【第一章 志向と異常】06

 丁度十分が経ったぐらいに生姫が部室に帰って来た。

「ほら、炭酸抜けちゃっただろうし新しいの」

「あ、ありがとう」

 軽く僕に新しいコーラを放ってから生姫は先程座っていた席に座った。

「じゃあ話の続きな」

 気持ちを切り替えて生姫が話そうとする時に僕は「ちょっとまった」と遮る。

 不思議そうにこちらに顔を向ける二人に提案した。

「僕は正直言って生姫の言っている事が大まかなでしか理解できていない、だけど生姫が伝えたいこと、語ることが真実だと思う、だから今の段階では事の経緯や理由は置いといて休憩前にも聞いたように生姫がこれからどうしたいかだけを聞かせてくれないか?」

「あっちゃあ~上手く説明したつもりでいたんだけどな~、うん良いよ、そっちの方が手っ取り早そうだしそうしようか、夜靄もそれでいい?」

「そうしてくれると私も助かる」

「さて、じゃあ僕からもう一つ提案なんだけどさ、聞きたいことがもういくつかあるから一問一答形式で僕が尋ねるから生姫はその問に対して簡単に答えてもらってもいいかな?」

「いいよ」

 僕は生姫からもらったコーラを一口飲んでから生姫に質問を連投していく。

「まずこれから生姫はどうしたい?」

「休憩前にも言った様に欲望を引き出す者の確保」

「その人物の当てはあるのか?」

「あると言えばあるけど――」

「何だよ、思い当たるなら何でもいいから言ってみろよ」

「オッケー、じゃあ言うけどこの霧結市に居るのは確かだ」

「その根拠は」

 生姫は人差し指をこちらに向けて言う。

「君が此処に居るから」

「僕が?」

「そう、大城は欲望を抑制させる、言わば対になる者だ。そして欲望を抑制させる者の近くに欲望を引き出す者は居なければいけない運命になっているんだ。勿論逆もしかりだ」

「どうして二人は近くに居なければならない?」

「それは欲望を引き出す者の処理を抑制させる者にやらせる為さ」

「処理?」

「そう処理、言い方を変えれば欲望を生み出す者がきっかけで起きた事件を解決する事だ」

「え?なら僕は処理できていないんじゃ?事件を解決なんかしてないぞ」

 チッチ、指を横に振りながら生姫は

「大城、別に君が解決しなくても良いんだよ。君以外が事件を解決しても一向に構わない」

「僕が遭遇した事件を全てを解くことのできる人なんて周りには居ないよ、それに僕が遭遇した事件は何十件もあるのにその全てを解決するなんて――」

「いるじゃないか」

「え?」

「事件に関しては最強に等しい力を持っているのがお前の周りに二人も」

 二人?僕の身近な人で二人って

「そう、君のお父さんとお母さんの二人だよ」

 だけど――

「だけど僕の両親はそんな凄い人達じゃないだろ?母さんは市の警察で父さんはしがない探偵だ」

 僕の言葉に引っ掛かりを覚えたのか眉間にしわを寄せながら尋ねてきた。

「大城、君、両親の仕事を詳しく聞いたことは?」

「昔に一回だけ」

「そういう事か――」

「どういうことなんだよ······」

 どうやら霧縫さんも驚いている様子で僕だけが両親の事を全く理解していないようだった。

 姿勢を正してから生姫は答えた。

「いいか大城、お前の両親はお前が思っている以上に凄い人だぞ」

 霧縫さんの方を向くと

「うん、本当に凄い人達だよ、そういうのもあって私は依頼を受ける事にしたんだもの」

 僕だけが知らない両親の事。今の今まで調べる事もせずに暮らしてきたが父さんと母さんにいったい何が隠されているというのだろうか?

「教えてくれないか、僕の両親の事を」

 父さんと母さんの実の子である僕の口からこの言葉。

 何故だか凄く嫌な気分になる。

 「分かった」と言ってから生姫は父さんの事から話し始めた。

「君の父親、大城 港は探偵界隈のみならず一般の人にも多く認知される程の実力を持った人物だ。二つ名に安楽椅子探偵と付けられるぐらいには凄い人だぞ、推理小説を読んでいる大城なら安楽椅子探偵ぐらいは知っているだろ?」

 安楽椅子探偵――

「あれだろ?事件現場に行かずとも推理を解決する――」

「そう、港さんは大体一年に四、五十件の事件を事務所で説いている、現場に赴かずに事務所で資料や経歴を洗い出しては繋ぎ合わせながら犯人を見つけ出し事件を解決しているんだ」

「······」

 家に帰って来ない日が続くのは事件について調べているからだったのか、なんで言ってくれないんだよ父さん。

「そして母親、大城 三奈木は君の父親と対照的で現場特化の人物で持ち前の第六感に近い直感と化け物じみた執念で事件を解決にこぎつけるハイエナみたいな人だよ、偶にこの二人が協力して事件を調査する事があるのだけど噂では二日と経たずに事件は解決したらしい」

 両親の事を生姫から聞き終え自分なりに納得しようと考えてみるが今まで父さんと母さんを外側からしか見ることが無かった分。全然実感が全然わかなかった。

「なあ、母さんはなんで市の警察署に留まってると思う?そんなに凄い人が警視庁に何故行かない?」

 何となく生姫に尋ねると

「そうだな、やっぱり原因となっているのは君だろうな」

 そうあっさりと答えた。

「君は事件に遭遇する事が人並み以上に多い、それを分かっていて三奈木さんは市の警察署に留まっているんじゃないのかな?一番早く君の元へ駆けつける事が出来る様に」

 もし母さんがそうだったら完璧に僕は重荷だよな。

「教えてくれてありがとうな、それで?父さんと母さんが解決しているのに僕らが出る幕なんて無いんじゃないのか?これからも事件は解決していくだろうし」

 無理やり気持ちを切り替えて生姫にそう言うと険しい表情をしながら不穏な答えが帰ってきた。

「そうなんだけど最近と言っても十年前くらいから状況が変化し始めたんだ」

「変化って?」

「休憩前の話に戻るけど現在欲望を引き出す者は要らない状況にあるんだよ」

 そう言えばそんな事を口にしていたな、でもーー

「どうして要らないんだよ?」

「実を言うと既に欲望の安定化と抑制は修復されているんだよ。その為今は無闇やたらに欲望を引き出して枷を外すという行為をしなくても大丈夫な状況であるから今現在は欲望を引き出す者は要らないしもっと言えば害悪でしかないんだよね······」

「「えぇ!」」

 あまりの衝撃発言に霧縫さんと驚きが被ってしまった。

「そ、それじゃあ今から後に起きる事件は本当は起こらなくてもいい筈の事件達なのか?!」

「そうなるね、だから僕は一刻も早く欲望を引き出す者を見つけて確保しないといけないんだよ」

 これまた爆弾発言にも程があるぞ・・・・・・

「だからこうして君たちに頼みたいんだ。僕と一緒にそいつを探してくれないか」

 深々と頭を下げて僕と霧縫さんに言った。

 正直言って全てが信じれるほど僕はお人好しじゃない、だけど

「なあ生姫、もしもそいつを見つけたら僕はもう事件に遭遇しなくてすむのか?」

 この答えで僕は決める、目の前で死人を見るのはもうウンザリなんだ。こんな能力が無くなるなら僕は何にだって協力する。

 勝手だと言われるかもしれない、だけど死ぬなら僕から見えないところで死んでくれとつくづく思ってしまう。

 事件現場に遭遇すると同時に心が擦り切れて空っぽになる感覚が日に日に増しているんだ。もう死人を見るのはこりごりなんだよ・・・・・・どういう理由でさえ。

 そして生姫は答えた。

「約束しよう、欲望を引き出す者を確保したら君のその能力を無くしてやることを」 

 簡単に、でも力強い声色で生姫は僕が長年待ちわびていた言葉を口にした。

 そうか、なら僕は決まりだ。

「不平不満は沢山ある。正直言ってお前頭可笑しいんじゃないかとも思うよ」

「さすがに言い過ぎでは?!」

「だけどこの能力が無くなるなら――僕は何だってやってやる、生姫になんだって協力してやるさ」

 能力を無くすという志向を実現するために僕は生姫に協力する。

「わ、私も!せきちゃんの言っている厨二病的な事はよく分からないけど楽しそうだし私だけ仲間外れは嫌だから!」

「二人とも表に出やがれ、泣きついてやる!」

 なんやかんやがあったが円卓の上に三つの手が重なる、それぞれの志向の実現の為、そして僕はこの異常を日常に戻す為。

 そうして僕らは決意した。

「そうだ。協力することも決まったし青春っぽいやつやりませんか!」

「青春ぽいの?」

「アレですよアレ」

 霧縫の要望により僕らは一度集まってから各々手を前に出して重ね合わせてから気合いを込めた今となっては恥ずかしさがまさる青春ぽいアレをした。

「欲望を引き出す者の確保、成功するぞ!」

「「「おう!」」」

 夕陽も射しこまない本だらけの部室内、そんな中で三人の大きな声がただただ響き渡った。

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