39 真価2



 その啖呵は少し恥ずかしいな……、なんて思いつつ、いまさら止めることもできないアイーダの言葉を俺は隣で聞いていた。


 俺がジョエルと戦っている間にアイーダに頼んだことは二つ。魔族が使う障壁の特性と、その発生条件。それさえわかってしまえば、攻略方法はある。と言えば聞こえはいいが、それを調べるのは相当に骨が折れるだろうと思っていた。


 だがアイーダは自分の特技を活かし、考えうる最高の効率でそれを成し遂げてくれた。ジョエルと戦いながらでも、その様子はしっかりと確認することができた。


ジョエルを気絶させてすぐ、アイーダの元へ行こうと駆け出したが、すぐに魔族の放った炎と、それを防ぐアイーダの水流に阻まれた。見る見るうちに勢いを弱めていく水流に、俺はすぐにでもアイーダの元へ行かなければと思い、炎と水の壁を飛び越えて駆け付けた。


 そして、自分の魔力を一時的に他人と共有する魔法、「魔力協生」を使い、魔族の炎を退けた。

 ……正直に言うと、俺はこんな魔法、聞いたこともなかった。俺がこの二年間調べていた魔法は、殺傷性の高いものばかりだったから、こういった魔法はその存在すら知らないものも多かった。


 アイーダからこの魔法を聞いたときは、そんなことが可能なのかと耳を疑った。だが、その説明を聞いているうちに理解し、同時に納得できることがあった。


 回復魔法の難しさについてだ。


「魔力協生」は考え方としては回復魔法と同じらしい。自分の魔力を相手の体内に注ぐことによって、自然治癒力を活性化させる。それが回復魔法だ。魔力によって肉体が回復可能なら、魔力をそのまま受け取ることもまた可能なはず、というのが「魔力協生」という魔法だ。この魔法の難点は、回復魔法と同じように、回復をつかさどる基本属性が判明していないことにある。だが、俺にとって属性なんて何の関係もない。


 俺には魔力がある。どんな魔法でも使うことができる。アイーダがそう信じる限り、俺はアイーダの前ではそういう存在になれる。相手を騙し、思い込みに付け込んで発動させる外道のような魔法だと思っていたが、それは違った。俺の魔法は、誰かに信じてもらうことで初めて真価を発揮する魔法だったのだ。


 俺が「魔力協生」を使えたことにより、アイーダの言った策は現実味を帯びた。つまり、俺がアイーダの能力を限界まで引き延ばし、アイーダが強化されたその力で魔族を倒す、というもの。策なんて言えたものじゃない、ただの力押しだ。だが、たった今、その力押しによって魔族に対抗できることが証明された。


「行くぞ、アイーダ」


「ええ、ジーン」


 アイーダが詠唱を開始する。唱える魔法は「爆炎」。ならば、俺が唱えるべき魔法は……。


「集え、我が身に宿る爆熱の怒りよ、この身、この声に応え敵を穿て――『爆炎』!」


 放たれた炎が魔族へと襲い掛かる。


『ふん、何をしたかは知らないが、いまさら「爆炎」程度でこの我を害せると思っているのかっ!』


 迫りゆく炎に魔族が手をかざし、唱える。


『aqinella』


 今度は魔族の周囲を水流が駆け巡る。さっきの状況と真逆だが、このままではアイーダの炎はすぐに魔族の水に飲み込まれるだろう。だが今は、俺がいる。


「集え、我が求むは大乱の暴風。この身に宿る荒れ狂う怒りよ、我が力を糧とし、今ここに顕現せよ――『颯天アジタート』!」


 風の魔法が、アイーダの炎と混ざり合う。その瞬間に、俺はもう一つの魔法を発動させる。


「我が呼び声に応えよ――『邂逅エンカウント』」


 偽のジョシュアとの戦いでも使ったこの魔法は、付与魔法。これは完全なる俺のオリジナルだ。

 魔力と魔法を完全に制御し、対象に宿す魔法。「炎拳」や「炎剣」と似ているが、それらの魔法が最初から特定のものに付与することを前提として作られていることに対し、俺の「邂逅」は、単体で完成する魔法を無理やり制御して別のものに付与する魔法だ。


 ジョシュアとの戦いでは「轟嵐」を剣に付与してその攻撃力と切れ味を爆発的に上げたが、今は違う。俺が「颯天」を付与したのはアイーダが使った魔法「爆炎」そのもの。


 ただでさえ高火力の炎に、魔力で制御された風が舞い込むとどうなるか。


『――なん、だと』


 勢いをそれまでの数十倍にまで増したアイーダの炎が、魔族の放った水をすべて蒸発させる。


「食らいなさいっ!」


『ちぃっ!』


 水の守りを突破された魔族は、再び手を前にかざす。が、すぐに炎がすべてを覆いつくし、魔族を飲み込んでいく。


 魔族が水の守りを使ったのはおそらく、自分と俺たちとの差を理解させるため。さっきと真逆の状況を作り上げて、俺たちには勝ち目がないということを知らしめるために、あえて水属性の防御魔法を使ったんだ。


 炎に飲み込まれる瞬間には、より強度の高い障壁を使用したはず。今の魔法でダメージが入るかどうかで、今後の戦闘がだいぶ変わってくる。


 炎がなくなり、その中央にゆらりと人影が立つ。


 ……どうだ?


『……ああ、認めようではないか。我に傷をつけたのは、彼の英雄、レオン・レトナーク以来だ』

 そう言う魔族の体には、わずかではあるものの、しっかりと火傷の跡がついていた。


 ――抜けた!


 俺たちの攻撃が届く。その事実が戦意を高揚させる。


『しかし解せぬ、解せぬ。アイーダはまだしも、貴様からは何も感じない。魔法の詠唱をしても、その身に魔力が宿る気配などまったくもって感じられん。なんだ……? 貴様は一体、何なのだっ!』


 魔族が苛立った様に、怒った様に声を荒げる。


「俺の名は、ジーン」


 ずっと傲慢にふるまっていた魔族が感情をむき出しにする。その様子が、俺たちを脅威だと認めたように思えて、俺は武者震いを感じながら名乗りを上げた。


「お前が捨てた男だ」


 魔族から見れば、何の力もない子供が、ただ詠唱をしただけでアイーダの魔法が爆発的に強力になる。そんな訳の分からない現象が起きているのだろう。


『……世迷言を』


 魔族は俺が魔法を使えるだなんて微塵も思っちゃいない。だからこそ、その力の源が分からない。


「あなたには、わからないわ」


 隣に立つアイーダが言う。ただ一人、俺の魔法を、俺の嘘を、嘘だと思わないまま本気で信じてくれたアイーダが。


「他人を利用することしかできないあなたに、私たちの強さは一生理解できない!」


 ……そのセリフ、若干俺にも刺さってるんだけど、そんなことアイーダは気にしないだろうな。


『……ならば、貴様らが信じるその強さ。我の暴力によって完膚なきまでに叩き潰してくれる!』

 魔族から感じる魔力がさらに膨れ上がる。


 ――これ以上増えるのか。


 後ずさりしそうになるが、その足をぐっと引き止め、圧力を増していく魔族を正面に見据える。逃げることは許されないし、するつもりもない。


「頼むぞ、アイーダ」


「そっちこそ、よろしくね、ジーン」

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