37 決戦
その扉はずっと視界に入っていた。だからこそ、迷うことも逃げることもない。
俺はアイーダと手をつなぎ、夜空を飛んだ。
おそらく、王宮は未だ混乱の中にある。前回の戦闘でアイーダの姿を見たのは魔族とジョエル・マクレインを除けば近衛騎士だけだ。ならば、アイーダの捜索もまだ続けられているとみて間違いないだろう。
それに加え、王宮の爆発と崩落。野次馬や火事場泥棒、さらには暗殺者の対策に、警備だけは普段以上に厳しいはずだ。さらに、これだけの事件になってしまえば王宮の使用人や、貴族たちの動きが予想できない。地上から侵入することは抜け道を使ったとしても困難だ。
ならばどこから行くか。答えは当然、空だ。
夜、町の明かりが明るければ明るいほど、俺たちの姿は闇に紛れ、目的の場所はわかりやすく浮き彫りになる。問題としては、風魔法の飛翔はとてつもない集中力と魔力を要求されることだが、これは俺が魔法を使うことによって簡単にクリアできる。
もともと偽物の魔法。相手の認識につけこむ、贋作。そう思っていた。
けれどそれは、アイーダの言葉によって覆されたのだ。
大きな扉が、眼下にある。
謁見の間の成れの果て。瓦礫で埋もれていると思っていたそこは、大きく開けていた。爆界の中心地がクレーターとなり、多くの瓦礫は爆発に巻き込まれ蒸発したか、大きく吹き飛んだのだろう。
扉の前に立つ二つの人影が目に入る。と同時に、以前感じたものと同じ、莫大な魔力がプレッシャーとなって押し寄せてきた。
「……っ」
プレッシャーに逆らい、空中にとどまる。
人影は不快なものを見るように、眉をひそめた。その表情に、にやりと口角を吊り上げる。
さて、最初の挑発は済んだ。
俺はゆっくりと、魔力によるプレッシャーなんて全く感じていないと言わんばかりの態度で下降し、その両足を地面についた。遅れて、アイーダも着地する。
二つの人影と対面し、口を開く。
「その魔力には、もう慣れた」
そう言った瞬間、一つの人影が耐えられないとばかりに怒鳴り散らす。
「出来損ない風情が、口を慎めッ!」
その言葉に、何も返さない。黙っていると、怒鳴り声の後ということも相まって、痛いほどの静寂が場を包んだ。
「お前にはアイーダが必要らしい。だから、連れてきてやったぞ」
すっ、とアイーダが一歩前に出る。その姿に、人影は訳が分からないというように首を傾げた。
「でもそれは、生贄になるためじゃない」
アイーダの手に魔力が宿る。
「あなたを――」
「――殺すためだ」
その言葉を聞いて人影――魔族は、心底楽しそうに嗤う。
「貴様ァァァァッ!」
そしてもう一つの人影は剣を片手に、こらえきれないというように突っ込んできた。
「アイーダ」
「うん」
俺たちは一度だけ目を合わせ、突っ込んでくる人影に向かって走り出す。アイーダが先行し、俺がその後ろにぴたりとくっつく。
人影が剣を引き絞るように後ろに引いた。以前は幅のある剣を好んで使っていたが、やはり寄る年波には勝てないらしい。その手に持つのは突きに特化した細剣だ。そして、矢の如きスピードでその細剣を突き出す。
「行けッ!」
まさにその切っ先がアイーダに届こうというとき、アイーダは人間離れした速度と動きで跳躍。突きを交わし、人影を踏み台にしてさらに加速する。
「何っ!?」
人影はアイーダに気を取られ、その注意が一瞬だけ後ろに向く。
「隙だらけだ」
俺は目の前に現れた細剣の腹を指でつまみ、ぐっと手前に引き寄せる。
「ぬっ!」
バランスを崩した人影。その無防備な胴体に膝蹴りを叩きこむ。
「かはッ!」
完全な不意打ちにもかかわらず、細剣を握る手を全く緩めなかったことはほめるべきだろう。やはり、年老いたとはいえ、貴族随一の剣の使い手。
「ぐ、まだだっ」
ああ、そうでなくては困る。たった一度で倒れてしまってはつまらないからな。
「ジョエル・マクレイン。お前は俺が殺す」
「ほざけ、この出来損ないがっ!」
吠えながら、ジョエルは再び細剣を引き絞り、突きを放つ。腹に一撃食らったというのに、その鋭さは初撃と何ら遜色ない。
びゅっと風をきる音が耳元で鳴る。
「っ」
紙一重で躱されたことに、ジョエルから苛立ちの表情が見て取れた。
びゅっ、びゅっと、さらに繰り返すこと二回。そのいずれも、紙一重の差で俺には届かない。
ジョエルの表情が苛立ちから焦りへと変わる。その焦りをぬぐうかのように、ジョエルはそれまでよりも大きく細剣を引き絞り、今度はその突きを胴体へと繰り出してくる。
が、その突きも、体を少し捻ることで、ローブを浅く傷つけただけにとどまる。
驚愕に目を見開くジョエル。……態勢の立て直しが、一拍遅れる。
「――そこっ」
捻った勢いをそのままに回転し、間合いを一気に詰める。左肘で相手の肺を打ち、のけぞったところへさらに一歩踏み込み、顎に向け思い切り掌底を打ち込んだ。
「うっ、ぐふッ」
たたらを踏み、後退する。その顔には先ほどまでの驚愕と、焦りのほか、何が起こっているのかわからない、という疑問が間抜け面となって表れていた。
「……な、何故だ! 何をした! 魔法を使えない貴様がっ、私にかなうわけが――」
「馬鹿なのか」
叫びだしたジョエルに間合いの把握ができるはずもなく、あっさりと懐への侵入を許したその胴体へ、本日二度目の膝蹴りをお見舞いする。
「――~~っ!」
蹴られた腹を抑え、うずくまる。みっともない姿だ。
「一度一度の突きの完成度は高かった。けど、あんたその剣で戦ったことないだろ」
うずくまったまま、顔だけをこちらに向けて俺をにらむ。
「学院で教わる剣と同じだ。どれだけ鍛錬しても、お遊戯はお遊戯だ」
精いっぱいの抵抗を込めたその眼を、侮蔑を込めた目で見下す。
「老いたな。ジョエル・マクレイン」
「――ジィィィィインッ!」
瞬間的な怒りが痛みを忘れさせたのか、ジョエルが細剣を振りかぶり、とびかかってくる。その動きはかつて、俺の大切な家族を傷つけた姿によく似ていた。
「一つ、いいことを教えてやろう」
剣が振り下ろされるより先に、俺はその懐へと潜り込む。
「俺は格闘技より剣のほうが得意だ。……誰かさんのおかげでな」
ぎり、と拳がジョエルの腹へと深くめり込み、その体から力が抜けていく。俺の腕にもたれかかるようにして、ジョエルは意識を手放した。
「ちっ、気色悪い」
すぐにそれを地面へと捨て、俺はまだ戦いを続けているアイーダの元へと駆け出した。
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