第31話 レッドディッガー戦

 あくる日、前日と同じようにダンジョンの6階にやって来た僕たちは、明らかな様子の変化に違和感を感じていた。


「魔物が、いない……?」


 昨日のようにうじゃうじゃと寄ってきていた魔物たちが、今日は一匹たりとも姿を見せない。


 ダンジョン6階から新たに登場するようになったカールベアーという熊型の魔物をはじめ、今までに戦ったゴブリンやフォアウルフ、ファットコンドルもいない。

 それどころか、ダンジョンにあるはずのない「静寂」が訪れていた。


「これは一体……?」

「ダンジョンボス、ですね」


 バルデスさんがそうつぶやくと同時、奥の小道から僕たちを待ち構えるようにして巨大な魔物が現れた。


 ――レッドディッガー。

 先ほど出たカールベアーの変種といわれていて、遠くから見たシルエットはほぼ同じである。


 だが、近づいてくるとそうはいかない。


 まず、赤色の毛皮で覆われた表皮。黒色が混ざった濁り赤だが、その毛皮がこの魔物を固く覆っていて見た目以上に質感が固い。

 そしてサイズ。カールベアーが2メートルくらいあるのに対し、レッドディッガーは3メートルほど。近くで見ると大きさがまるで違って見える。


「ウオオオオオォォォオオオ‼‼」

「ひっ!」


 越えにならない悲鳴を上げたのはミルカさん。彼は魔物との戦闘経験自体が乏しいから、一番怖がっても仕方ないだろう。

 逆にアリサは僕の後ろから覗き込んではいるものの、そこまでの怯えは見えない。村でフォアウルフと戦ったときより確実に成長をしていた。


 そして、怯えというものを知らない人間が一人。


「今度こそ戦えるわねっ! 覚悟しなさい、《赤熊》」


 後ろからでもわかるほど闘志がみなぎっている。

 強敵と戦える喜びを体全体が表現してしまっていた。

 バルデスさんが嘆息をついているのが見えたが、全くもってその通りだ。


 では、僕はどうかといえば、目の前の敵がお金に見えてしょうがなかった。

 これだけ大きな奴を倒せばどれくらいのお金が手に入るのか、頭の中で計算していた。あれ、もしかして僕が一番おかしいやつかこれ?


 まあ、そんなことはどうでもよく、なんならお金のこともどうでもいい。

 倒さなければ手に入らないのだから。


「いくわよっ!」


 姫様が先陣を切る。鈍い動きをしているレッドディッガーの足元に突撃し、すかさずジャンプ。


「くらいなさい‼」


 まずはお腹あたりに一太刀。重力の助けを借りて威力を増した剣は、相手の腹を切り裂いた。


「ウオオオオンンンン!」


 血が飛び出す。真っ赤な血だ。表皮よりも鮮やかな鮮血。


 姫様は返り血を浴びないように距離を取ってから、つぶやく。


「あまり手ごたえがないわね。切りどころが悪かったかもしれない」

「腹にはあまりダメージが通らないんでしょうか?」

「そうね、脚とか、もっと上の方を攻撃した方が良いかも」


 姫様はこういう時はいたって冷静。自分で飛び込んで手柄を取りに行こうとかは考えない。

 情報を共有して、勝率を1パーセントでも多く上げる。


「じゃあ僕が足を担当して注意をひきますからその間に姫様は隙を見て攻撃を! アリサは魔法で援護、バルデスさんはバランスをとって臨機応変に対応してください!」

「わかった」「はいにいさん!」「わかりました」

「え、えと、僕はなにをすれば……」

「ミルカさんは近くに魔物が来ないか見ていてください!」

「了解です!」


 一通りの作戦を伝えたところで、あとは実力勝負。

 こちらのレベルが相手に届いているのか、届いていないのかの勝負だ。


 幸い敏捷はこちらに分があるらしい。

 足元に滑り込んで、膝の関節を中心に攻撃を入れる。


 バランスを崩したレッドディッガーは体勢を立て直すために手を床に付き、その瞬間を見逃さなかったアリサが魔法を使う。


「【ファイア】!」


 だがダメージの通りは良くない。もしかしたら火はあまり効かない⁉

 それでも目くらましにはなる。火を払ったレッドディッガーの目の前には姫様。


「くらえッ‼」


 圧倒的なスピードでレッドディッガーの目の前に躍り出たと思ったら、すぐにそれを通り越して回り込む。

 相手の背後から引き下がるようにして剣を首元へ突き刺した。


「キャウウウアアアアアアッ‼」


《赤熊》の慟哭。空洞内に響き渡る、耳をつんざくような声に思わず顔を顰める。

 アリサは耳を手で覆っていたが、一番近くにいた姫様はその声がむしろ心地いいかのように上を見て笑っていた。


「やったわね」


 姫様の後ろでレッドディッガーが倒れ込んだ。

 その体内からあふれるようにして経験値がうじゃうじゃと出てきて、僕たちの神託石の中に吸い込まれていく。


「……そうですね」


 なんか姫様が全てやってくれたような気がするくらい呆気なく終わってしまった。

 まあ姫様のレベルは90くらいだから、これくらいならまだ余裕をもって倒せるのか。


「あの……何も出来なくてごめんなさい」


 そこへミルカさんが謝りに来た。どうやらダンジョンボス相手に震えて何も出来なかったことに罪悪感を持っているらしい。


「わ、わたしもっ! ごめんなさい……」


 アリサもアリサで謝りに来た。こころなしかアリサの搭載されている疑似猫耳がしゅんと項垂れているように見える。そろそろ僕も末期かもしれない。


「いや、二人とも十分だよ。ですよね、姫様?」

「ええ、だって一番使い物にならなかったのは、そこにいるバルデスだからね」


 姫様は二人に慈愛の笑みを送った後、一変してバルデスさんには鬼の形相をしていた。

 バルデスさんは「姫様が強すぎて出番がなかっただけですから……」と抗議していたが、その反撃虚しくとっちめられていた。

 騎士って大変なんだと思いました。


「じゃあ、ミルカさん。後はよろしくお願いします」

「りょ、りょうかいです!」


 あとはミルカさんに死体を【輸送】してもらって終了だ。


 初めてのボス戦は楽々と、でもまだ自分の力との差を感じる結果に終わった。





 拠点に戻ってくるなり、その変化にはすぐ気が付いた。


「ダンジョンが……開いたんですか?」


 確信をもって尋ねると、ずっと拠点にいたテリアさんが鷹揚に頷く。


「ああ、そうさ。さっきあんたたちがレッドディッガーをこっちに送ってきたときくらいだったかな。上から光がね」


 指さす先にはダンジョンの入り口。そこから光が差してくる光景を見るのは2回目だ。


「ようやく、ですね」

「ああ、さすがにそろそろあたしも日の光を浴びたかったからね」

「それはもう同じく」


 太陽光を浴びていないとどこか不健康なように感じる。

 ダンジョンにもどこかから太陽光を引き入れられれば、農業もやりやすくなるしあのダンジョン特有の陰鬱な空気も改善できるのだけど。


「テリアさん、次にやるときも来てくれます……?」

「当たり前だろ? 前の食堂もやめちまったし、もはや家みたいなもんだからな」


 気持ちのいい笑い方で当たり前だと言ってくれるテリアさんにもホントに感謝だ。


「わ、ワシもまた来ますぞ!」

「おお、それは頼りになります」


 カールさんも両の手を握り締めて、宣言している。この人も、見た目はともかくめちゃくちゃ優秀な人だからありがたい。


 そのほかにもミルカさんもまた来てくれるようだった。

 ミルカさんに至っては家族を連れてくると言っていたので、案外ここを気に入ってくれたのかもしれない。


「ワンダさんはどうします?」

「わたし~? わたしはここに残るわ~」

「地上には出ないので?」

「地上は怖いからねぇ~」


 何かよく分からないことを言っていた。まるで吸血鬼みたいなことを言う人だ。


 とにかく、ここにいるメンバーは次回もまた会えるらしい。

 そのことは、自分でも驚くほどに嬉しいことだった。


「アリサも、もちろん?」

「え~、どうしよっかな~」


 からかうように笑うアリサ。なんだこの生き物、可愛すぎないか?


「冗談でもそんなこと言わないでくれ。泣きそうになる」

「そんなに⁉」


 驚いたアリサの表情もまた可愛かった。目がまん丸でかわいいんだなこれ。


「じゃあまた、ここに集まること。いいわね!」

「「「はい!」」」


 リナ姫が最後に締めくくると、ワンダさん以外のみんなはダンジョンを出て行った。

 2回目のダンジョン探索、成功だ。




 最後にステータスの確認。


【加護 坂本龍馬】 レベル 42→50


【スキル】――【型破り】レベル 2 →3

       【運搬】 レベル 4 →5



【加護 レオナルドダヴィンチ】 レベル34 →44


【スキル】――【錬金】 レベル2

       【研究者】レベル3 →4



【フィル】

【能力値】

 ・体力 198 →232

 ・力  165 →191

 ・防御  99 →117

 ・魔力 222 →270

 ・敏捷 192 →228

 ・運  165 →207

 ・賢さ 301 →356


【魔法】


 今日のメモ――ダンジョンボスの経験値はとてつもなくうまかった。

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