妹のために、大きな家を作ろう――と思ってダンジョンに家を建てていたら、いつの間にか地下都市になっていた

横糸圭

第1章 ダンジョンに一軒家を建てよう

第1話 捨て子とアリサ

 僕は転生を果たした。


 いや、正確には転生とは言えない。生まれ変わったのではなく幼児化して、別の世界、異なる世界、つまり異世界に飛ばされたのだ。


 僕はたしかにベッドで寝ていた。たしかにと言っても眠りに入った瞬間のことは覚えていないが、夜にベッドに入っていつからか意識を失っていたはずだ。


 それが起きてみればどことも知らない村の道端にうつ伏せで倒れていた。


「どこだ、ここは……?」


 知らない場所に、知らない空気。

 周りの様子は僕の知らないものであったし、周りも僕を知らない目で見る。


 いつのまにか人だかりが僕の周りに出来ていて、それぞれが奇異の視線を向けてくる。


「なんだこの子は、どこの子だ!」

「いつからここにいた⁉ 捨て子か⁉」

「まあ、捨てられていたなんて……」


 幸いにも喋っている言語は日本語で、どうやら僕は捨て子だと思われているようだった。


「大丈夫か、きみ!」


 その中で40代近いと思われる恰幅の良い無精ひげを生やした男が一人話しかけてきた。


「名前は? どこから来たの?」


 はて、名前はなんだろうか。出身はどこだろうか。


 名前というのなら前世の名前は増田真一だったし、出身は日本の千葉県だ。


「ますだしんいち、しゅっしんはちばけんです」

「ち、ちばけん……?」


 だがきちんと応答しようと言葉を発すると、そこで上手くろれつが回らないことに気が付く。

 もしやと思い手のひらを見ていると、血色のよく肉付きも前まではいくばくかマシな、そしてサイズが小さい手がそこにあった。

 これもしかして、転生お得意の幼児化パターン……?


 などと疑問に思っていたところ、村人の間では会議が行われていた。


「おい、どうするこの子」

「誰かが引き取るしかあるまい……!」

「でもそんな余裕のあるところないですよ。どの家も自分の子を育てるだけで精いっぱいです」

「それに、どこの誰とも分からない子を拾うなんて、そんなリスクのあること……」


 そしてどうやら歓迎されない存在であるらしい。


 どうやらみんなが付けている衣服から見るにこの場所はあまり裕福とは言えない場所のようだ。

 どの人もボロボロで穴が開いていたり、泥や土がついているのが見える。


「じゃ、じゃあどうする?」


 どうやら自分はもう既に絶望の淵に立たされてしまっているらしい。


 ただ、まだ転生したばかりでそれほど危機感がなく実感もない。夢オチなんじゃないかっていう気がしてならない。


 むしろ僕に実感を与えているのは周りの僕を囲んでいる大人たちの、申し訳なさそうに目を逸らし誰かに押し付けようとしている姿だった。

 困惑、不安、罪悪感。

 そういった感情が否応なく僕に現実であることを押し付けてくる。


(あ、やばい、のか。これ)


 とてつもなく悪い状況にいる。誰の手助けも望めない。

 周りの大人たちを責めることもできないが、かといって何かを求めることもできない。


「あ、あのぅ……!」


 その中、一人手を挙げる者がいた。


 それはとても幼い少女で、金髪の小さな子。


「わ、わたしのいえにきてもらっちゃだめでしょうか……!」


 一発で分かる。この子は聡い子だ。

 大人が擦り付け合いを今にも始めようとしている空気を察して僕を引き取ろうとしている。


 あの中学とかでクラス委員長を押し付け合う空気を察して自ら立候補をするような感じ。

 それを8歳か9歳、そのあたりでもうできるようになっている。


 賢い。そしていて、優しい。


 誰かが引き取らなければならないのなら自分が。なんて優しい子なんだろうか。


 その時に僕は早くも決意をしていたように思う。


 この人生、この命は彼女のために使おう、と。




 彼女に連れられてやってきたのは、石のみで出来た掘っ立て小屋。

 壁と天井と床があるだけの、本当に箱でしかない。


 彼女の名前はアリサ。僕よりも年下のようで、家族は――いない。


 なんでも、両親が前に起きた国同士の戦争に駆り出されて、あっけなく命を落としてしまったらしい。


 だから彼女は9歳にして仕事の手伝いをしてお金をもらっている。

 本当に少ない給料なのだが、食べるものさえあればいいんだよ、と笑顔で言っていた。


 彼女は僕を連れてからずっと笑顔だった。本人は一人分から二人分へ生活の負担が大きくなったはずである。

 それなのに笑っているのは、苦しくなったことを僕に悟らせて悲しませないようにだろう。


 本当に優しくて、そして賢い。


「ごめんね、こんなせまいいえで」

「うん、いいよ。家があるだけでもありがたい」


 引き取ってくれたのに、さらに謝られるのはこちらとしても申し訳なさすぎる。

 本当はこちらが謝らなければならないくらいだが、上手く何について謝ればいいのかもわからないので感謝をすることにした。


 ちなみに僕はどうやら10歳くらいらしい。身長的にそんなものだろうと村の人たちは言っていた。


 村の人たちも悪い人たちではなく、一人で頑張って暮らしているアリサにいつも優しくしてくれるらしい。

 先ほども、これしかできないと申し訳なさそうに木の実を2つ3つ置いていった。

 どうやら本当に生活に苦しんでいるらしい。


 そこからアリサに生活の仕方を教えてもらった。


 木の実は上手く加工できないから潰して汁を啜ること。午前と午後に農作業の手伝いをすること。

 夜は暗くなったら家に戻ってきて寝ること。朝は日が昇ったら起きること。


 それから税についても教えてくれた。


 どうやら取れた農作物は、収穫のタイミングで毎年同じ量を税として持っていかれるらしい。だから、不作の時期は農民が食事に困るだけだし、豊作の時に余った農作物をいかにためておくかが大事。

 またお金で納めるのならその人の分の農作物は全てその人に渡されるようになるが、月に銀貨10枚を収める必要があるためそれは僕たち農民には難しい。アリサやこの村の多くの人は農民なのでみんな農作物で納める。


 また農民には毎月お金がその人の働きや年齢に応じて渡されるらしいが、月に銀貨1枚程度しかもらえないらしいので、こうして農民はみな困窮しているという。

 だから多くの農民は農作業の他に内職をしてお金の足しにするみたいだ。


 アリサから話を聞いて、僕は色々と考え事をしていた。


 アリサはなんでもないように話していたが、つまりこの村はとても困窮しているということだ。

 そして、アリサは大人の男に混ざって、この年で農作業の手伝いをしていた。


 ただ、アリサはまだその歳であることや女の子ということもあり働きが悪く、月に銅貨10枚しかもらえないという。


 ちなみに貨幣は、話を聞く限りおよそ銅貨一枚が前世で言うところの100円くらいの価値、銀貨は10000円くらいらしい。

 ちなみに金貨もあって、銀貨100枚に相当するらしいのだが、つまり金貨1枚が100万円の価値ということで、農民で持っている人間はいないみたいだ。


 ある程度アリサの話を聞いて、今後自分がどうするべきなのか、思考に耽る。


 僕はなんのために転生してきたのだろう。そもそも意味などあるのだろうか。

 誰かがいたずらに連れてきたとも考えられるし、何かしらの使命があるのかもしれない。


 だが、それが不確定だというのなら自分で作ればいい。


 アリサを助け、アリサを幸せにすることなら僕の力でもできるかもしれない。

 大勢の人を救う、国を救う、世界を救うなんてことは難しいけど。


 僕はアリサのために全てをささげよう。彼女のためにできることならなんでもしよう。

 なんて、無力な僕は決意をしていた。


 なんでもいいから、少しでも彼女の役に立つように生きよう、と。


 そんな彼女のために生きようと決めた僕に、その日の夜、一つの奇跡が起きた。


【加護 坂本龍馬があなたを選びました】


 その声とともに、空から石板と紙が一枚降ってきたのだ。

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