継がれるもの

草薙 至

継がれるもの



 一年を振り返るバラエティ番組は、大きな歓声が響く競技場を映していた。

「オリンピック馬術競技、金メダルは日本の中田良子です!」

 アナウンサーが高らかに私の名前を呼んだので、つい振り返るとテレビの中の私が、馬のすべてを教えてくれた恩師に向かって手を振っていた。

 なんだかくすぐったい感じがして、きっといつまでも慣れないんだろうなと思いながら年越しそばの準備を手伝った。

 

 私は家族で年末年始を過ごすため、田舎に帰省していた。オリンピックという目標の為に競技生活が中心だった私にとって約五年ぶりの祖母の家だ。

 着くなり祖母は嬉しそうに私を撫でた。


 子供の頃、実家の近所にある神社がボランティアで乗馬体験をさせてくれたのをきっかけに私は馬を知った。

 何度か通ったある日、見知らぬおじさんに声をかけられた。

「君は馬が好きなのかい?」

「うん。大好き」

「君にはきっと素晴らしい才能があるよ。一生懸命にやってごらん」

 そう言っておじさんは帰って行った。

 馬術部のある学校に進学し、馬上は私の生活の一部になるほど夢中になった。


 時々姿を見せるおじさんはいつも馬の話をした。たてがみやひづめの手入れのコツも、馬の機嫌の見方もおじさんに教わった。スランプに陥った時期に練習をサボった時には

「馬の瞳は君の心を見透かすぞ。お天道様てんとうさまが見ていると思って生活しなさい」

 そう言って私を叱ってくれた。


 元日には、みんなで初詣参りに行き、その翌日は祖母に頼まれて、母屋の裏にある小さな蔵の片付けをすることになった。子どもの頃はもう少し大きかったように感じたし、ちょっと怖かったものだ。

 古い道具や家族が昔使っていた物を整理しているうちに懐かしさにかられた私は母に声をかけた。

「ねぇ、お母さん。私が子供の頃、知らないおじさんと話したって言って、ひと騒動あったの覚えてる?」

「覚えてるわよ、変質者じゃないかって学校でも問題になって保護者会で見回りしたもの」

 二度目におじさんと話した時、また会えた事がなんだか嬉しくて、帰宅後もずいぶんと機嫌が良かった。その様子を、母に何か良い事でもあったのかと尋ねられて、見知らぬおじさんとの会話を少し話した。

 目に見えて母の表情はくもり始め、学校に相談をしてしまい、ちょっとした騒ぎになってしまったのだ。

 

 子供心におじさんとの事は誰にも言ってはいけないのだと悟り、それ以降なにか聞かれても、もう見かけなくなったと言い続けた。

 

 昔は着物を入れていたのであろう大きな桐箪笥の引き出しを開けると、乾いた紙の音がして、見るとそれは裏返しになった写真だった。

「おばあちゃん、これって誰だかわかる?」

「あらぁ、どこで見つけたの?これは私のお父さんよ」

 懐かしむ祖母の顔は幼い娘のように変わっていき、写真を撫でながら目を細めた。

「すっかり忘れていたわ。あなたと同じくらいに馬が好きでねぇ。よく母から聞かされたものよ」


 日の当たらない場所にあったせいか、戦時中に撮られたものとは思えない状態の写真にはきちんと馬具をつけた一頭の黒馬と、いつかの映画で見たような軍服を着た男性が写っていた。


 あの日、まだ子どもだった私に、才能があると言った見知らぬおじさんは、美しい黒馬の横で、見たこともない凛々しい表情を見せ真っ直ぐに立っている。

「私の恩師って、ひいおじいちゃんだったんだ・・・」

「ある意味そうかも知れないわね、きっと才能を継いだんだわ」

独り言のつもりで思わず呟いてしまった言葉に反応して私を見つめる目線は、子どもの頃から変わらず優しくて温かい。

 祖母が小さい頃に亡くなってしまった曾祖父が残した写真は、戦地に赴く前に愛馬と撮ったものだった。


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継がれるもの 草薙 至 @88snotra

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