第17話 昔から現在にかけての話

 山の山頂にて


「さぁ、そろそろヒロシさんが心配するから家に帰ろうか」

「うん、わかった!連れてきてくれてありがとう兄さん」

「喜んでもらえて良かったよ」


 そう言って俺達は昼過ぎに下山した。登るより下るほうが早く、俺達はすんなり下山する事ができた。



 そうして我が家に帰ったアキラとミウ。今日の休みは奥さんとミノルは車で朝から出かけていて、ヒロシは畑仕事だった。朝から畑仕事を手伝おうと準備していたら、今日は2人で遊んできて良いと言われたので、こうしてミウと2人で綺麗な景色を見に行っていたわけだ。


 畑仕事は14時に終わって、15時にはヒロシは家にいると聞いていたが、現在時刻は午後3時30分。


「あれ?おじさんまだ帰ってきてないね」

「あぁ、本当だな。野菜取りまくって時間みてないんじゃないか?」

「ふふふ、おじさん野菜大好きだもんね!」

「今日の晩御飯はなんだろうなぁ〜」

「採れたて野菜のフルコース!」

「ハンバーグが食べたいよ…」




 などと話していたが、時間はどんどん過ぎていった。16時…17時…18時…


 いくらなんでも遅すぎる。何かあったんじゃないかと外に様子を見に行こうとした時、軽トラのエンジン音が聞こえてきて、家の前で止まった。

 あぁ良かった帰って来た…と思っていると、玄関の扉がガシャ!と乱暴に開き、ドタドタと家の中に人が入ってくる音がした。


 そして居間の襖をバシャッ!と開けたヒロシが息を切らせて入ってきた。


 俺とミウはもの凄い形相のヒロシを見て言葉が出ない。


 だが2人の姿を見たヒロシは少し顔を緩るませたがまたすぐに元の顔に戻った。


「2人共落ち着いて聞いてほしい…」


__奥さんとミノルくんが交通事故で死んでしまった。という事実を声を震わせながら俺達に伝えてくれた。


__________________________



 最初に話を聞いた時は現実としてまったく受け入れられなかった。


 だが、そのまま病院へ行き、2人の遺体を見て、初めてこの出来事が現実で起きたことで、もう二度と5人で笑い合える事がないんだと実感した。


 事故の経緯は高齢者によるブレーキとアクセルを間違えた踏み間違いであった。

 奥さんとミノルくんを巻き込んで猛スピードで壁に激突した加害者もそのまま亡くなってしまい、ヒロシの怒りや悲しみの矛先がなくなったまま3ヶ月の時が過ぎた。


 あれからヒロシは毎日毎日朝から晩まで大量のお酒を飲んでいた。


 大好きだった畑仕事もやっておらず、俺とミウが学校の帰りにできるだけ野菜を採ったり、畑を耕したりしてなんとか現状を維持していたがそれも難しくなってきた。


 2人が亡くなってからというもの、しばらくの間、俺とミウが家に帰って来る音がすると、ヒロシが玄関の方へ駆け寄って来て、俺達の姿が目に映ると悲しそうな顔をするがすぐに「おかえり」と笑顔で言ってくれた。きっと奥さんとミノルくんがもしかしたら…という淡い期待で見に来ていたんだと思う。



 だがそれも日が経つにつれてなくなっていき、ヒロシの言動や行動がだんだんおかしくなってきた。


 最初はストレスが溜まっていて、少し大声や物にあたってしまっているんだ。これはしょうがないことなんだ、いずれ落ち着くはずだ…とミウと一緒に考えていた。


 だが日に日に大声を出したり、物を殴ったり、物を投げたりする事が多くなり、そうなったら2人で逃げていたのだが、だんだん、俺達の事が煩わしくなって来たのか、怒りの矛先が、俺達2人に向けられるようになっていった。



 そうなってからはもう想像通りひどい仕打ちを受けていた。


 もちろん抵抗していた。元に戻って欲しい、どうか昔みたいに優しいヒロシおじさんに戻って欲しいと、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も言った。毎日言っていたが結局は届かなかった。


 最初は暴言だった。


 「なんでお前ら笑っていられるんだ」「マユミやミノルが死んでどうしてそんな顔でいられる」「なんで死んだんだ?」「どうしてマユミとミノルなんだ?」「どうして?どうしてどうしてどうして?」「なんで俺の妻と息子なんだ?」「どうしてお前らはそんな顔して生きていられるんだ?」


「なんでいるんだ?」「なんでお前らじゃないんだ」「お前らが代わりに死ねば良かったんだ!」


「そうすれば今でも家族皆で一緒にいられた!!!」「どうしてお前ら生きているんだ?」「どうしてマユミとミノルがいなくて、お前らがいるんだよ!!」「おい!!!どうしてだ!!!!なんでお前らがいて!!!俺の家族がいないんだ!!!!!!!!」「おかしい!!おかしい!!おかしい!!!お前らなんて最初から居なければ良かった!そうすれば変わってたかもしれない!死んでないかもしれない!あの時車に轢かれることもなかったかもしれない!お前らさえいなければ!!!お前らが殺したんだ!!そうだ!お前が俺のマユミとミノルを殺した!おまえらがころしたんだああああ!!!」




 もうこの人には俺達が家族を殺した犯人として認識されていただろう。



 それから毎日毎日俺は殴られ続けた。ミウだけは絶対に傷つけさせないと誓い、ミウが標的になりそうになると俺はすぐにミウの前に立ってその拳を受けていた。


 だいたい夜の8時から9時にかけて殴られ一時間も殴り続けるとおじさんも疲れて酒を飲み寝る。そしてまた起きて酒を飲み暴れだして暴力を振るう。そして疲れて寝る。というのを毎日毎日続けた。


 その日もヒロシおじさんが疲れてその場に大の字で寝てしまった。


 ミウに覆いかぶさる感じで殴られ続けていた俺に


「兄さん…」と涙で目が真っ赤に腫れ小刻みに震えているミウ。


「大丈夫さ…そのうちきっとおじさんもわかってくれる。今はまだショックから抜け出せないんだ。俺が我慢すれば良い事なんだから…」

「でも兄さんの身体が…」


 ポンッとミウの頭に手を置いてヨシヨシする


「俺の事なら心配すんな!…大丈夫。また昔みたいに皆で笑いあえる日が来るさ」


 ミウの目をしっかり見つめて俺は言った


「だから…大丈夫。心配すんなミウ」

「…うん」


 それからまた何日も何日も息を潜めて過ごし、酔っては暴力的になるヒロシに殴られ続けるアキラ。


 そんな何もできずただ見ていることしかできないミウはこの時、心に深いキズを負っていた。兄さんが殴られている光景、音、衝撃、全てが脳裏に焼き付いてしまい、私がもっとしっかりしていたら。私がこんなに弱くなかったら。『兄さんの迷惑でしかない私』とうレッテルを自分に貼ってしまったのである。


_______________________



 それから1年後…



 みるみるやせ細って来た、ヒロシは病気になっており、マユミさんとミノルくんが死んだちょうど一年後に死んだ。


 少しだけ…悲しかった。最初の頃のヒロシとは別人になってしまったがそれでも恩人だったからだ。少しでも暖かい家庭に触れさせてくれた感謝はあった。


 その後、少しだけの現金が残った俺達は、昔住んでいたボロアパートの大家にジャンピング土下座する勢いでどうか部屋を借りさせて欲しい、後俺達の保証人になってほしいと頼み込んだ。


 優しいおばあちゃんの大家は二つ返事でOKをしてくれ、アキラ12才、ミウ11才の時にまた同じアパートへ戻ってきたのだった。



 それからアキラは死にものぐるいで新聞配達員として朝から夕方も働いてお金を溜めた。


 学校の制服代やら入学金やらのお金を稼ぐためだった。だがしかし大家のおばあちゃんがあんな小さかった子供が今ではこんな立派になって…と涙し、入学金と制服代のお金二人分を払ってくれたのだ。本当にありがたかった。女神はこんな所にいたのかと思った。(しわくちゃだけど)


 そうしてまたミウと一緒に住み始めたが、やけに大人びて成長してきたミウに俺はなぜかうまく喋れなくなっていった。


 ミウがかわいくてかわいくてしかたなくなっていき、そのうちこれは恋なんだ!!と気付いてからはもうミウを大好きでしかたなくなっていた!


 そんな俺に対してミウもだんだん言葉数が減っていき、最低限日常会話程度になってしまっていたのだ。


 そんな時ミウが学校の宿題をやっていた。後ろから覗き込むと「将来住みたい家」という宿題でどんな家がいいんだろう?と覗き込んだがバレてしまい。


 「未来のプライバシーよ」と言われ俺は見れなかった。



  ミウがお風呂に入った隙を見て、俺はバッグに入ったミウの「未来のプライバシー」を覗き見た。


 めちゃくちゃでかそうな家で内装などかなり凝った事を書いていた。

 白を基調とした外装に所々木の木目模様を取り入れ、和と洋を足した感じの家だった。

 瞬時に俺はそれを覚えて、(いつか…いつかこんな家建ててやるからなお兄ちゃんが…)と心に誓ったのだった。


 その誓いを果たす時は意外とすぐ訪れた。それから余った少しのお金で俺は、お金を増やせる裏技!という本に書いてあったFXというものをやり、10万が100万。100万が1000万。1000万が1億。1億が10億と一桁ずつ増えていき気づいたら500億近く稼げた。最初は夢じゃないかと思ったが適当にポチポチやっていたら増えた。としか言いようがない程簡単に稼げたので俺は大家に恩返しではないが、このアパートを買い取るという話をして、感謝の気持ち分多く大家にお金を支払い、家を買ってあげてから、このアパートを取り壊してミウの将来住みたい家を寸分違わず同じ家を建てた。




 最初はこちらをずっと睨んでいたミウだがすぐに笑顔を取り戻して、


「ありがとう兄さん。私こんな家に住みたかったの…」


 と少し顔を赤らめて言った。


 その顔を見た瞬間。あぁ…俺はミウのこの顔を見るために生まれてきたんだなと感じた。


 こんな顔をいっぱい見たい。ミウを笑顔にしてあげたい!とアキラは思うのだが毎度の如く空回りして、上手に話せずにいた事は言うまでもない。




________________________



 今



 「さて…ミウはあんな事言ったけど、そんな事言われて、何もしないお兄ちゃんじゃないんだなこれが…」


 キングサイズのベッドで大の字に横になっているアキラは独り言を言った。


「なんであんな事言ったのかはわからないけど…心配すんなよミウ。必ず俺がミウを幸せにしてやる!」


 と拳を上げて微笑むアキラであった。



 場所は変わり一条家のハジメの寝室では



「くっそぉあの眼鏡野郎なんなんだ一体…どうして気付いたんだよ!」


 ドンッと自分のベッドに拳を叩きつける。


「まぁいいさ…予定を早めるか…もう少し様子をみてからと思っていたがこのままじゃマズイからな…くくく」


 そうして不気味な笑みを浮かべながらどこかへ電話した一条ハジメであった。



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