雪を溶く熱

紺藤 香純

第1話

 色が白く、音を立てずにやってきて、雪のように物静か。俺が数回見た夏目なつめ秋人あきひとは、そんな人だ。

 そして、なぜか雪の日の夜に突然現れる。



 かすかな気配を感じて居間を見やると、いつの間にか秋人がいた。いつの間にか仏壇に手を合わせていた美冬みふゆのそばに膝をついて。

「美冬さん」

 秋人は、きっと俺より若い年齢だったのだろう。若さがありながら穏やかな声音で、丁寧に美冬を呼ぶ。

「こんばんは、秋人さん」

 美冬は、にじりながら重そうに体の向きを変える。

 ふたりとも、寒くないのだろうか。炬燵に入らず、仏壇の前で他愛もない話をする。

 昔のこと、今年の雪のこと、畑仕事のこと。いつもと同じ話。いつものように、話しが少し噛み合わない。

 いつもと違うのは、秋人の青白い顔が、どことなく儚いことだった。

 ふたりを盗み見ながら、秋人は頃合かな、と俺は思った。

「美冬さんに話があるんだ」

 秋人は、居住まいを正す。

「ここを離れることになった」

 美冬は、俯いた。秋人は唾をのみ、再び口を開く。

「美冬さんにとって僕は、邪魔な存在だったかもしれない。でも、僕は良かった。美冬さんに会えたことを、僕は後悔しない」

 秋人は、美冬の手を取った。雪のように白い手で、しみと皺だらけの美冬の手を。

「さようなら、小原美冬さん」

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