第二章 気が付けばいつも一人になっているような後輩 2
渡良瀬のクラスを口頭で教えてもらい、職員室に逃げる腰抜けの登坂とは別々の方向へ別れ、二年の教室が組ごとに並ぶ廊下から該当のクラスを覗き込む。
……見渡してみるが、姿はない。
仲
「渡良瀬っていう女生徒を探してるんだけど、どこにいるか知らない?」
ドアの
「お前は知ってる?」
「さあ……?」
名も知らぬ後輩は近くにいた友人に聞いていたが、そいつも首を傾げていた。
「ほら、たまーに来る人じゃない? ほとんど喋らない女子いるじゃん」
「ああ~、あの人かもね。確かそんな名前だった気がする」
二人が視線を向けた窓際。
「『たまに来る』ってことは、毎日は教室に来てないのか?」
何気なく発した言葉が気になり、後輩たちの会話に口を挟む。
「学校へ来たとしても、いつの間にか早退している日も珍しくないですね~」
「それに、俺たちとは全然喋らないもんな。ヘッドホンで音楽を聴いてるし、こっちも話しかけづらいというか、常に不機嫌っぽい冷え切った顔だもん」
こいつらが話す渡良瀬のイメージは、俺が抱いた第一印象と似ている。あいつが
人見知りしない俺ですら、最初は自分から話しかけられなかった。
「自分以外はどうでもよくて、他人と話すのが嫌いなんじゃね? 知らんけど」
仲間内で何気なく言い放ったこいつらの軽口が、妙な
「……知らないなら勝手なこと言うなよ」
不快感が胸に滞り、大人げなく怒気を忍ばせた息を
俺だって
渡良瀬を印象論で批判してほしくない。
無意識に、そして明確に、素の怒りが沸騰したのだ。
しかし、言い返せるほどの接点が自分にあるわけもなく、抽象的に苛立ちをぶつけて立ち去るという子供染みた行為に逃げてしまった。
渡良瀬からしてみれば、俺とあいつらは同類の他人でしかない。美術室に行って渡良瀬の創作時間を奪っているぶん、俺のほうが悪質な邪魔者だとも思う。
「もっと知っていきたいな……あいつのことを」
この気持ちをどう名付けていいのか分からないけど、自らの意思で渡良瀬のもとへ行きたい。補習の前日にはなかった未知の心情を、少しずつ自覚し始めていた。
教室にいなければ、あの場所にいるような気がする。
曖昧で不鮮明な直感に導かれ、美術室への経路を突き進んでいくと──やや小柄な女生徒が美術室の前を徘徊する光景と遭遇した。
広めの廊下を隅々までワイドに使い、不審者と思わしき慎重な足取りで右往左往しながら、入口ドアの小窓越しに美術室を
大きなヘッドホンを耳に装着したシルエットは、視力Aだと見間違いようがない。
「渡良瀬」
背後から声をかけてみたものの、
全く反応がないのは無視されたから、と一瞬は思ったが、ヘッドホンから
イタズラ心が芽生え、渡良瀬の肩を指先で二回ほどノック。顔だけ振り向いた渡良瀬の
「こんにちは」
視線は合わせてくれないけど、とりあえず昼の挨拶をしてみる。包み込んだ沈黙とは裏腹……
「……
思いませんでした、と言われる流れかと期待したが、普通に幼稚なウザい人だと思われていたらしい。日頃の行いとはいえ悲しいね。
「
「……猛省してください。大反省してください」
謝罪はしたものの、物理的に口を
締め上げる粘着質な威圧に
「……センパイは昼休みに校内を散策ですか? 案外、三年生はヒマなんですね」
「渡良瀬にお届け物があったから探してたんだよ。まだ昼飯を食べてないんだろ?」
ベタチョコが入ったビニール袋を差し出すと、渡良瀬は遠慮がちに受け取った。
「……冷えてますか?」
「お前を探している間に常温になってしまったかも」
「……冷えたベタチョコの喉越しが最高なのに」
冷えたビールを所望する系のおっさん女子高生かな?
「世話焼き係、俺は研修期間なんだ。経験不足だから許してくれ」
「……配達を他人任せにしたおじさんを叱っておきます」
渡良瀬からのブーイングが心に染みる。
というか、世話焼き係って
「……わざわざ、ありがとうございます」
でも、渡良瀬の素直なお礼をもらうだけで良い気分というか……どこか高揚してしまう単純な自分もいる。先ほどまでの不快感で立ち込めた暗雲が消え去り、快晴の
「渡良瀬こそ、昼休みなのに廊下を
「……わたしを背後から不審者のように観察しているとか、ちょっと引きます」
「不審者の動きを会得していたお前に言われるとは」
「……わたしは深夜ラジオをタイムフリーで聴きながら散歩していただけです」
ウソつけ。あんなに方向転換を繰り返すトリッキーな散歩があってたまるか。
「……散歩はウソですけど、
趣味を語り出すと
「……よく知らない先客がいるので、室内に入りづらいんです」
俺の懐疑的な
渡良瀬の視線につられ、美術室のドアを
「……センパイ、あの人に用件を聞いてきてください。誰にでも気安く話しかけられる図太い神経の持ち主じゃないですか」
散々な言い草ながらも、一応は頼られているらしい。
自分で聞いてこいよ、と
「放置しておけばいいんじゃないか? あいつも昼休みが終われば教室に戻るだろ」
「……それで明日以降も来たら困ります」
「どう困るの?」
俺の疑問を受けた渡良瀬は足元に視線を落とし、
「……わたしがお昼を食べる場所、ここだけなので」
喉に
「……教室はあまりにも〝雑音〟が多いから、授業以外はこの場所に逃げ込みたいんです。不快な雑音は大嫌いなので……」
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