第2話曇っているのは空だけだ
奴らは高い知能と優れた洞察力を持っており、我々男子の心をいとも簡単に読む。
それだけならまだしも、奴らは狡猾で、我々を操り、掌で転がしてくる。非常に危険な生物だ。
という文が、男子校出身の元クラスメイトからLINEで送られて来た。『女性の生態報告書』というタイトル付きで。
何があったのかを聞くと、彼は同じ学部の女子にデートを断られたと答えた。
その女子は、「モテそう」「彼女なんでいないの?」と彼に向かって言ったらしい。脈ありだと思ったため、デートの誘いの文を送ったが、一週間無視された挙句に断られたと、怒りを露わにしていた。何を考えているのかわからないし、対面すると、高次元の存在に思えてくる。同じ人間とは思えないと彼は言った。
彼は極端だとは思うが、俺も母親と祖母以外の女性が同じ生き物には見えなかった。
体の作りは違うし、なんだかいい匂いがするし、「お前の考えなんてお見通しだぞ」と目で言われているような気もする。根拠はないけれど。
そんな生き物の一匹である、田尻京香と、二人で居酒屋へ行くことになった。いわゆるデートというやつだ。
「そんな上手い話あるわけない」「きっと騙されている」などと、高校の友人に言われたが、無視した。
どうやら俺の容姿は悪くないらしい。大学生となり、男女問わず褒められることが増えた。大学のクラスメイトである女子には、モデルに見えるとさえ言われた。コンタクトを入れ、髪や服に気を使うようになったからだろう。
京香さんとのデートの日は、より一層気合を入れて身だしなみを整えた。髪のセットにいつもの倍時間をかけ、俺の中でエースを張っている服を着た。
その甲斐あって、いつもよりも自分に自信を持って家を出ることができた。だが、その自信が続いたのは待ち合わせ場所に彼女が現れるまでだった。
「お待たせ」と笑顔で言う京香さんは、いつもより魅力的に見えた。白いTシャツに薄茶色のロングスカートという服装だった。
決して露出が多いわけではない、普通の服装だったが、すごく色気を感じる。普段よりも大人っぽい。ただでさえ、初デートという慣れない状況なのに、隣にいる自分が不分相応に感じたことも相まって、さっきまでの自信が吹き飛んだ。
「お酒はもう結構飲んだりしてるの?」
「これから行くお店のつくね串美味しいんだよ」
居酒屋へ向かう途中、京香さんが話していることが、すんなり頭に入ってこない。俺にとっては、異性と二人で食事なんて異常事態が過ぎることだが、京香さんにとっては日常茶飯事なのかもしれない。デートだと思っているのは俺だけで、彼女はただバイト先の同僚を、深い意味のない食事に誘っただけのような気がしてきた。
そんなことを考えてばかりで、会話に身が入っていなかった。「私、もうすぐバイト辞めるんだ」と言われるまでは。
「えっ?」驚いて現実に引き戻された。そんな、まだちょっとしか一緒に働いていないのに。
「七月からビアガーデンのバイトを始めるつもりなんだよね」
「まだ五月じゃないですか」
「そうだけどさ。大学生になってから忙しくバイトしてたから、働かないスローライフも味わいたいんだよね。優馬が代わりに店を支えていってね!」
「新人に言われても困りますよ」俺は苦笑いをした。
そうか、これからは理由がないと会えないのか。俺は少し感傷的になった。知り合って数日の仲なのに大袈裟だなと、我ながら思った。
店に着いた。ザ・普通の居酒屋と言った雰囲気だ。店員がドリンクオーダーを取りに来る。京香さんはビールを注文し、俺も続いて同じものを求めた。もう大学の新歓でお酒を飲まされていたため、未成年飲酒による罪の意識はほぼなかった。
俺はビールの味は好きではなかったし、お酒の良さもそれほど分かっていなかった。それでも頼んだのはカッコつけたかったからだ。
一杯目はビール。これは飲み会における不文律だと聞いたことがある。甘い飲み物やソフトドリンクを頼んでダサいと思われたくなかった。飲み物だけでも格好つけて、俺と京香さんの大人っぽさの溝を少しでも埋めたかった。
二人のグラスをカチャリと当て、「乾杯!」と京香さんがいう。楽しそうだ。それを見て俺も嬉しくなった。
彼女は美味しそうにビールをぐびぐびと飲む。俺もビールに口をつけたが、やはり不味く、多くは飲めなかった。
「優馬さ、ビール嫌いでしょ」京香さんは微笑んでいる。
図星だ。顔をしかめるのは堪えたはずなのに。いつもこうだ。目を合わせると、俺の心の内が見透かされてしまう。
「好きってわけじゃないですけど、嫌いではないですよ」つい強がってしまった。
だが、二杯目もビールにする気は全く起きない。甘いものが飲みたくなり、カシスオレンジを注文した。
すると京香さんは笑って「可愛いの飲むね」と言った。二杯目でもか……。カシスオレンジは男子が飲むものではないのだろうか……。迂闊だった。一杯目は格好つけたのにこれだと台無じゃないか。
少しでも挽回しようと、カシオレを早いペースで飲み切った。次の注文は重要だ。かと言ってビールはもう飲みたくないし、日本酒は論外だ。ビールより不味い。ウイスキーや焼酎は飲んだことないが、強い酒だとよく聞くから怖い。
注文をなかなか決めれずにいた中、レッドアイという酒がメニュー表に書いているのが目に入った。紅い目か。どんな酒なのか想像つかないが、これなら格好つくかもしれない。俺はレッドアイをオーダーした。
運ばれてきた酒は、名前通り赤かった。血を連想してしまった。どんな味なのかわからないのも相まって、不気味な色に思えた。
思い切って一口飲むも、むせてしまった。味の予想はできていなかったが、それでも予想外としか言いようがなかった。トマトの味だ。
京香さんの方を向くと、彼女は「変に格好つけるからだよ」と言ってケラケラ笑っていた。
恥ずかしい。顔が火照っていくのを感じる。
「ごめんごめん。からかい過ぎちゃった」まだ笑いが収まらないうちにそう言ってきた。
「変なこと考えないで、好きなの頼みなよ」京香さんが続けて言う。
俺は開き直って、メロンソーダを頼んだ。
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