19 魔法
今の「
剣を合わせている間に、それぞれが持つ剣の状態を観察していた。あえて接近戦で敵に囲んでもらい、順番に剣を受けていく。囲まれた状態で剣を受けるとき、つばぜり合いになってはいけない。それは致命的な隙になるからだ。だからこそ、俺は一度も剣を正面からは受けなかった。
振るわれた剣の腹を自らの剣で叩く。剣は横からの攻撃にめっぽう弱い。それは武器の構造的にも、戦い方的にもだ。剣はまっすぐ力を加えなければ切れない。横の衝撃でそらされてしまえば、それは鉄の棒と何も変わらない。……強度で勝る分、雑魚が使うには鉄の棒のほうが優秀かもしれないな。
剣の腹を攻撃し続ければ、当然もろくなる。すべての剣があと一撃で折れる目途がついたら、今までのような手抜きの攻撃じゃなく、本気の斬撃をお見舞いする。それに式句を合わせれば、こけおどしの「鎌鼬」が完成する。
呆然とする警備兵を気絶させていく。剣を失い棒立ちになる者を気絶させていくのはもはや作業だった。
見るとアイーダもその眼を見開いている。兵士は全員気絶させたが、まだ俺の中に魔力を感じる。……騙しはもう十分かもしれないが、念のためにもう一押しほしい。風魔法だけでは今後に支障が出る。警備兵の戦力はほぼなくなったから、やってくるだろう騎士に期待するか。
「なんだこれはっ!」
おっと、ちょうどいいタイミングだ。
声のするほうを見ると、警備兵よりも数段良い鎧に身を包んだ男が立っていた。俺の周りに倒れこむ警備兵を見て、その眼を見開いている。
この男の顔、見覚えがあるな。詰め所を偵察した時に見た騎士の一人か。
警備兵詰め所は普段は全く仕事がなく、さらには一般市民の前に顔を出す機会もない。華々しい活躍を期待して騎士になったにもかかわらず、一日中男くさい詰め所で暇をつぶさなければならない、いわゆる外れ部署だ。
「我が国の兵士とあろうものが、こんな男一人に……。何たる失態か!」
怒鳴るのはいいけど、全員気絶してるから誰も聞いてないよ、騎士様。
「かくなる上は、この私が、貴様に引導を渡してくれる!」
いや、かくなる上は、って……。お前はそのために来たんだろうが。頭の中お花畑なのか? まあ、そのほうが都合は良い。バカのほうが騙しやすいのでな。……さて、この手の輩を相手にするには……。
「やあ、遅かったなぁ騎士様。見たところ、この雑魚たちの監督役かな? できない部下を持って大変だなぁ」
「っ我らを! 侮辱、するなぁああっ‼」
自分が部下を貶すのはいいが、人にやられるのは我慢ならない。高慢で、傲慢。安っぽいプライドの塊。少し煽ってやれば無策に突撃してくる。そして……、
「集え! 我が心の内に眠る苛烈な炎よ! わが剣に宿りて、敵を焼き尽くせ!」
思考停止、とりあえず使っておく魔法。実戦経験の乏しい騎士にありがちな、虚栄心を満たすだけの魔法だ。
「『
騎士の持つ剣が炎に包まれる。
魔法は選ばれし者の力。けれどそれを披露する機会は少ない。そのため、派手で分かりやすいものを選ぶ。……この騎士はご丁寧に詠唱の改変までしているな。詠唱時間が伸びた割に効果はあまり変わっていないようだが。
そのまま切りかかってくる騎士。持っていた剣で受けると、徐々に徐々に剣が切断されていく。
そのまま、カランっと音を立てて剣が溶き切れた。それと同時に騎士の剣を覆っていた炎が消える。なるほど、頭の出来は悪いようだが、魔法のほうはそこそこできるようだ。
「どうだ! これが我が心の熱さ! 燃え滾る炎の剣だ!」
……そのまんまだな、見てわかることしか言っていない。しかしそうだな、そんなに自分の炎に誇りを持っているなら……、
――その炎で、自らも灼いてもらおうか。
ローブの内側から二本の短刀を取り出す。ジョシュア(本物の)に仕込んでもらった特別製だ。その刃は白くくすんでいて、輝きもない。
「なんだ? そんなおもちゃでこの私と切り結ぼうというのか。なめられたものだ!」
今度は魔法を使わずに突っ込んでくる。振り下ろされる剣を十字に交差させた短剣で受け、一瞬の均衡ののちに流す。無駄に力を入れていた騎士は勢い余って正面につんのめる。その隙に背後がとれる。馬鹿正直で、本当に読みやすい。
「背中ががら空きですよ、騎士様!」
わざわざ一声かけてから短刀で切りつける。騎士もむざむざ切られる気はないようで、振り向きざまに肩鎧で攻撃を防いだ。そして攻めに転じようと構えなおす。だが、俺の攻撃はまだ終わらない。
何の為に短刀を使ってると思っている。手数と素早さが二刀の花。長剣を思い切り振り回すお前の攻撃を、そう何度も許すはずがないだろう。
騎士が構え直す前に、その全身を攻撃する。もちろん、相手の鎧を貫通するほどの刺突や切断するほどの斬撃はこの短刀では繰り出せない。だがそれも構わずに、俺は鎧ごと騎士を攻撃する。
「こざかしいっ!」
俺の攻撃を鬱陶しく思ったのだろう、騎士はこちらの攻撃をすべて無視して構え直し、また一撃をくらわせようと剣をふるう。だが、そのころには俺の準備は終わっていた。間合いの外へと飛び退いて、その剣を躱す。
「ふん、所詮は小悪党。我が鎧を前に貴様程度の攻撃は無意味! これで最後だ!」
啖呵を切り、騎士は再び詠唱を始めた。
「集え!」
――終わったな。
「集え」
それに合わせてこちらも詠唱を始める。アイーダとジョシュアが見ている影響で俺も魔法は使えるが、それは騙されている者、つまり、その二人にしか効果がない。この騎士は俺が魔法を使うところを見ていないから、俺が魔法を使っても騎士が影響を受けることはない。
「……我が心の内に眠る苛烈な炎よ! わが剣に宿りて、敵を焼き尽くせ!」
「我が身に宿る爆熱の怨嗟よ、この身、この声に応え敵を穿て」
俺が詠唱を開始したことに驚いて、若干テンポが崩れたな。だが、誤差の範囲内だ。
「『
「『
騎士の詠唱が一瞬だけ早く終わり、その剣を炎が包み込む。その瞬間――騎士の鎧が爆ぜた。
「ぐぁああああぅああ!」
全身を襲った爆発と、その身を包み込む炎に騎士は悲鳴を上げ、もがき苦しむ。これで、俺はアイーダに火の魔法も見せたことになる。騎士様、あなたのおかげだよ。
さて、これだけ派手な爆発を起こせば、アイーダに関係なく人が集まるし、捜索の手も弱まる。これで安心して貴族街に向かえるというものだ。
「がああぁああ! 熱いっあついぃぃい!」
悲鳴を上げ続ける騎士を尻目に、俺はアイーダとジョシュアの待つ路地裏へと移動する。……悲鳴が長いな。実は結構余裕あるんじゃないのか?
「さ、今のうちに」
「ジーン! あなた、本当に魔法が!?」
「その話はあとだよ。人が来る前にここから離れよう」
魔法のことを問い詰めたくて仕方がないのだろう、食い気味に尋ねてくるアイーダをあしらいながら、俺たちは走る。
今の爆発は、魔法でも何でもない。ただ、騎士があの魔法を使うと爆発が起きるように仕込んでいただけだ。それに合わせて俺も詠唱を開始した。
白い短剣をローブにしまう。この短剣は鉄ではなく、石灰を固めたものでできている。無論、そんなもので本物の剣と切り結べば簡単に折れてしまうが、ある程度の強度があれば技量でカバーできる。
あの騎士と剣を交え、鎧を切りつけた時、自然と石灰は削られ空気中に舞い、その粉末は剣と鎧に付着する。可燃性の高い粉末が漂い、大量に付着している。そんな状態で炎剣を使えば、当然爆発が起きる。爆発の後も燃え続けていたのは、あの騎士が懐に酒を忍ばせていたからだ。警備兵の詰め所はつまらないうえに、花も出番もない仕事。それに、あの大仰なセリフ回しに自信に満ち溢れた態度。あの騎士が酒を飲んで仕事をしていたことは容易に想像がついた。
「学院の抜け道は、もう知られているだろう。別の方法で貴族街に抜ける」
「ここ以外にも抜け道が?」
アイーダの問いかけに、無言で頷く。
「その入り口も、花街の近くにある。ただ、だいぶ外れで、旧スラム街に近い。疲れているだろうが、そこまで走るぞ!」
「わかったわ!」
「仕方がない、信じるぞ、ジーン」
そして俺たちは三人で抜け道へと向かう。
いつかは戻ってくるつもりだった。けれど、こんなに早く来ることになるなんて思っていなかった。かつて、最愛の妹と泣きながら歩いた、忌まわしい道だ。
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