ノリナ

直井千葉@「頑張ってるで賞」発売中

退屈

 列がしばらく進んだところで平井がトイレから戻ってきた。手には先ほどまで持っていなかったペットボトルが二つある。どうやら気を遣ってくれたようだ。


「なんだよ、あまり進んでないじゃないか。お詫びにと思ったがいらなかったかな」

「馬鹿言え。仕事で大事なのは成果じゃない、時間だ」


 そんな軽いやり取りをして、スポーツドリンクを受け取る。購入したてには冷えていたのかもしれないが、もうペットボトルには涼をとれるほどの冷たさはなかった。

 しかし、水分補給を出来るというだけでありがたい。先の方に目をやるとまだまだ列は続いている。


「暑いよなあ。暑くて、長い」


 首に巻いたタオルで汗を拭きながら平井が言った。炎天下、長いこと列に並び続けていると単純な言葉しか出てこなくなる。それは分かるが、その言い回しにふと高校の頃を思い出してしまった。


「どうした?だって暑くて、長いだろ」


 俺は奇妙な顔をしていたのだろう。平井が不思議そうに尋ねてくる。


「いや、それはそうなんだけどさ。ちょっと思い出して。お前、牧瀬さんって覚えてるか」

「ああ、お前が恋してた牧瀬ちゃんだろ。覚えてるよ。……なるほど、確かにね。今のは牧瀬ちゃんに似てたかもな。ふっふっふっ、昔の彼女の面影を俺に重ねてしまったんだね」

「馬鹿、違うよ」


 そうは言ったが、こいつも俺が彼女と付き合ってなどいないことは知っている。俺がただ好きで、何もなくすべてが終わったことも知っている。昔の話だから、適当に茶化してくれるのだ。


 ……そういえば、まだこいつにはあのことを話していなかった。列はまだ長いし、いい時間潰しになるかもしれない。


「そういえばさ、あの頃は別に気になる人が出来たって話したけどさ、それだけじゃなかったんだよ。実は俺、牧瀬さんが告白されている現場を見ちゃってさ。それが大きかったなあ」


 そこで言葉を切ると、平井は不自然に沈黙した。なぜか反応がない。この手の話題が好きなこいつが珍しいと目を向けると、ぎこちない表情をして固まっていた。俺の視線に気付くと、口の端だけで笑い「告白?知らなかったな。それで?」と上辺だけ下世話に返事をした。

 もしかしたら知っていたのかもしれない。いや十中八九何か知っているのだろうが、それを問うのは後でも構わないだろう。どうせ時間はまだあるのだ。

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