36 歪み



 アイーダの策、確かにいい案だった。火力は解決するだろう。


 だけど、本当にそれだけで……、単純な火力だけで問題ないのだろうか。


魔族を、殺せるのだろうか。


 話を聞いただけでもわかる。その強さが、存在が、尋常ではないことくらい。



「……俺も、覚悟を決めるときか」



 二人の背中を見つめながら、俺は一人、そうつぶやいた。







 ……どこかの出来損ないのせいで、王宮はめちゃくちゃだ。


 間を開けずに、二度も大きな爆発が起こり、謁見の間だけでなく王宮の大部分が崩壊。それだけでも大問題だというのに、崩壊した謁見の間には大きな扉がそびえたち、兵士や貴族の間では根も葉もないうわさ話が飛び交っている。まるで子供だ。


「ふん」


 無能ばかりの現状を、思わず鼻で笑う。


「マクレイン伯爵! 国王様と王妃様の捜索は……」


「捜索は近衛騎士団に一任する! お二人が謁見の間にいたことは間違いないのだ。ほかの場所まで手を回す必要はない。その他のものは昨日と同様、アイーダ様の捜索に当たれ」


「はっ!」


 もっとも、王宮の崩壊だけではなく、国王夫妻も消息不明、魔法の象徴たるアイーダも見つかっていないとなれば、混乱するのも当たり前か。


 だが、これはこれで好都合。


 混乱の中、王が姿を見せるまでにこの場を取りまとめ、指示を出す。そして混乱を収め、アイーダも発見し状況の立て直しを図る。


 それだけの指揮をとれば、それは紛れもない、実績となるだろう。王不在の間の陣頭指揮。それだけの実績があれば、私が名実ともにこの国の実権を握れるのもそう遠い話ではない。まあ、同じことを考えている貴族はほかにもいるだろうが……それでも、私には絶対的なアドバンテージがある。


 この国の真実、というアドバンテージが。


 国王夫妻の捜索など、必要ないのだ。何せお二人の正体は一人の魔族。無傷で、あの謁見の間の扉の前にいることを私は知っている。だからこそ、捜索は近衛騎士にのみ任せる。近衛騎士はあのお方の手駒なのだから。


 王のこと、そしてこの国の真実を知られるわけにはいかない。だからこそ、ここは私がうまくやる必要がある。そしてそれが成功した暁には……。




『我に尽くせよ、ジョエル。さすれば、さらなる力を与えよう。……ベル=ゼウフ様が復活されたときに、下僕となる魔族が我一人というのでは不敬に当たる。ジョエルよ、その働きによっては、貴様を魔族へと進化させることも、考えようではないか』




 っくくく。


 あのお方の言葉を思い出すたび、胸が震える。歓喜にだ。


 私はあのお方に尽くし、人を超え、この国を支配する。ああ。考えるだけでも甘美よ。貴族位のため、身を粉にして国に仕えるのはこれで終わりだ。これからは、私が人を選ぶ側になるのだ。


「街門と宮殿前広場の警備を厳に。賊の侵入を警戒しろ。間違っても国外の人間に王宮の現状を知られるな」


 下の者にある程度の指示を出し終え、私は謁見の間跡地へと急ぐ。


 アイーダは必ず戻ってくる。おそらく、あの出来損ないも一緒に。あれがくたばる瞬間はさぞ見ものだろう。どんな手品を使ったかは知らんが、あの魔法が偽物だということもあのお方からお聞きした。


 今度こそ、私自身の手で葬ってくれよう。ああ、彼奴こそは我が人生最大の汚点なのだから。

そして、アイーダが来るということは、その時こそが復活の時。あのお方が傅くほどの存在。いったいどれほどのものなのか……。


 想像しているうちに駆け足となり、気づけば私は謁見の間の跡地、魔神の扉の前へとたどり着いていた。


 扉の前で、あのお方が目をつむり、立っている。


 派遣した近衛騎士はと周囲を見渡すが、それらしき姿はどこにもなかった。


『……ジョエル、か』


「――っ、はっ!」


 急いで跪く。この方の機嫌を損ねることは即刻、死につながってしまう。


『どうした、慌てふためいて。……ああ、近衛か』


「は、はい。どこにも姿が見えず、いったい、どちらに……」


『食った』


「……は?」


 そのお言葉の意味が分からず、思わず聞き返してしまう。しまった、と思った時にはすでに手遅れだったが、幸いにも無礼を見逃していただけた。


『っくっはは、何を驚く。そも、近衛騎士は我が肉体より生み出した分身。それに疑似的な人格を与えたに過ぎない。元の場所に戻っただけだ』


「――! はっ。私ごときの問いにお答えいただき、感謝いたします」


 そう言うと、王はつまらなそうに鼻を鳴らした。いや、実際つまらないのだろう。王ほどの力を持っているのなら、この世界そのものをつまらなく感じても何もおかしくはない。


 その高みに、私も……。


『貴様は、ずいぶんとつまらない男だ。顔色を窺い、気に入られようと発言をする。だから面白みもない。もしも我に気に入られたいのなら――っ!』


「どうなさったのですか?」


 言葉の途中で、王が明後日の方向を見上げた。夜の帳が降りきった、星々の瞬く空を見ている……。その方向には、たしか、歓楽街が広がっていたはずだ。


『っくく、貴様の言う通り、向こうからやって来たようだ』


 そう言って笑う王の横顔は、たとえようもなくゆがんでいる。


 その顔に、私は恍惚の表情を浮かべた。



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