第12話 本当は誰の為?
――翌日。
あの後女王陛下が深い眠りについたのを確認してから静かにベッドから出た。
その為セシルは自室で一人朝を迎えていた。
太陽の陽がカーテンの隙間から差し込み目を覚ます。
今日は朝から女王陛下と仕事をしないといけない。
「う~ん。今日も一日頑張りますか」
まず大きく背伸びをして部屋のカーテンと窓を開ける。
そのまま朝風呂、朝食、身支度を素早く終わらせてからまだ寝ているであろう女王陛下の部屋に向かう。
コンコン
扉をノックし反応を伺う。
「はぁ~い」
どうやら起きていたらしく眠たそうな声が聞こえてくる。
「おはようございます。セシルです」
「入っていいわよ~」
女王陛下から許可を頂き、部屋の扉を開けて中に入る。
「セシルおはよう」
「おはようございます、女王陛下」
「だから、遥! もしくはアイリスって何回も言わせないで……ふぁぁ~」
「……かしこまりました。ってまだ着替えていないのですか」
瞼を擦りながら「うん」と言って頷く女王陛下。
――子供みたいでなんか可愛い
「今何時?」
セシルがポケットから時計を取り出して時刻を確認する。
「午前七時五分です」
「なら着替えるからそこで待ってて」
そう言って広い部屋の奥の方に行き着替えを始める女王陛下。
セシルは静かに待つことにする。
すると、部屋の扉がノックされたので女王陛下に変わりにセシルが出る。
「あっ! セシル様おはようございます」
礼儀正しく一礼をするアリス。
「おはよう、アリス」
「女王陛下の朝食をお持ちしました。後本日八時にカルロス様がお見えになると先程ご連絡がございましたので、女王陛下に伝言をお願いしてもよろしいでしょうか?」
セシルはその名前を聞いた瞬間、寒気がした。
全身を支配するような寒気に、つい表情に出てしまった。
「セシル様大丈夫ですか?」
「あっ、うん。女王陛下には伝えておくよ。後朝食を持って来てくれてありがとう」
「はい。必要とあればいつでも私に言ってください。では失礼致します」
アリスは満面の笑みでそう言うと自分の持ち場へと戻っていく。
着替えが終わり朝食を食べ終わった女王陛下。
「ところで遥様。少し宜しいですか?」
「うん。どうしたの、セシル」
その笑みがとても可愛いくて護ってあげたくなったのだが、ここは素直に伝える事にする。
「さっきカルロス様からご連絡があったらしく、このあと八時にお見えになられるそうです」
「………………」
長い沈黙が二人の空間を支配する。
さっきまで目の前に合った笑顔がなくなる。
そしてようやく出た言葉が、
「会いたくない、会わない、絶対行きたくない、結婚したくない……」
と何ともまぁネガティブな言葉の連発だった。
イライラを隠しきれてない女王陛下の隣にセシルが隣に行く。
「私がお側にいますので、行っては頂けませんか? 遥様がお顔を出さなければカルロス様に他の使用人が何を言われ、どのような扱いを受けるかわかりません。ですからお願い致します」
「絶対嫌!」
これはなにを言っても無駄だと思い、セシルは諦める事にする。
昨日あんな酷い形で身体の関係を築こうとした者に会えと言う方が酷だと感じた。
セシルがもし逆の立場だったらさぞ会いたくない気持ちで一杯だったと思う。
だからこそ強要は出来なかった。
「わかりました。では私がお相手してきますのでここにいてください」
「……待って」
そして女王陛下にツンツンと袖を引っ張られる。
上目遣いでそれはズルい。
何がズルいって……可愛すぎることだ!
「どうしましたか?」
「わかった。行くから無理しないで。ただし条件がある」
「条件ですか?」
「うん。後日貴族達が集まるパーティーが近くであるわ。その集まりにフレデリカと一緒にセシルも来て欲しいの。どうかな?」
「わかりました」
その後、二人は謁見の間へと向かった。
謁見の間と城内を繋ぐ大きい扉が開かれる。
そのまま笑みを浮かべて中に入ってくる人影を見てセシルは小さくため息を吐く。
この手の人間は場所を考えると言う事を知らないのだろうか。
ずかずかと謁見の間に入ってきたカルロスを見て女王陛下から笑みが消える。
どうやら本当に会いたくなかったらしい。
心底嫌がっているように見える。
しばらくこれでカルロスとも会わずに済むと内心思っていたセシルもだが。
だが、現実はそう甘くないらしい。
後ろには先日見かけなかった使用人が一人。
ここは謁見の間、決してカルロス家の屋敷ではない。
とにかく今は女王陛下の目の前まで来ようとしているカルロスを止めた方が良さそうだ。
これ以上、女王陛下に嫌な思いはさせたくない。
「止まってください、カルロス様。ここは謁見の間。女王陛下から必要に応じて許可を頂いたお方以外はそれより先への侵入は許されておりません。当然許婚様も例外ではありません」
「お前の指図は受けん。ただの使用人が偉そうな口を聞くな!」
「口を慎みなさい、カルロス。先日セシルは王家専属の使用人となったわ。貴方の言うただの使用人ではないわ。この私に全てを捧げ、私を命を懸けて護り補佐する使用人よ。何より私が最も信用し信頼する執事よ」
その言葉にカルロスが歩みをようやく止める。
「それで今日は何の用?」
「何の用も何も。昨日遥が連れ去られたから心配になって会いに来たんだ。だが無事で何よりだ。そこで今夜は俺と一緒にいてくれないか?」
この男幾らなんでもちょっと強引過ぎないか?
セシルに昨日あれだけ一方的に負けておきながら、自信満々の表情でそう言った男にセシルは「メンタル強すぎだろ」と心の中で呟く。
女王陛下の身体が一瞬ビクッと動いた。
黙っているが、顔だけでなく身体までもが拒否反応を示している。
カルロスは「チッ」と舌打ちをする。
そして横目でチラッとこちらを見て助けを求めてくる女王陛下。
「申し訳ございませんが本日はこの後やる事が多く、女王陛下にそのようなお時間はございません。また別の日に出直して頂ければと思います」
セシルがすぐに助け船を出す。
この後少しばかり仕事はあるが、午後は予定がなく久しぶりに女王陛下がゆっくりできる日となっている。その休日を護るのもやはり使用人の役目。
「わかった。今日は退くとしよう。仕方がないがレオナルド家のパーティーの日まで会うのは我慢するとしよう」
そう言ってセシルを睨みつけてから、カルロスと付き添いの使用人が謁見の間を出ていく。
そして姿が完全に見えなくなった所でセシルと女王陛下は安堵のため息を吐き、お互いの顔を見て微笑む。
「ありがとう」
「いえ」
そのまま二人は女王陛下のプライベートルームへと向かった。
それから女王陛下のお仕事のお手伝いをしたセシル。
とは言っても今日は殆どが各大臣から送られてきた報告書の確認である。
不備や気になる点もなく僅か三時間程度ですぐに終わった。
そして今は仕事を終わらせた女王陛下とセシルがプライベートルームにある大きなソファーに横並びで座り、甘えん坊になった女王陛下の面倒を見ている。
シャンプーのいい匂いがほのかに香る。
「少しお願いがあるんだけどいいかな?」
「はい」
「今日中央王都区画三番地でサーカスがあるの知ってる?」
「確か色々な国に行き世界的に活動をされている有名なサーカス団の事でしたら」
「そう。私今日そこに行きたい」
セシルが小さくため息を吐く。
女王陛下に何かあってからでは遅いのだ。
先日のカルロスの件だってある。
むしろカルロスの件ですら、今日の態度を見る限りまだ解決してないように見える。
「……今日ですか?」
「うん」
「確か明日以降もしばらく……」
「嫌! 今日がいい! でないとセシルと行けない!」
「……はぁ。わかりましたから、そんな目で私を見ないでください」
セシルは可愛い女王陛下のお願いに首を縦に振る。
すると嬉しいのか、ピタッと身体を引っ付けて腕に抱き着いてきた。
するとセシルの腕にしっかりと柔らかくて程よく弾力がある何かが当たる。
あぁ、何て柔らかいのだろう……。
「セシルありがとう。なら今日はセシルとお忍びデートね。しっかりと私を護りなさいよね」
「かしこまりました」
セシルは女王陛下の顔を見る。
すると子供のように笑みを浮かべて、嬉しそうに喜んでくれていた。
「お顔真っ赤ですね」
「う、うぅぅぅぅ。いじわるぅ言わないでよ……恥ずかしいから」
珍しく素直な女王陛下に思わずドキッとしてしまう。
これが主従関係じゃなかったら、今頃その真っ赤になった顔を自分の方に引き寄せて甘くて柔らかそうなその唇にキスをしていたと思う。
でもそれはダメな事。
あぁ抱きしめたい、そんな感情が溢れてくる。
本当はわかっている。
女王陛下は将来が不安で今だけ期間限定でセシルに甘えていることぐらい。
だからそう思うと辛かった。
するとチラッとこちらを見て来た女王陛下と視線が重なる。
「今も甘える女の子は好き?」
「はい」
するととても小さい声で女王陛下が呟く。
それは身体が密着しているセシルにも聞こえないほどの声で。
「なら照れ隠しか……良しもっとドキドキしなさい」
顔を真っ赤にした女王陛下がほほ笑む。
「ならもう少し甘えたい! いい?」
「構いませんよ」
セシルは平常心を心掛けていつも通り可愛い女王陛下のご機嫌取りをする。
嬉しくも悲しいこの心、早く何とかしないと……。
このままだといつか本気で好きになりそうだな……。
――お願いですから、早く結婚相手を見つけて結ばれてくださいね
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