは、クラークの傍だった。

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