第四章 ワガママを言うような後輩 2
夕方に帰宅すると、電球色のダウンライトが
この時間帯は客足が伸び悩むため、母さんはカウンターでくつろぎ、
「伊澄さん、ちょっといいですか?」
仕事用のエプロンを掛けた俺は、伊澄さんを呼び止める。
「風邪に効きそうな料理を作りたいんです。伊澄さんのお勧めレシピがあったら教えてほしいなと思って」
「──
どう見ても俺が健康体だからか、伊澄さんに首を
「いえ、友人が寝込んでいるらしいので、微力でも何かしらの支えになりたいんです」
「──誰かの支えになりたいと思う気持ちが、私には分かりません」
皮肉でも
「伊澄さんも……たぶん、分かっていたはずなんですよ。少し……忘れてしまっただけなんだと思います」
「──准汰さんは私の
「星に託した願いが
高校生のガキなのだから、青臭い信念を宣言させてくれ。
「もう〝
こんなことを恥じらいもせずに言い放っても、伊澄さんは真剣に受け止めてくれるのを知っている。強い炎が燃え移るように、喜怒哀楽を失っている相手にも再び感情が宿ってくれることを信じて、俺は感情のままに語り掛けるのだ。
「──分かりました。私で良ければお手伝いしましょう」
俺と違って伊澄さんはヒマなんかじゃない。母さんが
ディナーまでの限られた時間だったが、伊澄さんにお勧め料理の作り方を教えてもらう。喫茶店で出す本格的なものではなく、手軽な家庭料理に伊澄さん流のアレンジを加え、
「そういえば、ベタチョコって知ってます? その友人が大好物なんですけど、販売地域が限定されているみたいなんですよね」
二人で黙々と料理しているのも味気ない。
食材を扱う手は積極的に動かしながらも、伊澄さんに雑談を振ってみる。
「──知っています。というより、私もたまに食べていますよ」
予想外の返答をもらってしまい、包丁を握る手が停滞してしまった。
「もしよかったら、伊澄さんが購入している店を教えてもらえると助かるんですが」
「──山形の親族から実家に送ってもらっています。食べ切れないくらい手元にありますので、必要な分だけ差し上げましょうか?」
「ありがとうございます! このご恩は給料にプラスさせていただきますね」
「こら! 店長に内緒で従業員の給料をアップさせるな!」
伊澄さんの給料アップを独断で決めたが、すぐ
「母さんがサボってるとき、代わりに働いてるのは伊澄さんでしょ。部下の頑張りをきっちり反映させるのが上司の務めだと思うけどな。職場はホワイトにしようぜ、な?」
「ワタシは有能なオーナーなので伊澄ちゃんのお給料アップを承認します」
ちょろい。単純にもほどがある母親は扱いやすくて助かる。
その後、俺が調理している間に実家へ一時帰宅した伊澄さんはベタチョコを詰めた紙袋を持参し、十数分ほどで店に戻ってきた。丁度、そのタイミングで試作品が完成したため、伊澄さんに味見を求めてみる。
「──
小皿に取り分けた試食を伊澄さんが口に含み、素っ気ない声音で褒めてくれる。それだけでも、確固たる自信が
「
「いいから仕事しろ。もし
俺と伊澄さんが
「──准汰さん、いってらっしゃい」
伊澄さんに見送られ、喫茶店の出入り口から屋外へ踏み出す。
アパートへ帰宅していた登坂にランチバッグとベタチョコを詰めた紙袋を渡すと、翌日には洗浄済みのタッパーを登坂が返却してくれる。
長引いたとしても二~三日ほどで風邪は完治し、必要はなくなると思っていたやり取りだったが、翌日も……渡良瀬が登校してくることはなかった。
明日こそはきっと。明日こそは──
平静を保つための根拠のない言い聞かせが、脳裏を
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