昔日

 農閑期の用水路には、小さな亀の姿をした神様がいて、名前を忘れ去られた同胞の、病に臥せる姿を常に見守り続けている。

 逢魔時の胡乱な空を群れなして切り裂いてゆく蝙蝠は、異端の我が身を知り安住の地を別の星に求め宵の明星を目指した。

 地を拝む程に腰の曲がった老婆が謳う童歌は、人が鯨幕の向こう側に隠した夜の闇への畏れを幻視させる。

 風車はカラカラと揺れ、竹トンボは手折られたまま、朱色の鳥居の足元にて苦悩する。

 戦へと赴いた青年の初恋は、丸い金魚鉢の中に漂う水草の呼吸に消えた。

 夜は眠りの時間、すべては時の過客が齎した或りし日の夢、振り返る事もなく振り返る必要もない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る