第7話 公募

 扉を三度叩く。「どうぞ」の声を確認し、金のノブを回す。


「監視を付けたのはまずかったかしら? それとも別件?」


「別件の方でございます。姫、あなたは『幸せ』だと感じることはありますか?」


「今さら敬語なんか使って何のつもり? 気持ち悪い。あんたが街に繰り出している間、私から従者達に話を通しておいてるから心配は無用よ。ヴォルコフはもちろん、言葉遣いや案に対しては誰も何も言わないわ」


「そりゃどーも。まあ言葉遣いはともかく、案の方はみんなの意見が欲しいから気になる箇所があればどんどん言ってくれ。そしてアリシア、今から僕はその『案』を出す。そしてあんたの『意見』を聞きに来た」


 効率さえ良ければ、基本こいつはGOサインを出す女だ。しかし『結婚』なんていう人生の一大イベントにさえ、一歩引いた視点で思索するものなのか?冠を乗っけたその頭で、一体何を思うのか?僕の言葉武器で、心の壁をぶっ壊すんだ。


「簡単に説明すると結婚相手を海の国民から公募する、というものだ。まあ正直に言うと、現時点ではこの案は。これくらいならあんたの従者達もとっくに出してるだろうしな」


「そうね。もう少し良質なものをよこしてくれると思っていたのに……失望したわ。私が強行すれば執行されるでしょうけど、以前この案を出した従者達のヘイトも間違いなくあなたに向くでしょうね」


ではな。結婚することゴールインがゴールじゃねぇし、むしろスタートラインに立った所だ。そしてこのことを従者したは分かってない。いつの間にか手段が目的になってんだ。でもあんたは、子をなすことさえ可能ならば手段は。だろ?」


「当たり前じゃない! 子どもができなきゃ……私も! この国も! 全部無くなってしまう……!! 護れなくなってしまう……!! ――さっきあんたが訊いてきたことに対して答えてやるわ。結婚がどうとか、跡継ぎがどうとか、こんなバカみたいな問題をさっさと終わらせる……多分それが私の『幸せ』ってやつなのよ……」


 責任、覚悟、感情の奥の奥。彼女は目に光るものを滲ませていた。姫だのなんだの持ち上げられているが、中身はただの十七歳の女の子だ。思い詰めて泣きたくなる時だってそりゃあるよな。今のままでいくと、JKが周りのおっさん達に「その辺の男と結婚しろ」って言われてるのとなんら変わりない。そんなの当事者じゃなくても引くわ。政略結婚だから多少目をつぶってほしい気持ちは確かにあるけど、恐らくそこに『本当の幸せ』はない。


「嘘だよね。じゃあ子作りしてくれる男の人なら誰でもいいってことになるけど、『公募案』を却下してきた当たりそういうことでもない。ということは、男嫌いだったりするの?」


 無意識に口調は軟化していた。


「ううん。好きでも嫌いでもない。でも


 繋がった。

 僕が呼ばれた理由もここから来ているのかもしれない。


「じゃあ……が好きなんだ?」


「なんで……分かったの……?」


「う~ん、『の勘』……かな?」


 アリシア・ソーラ・ヴィ・モーリは決して結婚したくない訳ではない。

 結婚したくないのだ。

 なぜなら母の言う、『幸せ』には達しないのだから。


 そして彼女は僕の心配をよそに笑いながら語り始めた。


「私や母、海の今までの王妃は、みんな天の血が流れていてね。近くの人が何を考えているか全部分かるの。あ、今ヤバいって思ったでしょ?」


 え、何それヤバい。あっ、ヤバいって思っちゃってた。あの神懸り的な『察し』ってそういう仕掛けがあったのね。


「だから言葉なんてものに頼らなくても私はあんた達の言いたいことが分かる。でもみんなはそうじゃなくて。私は思いをように言葉を渋々学んだ。それが態度に出てたみたいで、教えてくれる従者は内心すごく怒っていたわ。それで人と話したりするのが怖くなったって話。まあ私のせいなんだけどね。私の心が視える母ただ一人が優しく接してくれた。違うんだろうけど、女の人なら大丈夫なのかなって思えた」


 境遇が理解できる者が母しかいなかった、だから母に似た人間を好きになる。

 最愛の人が自分の『幸せ』を願うとしたら、必然的に『男性との婚姻』は選択肢からは除外される。しかし『生きている間に孫を見たい』とも願っている。


 母も娘も、お互いの要望がだけで、ことはできない。


「そっか。だから婚姻の話なのに女の僕が呼ばれた、と」


「ご名答。もうアドバイザーが女の人じゃないと私これからやっていけないもの。従者達はみんな『なんでこのタイミングで婿を呼んでいないんだ?』ってなっていたけどね」


 効率厨が最短ルートをとらない理由、か。


「ひ、姫……。私達従者が知らない所で、しかも幼い頃から……も、申し訳ございませんでした……」


「「「「申し訳ございませんでした……!」」」」


 ヴォルコフさん含めいつの間にか外にいたおじちゃんズはみな一様に涙を流し、謝罪の意を示している。アリシアとは違って真意を読み取れない僕にも、そこには一切の淀みがないものであると分かる。


「決まりだな。それはそうと、従者のみなさん。あらゆる物体を低温で保存する技術って何か心当たりがありますか?」


「あらゆる物体を冷やす、ですか。そうですね……隣国にそのような技術があると耳にしたことがございます。しかし、その技術で一体何を?」


「あるのですね。目的については話すと長くなるので、用意ができたときに改めて説明をいたします」


 『公募案』は一部修正して執行する。冒険者ギルドの酒飲み達にはめちゃめちゃ申し訳ないが、別の仕事を託すとしよう。


 翌日、人々の目につく至る所に公募の張り紙が、冒険者ギルドには運送の依頼が貼りだされた。

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