23 異常
さて、あとはどのタイミングで実行するか、だが……。まだあの扉の謎が分からない。おそらく魔法の根幹に類する何かだとは思うが、アイーダとジョシュアが恐れを抱くほどの魔力だ。断定して動くのは危険だな。やはり王を殺すのは最後か。
「王よ」
これからのことを考えていると、アイーダが王に問いかけた。
「私を、どうするおつもりなのですか?」
その問答は母親を助けてからするものと思っていたが、まあいい。アイーダも生きている母親を見て気が抜けたのかもしれないな。
「ふむ、そうさな、お前には知る権利がある。アイーダよ」
アイーダの問いに王が答える。……ん? いや、今答えたのは王妃か? いや待て、何故あの二人の声を聴き間違える。声の質も高さも全然違うし、近くにいるとはいえ、この距離で声の出所を間違えるなんてこと、ありえない。
だが、ならどうして……?
『自らの運命に歓喜せよ』
隣り合う王と王妃が、互いに手を取り合う。それはまるで何かの儀式のようだったが、今はそんな、ただ見ただけでわかる情報に意味はない。そんなことよりも、だ。
二人が手を取り合った瞬間から、その声が変わった。二人の声が一つに重なる。まるで文字が勝手に視界に入ってくるように、耳を塞ぐことを許さないとばかりに脳に焼き付く。
そのまま、声が重なるのと同じように、取り合った手が混ざり合ってゆく。手から腕に、腕から肩に、胴体に、頭に。二つの生物が一つになるように。
――なんだ、これは。
こんな状況、俺の計画の中にはない。
あらゆる可能性を考えた。王の身を守る強力な護衛、騎士や魔法使いがいる場合。王が影武者と入れ替わっていた場合、王自身が強い魔法使いである場合。その他にも、考えうる可能性全てに最適解を持って、俺はこの場にいる。
どんな場合でも、安全な場所から確実に対象を殺す。そのための舞台は完全に整っていた、はずだ。王に俺の魔法を信じさせるための算段も、いざというときに王宮そのものを爆破できるだけの仕掛けも済んでいる。だというのに、すべての予測を裏切る事態が、起きようとしていた。
考えている間にも王は、王妃は混ざり合い、『何か』になろうとしている。元は二つだった存在が、まるで最初から一つの存在であったかのように。そしてその体が完全に一つになった時……。
この場を、吐き気を催すほどの魔力が支配した。
動くことも、呼吸することも許されない。理屈ではなく感情で判断する。
王の蓄えたひげも、王妃の無駄に長い髪の毛もなく、その頭からは捻じれた角が伸びていた。その顔に、体に老いはなく、身にまとう空気は高貴さやカリスマから来る威厳というよりも、周囲を押し潰す威圧的なものに変わっていた。
「うっ……」
思わず口元を抑える。周囲を見ると、アイーダも、クイナも同じ反応をしていた。
「ぅあ、あぁあぅ……」
みっともない声をだして腰を抜かしているのはジョエルだ。
アイーダを囲うようにしていた近衛騎士たちは……、驚くことに全員が平然としている。それどころか恍惚とした表情を浮かべている者までいる。
近衛騎士というのは、基本的な技量はあるものの国の中心部でなければ満足に魔法が使えない、お飾りの騎士だと考えられている。実力よりも王への忠誠で選ばれていると。今の状況を見る限り、その話は半分だけ、正解だったようだ。
王への忠誠。いや、狂信か。こいつらの顔を見るに、王のこの状態を見るのは……初めてではない。騎士の様子を観察していると突然、一人の騎士の輪郭が揺らいだ気がした。
揺らぎは徐々に激しくなり、輪郭を失った騎士はまるで空に昇る煙のように漂って――そして王の口へと一息で吸い込まれる。騎士たちは次々とその形を失っては王に吸い込まれてゆき、残る近衛騎士はジョシュア一人だけとなった。
『長かった……』
王だったものが口を開く。
『ようやく、我が宿願はかなう』
そして、その双眸がアイーダを捉えた。瞬間、空気中の魔力がアイーダに向けられたことを肌で感じた。
「アイーダっ!」
そんな、誰もが身動き一つとれないと感じる中で、無謀にも動くものがいた。
クイナだ。鎖をジャラジャラと引きずりながらアイーダのもとへと駆け出してゆく。
「っバカが!」
気づけば悪態が口から出ていた。
実力差、などという言葉では到底表せられないほどの隔絶した魔力。能力や才能などの問題ではない、存在そのものの次元が違うのだ。……だというのに、勝てないと、死ぬとわかっているのにそれでも駆け出すのか。くそっ、この『母親』という存在は――。
記憶の奥底で、凶刃から身を挺してかばう大きな背中が、クイナに重なった。
「クソがっ!」
遅れて駆け出し、一瞬で追いついた俺はクイナを押し倒し、逃げられないように抑え込む。
「放しなさい! 私はっ、行かなければ!」
「放すかバカが! 死にに行くつもりか!」
言ってから、はっとして口を紡ぐ。アイーダの方を見ると、どこか緊張を緩めた表情でこちらを見ていた。
……くそ、何をしているんだ俺は。これは道具だぞ。アイーダを絶望に落とすためのただの道具……。いや、大事な道具だからこそ、俺以外の奴に壊されるわけにはいかないんだ……。つい反射で行動してしまったが問題はない。事実、この濃密な魔力の中で動くきっかけにはなった。このまま、どうにかして離脱しないと……。
『ほう……この魔力の中で動くか。面白い。ならば貴様らも、真実を知る権利がある』
なんとか先のことを考えようとしたとき、その思考を邪魔するかのように王だったものが話し出す。
『我は――最後の魔族』
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