18 道具



「アイーダ、俺も会えてうれしいよ。けど、再会を喜ぶのは後回しだ」


 抱きつくアイーダをぐいっと押し戻す。


「あ、う、うん。ごめんね、わたしったら」


 ほほを赤らめながら距離を取るアイーダ。我が友人ながら簡単に落ちるものだ。


「事情はなんとなく察してる。王宮の爆発は商業区でも話題だったからな。近くに隠れ家があるから、そこへ行こう」


 腕を引いて先導しようとすると、アイーダが「待って」と少し抵抗した。


「お兄様!」


 ……おにいさま、か。


 その呼び方に少し、眩暈がした。


 軽く頭を振り、思考を現実に戻す。そしてアイーダの兄、ジョシュアを視界に収める。俺が知るジョシュアとは、微妙に異なるその顔を。


「アイーダ……。この男は、信じられるのか? こんな――」


「出来損ない、ですか?」


「っ!」


 言葉を先回りされたジョシュアが顔を顰める。先回りされたことに驚いたよりも、俺なんかに自分の考えを読まれたことが不快なのだろう。


「お兄様! この期に及んでまだそんなことを!?」


「いいんだ、アイーダ。俺が出来損ないだってのは事実だ。でも」


 あえて言葉を切り、挑発するような目つきでジョシュアと視線を交わす。


「出来損ないなりに、努力はしてきたさ」


「……」


 そう言うと、ジョシュアとアイーダは揃って口をつぐんだ。魔法を使えない俺にとって、努力という言葉がいかに虚しいものなのか。二人はそれを知っている。だからこそ、何を言うべきか分からないのだ。こと、魔法において、重要なのは努力ではなく才能だ。


 良くも悪くも、この場にいる三人は才能に振り回されてきた人間だった。


 さて、ここからが正念場だ。アイーダと合流することも、その際に奇跡を演出することも、事前情報さえ入手できていれば大して難しいことではない。だがこの場でやっておかなければならないことが、もう一つだけある。


 ……そろそろか。


 ――ガチャ、ガチャ、と。静まった空気の中、遠くに聞こえる音が耳につく。


「っこの音は」


「新手の警備兵!?」



 よし。道具は揃った。あとはうまく使うだけだ。



 警備兵の見回りはローテーションだ。だからこそ読みやすく、利用しやすい。この花街は捜索地域に含まれていなかったようだが、抜け道の存在をリークすることで、急遽近くの捜索担当班が向かってきた、というところだろう。


「ジーン! お願い、あなたの隠れ家に案内して」


「いや、こうなってしまうと少し厳しい。俺の隠れ家はここから近いが、だからこそ、しらみつぶしに探されれば簡単に見つかってしまう」


「ちっ、ならばどうする?」


 ジョシュアが小声で「使えないやつめ」と言ったようだが、まあ今は見逃してやろう。こいつにかまっている暇もないしな。


 アイーダは近づいてくる警備兵を警戒しているようだが、本当に警戒すべきはそいつらじゃない。警備兵には魔法道具による定時連絡が義務づけられている。その魔法道具があれば、魔導管が張り巡らされた範囲内、という条件付きで遠距離での連絡が可能になる。


 通常、一つの班から定時連絡がなければ、次に同じ区域を担当する班が本部へ連絡をする。だが「急遽編成された班が、抜け道のある地域で、定時連絡もよこさない」となれば、何かあると考えるのが普通だ。本部からの増援が来るだろう。捜索隊に編入されていない本部の兵。つまり精鋭、騎士だ。


 今近づいてきているのは、騎士到着までの時間稼ぎだ。花街と隣接する区域から、おそらく二班。


「隠れ家に行くのはやめだ。ここで少し、警備兵の数を減らしておこう」


 アイーダは俺が魔法を使えないことを知っている。その認識は早く塗り替える必要がある。アイーダには王の元まで案内してもらわなければならない。その時、魔法が使えないと、何かと不便だ。それにすべてが終わった後、アイーダを始末するためにも、今のうちに俺の魔法を信じ込ませておく必要がある。


 ここにきている警備兵二班と、増援の精鋭部隊。お前らには、アイーダを騙す餌になってもらう。


 魔法を使えるようになった、なんて、口で言っても誰も信じない。ならば戦闘を見てもらうのが一番手っ取り早い。それにさっきの会話の中で、もう種は仕込んである。


「数を減らすって、戦うのか? この状況で?」


 ジョシュアが愚か者を見る目で俺を見る。まあ、確かに言いたいことはわかる。


「安心してくれ。俺一人で十分だ。二人は疲れているだろう。……足音が近いな、二人は建物の陰に」


 有無を言わさぬ口調で二人を路地裏に押し込む。実のところ、警備兵を二班程度つぶしたところで状況は変わらない。特に、隠れ家に行くのだったら、むしろここは隠れてやり過ごすのが得策だ。そうしない理由は二つ。


 一つは、アイーダに俺の魔法を信じさせるため。そしてもう一つ。もともとこの近くに隠れ家なんてないし、あったとしても使わせるつもりがない。だってそうだろう? どうせこいつらはあとで殺す。疲れているほうが好都合だ。


 まったく、警備兵とは良い道具だ。出会いの演出だけでなく、俺の魔法の手伝いもしてくれて、アイーダを疲弊させ、おまけに休ませない理由までくれるんだから。


 二人を路地裏に隠したところで、警備兵が到着した。ちなみに、俺のすぐそばには先ほど倒した警備兵五人が転がったままだ。


「貴様っ、何者だ!」


 班のリーダーらしき男が、腰の剣に手を伸ばしながら尋ねてくる。


 ……おいおい、この状況で問答を始めるのか。ずいぶんと余裕があるのだな、警備兵という奴は。


「あっ兵隊さん! 大変です、さっきアイーダ様を……!」


「何っ!?」


 無防備に駆け寄ってくる警備兵たち。国防を魔法に頼りすぎたことによる弊害だな。まったく、この国の内側には……。



 平和ボケしたやつらしかいない。



 間合いに入ったリーダーの顎を、手のひらで打ちぬく。


「――っ」


「見つけたけど、お前たちには教えないよ」


 受け身も取らず、派手に倒れこむリーダー。当然だ。顎への一撃で意識は刈り取ってある。


「貴様!」


「我らに手を上げるか! 愚か者め!」


 次々と抜剣する兵士たち。その数は、九。今倒れた男も含め、ちょうど二班、十人だ。


 さて、本当ならさっさと殺したいところなんだが、アイーダを信用させるためにも殺すのはまずい。それに、騎士が来るまで待っていないといけないからな。


 アイーダに見せる魔法を考えつつ、警備兵の攻撃を躱し続ける。正直、このレベルの剣技なら学院時代の俺でも余裕で捌ける。剣技だけならば、俺の腕前は卒業時点で並みの騎士に勝ると言われていたし、事実、近衛騎士であるジョシュアにも辛勝している。……それでも、魔法がなければ騎士にもなれないのだが。


「……」


 余計なことを考えてしまった。一旦距離をとる。


 九人もいれば精密な連携は取れない。一斉に攻撃しても同士討ちになるのが目に見えている。集団対個人でとれる行動は限られてくる。囲んで退路を塞ごうとするのもその選択の一つ。


「そこだ!」


「甘いっ」


 回り込んできた兵士の利き手に回し蹴りを放つ。取り落とした剣をすかさず拾い上げ、俺を囲うように陣形をとった兵士たちに接近戦を仕掛ける。


 ぎぃん、と金属同士のぶつかる音が耳に広がる。


「ふん、剣なら分があると踏んだか……。だが甘いわぁ!」


 突っ込んできた兵士と数合、剣を合わせる。だが敵はまだ八人。当然、残った兵士は徐々に俺との距離を詰め、横から、背後から剣をふるう。


 兵士たちの練度は低い。連携がなっていないから攻撃と攻撃の間に隙が生まれ、お互いの動きを目で確認するから、視線でどこから攻撃が来るのかも丸わかりだ。


 そのまま少しの間、剣撃をしのぐ。さすがにこれだけの手数があれば、隙があるとはいっても攻めに転じるのは難しい。八人全員と剣を合わせ、その剣の状態を見る。


 ……もういいか。


「我が呼び声に応じ、踊れ」


「っ!」


 路地裏に視線を送ると、アイーダの息をのむ顔が横目に見えた。


「なにっ!」


 俺の言葉にひるむ兵士。当然だろう、その式句は貴族しか使えない魔法の式句であり、花街にいる謎の男が使えるなんて微塵も考えていないのだから。それに単純な話、魔法とは脅威だ。人数差など簡単にひっくり返す。


 その驚きも、恐怖も、ただでさえ大きな隙を致命的なまでに広げてしまう。それがたとえ、魔法など使えない者が言う、はったりだとしても。


鎌鼬サイクロン!」


 言いながら、俺は踊る。


 手に持った普通の兵士の剣で、円を描くように舞い踊る。


 反射的に剣を盾にする兵士たち。


 ぎん、ぎん、ぎん、と、耳障りな音が連続する。そしてその音がやんだ時、


「……ば、ばかな」



 八人の兵士が持つ剣は、その全てが半ばからぽっきりと折れていた。



 対して、俺の持つ剣は未だ健在。同じ剣でこれほどまでに差が出るのだ。もう、この兵士たちは信じるしかない。俺が魔法使いだと。体の内に魔力を感じる。条件はクリア。これで、俺はこの兵士たちに魔法を使える。まあ、もう使う必要もないが。



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