12.脱出
ステーション内は大騒ぎだった。あわてて荷物をまとめるもの、研究資料をコピーして持ち出す準備をするもの、ただただパニックになっているもの。部長も全員を落ち着かせるのはあきらめたらしく、「2時間後には帰還船を出すよ」とだけ伝えて自身も準備に戻った。
俺も研究室に戻り荷造りをする。ステーションにあれがぶつかる可能性というのは恐ろしいが、到達までは3時間ほどかかるしそこまで慌てるものでもない。研究の中身と全員の命をしっかり地上に届けさえすればいい。深海ステーションなら、研究分野こそ違うものの、もっと大きいものが近くにある。
「あっ、マスター、何の話だったんですか」
ドアを開けるとメティスの声が響いた。俺は聞いた通りの話をそのまま話した。
メティスの理解は早かった。
「じゃあ、地上に帰るんですね」
「一旦な。被害状況……そもそも被害が発生するかもわからんが、結果によってはすぐ帰ってこれる」
俺はPCを起動して、研究データをSSDにまとめ始める。クラウド同期してないのは個人研究だけだから、すぐ終わるはず。
「お子さん達に会うの、久々じゃないですか?」
その言葉を聞いてはっとした。慌てていて頭になかったが、地上に戻るということは久々に子供たちに会える。年始ぶりだから、半年以上会っていない。そう考えた瞬間胸がきゅっとしまる感覚がした。
「そう、だな。久々だ」
考えないようにしていた思い出やら寂寥やらが頭を駆け巡る。メティスの発言をオウム返しすることしかできなかった。
SSDへの書き込みが終わった。次は簡単に荷物をまとめる。いつもの帰省よりずっとコンパクトに、必要最低限のものだけまとめていく。緊急脱出という名目ながら隠しきれない高揚感を感じていた。
「というか、仮にそれがぶつかって物理的な破壊が発生したら、私ちょっと危なくないですか?」
「確かに、今回お前も連れていくか」
「やった。初めてですよお子さん達に会うの」
「というわけで、最接近までの時間は当初の予測通りあと30分。あと10分くらいで船が到着します。けっこうギリギリになっちゃったけど」
部長が再びみんなを集めた。あれからそこそこの時間が経ってみんな落ち着いている。結構余裕そうにしてるやつもいる。同僚とか。
「ほんなら乗り込み開始できるときに放送かけるからね。僕らが乗るのは2番船だからよろしくー」
またドアを開けるとメティスの声がする。
「今度は何の話でした?」
「もうすぐ着くってさ。乗れるとき放送するって」
「……それ、集める意味ありました? 放送でいいじゃないですか」
確かに、と思いながら完成した荷物を横目に椅子をリクライニングさせる。目を閉じると軽い眠気が襲ってくる。
「少し寝るから、放送で俺が起きなかったら起こして……」
はーい、という返事が小さくなっていく。
ぱん。
そして、悲鳴。
浮上する意識の中で、俺の耳がこの2つの音を捉えた。
なにかトラブル、事故?
「マスター」
それとも予定より早く鯨が……
「マスター、今の音、聞こえました?」
メティスの声色がやけにかたい。
「今の悲鳴か? 聞こえたけど」
「その前です。あともうすこし声を落として」
メティスの声がかなり小さいことに気づく。だんだんと意識がはっきりしてくる。
「銃声ですよ、今の」
新廻魚 North @NaoNorth
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