第7話 青春は二酸化炭素のソーダ味①

 火曜日。授業が終わると四人で第三テニスコートに向かって歩いていた。


 結果から言って春乃は部活ではなくサークルに入ることにした。


月曜日に春乃と奈緒は授業の後テニス部の活動の見学に行ったのだが、規則が厳しいだけで全体的にあまり強くないという印象を抱いてしまった点、そして、春乃にとって決定的だったのはやはり雪子の存在だった。


「ハル、部活の方はどうだったんだよ? 昨日、奈緒ちゃんと見学行ってきたんだろ?」


春乃は慎重に言葉を選んだ。校内広しとは言え、どこにテニス部員がいるかわからない。


「なんというか、規則は結構厳しいみたいで、部活らしいといえばそうなんだけど……」


「大声では言えないけど、あんまり強そうじゃなかったんだよね」


奈緒は濁していた春乃の言葉をあっさりつづけた。春乃は濁すのを諦め奈緒からバトンを受け取る。


「まぁ、そういうこと。部活に入るからにはやっぱり強くなりたいし。でも、どっちもそこまでって言うなら楽しい方がいいかなと思ったんだよ」


「そんなこと言って、雪子先輩がいるからだったりするんじゃないのかぁ?」


光輝がニヤニヤしながらこちらを見ている。春乃はギクリとした。


「ありそうー。あんな美人がいたら入りたくなっちゃうかもー」


紗友里まで乗ってきて隠しきれないかと思ったが、意外なところから助け舟が来た。


「春乃はテニスの事になると、他のこと考えられないタイプなんだよ。昨日も見学してる時の顔真剣そのものだったもん」


確かに奈緒の言っていることも間違いではない。テニスの事になると夢中になってしまい、他のことに手がつかなくなるところがある。


春乃はこの助け舟に乗っておこうと考えた。


「やるからには本気でやりたい気持ちもあるし。それに、せっかくみんな同じサークルに入るのに俺だけ部活ってなるとなんか……」


「ハルちゃん寂しいのかぁー!」


光輝は思いっきり春乃の肩を組んできた。


「寂しいわけじゃないけど!もったいない気がしたんだよ!」


「そっかそっかぁ」と言いながら春乃の頬を突く。


「やめろよ、気持ち悪い」


そんな二人のやり取りを見て奈緒と紗友里が笑いだした。何とかごまかせたようで春乃は内心ほっとした。


 四人揃って第三テニスコートに着くと、既に数人のサークルメンバーが集まっていた。その中に竜弥の姿もあり、春乃達を見つけると手を挙げて駆け寄ってきた。


「こんちはー!来てくれたんだね!」


「こんにちはー。もちろんですよー」


紗友里は竜弥に笑顔で返すと「ねー」と言って春乃達を振り返った。


「あの、僕たちはどうしたらいいですか?」


「ラケバを持ってるのは春乃君と……奈緒ちゃん、でいいんだよね?」


「はい」


奈緒は少し緊張した面持ちで頷いた。光輝と紗友里はテニス初心者奈緒で運動着だけ持ってきていた。


「オレ達ラケットとかもってないんすけど、大丈夫ですかね?」


竜弥は笑顔で頷いた。


「大丈夫だよ。貸し出し用のラケットがあるからしばらくはそれでいこう。運動着は持ってるんだよね?まずは更衣室へ案内するよ」


四人はテニスコートからさほど離れていない、小さめな建物の更衣室へと案内された。


「着替え終わったらコートに戻ってきて。貴重品はロッカーの中に入れて鍵を閉めてね」


そう言い残し竜弥はコートに戻っていった。


「じゃあ、着替え終わったら更衣室前で待っててね!」


そう言うと奈緒と紗友里は女子更衣室に入っていった。春乃と光輝も男子更衣室に入る。


 第三テニスコートは比較的新しく作られたコートらしく、更衣室もきれいだった。施錠できるロッカーがついており、着替えた春乃と光輝はロッカーのカギを手首に通した。


「ハルやっぱそのジャージ似合うよな。なんか安心するわ」


笑いながら光輝が言った。高校時代から着ているジャージなので見慣れているからだろう。


「俺の勝負服」


春乃は笑いながら親指を立てた。春乃はラケットバッグ、光輝はタオルだけ持つと廊下に出た。


まだ奈緒と紗友里は着替えているようだった。女子更衣室の方からキャッキャと声がする。


「女子ってなんで着替えに時間かかるんだろうな」


光輝はタオルを湯上りのように頭に乗せ呟く。


「髪まとめたりとかしてるからじゃない?」


「あー、なるほど」


二人がぼーっと待っていると「お待たせー」と言って奈緒と紗友里が出て来た。


「おー!奈緒ちゃん、やってました感出てるねー!」


「そうかな……?」


奈緒は少し照れ臭そうにしながら頬を掻いている。春乃は髪をポニーテールにまとめた紗友里に視線を移した。


「紗友里の方はマネージャーって感じだね」


「よく言われるー。実際マネージャーだったしねー」


紗友里は少し大きめなジャージの裾を引っ張った。胸の膨らみが強調される。


「わかるわかる!こんなマネージャーいたら、オレ頑張っちゃうわ」


「お前はマネージャーでやる気メーター変動するのかよ」


今にも鼻をフンフン言わせそうな勢いの光輝をみんなで笑いながら建物から出る。


 テニス日和のいい天気だと春乃は思った。テニスコートに戻ると、先ほどよりも人が増え、竜弥達が談笑しているのが見えた。


「こんにちはー」と挨拶をしながら集団の中に入っていく。竜弥は着替えてきた春乃達を見て頷いた。


「着替えて来たね。じゃあ、他のみんなも着替えてきてくれ。練習始めるぞー」


「はーい」という声とともに着替えに行く人たちを見送ると、竜弥は春乃に向き直った。


「そういえば、部活の方の見学はもう行った?」


春乃と奈緒は顔を見合わせて頷いた。


「はい。昨日見学に行ってみたんですが、サークルにお邪魔させていただくことにしました」


「そうか!ありがとう!さっそく後で書類に名前書いてもらうから、練習の後みんなちょっとだけ時間をもらうね!あと、練習前に集会あるからそこで一人ずつ簡単に自己紹介してもらう予定でいるからよろしく!」


「はい」と四人の声が重なる。丁度その頃、着替えから帰ってくる人たちの姿が見えた。


集会では業務連絡とともに春乃達の自己紹介が行われた。春乃と奈緒はテニス経験者であることなどが付け加えられたが、今回はさすがに光輝の邪魔も入らず、すんなり終わらせることができたので春乃はほっと胸をなでおろした。

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