第13話 サーカス
夜になりセシルは自室でサーカスに行くために黒いコートを取りに一旦部屋に戻っていた。
そして移動中にアリスが何か用事があったらしくセシルの後を追いかけてきたのでそのまま部屋に案内する。
「どうしたの?」
「どこかにお出掛けをされるのですか?」
心配そうにこちらを見てくるアリス。
「うん。ちょっとサーカスを見る為に三番地にね」
「サーカスは明日もあります。できれば朝もしくはお昼の公演に変えてはいただけませんでしょうか?」
「なんで?」
「夜の部のサーカスを見に行った伯爵家の令嬢が最近誘拐されたと言う事件が起きています。と言ってもたまたまかもしれませんが……」
あの噂は本当だったのか……。
これは予定を変えた方がいい気がするが。
私を護るんでしょ? と言って素直に言う事を聞いてくれそうにないもんな。
「その続きは?」
そのままアリスの話しを静かに聞く。
「事件は三日前。ちょうどサーカス団がこの国に来てからです。それから夜の公演を見た令嬢の二人がこの四日間で二日置きに誘拐され、付き添いの使用人が死体となり翌日路地裏で発見されたと街で噂になっております」
護衛として女王陛下と同じ女性のフレデリカかアリスもと考えるが、頭の中で「嫌だ!」と言ってくる女王陛下。
人の頭の中にまで我儘を言って来ないで欲しい……。
これは正論よりも一時の感情を優先した方が良さそうだった。
なのでアリスには申し訳ないが、ここは行くことを許してもらう事にする。
「なるほどね。とりあえず気を付けるから大丈夫だよ。アリスいつも気に掛けてくれてありがとう。一応女王陛下が行きたいと言う事だから予定は変更しない。けど最新の注意を払うように気を付ける事にするよ。教えてくれてありがとう」
「わかりました。本当にお気を付けください」
「わかった」
部屋を出てセシルは女王陛下を迎えに行く。
アリスが言っていた誘拐事件が本当だとしたら、女王陛下が狙われる可能性も十分にある。一応護身用のナイフ等は持っているがやはり集団で襲われる事が一番怖い。
集団の場合女王陛下と分断させられたら確実に護りきれる保証が何処にもないからだ。
逆を言えばずっと離れなければいいだけではあるが。
この先何もないことを祈りながら、城内の廊下を歩く。
最近執事と言うよりかは他国のイケメン王子の時ぐらいから護衛が主な仕事になっているような気がしなくもないのは気のせいだろうか……。
いや気のせいと言う事にしておこう! そうだ! それがいい!
「あっ、セシル。こっちだよ~」
セシルが歩いていると、準備が終わった女王陛下が手を振り待っていた。
「お待たせしました」
「全然いいよ。なら行こっか」
「かしこまりました。では表に馬車を用意いたしますのでちょっとここで待っててください」
「いらない。今日はセシルと二人だから一緒に歩いて行きたい」
馬車の方が何か合った時に助かるのですが……とは到底言えるはずもなく。
セシルは一度深呼吸をしてから。
「かしこまりました。ではこのまま行きましょう」
と言った。
そのまま王城を出て二人は歩いてサーカス会場まで向かう。
「ところでセシルは好きな人とかいないの?」
サーカス会場に向かう道中、不意にそんな事を聞かれた。
素直に答えるのは恥ずかしい……じゃなくて素直に答えたらきっと女王陛下を困らせてしまうのだろう。
だからセシルはまたしても嘘をつく。
そうでもしないと、自分の感情すらコントロールが出来なくなりそうだったから。
「いませんよ」
「そっかぁ、なら良かった」
良かったって一体何が良かったのだろうか。
もしやずっと執事としてお側にいろと遠まわしに言っているのだろうか。
それはそれで有り難いが、セシルもいつかは誰かと結婚をしたいと考えている。
まずは彼女探しからではあるが。
「お嬢様がお好きになった方はどんな方なのですか?」
セシルはずっと前から気になっていた事を聞いてみる。
今ならば自然な流れで聞けるからだ。
ちなみに今は女王陛下ではなくお嬢様と呼んでいる。
流石に外で女王陛下とは呼べない。
「気になるの?」
「はい」
「もしセシルって言ったらどうする?」
その言葉と笑みに戸惑ってしまった。
――それはもしかして、将来は俺と結婚したいと言う事なのだろうか?
「それで、どうなの?」
「あ、いや……それは………」
「あはははは。そんなわけないじゃん。私は私に見合う男としか結婚しないわ」
いきなりお腹を抱え笑い始めた女王陛下にセシルはまたしてもからかわれたのかと知る。
「あまり人をからかないでください。そんなに冗談ばかり言っていると、もう一緒にお出掛けしませんよ?」
「ごめんなさい」
あれ?
落ち込んだ?
もしかしたら冗談で言ったつもりだったが言葉に棘があったのかもしれない。
「嘘ですよ。だからそんな顔をしないでください」
「うん。ごめんね、セシル」
「はい」
すると、何処か落ち込んでいた女王陛下の表情に笑みが戻る。
やっぱり女王陛下には笑顔が一番似合う。
サーカス会場に着いて席に座る。
サーカス会場となる大きなテントの中には沢山の人がいた。
周りを見渡せば美しい伯爵家の令嬢やその執事やメイド、後は街に住んでいるであろう人達もいた。
なので別に女王陛下が特別目立つと言う事はなかった。
「ワクワクするね」
「はい!」
楽しそうにして開演を待つ女王陛下。
今の内に何か怪しい人物がいないか、後は物がないか、そしてここに来るまでに見た光景に違和感がなかったかを確認しておく。
―――—。
――――――――……。
特に今は何も問題がなさそうだった。
よかった、これなら安心してサーカスを見られる。
「そう言えばセシルってサーカスを見るのは初めてなんじゃない?」
「言われてみればそうですね」
「だよね。セシル小さい頃に一度見てみたいって言ってもんね。今日はゆっくりと楽しみなさい」
「はい、ありがとうございます」
そう言えば昔そんな事を言ったような記憶があるな。
もしかして女王陛下はセシルにサーカスを見せたくて、今日いきなりサーカスを見に行きたいと言い出しのかもしれない。
もしそうだとしたら、女王陛下はセシル――自分との思い出を大切にしているのであろうか。
ただの孤児に過ぎなかった自分との時間を大切にしてくれているのだろうか。
確証はない、だけどもしそうだとしたならとても嬉しい。
「まさかそんな過去の話しを覚えていてくれていたなんて、私とても嬉しいです」
「そう? だったら良かった。ってもたまたまよ、たまたま。偶然ここに来た途中そう言えば昔そんな事も言っていたなって思っただけ」
「そうでしたか」
顔には出さないが、ただの偶然だったらしい。
ちょっと残念。
隣で無邪気な笑顔を向けてくる女王陛下は人の心を揺さぶり勘違いさせることがやはりお上手だと認める事にした。
だから女王陛下の言葉一つや行動一つですぐに勘違いをしてしまう自分がいるのだと気が付いた。
たまたま心を許せる相手が身近に自分だけだった。
だから全てが特別だと勘違いして、それが恋だと自分にとって都合の良い解釈をしているだけなのかもしれない。
そう考えると、セシルは自分自身を哀れな男だなとつい思ってしまった。
こうしてお側にいられるだけで幸せなのだから、これ以上の贅沢は我儘なのかもしれない。
とにかく今はこの場を楽しもう。
理由はどうであれ、初めてのサーカスなのだから。
司会の人がステージに立ち、サーカス公演開始の挨拶をする。
サーカスが始まると、先程まで騒がしかったテントの中が静かになり観客の視線がステージに集中する。
「皆さん、お待たせ致しました。本日はルケットサーカス団公演のサーカスを見に来て頂きありがとうございます。まずは私、司会のテルです。以後お見知りおきを。では早速、他のメンバーの自己紹介を兼ねて華麗な演技を見せて貰いましょう!」
その言葉にテントの中が期待の眼差しで埋め尽くされる。
それだけ周りの期待が高いのだろう。
わざわざ貴族までもが現地に足を運び見に来るぐらいなのだから。
セシルも初めてのサーカスに胸を躍られてワクワクしていた。
「セシル、始まったわよ!」
「はい!」
「まずオープニングを飾って頂くのはローズとマリネ! 気になる演目はつりロープショー!」
初めて目の前で見るつりロープショーはとても凄かった。
人は天井からつるしたロープを使いあんなに華麗に動けるのかと思わずにはいられなかった。
またローズとマリネの楽しそうな顔を見ていると、ついこっちまで楽しい気持ちになってしまった。
これがサーカス。
実に素晴らしい物だとセシルは早くも心の中で感動していた。
それからも公演は次から次へと進んでいく。
猛獣使いによる猛獣ショー、空中ブランコショー、空中大車輪ショー、空中アクロバティックショー、空中リングショー、七丁椅子の妙技とどれもセシルの心を揺さぶる演目ばかりだった。
楽しい時間はあっという間に終わると言うが正にその通りだった。
全てのステージパフォーマンスが終わる。
「初めてのサーカスはどうだった?」
「はい、とても素晴らしかったです」
「フフッ、珍しいわね。セシルがそうやって笑みを溢すのは」
どうやら自分でも気付かないぐらいにセシルの表情は喜びに溢れていたみたいだ。
でも実際に感動した事は事実なので、否定はしない。
「ですね。今日はありがとうございます」
「うん、なら良かった」
セシルの笑顔を見た女王陛下が笑顔で返事をする。
「あっ! セシル。私あれ飲みたい!」
「かしこまりました。では買ってきますのでここで少しお待ちください」
セシルは近くにあった出店で女王陛下が飲みたいと言った飲料水を早速買いに行く。
サーカスを見ている間は興奮して気付かなかったがテントの中はとても暑くて途中から汗を流すほどだった。
そのため、セシルも喉が渇いていたのでついでに自分の分も一緒に買う。
飲料水を二つ買い、女王陛下がさっきまでいた場所に戻るとセシルと同じく使用人と思われる一人のメイド姿の女性が地面に倒れていた。
身体を抑えていることから誰かに殴られたのだろう。
「どうしたのですか?」
「おじょ……お嬢様が連れ去られました。お願いします、助けてください」
メイドはセシルの腕を掴み、苦痛に表情を歪めながら縋る。
「その時に、赤い色のドレスを着たお嬢様を見ませんでしたか?」
「その方も一緒に私のお嬢様と一緒に……っう」
身体が痛むのか、言葉が途中で止まる。
よく見れば、顔からは汗を流している。このままでは脱水症状になるかもしれないと考えたセシルは持っていた飲料水を渡す。
「わかりました。私のお嬢様と一緒に連れ戻しましょう。まずは犯人の特徴とその犯人の移動手段を教えてください」
「男が三人で見た目は中流階級の貴族が使う馬車を使っていました。全員執事服を着ており、顔を仮面で隠していました。逃げた場所はこの大通りを一直線です」
「わかりました。無事お嬢様を保護したら私の方からそちらのお嬢様を通してご連絡を致しますので今日はもうお帰り下さい。後は私にお任せを」
セシルは集中する為、大きく息を吸いゆっくりと息を吐きだしてから、真剣な目つきで犯人が逃げた方角に目を向けた。
そしてポケットから時計を取り出す。
「あまり帰りが遅いとアリス達が心配して動く。そうなるとセバスチャンとフレデリカもすぐに動く事になる。そうなってはもう街のお出掛けも厳しなくなるか……」
「ま、待って下さい。もしよければ貴方様のお名前とお仕えしている方のお名前を教えては頂けませんか?」
セシルは左手の手袋を外し、指輪を見せて言う。
「王家専属使用人――執事のセシルです」
「申し訳ございませんでした。まさか王家専属のお方とは知らずに」
苦痛に顔を歪めながら、頭を下げてくるメイド。
「気にしないで下さい。では自己紹介が済みましたので私は失礼致します」
セシルは手袋を戻して、メイドに会釈をしてから動き始める。
王家専属の使用人として、主の身の安全は最優先である。
何よりあの無邪気な笑顔を護る事も。
セシルは馬車が通った僅かな痕跡を頼りに全力で走って追いかける。
「仕方がありません。今回ばかりは最初から全力で行きます」
ただ走っていては追いつけないと判断したセシルは考える。
犯人がもしアリスが言っていた人物と同じなら、まずこの街を出て人目の少ない所で何かをすると。
流石に人目のある所で女王陛下を誘拐しておいて、自分の屋敷にそのまま戻るとは考えられなかった。
仮に戻るとしても一旦人目のないところに出てからだと考えていた。
馬車が通れない裏道を使い、犯人が使いそうな道へと先回りをする形で後を追っていく。
時々大きな通りに出て、馬車が最近この道を通っているかを確認する。
「やはり、間違いない。海に出て逃げるつもりか」
セシルが今走っている道の先には港しかない。
ここで犯人がこの国の人間ではないと予測する。
そして海を渡り、こちらの目が届かない場所で誘拐した女王陛下とお嬢様を人身売買に使ったり、人質にしたり、あるいは性欲の処理に使うのかもしれない。どの道ここで何とかしなければ女王陛下に未来はない。
しまった。
あの時、一緒に行動していればこんなことにはならなかったのではないか!
心がサーカスを見て興奮状態だった為に、つい警戒を緩めていた。
――俺は馬鹿だ!
だったら……どうする!?
使用人として今出来る事をしろ!
確かこの近くに車屋があったな。
試乗車なら…………。
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