グロキシニアの花束を貴方に

【始まり始まり】10

「おい待て」

　が、その上げた片手を僕は掴んだ。

「何だよ。私の出番はここで終わりだろ、このままかえらせてもらうぞ！」

　不満気に霧縫さんは告げるがその手を離す事はしなかった。

「自転車、新品だったんだけど」

「うぐっ！」

　まあ一連の僕に対しての茶番は良いとしても自転車くらいは直してもらいたい訳だが・・・・・・

「何円？」

「チューブ交換三千円」

　・・・・・・

「仕事も終わったし帰るとするか」

　手を掃って帰ろうとするが

「帰らせねえよ！」

　もう一度手を掴み霧縫さんを自転車の前に連れていく。

「金が無いのよ！この日の為に全お小遣いつぎ込んだの！もうお小遣いないの！許してよ！」

「なあに僕の為にそんな馬鹿な事やってるんだよ！分かった！さてはお前も馬鹿だな！大馬鹿なんだな！」

「馬鹿って何よ！私だって最初の計算では少し手元に残ると思ってたのに警察官に手伝ってもらうのに予想を上回る額が提示されちゃったんだから仕方ないじゃない！」

「ならやめろよ！もっと普通に騙せよ！」

「そんなのつまんないじゃない！やるからには徹底的にやりたいのよ私は！」

「威張んなこの馬鹿女！」

「馬鹿ってなによ！」

「馬鹿だから言ったんだこの馬鹿女！」

　霧縫さんとの口論は数分にもわたり、喋りつかれた僕らは一旦落ち着くことにした。

「あぁ、これじゃあキリがない・・・・・・じゃあこうしよう、僕の家までこの自転車を持って行ってくれれば今回はチャラにしてやるからそれでいいよな」

「うぐ・・・・・・大城君がそれでいいなら」

　渋々霧縫さんは僕の案に承諾して自転車を持つことになった。

「それじゃあ行こうか」

　僕がそう言うと彼女は僕の自転車の前輪を左手で浮かせながら押して僕に続いて歩き始めた。

「歩いてると暇だから質問して良いか」

　どうせだからこの際霧縫さんから聞ける事全て聞いてやる。

「疲れた～だるい～」

　弱音を吐きながらも押している霧縫さんに構わず質問を投げかける。

「霧縫さんでいいんだよね」

　まずはっきりさせておく

「そうだよ～霧縫　夜靄だよ～」

　ダルそうな声で返してきた。答える気はあるみたいだ。なら質問を続けよう。

「霧縫さんはFog社の取締役社長の一人娘であってる？」

「あってるあってる、でないとこんな事できないよ～」

「僕の父さんの依頼を受けた理由は本当にあれだけ？」

「受けた理由は楽しそうだからと単に君が羨ましかったから」

　羨ましい？

「何だよ羨ましいって」

「だって羨ましいじゃん、探偵と警官の子供って、かっこいいじゃん」

「それで嫌味もこめてやったのか？」

「そうだよ～だけど君は両親に劣る絶望的なにぶちんで呆れたよ、何で私じゃなかったのかな・・・・・・」

　なんだか無性にこいつを殴りたい気分だーー

「父さんが言っていた霧結市の犯罪件数が今月に入ってから零件ってのは？」

「あれも嘘。私を怪しませるために仕込んでおいたの。本当は今月に入って七件の犯罪が起こってるよ。ここも君が嘘だと理解することが出来た筈のポイントだね」

　今思えばそうかと思ってしまうほど僕はあっさりと納得した。

「ミステリー研究部、あれは実在するの？」

　なんとなく今日の為にでっち上げた部活じゃないかと考えてしまう。

「実在するよ～せきちゃんが作った部活で私は推理小説が好きだから入ったの」

「実在するんだ・・・・・・事件（仮）の内容も推理小説から？」

「そんなわけないじゃないですかハハハ、そんなの推理小説への冒涜ですよ、私とせきちゃんが一生懸命練ったものですよハハハ」

　から笑いが自棄にウザさを際立たせてムカつく。

　それにしても霧縫さんはどんだけ僕を引っ掛けたかったんだよ、ストーカーの上位互換があるとしたらこいつの行動はそれに匹敵そうなほどだぞ・・・・・・

「まだですか〜もう疲れましたよ。死んじゃいますよ〜」

　ヘトヘトで棒読みに言葉を連ねる霧縫さん。

「もうそろそろつくよ」

　丁度僕の住むマンションが見えてきた。

「最後の質問。これからも僕は君と友好関係を築いても良いかな？」

　転校早々の僕に話しかけてくれたのは本当の事だし霧縫さんは面白そうだからこれからもこんな風に友人として居たいなあ～なんて思いながらそう尋ねてみると

「はいはい、良いよ良いよ～大城君案外面白いし大歓迎だよ」

　霧縫さんのその言葉に何故かホッと胸をなでおろす僕であった。

「そこの駐輪場に止めておいて」

　僕はマンションの共同駐輪スペースを指差して霧縫さんに指示した。

「ぐへ～疲れた～」

　自転車を置いてから霧縫さんはぐったりとスライムみたいになりながら地面に倒れ込んだ。

「もし良かったら家に寄るか？」

　なんとなくそう聞くと

「そのつもりだよ～喋り過ぎて近くの駅の終電もう終わっちゃったもの」　

「・・・・・・金持ちなのに電車乗るんだな」

　意外だ。

「なにその偏見！ムカつく～、今はお金がないから電車なんだよ、いつもならタクシーを使うんだけどね」

「あながち僕の読み正しいじゃねえか！」

　ぐったりとした霧縫さんの腕を首の裏に回して身体を持ち上げた。

「うわ、軽っ」

　想像以上に軽かった、四十くらいか？

「軽いってなんだよ！そんな子に大荷物を持たせたくせに」

　ぐっ！何故か罪悪感が！

　駐輪場からエレベーターで住戸がある階に移動した。

「もうすぐ着くぞ」

　エレベーターを下りて霧縫さんに声を掛けるもまるで二日酔いのおっさんみたいに顔を伏せて力なくしているも「おう」と返事をした。

「マジで疲れてんのな・・・・・・あれ？あの部屋・・・・・・」

　霧縫さんから視線を外して前方を見ているとエル字型で出来ているこのマンションのここから見てLのピンと上に伸びた棒の方に位置する場所の一番端の住戸のドアが”開いていた”。

「どうした大城・・・・・・あ！」

　霧縫さんも気づいたようだ。

「どうする？」

　霧縫さんが僕に尋ねてくる。

　そりゃあドアが開いてるのは流石に不用心だから注意せねば

「注意するか、霧縫さんは先に僕の住戸の前で待ってて」

「嫌だ。私も行く」

　すると先程までのぐったりはどこにいったのか元気に自らドアの開いている住戸に向かって歩き出した。

　ただ歩きたくなかっただけかよ・・・・・・

　僕も霧縫さんに続いて歩く。

　誰もいない、いまこのフロアの廊下を歩いているのは僕らだけだった。

　異様なまでに静かな現状、最悪だ。この雰囲気は前にも経験したことがあった。

　あれしかないんじゃんか・・・・・・

　開いたドアの前に到着した。

「すみません～」

　霧縫さんは一応ドアが開いているがインターホンを押して大声で言うが返事は返ってこない。

「チッ！中に入ってみるか」

　なんとなく僕は胸騒ぎの正体を確かめるために勝手に部屋へ入る事にした。

　この部屋の住人はたしか僕が引越しの粗品を渡し忘れた部屋だ。

　もしかしたらあの時には何かが起こっていたんじゃないかと思ってしまう。

「ちょっと！大城君？勝手に入っちゃ駄目だよ！」

　霧縫さんの忠告に耳を貸さずに入っていく。

　靴を脱ぐことを忘れて土足のまま玄関を上がってリビングのドアを開け近くにある電気を点け前方に視線を向けた。

「――最悪だ――」

　先程までの胸騒ぎはこの光景を前にして確信へと変化した。

「え・・・・・・」

　鼠のマスクを被りロープで首を絞めて宙に浮かぶスーツ姿の女性の死体。

　首からぶら下げられているホワイトボードに殴り書きされた

【猫より無作為の愛をこめて】

　という文字を目にして僕らはかたまってしまった。

「霧縫さん！警察に電話！」

「はひぃ！」

　鼻につく刺激臭で我に返って霧縫さんに指示する。

　慌ただしくポケットから電話を取り出して霧縫さんは警察に電話をかけた。

　最悪だ。

　物語はとっくに始まっていたらしい。

　茶番はここまでのようだ。

　霧縫さんの起こした事件（仮）がこれまで逃げてきた僕の日常の始まりであったと同時にこの事件はこれまでのそんな自分から変わる為の始まりであるようにその時は思えた。

　昔話で言うとこの物語が開始する合図の【始まり始まり】である。

　僕は両親にも生まれてこのかた、一度も言っていない秘密がある。

　これまでに事件現場を見たのは（目の前にしているものを含めて）三回目、見ていないふりをしたので言えば数え切れない程の数僕は殺人事件に遭遇してきた。

　最初に遭遇した最悪の事件をきっかけにこべりついて離れない唯一の目立った才能であり絶望を体現したような能力であるところの

　月に一度、必ず殺人事件に遭遇するという最悪な能力が