22 帰還2


 抜け道に入って、結構な距離を進んだ。まだジーンの言う待ち伏せは現れない。


「本当にあいつの策は使えるのか?」


「お兄様、納得できないかもしれないけど、今はジーンの言うとおりにして。それに、もしも万が一のことがあれば公爵家に伝わる最後の魔法を使います」


「ッ! アイーダ、それはっ!」


 止めようとする兄を制し、続ける。


「わかっています。けれど、ジーンの策が失敗し、お母様を……いいえ、お母様だけじゃない。お兄様も、ジーンも失うようなことになれば……。私は全てを破壊してでもみんなを助けます」


「……」


「それに、ジーンの策が失敗すると決まったわけではありません。むしろ、うまくいくと思いますよ、私は。お兄様も見たでしょう? ジーンの戦いぶりを」


 そう言って微笑むと、納得いかないという顔をしながらも、兄は渋々と言った様子で頷いてくれた。


 母を助けるためには、今はジーンの策に頼るしかないのだ。そのためには、まず私たちが上手く進む必要がある。進むだけならば簡単だ。だが、そこにうまく敵が食いついてくれるか……。


 不安ではあるが、ジーンが断言したのだ。心配ないと。昔から、彼の言うことに間違いや失敗は無かった。実技でも座学でも、誰よりも努力して、常に正解を選び続けていた。


 だから今度も私は、彼を信じる。


「そろそろのはず」


 兄に注意を促そうとしたとき、背後で物音がした。


 いや、背後だけじゃない。前方からも複数の足音、そして鎧のこすれる音が聞こえる。


「……本当に来た」


 前方、後方に三人ずつ、計六人の近衛騎士が私たちを取り囲んだ。


「アイーダ様、ようやくお戻りになられましたか」


「王がお待ちです。早く謁見の間へ……アイーダ様!?」


 騎士たちが驚くのも無理はないだろう。私は今、兄の剣を抜き、その切っ先を自分の喉元に突き付けているのだから。


「アイーダ!?」


 これは兄にも知らせていない。兄に知らせていれば、私にこんな危険なことはさせないだろうというジーンの指示だ。


「何をしているのですか、アイーダ様!」


「私が欲しいのなら! 母を解放しなさい」


 無論、死ぬつもりはない。だがここで私自身を人質にしなければ、母を動かすことはできない。それに、王が私を必要としていることは私自身、理解している。ならば、この要求を飲まないわけにはいかないはず。……というのがジーンの策。


 予想通り、近衛騎士の一人が伝令として走り去る。このまま自分に剣を突き付けていれば、騎士に確保されることもなく王と対面でき、母の移動もかなう。あとはこの情報が王と母のもとに伝わればいい。


 数分が経過し、伝令が戻ってくる。仲間の騎士に耳打ちをすると、その騎士が動いた。


「アイーダ様、こちらへ……」


 本当に、ジーンの予想通りに事が運んだ。ジーンのことを信じてはいたが、正直、策を聞いたときはここまで上手くいくだなんて思っていなかった。なのに、いったいどうして……?


 いや、今は上手くいった幸運を喜ぼう。


 騎士のあとに続き、抜け道を進む。そうして辿り着いた場所は聞いていた通り、謁見の間。あの大きな扉のすぐそばだった。


 ――戻ってきたのか。


 なんとなく、感慨深い。つい昨日もここに来たというのに。もっとも、目的が全く違うのだからそう思うのも当然なのかもしれない。


 爆発の痕跡は残ったままだった。入り口付近の壁、床は大きく削れ、天井も一部が崩落している。爆発が起きたとき、私は爆発の内側にいたからわからなかったが、こうして改めて見ると、母が起こした爆発の大きさが実感できる。……母が、どれだけの覚悟を以って私を逃がしてくれたのかも。


 ――ごめんなさい、お母さま。戻ってきてしまって。でも、必ず助けます。


「戻ったか、アイーダよ」


 国王が玉座から立ち上がり、こちらを睥睨する。横には王妃の姿もあった。私たちが通ってきた抜け道は玉座と扉の、ちょうど中間に位置している。玉座の後ろ側を見たのは初めてだ。その背もたれからは、魔導管のようなものが伸びていた。


 国王が立ち上がると同時に、複数の人影が玉座の向こう側から現れた。


「……アイーダっ、来てしまったのね……」


「お母さま!」


 そのうちの一つに母の姿を見つけ、思わず叫ぶ。手枷、足枷をはめられており、体中に擦り傷もある。が、確かに生きている。今すぐに駆け寄りたい衝動に駆られるが、逃走の防止か、私への警戒か、母のすぐ横には二人の兵士がいて簡単には近づけない。


 でも、生きている。これ以上に嬉しいことはなかった。


 だがそこに、水を差す言葉が聞こえた。


「はっはっは、感動の再会ですなぁ、キャバディーニ」


 ぱちぱちと、これ見よがしに鳴らされた拍手が、感情を逆なでするように耳に障る。


「あなたは、マクレイン卿」


 母とともに現れたのは、ジーンの実の親であり、今は王の片腕となった男、ジョエル・マクレインだった。







 ここで出てきてくれるとはな。願ったりかなったりだよ、ジョエル・マクレイン。


 アイーダの母、クイナ・キャバディーニのすぐそばに立ちながら、俺は状況を観察していた。


 アイーダはちゃんと俺の指示通りに動いたようだ。この場にジョエル・マクレインがいるというサプライズを除いて、全て俺の思うようになってくれた。


 王を、そしてアイーダを、絶望に突き落とすだけの材料はそろった。


 前提条件は、アイーダを引き寄せる餌であるクイナが無事であること。そして、ジョシュアの言っていた抜け道に伏兵がいること。この二つさえクリアしてしまえば、この状況を作り出すのは容易だ。


 まず、クイナを謁見の間まで移動させること。これは、王がアイーダを必要としている、という情報さえあれば簡単に実現できる。国王はそうとうの加虐愛好家だ。これは今までのアイーダへの言動を知っていれば、それはば火を見るより明らかだ。それに加え、今は参謀のような場所にジョエル・マクレインがいる。アイーダを手中に収めるため、その心を折りに来ることは容易に想像がついた。


 アイーダの心を折るのはたやすい。目の前でクイナを殺せばいい。本当の絶望を前に、人は無力だ。復讐という炎が燃え出すのは全てが終わり、認識した後。絶望と憎悪には時間差がある。一瞬の無力感さえあれば、アイーダの確保は容易だろう。


 そして抜け道に伏兵がいること。これはジョシュアが抜け道の存在を話した段階でほぼ確定だ。ジョシュアがアイーダを連れてきて、伏兵がそれを確保する。であればその狙いを利用する。


 アイーダがのこのこと現れ、さらには自分自身を人質にする、という最も安全な緊張状態を作り出す。そうすれば逃走防止のほか、アイーダの自殺防止のためにも近衛騎士を多く送り込まなければならない。


 アイーダの確保は今の王宮において最優先事項だ。最もかかる確率の高い網に獲物が引っ掛かり、かつ油断は許されない状況になる。そして、その情報は伝令を通じて王宮のてっぺんから地下まで瞬く間に広がってゆく。そうすれば混乱は起きずとも動揺が生まれる。


 いくら重要な餌だとは言っても、人質の見張りなんてつまらない仕事を任される兵士だ。動揺の隙をついて入れ替わることなんて造作もない。暇を持て余していた見張りの兵士には、少し眠ってもらった。そして今、俺は一般兵の装備を奪い、クイナの隣に立っている、というわけだ。


 この作戦の肝は、いかに相手にとって都合のいい状況を、自分にとって都合がいい状況に作り替えるか。


 おかげで俺は、アイーダも、ジョエルも、国王も、すぐにでも殺せるだけの状況を手に入れることが出来た。もっとも、ジョエルだけは拾いものだがな。



 ジョエル・マクレイン。お前が忠誠を誓い生涯をささげる国が、王が、無様に悶え、殺される様を見るがいい。



 ほかでもない、この俺の手によって。




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