月面女子高生ユーチューバー
@rakugohanakosan
第1話バッドエンド・前編
「フォークロア! ワイヤーまっすぐ伸ばしたよ」
あたしはそう宇宙服の中で叫んだ。
「そんな大声を出さなくても聞こえている、サバイブ。マイクがオンになっているんだから。遠く離れているからと言って大きな声を出す必要はないぞ」
そう言われてもな。へたにフォークロアの宇宙服姿が目で見える程度の距離にいるからついつい大声が出ちゃう。それにしても……『月面にナスカの地上絵みたいに五輪のマークを作ろう!』だなんて。
都市伝説とかオカルトとかが大好きなフォークロアらしいっちゃらしいけれど。
「よし! 全員ワイヤーを張り終わったな。では地面を掘っていってくれ!」
フォークロアに号令されると、あたしたちは施設建築用に開発された月面用ブルドーザーで地面を耕していく。太陽電池で動くソーラーブルドーザーだ。
今回は地面を掘って、遠くからも見える『線』にするためにちょっとばかり構造を改造したけれど。ライブチャットで偉い学者先生や、熟練の技術者さんに教えてもらって。
そのブルドーザーがあたしを載せて動き出す。10キロメ―トル先に打ち込まれたクサビにワイヤーでつながれて。これでブルドーザーを走り続けさせれば半径10キロの円模様が月面に刻まれる。
実際はあたしのブルドーザーの真後ろに反対方向を向いたブルドーザーにオードリーちゃんが乗って発進するから、順調にいけば半円を描いて正反対の場所でオードリーちゃんとランデブーするはずだけれど……
このブルドーザーは時速5キロ。円周は半径に2パイをかければいいから、半径10キロの半円ならそれにパイ……だいたい3.14をかけて31.4キロ。だいたい6時間でできるな。
月の自転周期は27日とちょっとだし、じゅうぶん日中にこなせるな。
それにしても……このワイヤー、見た目は細いけれどずいぶんじょうぶなんだな。カーボン製みたいだけれど。10キロもピンと張ったら途中からみえなくなっちゃってる。
『地球から月まで運ぶんだからとにかく軽くて丈夫なものを!』ってことでこのカーボンワイヤーが選ばれたらしいな。
値段はお高いみたいらしい。だけども、月までの輸送費に比べたら誤差みたいなものだからとにかくいいものを偉い学者さんが選んだみたい。でも、ほんとにこんなものでブルドーザーを円運動させられるのかな……
なんて思ってたら、ブルドーザーのGPSがきちんと円運動していることを示している。カーボンワイヤーはちぎれていないみたい。これなら月面に円模様ができあがるな。
月の直径はおよそ3000キロ。10キロはその300分の1。地球から直接目で見るには厳しいけれど、ちょっとした望遠鏡があれば充分に見えるはず。
そして、そんな半径10キロの円模様があたしがオードリーちゃんと作るやつともう4個。あわせて5つ。これで月に五輪のエンブレムが出来上がる。
2020年のオリンピックは2021年に延期。それもどうなるかわからないけれど、とにかく月面に五輪のエンブレムを刻み込めば視聴者数は天井知らず。スパチャもガッポガッポ……だといいな。
せめてワイヤーの輸送費分は回収できるといいけれど……あ、オードリーちゃんがブルドーザーに乗ってやってきた。これで円模様ができた。
タブレット端末を確認する。あたしたちの農作業は地球からのハワイのすばる望遠鏡や、地球の衛星軌道のハッブル宇宙望遠鏡で観察されてライブ配信されている。その動画を見ると……
やった! ちゃんと円模様ができている! あたしとオードリーちゃんのだけじゃなく、5つの円が五輪のエンブレムを形作っている! 成功だ! そしてそのエンブレムの上には同じ10キロサイズのクレーター!
オリンピックの五輪は地球の5大陸。そしてその上のクレーターがあたしたちのお月様。
動画にメッセージが次から次へと投稿されていく。
『おめでとう!』
『Congratulations!』
『축하합니다!』
『恭喜恭喜!』
『Glückwunsche!』
『Congratulazioni!』
『Parabéns!』
『Поздравляю!』
『Félicitations!』
『Gefeliciteerd!』
『Συγχαρητήρια!』
『Čestitke!』
『Баяр хYргэе!』
『ขอแสดงความยินดี!』
言葉がうれしい。それになによりも……
コメントにいっぱい色がついている! これでワイヤー輸送の経費はペイできるかもしれない。
きっと世界中から円やドルにユーロ、ポンドにウォンに元、ルピーにルーブルにリヤル、レアルにクローネにディナールがあたしたちに届いているんだ。
でもね、お客さん……これで終わりじゃないんですな。まだまだ続きがあるんですよ。いままでのは下準備みたいなものでしてね。お楽しみはまだまだこれからなんですよ。画面の前のみなさん。そして月を見ているみなさん。
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