12 苦悩
アイーダは国王に謁見していた。
「恐れながら陛下、なぜ私を騎士として認めてくださらないのですか。私の力は、魔法は、戦い、この国を守ることにこそ使われるべきです! なぜ私を戦いから遠ざけるのですか!?」
アイーダの主張は叫びとなって、広い謁見の間にこだまする。
むなしく残った残響が消え、場に静寂が戻った時、国王がゆっくりと口を開いた。
「アイーダよ。『
「しかし! お兄様は、近衛騎士として国王をお守りしております! なぜ私だけが……」
「聞き分けよ!」
ダンッと、王がその手に持った杖で床を打つ。
低く、重い声音。すでに齢六十に迫ろうという国王だが、一国を統べる威厳とその覇気は、失われてはいなかった。
その声に半ば飲み込まれるようにして、アイーダは頭を下げる。
「……無礼を、謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
謝罪を聞き入れ、身にまとった剣呑な空気を霧散させる国王。それと同時に、今まで口をはさんでいなかった王妃がアイーダに語り掛ける。
「アイーダ、国のためになりたいというあなたの思いは、しかと受け止めています。でも、それは戦いではない。時が来れば、あなたにしかできないことをお願いするでしょう」
その言葉を受け、アイーダは謁見の場から退出する。この場に残ったのは国王と王妃と、選ばれた少数の近衛騎士だけだ。
「ああ、しっかり働いてもらうとも、アイーダ。長く、この時を待っていたのだから」
「あれに魔力を授けてから、もう二年。十分に機は熟しただろう。……ジョシュア!」
「はっ」
国王に名を呼ばれ、一人の近衛騎士が進み出る。騎士の職に就き、もう五年になる。若手の中では国王から一番の信頼を置かれている男だった。そして、アイーダの実の兄でもある。
「お前にはアレの監視を命じる。大切な鍵だ。励め」
「はっ」
一礼し、アイーダの後を追うように退出する騎士。
「……っくくく、ふぬはははは……! これで……我らが宿願は叶う」
王の言葉の意味を知るものは、この場には王妃しかいないだろう。宿願という言葉にどんな意味が込められているのか、それがどんな未来を呼び起こすのか。忠誠という美辞麗句に酔い、考えることを忘れた近衛騎士には理解できない。
――いや、たとえその意味が分かっていたとしても、止めることなどしない。王に逆らうとは、自らの生まれた意味を放棄することに他ならないのだから。
◇
「はぁ……」
謁見の間を出て、大きくため息を吐く。
私は二年前、学院を卒業したと同時に王に魔力を賜り、四つすべての属性に適性を持つ
魔法とは、つまるところ強大な力だ。使い方次第で攻撃にも防御にも使える万能の力。一人で多くの敵を屠る殲滅力と、多くの民を守れる防御力を有する。もちろんその力は生活にも役立っているが、やはり魔法の一番の使いどころは戦闘にある。
無論、進んで戦争を……殺し合いをしたいわけではない。でも、この国のため、王のため。魔法の力を最大限に活かす方法を考えた時、私にはこれしか思いつかなかった。それに……。
「せっかく、魔法が使えるのだから。彼にできなかったことを、やりたかったことを、私は……」
「アイーダ」
唐突に声を掛けられ、思わず振り返る。今の言葉を聞かれていれば問題だ。何せ、彼は王国の恥とすら言われる存在なのだから。二年間、騎士として修練を積んだ今でも、私は彼の背中を追いかけて、騎士の使命さえも借りもので……そんな私が、国の宝だというのだから運命はなんと皮肉なのだろう。
「……お兄様」
振り向いた先にいたのは私の実の兄、ジョシュアだった。
「アイーダ、あまり思いつめるな。私が騎士になれたのは、……能力に恵まれなかったからだ。戦場に出る事のない近衛騎士だからこそ、私程度にも務まる。それだけの話だ」
自嘲的な笑みを浮かべながら慰めてくれる兄に、罪悪感と、それをはるかに上回る安心を覚える。自分を顧みないその優しさにこの二年間、何度救われたかわからない。
だが、そんな兄にも一つだけ、嫌いなところがあった。
「お前はいまだにあの出来損ないのことを思っているのだろうが、もう忘れろ。あれは所詮口だけの男だった。なにより、二年前のスラム大火で奴は死んだんだ」
吐き捨てるように言う兄に、眉を顰める。
でもそれは兄に限った話ではない。ほとんどの貴族が彼のことを悪し様に罵る。まるで一つの慣用句のように「そんなことではマクレインの出来損ないみたいになってしまうぞ」と学院生に発破をかける。
共に学んだ同期でさえ、彼の努力を忘れ、彼の苦悩を理解しようともしない。私が彼をかばおうものなら、これだから公爵家のお嬢様は、と世間知らずのように扱い、話題をそらす。
彼を追放したジョエル・マクレインの行動を英断とたたえ、家族を失ったことを心から憐れむ。ジョエル・マクレインの人間性を知っていれば、それが捏造だということくらいすぐに想像がつくのに。
「アイーダ?」
「っいえ、何でもありません」
いけない、彼のことを考えると、どうも思考が深くなりすぎる。黒い感情が膨れ上がる。……いくら許せないことでも、貴族たるもの、簡単に感情的になるものではない。
「でも、お兄様。これだけは覚えていてください。確かに彼は魔法が使えなかった。けれど、彼が目指したものは決して、侮辱されるようなものではないということを。……それはお兄様もご存じでしょう?」
そう言うと、兄は苦いものが口に広がったような表情を作り、黙ってしまう。兄は、昔話は嫌いなのだ。幼い頃、私と彼は兄によく遊んでもらった。その時から彼は賢く、優秀で、兄にもよく懐いていた。
きっと、認めたくないのだ。出来損ないと懇意にしていた過去を。
黙り込んだままの兄に背を向け、私は王宮を後にした。
――その日の夜、珍しく母が外出しており、夕食の準備を進めていた時。王宮からの使者が訪ねてきた。
王から直々の呼び出しだった。
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