この世界は魔法と嘘とテンプレでできている~ただし、テンプレ通りとは限らない~

量産型Ryosan

第1話 勇者の面接されたけど、正直帰りたい。

「うるさいうるさいうるさーい!!!!」


 女神はキレた。泣きながらキレた。

 そこには女神の威厳も気品もなく、ただの女の子が目を真っ赤にして泣き喚く姿がそこにはあった。


 うわーマジかよ、引くわー……。

 

 目の前の意味不明な光景に、ただただドン引きしていた。大の大人が何をやっているのかととても冷ややかな視線を送る。

 ――と、突然足元から白い光が放たれる。

 足元には自分を中心に円が絵描かれ、文字のようなものが書かれていた。


 これってゲームとかにある魔法陣ってやつじゃ……。


「あんたなんか顔も見たくないわよ! さっさとどこへでも行けばいいのよ!!」


 女神は怒りのままに何やら術式を発動させる。完全に当初の目的を見失っており、目の前の日本人に怒りの矛先を向ける。


 足元の白い光からはバチバチと火花のような弾ける音があちこちで鳴っている。


「おい女神! これ大丈夫なんだろうな?! ちゃんと帰れるんだろうな?! お――――――




 俺は見知らぬ場所に飛ばされた。


 なぜこんなことになったのか? 説明するためには時間を30分ほど遡る。




 ――――30分ほど前。


「はいはいテンプレテンプレ」


「はいはいご都合主義」


「はいはいお決まりパターンね」


 読んでいた本を机にポイっと投げ捨てる。机の上には数々のマンガやラノベ、ゲームが山のように積まれていた。

 中には未開封の物も多数あり、それらが乱雑に積まれ今にも崩れそうだった。その一番下には学生時代のバスケ部で撮った写真がほこりを被って埋もれていた。


 まだ平日の昼時だというのに学校にも行かず、家でダラダラと過ごすこの男。

 髪は最後に切ったのはいつだろうか?というくらいにに無造作に伸びてボサボサ状態。

 ずっと夜更かしをしているのが分かるほどに目の周りにクマができ、オシャレとは程遠い全身ジャージ姿。引きこもり生活2年目のこの男の名は立花大和タチバナヤマト


 今日もいつものダラけきった日常を過ごしている。部屋はマンガとラノベとゲームで足の踏み場も無く、一番端っこの方で空気の抜けたバスケットボールがむなしく転がっていた。


 照りつける日差しはジワジワと部屋に降り注ぎ、生温くなったコーラをグイッと飲む。


「はぁ~……面白くねぇな。俺ならもっと上手くやれるね!」


 と、フンと鼻で笑いながら天井を眺めていた。


「もっと刺激的なことはねぇかな……」


 その長身と体重には椅子は不釣り合いで、もたれかかった椅子はギィギィと悲鳴をあげている。誰からも連絡が来ないスマホを取り出し、アプリゲームを起動しようとその時。


(その言葉、本当ね?)


「ん? 誰か何か言ったか?」


 女の声が聞こえた気がした。だが周りを見回しても誰もいない。当たり前だ、この部屋には俺しかいないのだ。空耳だろうか。


 カタカタカタカタ……


「ん?」


 目の前のグラスが小さく小刻みに揺れている。


「なんだ? 地震か?」


 カタカタカタカタカタカタカタカタ……


 揺れが長く大きくなり、部屋に異様な空気が漂う。


「おいおいおい、震源近いんじゃないのか? これって避難した方が良いんじゃないのか?」


 急いで机の上のスマホと財布を握り、小走りで部屋を出る。

 階段を降りて玄関に向かい、急いで靴を履く。靴箱の上に置いておいたリュックを片手で乱暴に取り、ドアを開ける――――――







「――――――は?」


 家のドアを開けて外に出たはずだ。間違いなく家のドアを開けたはずだ。しかし、目の前に広がっていたのは真っ白い空間だった。


「いやいやいやいや……え? ……は?」


 何もないだだっ広い空間。慌てて振り返るが、すでにそこにはドアはなかった。


「(家の外に出たはずだ……出ただけのはずなのに……。)」


 今起きていることに頭の理解が追い付かず、冷や汗が止まらない。


「……どこ……だ、ここは?」

「ここは天上界よ! ようこそ、立花大和くん?」

「!!」

 突然自分の名前を呼ばれ、慌てて声が聞こえたほうへ顔を向ける。待てよ、この声は聞き覚えのある声だ。しかも割と最近聞いたような……。


「ちょっと、何ボケーっとしてんのよ! さっさと面接始めるわよ!」


 サラサラな艶のある金色の髪、純白の衣、すらりと伸びた長い手足。男なら誰もが釘付けになる衣の上からでもわかるボリュームのある胸、背中には大きな翼が生えている。まさしくゲームやマンガで幾度も目にしたイメージそのままの女神が目の前にいた。

 さっき部屋で聞いた声の主はこの女神だった。

 見た目は若く俺と同じくらいだろうか……。だが、年齢にそぐわない落ち着きっぷりに違和感があった。


 いや、それよりも今なんて言った? 天上界? なんで俺の名前を知っている? 面接?? 疑問が次から次へと頭に浮かび渋滞していた。


「ねぇ? いつまでボーっとしてるの? ちゃっちゃと終わらせちゃいましょ!」


 いかにも高級そうな装飾を施された机には山のように積まれた書類、その中の1枚を手に取りヒラヒラさせながら、いかにも面倒くさそうな態度で椅子にり返っていた。


 両脇には体格のいい男が2人、槍を持った男と大剣を背負った男。女神様の護衛と言ったところか。どちらも190センチ近くはありそうだ。

 重厚な鎧を着たその姿は見た目以上の威圧感を与えていた。豪華な装飾が付いた鎧はいかにも高級そうで、つまりこの男達は階級が高いのだろうということを示していた。


「えーっと……面接??」

「そ! 面接! あんた自信があるみたいだから、ちょっと異世界行って魔王を倒して平和を取り戻してきてほしいの!」

「?????」


 いやいやいや、何言ってんのこの女。ちょっと買い物行ってきてみたいなノリで魔王倒してきてとか言われても……。その為の面接? 俺が自信がある? 何言ってるかさっぱり……、


「「はぁ~……面白くねぇな。俺ならもっと上手くやれるね!」」

「「もっと刺激的なことはねぇかな……」」


 まさか……


 まさか……! これ???

 いやいやそういう意味じゃねぇんだけど……。

 自分の発言を思い出し冷や汗が止まらなかった。


「はい、では今回は勇者志望ということですねー! それでは名前から!」


 雑な面接が始まるが、まだ事態を飲み込めずに困惑するばかりの俺に女神の表情が怪しくなる。


「はぁ~~~こんなんで大丈夫っすかねぇ~? 今回はハズレなんじゃないっすか?」

「ロハン、口を慎め。セレネ様の御前だぞ」


 呆れたように声を発したのは向かって左の槍を持った飄々ひょうひょうとした男。それを諫めるように右のいかつい顔の男が口を開く。口調からするに、このいかつい男の方が立場が上らしい。


「えーっと、一旦整理していいっすか? どこ……ですか? えっと……」


 両脇の男の威圧感につい敬語になってしまった。


「あぁ、そうね! 私はセレネ! 見ての通り女神よ! あんたから見て右がクローズ、左がロハン。それで、あんたを呼んだのは他でもない、今からちょっと異世界に行って魔王を倒して世界を救ってほしいの!」


 魔王を倒してこいってのは聞き間違いではなかったらしい。


「あんたの所じゃこーゆーの流行ってるんでしょ? 詳しそうだし自信もあるみたいだし、サクッと魔王倒しちゃって! 一応形式的に面接するんだけど、面倒くさいからサッサと終わらせましょ!」


 こちらとの温度差が凄いことになっている。内容が全く頭に入ってこない。というか、面倒くさいとかこいつ本当に女神なのか? 適当な対応といい、乱暴な態度といい徐々に不信感が芽生え始めていた。


「はーい、じゃあ名前から!」

「……佐藤一郎」

「いやいや、あんた立花大和でしょ。なんで嘘つくの?」


 頬杖ほおづえをつき、手に持った紙を見ながら間髪入れずに訂正する。


 個人情報あるのかよ、じゃあ聞くんじゃねぇよ

 と、若干俺は苛立いらだち始めた。


「まぁいいわ。立花君の家族は?」

「……どっちもいません」

「それも嘘でしょ。父親は陸上自衛隊2等陸佐、母親は……別居中って書いてあるけど?」


 ……どこから調べてきた?


 親父は仕事で何年も顔を見ていないし、母親らしきだった人は別の男を作って出ていったので俺の中では“いない”という回答は間違っていないということになる。

 それよりも人のプライバシーを土足どころかショベルカーで掘り返された気分に不信感は募る一方だった。


「立花君の経歴は……なになに、幼少期は父の影響でボーイスカウトを経験、その後バスケットボールを始めて……結構いいところまで行ったみたいじゃない! スポーツが得意なら剣を振るのも大丈夫ね!」

「いやいや、そんな大したことないっすよー」


 どんな理屈なんだよ。というかガキの頃のことまで……どこまで調べてやがる? 何者なんだこいつら……。不信感はMAXに達した。


 なので適当なことを言ってやり過ごすことにした。これ以上情報を与えないために。そしてあいつらは面接だとも言っていた。面接なら落ちれば元のところに帰してくれる可能性もあるのではないか?


「で、立花君の希望は? あんたスポーツやってたなら武器を使う剣士ナイトや、槍使いランサー。遠距離が得意な弓使いアーチャーとか……あとは魔法適性があれば魔法使いウィザード癒し師ヒーラーなんてものあるわ!」

「!!」


 急に出てきたファンタジー用語につい反応してしまう。


「さらに今なら女神の加護という特殊スキルまでつけてあげるわ! どう? 行きたくなったでしょ?」


 ま、まさか例のチートスキルとかっていうやつか?? まさか本当に俺が世界を救うのか?


 マンガやアニメの世界の話がまさか現実になろうとは……ドクンドクンと心臓が脈打っているのがわかる。俺がこの手で魔王を……!


 少し考え、そして俺が出した答えは……


「あー……、やっぱ大丈夫っす」

「へ? ……いやいやいや。この流れで? ……え?」


 変なところから声が出たような間の抜けた声を発し、まさかの返事に動揺を隠せない女神。


「今はもう一日中マンガ読んでゴロゴロしたり、モンスターをハンティングしたり、格闘ゲームやってるただのニートなんで戦ったりとか無理っす」

「おい、てめえ。言葉に気をつけろ!」


 俺の態度に反応したのは左側の長槍を持った男。たしかロハンと言ったか。180センチはあるだろう長身に、それに負けず劣らず長い槍を持った手は怒りでギリギリと強く握られている。

 細い眉毛、オールバックの長髪、耳にはピアス。人間でいう20代くらいの一見するとチャラい見た目だが、女神の護衛をしている以上、弱いということはないだろう。


 だが、構わず俺は喋り続ける。一悶着あって問題でも起これば失望して諦めてくれるだろう。


「しかも剣とか使ったことないし怖いし危ないし痛いの嫌なんで、多分連れていかれても役に立たないんで今回は大丈夫っす」

「はい?」


 想定外の返事に思わず女神らしからぬ声が漏れる。虚仮こけにされたようで女神の顔は真っ赤になっていた。その隣でロハンはついに我慢の限界を迎えた。


「貴様ぁ!!」


 したっている女神様を馬鹿にされた怒りを槍に乗せ、低い姿勢で一直線に大和に向かっていく! ガチャガチャと重そうな鎧を着ているはずなのに、恐るべき速さで2人の距離を一瞬で詰めていく。


 げっ!マジかよ!


 まさか男の方が来るとは! 挑発し過ぎたか? と考える間もなくロハンは向かってくる。このスピードは寸止めなんかでは済まない、本気で仕留める気だ。右手に構えた槍は女神の敵を粛正すべく真っ直ぐ心臓を狙おうとしていた。


「ふっ!!!」

「うわあああああああ!!」


 ロハンの右手から勢いよく敵の心臓目掛けて伸びた槍は……空を切った。たまたま大和が右にバランスを崩したのだった。かわされると思ってもみなかったロハンは勢いを殺し切れず、しかもあろうことか、たまたま出ていた大和の左足に引っかかり盛大にすっ転んでしまったのだった。


「な?!!」


 ガシャアアアアアン!!


 鎧と地面がこすれ激しい金属音が鳴り響く。


 ガラララァンン!!


 同時に放り出された槍も地面を跳ね上がり、けたたましい音を立てながら地面を転がっていった。

 それを見た大和はおもむろに槍を拾い上げると、表情一つ変えずロハンの顔に刃先を向けた。特に慌てるわけでもなく、怯えるわけでもなく、感情もなく、その動作に一遍の躊躇ためらいもなかった。


「こ、こいつ脅しのつもりか? ……だが……」


 だが顔色一つ変えず刃を目の前に突き付けられたロハンは迂闊に動けずにいた。“ただの人間”が刃が付いた凶器にビビるどころか無言で拾い刃を顔に突き付ける様に、ロハンは不気味ささえ感じていた。

 ロハンの額に冷や汗がにじむ……。


「そこまでだ!」


 今まで静観していた男がついに動いた。ロハンよりも横に大きく、鎧の上からでも分かる大きな、鍛え上がられた肉体。人間で言うと40代くらいだろうか? 蓄えられた髭はよりいかつさを引き立たせていた。

 いかにも冷静沈着といった感じだが、ビリビリとした威圧感に、生物の本能がロハンよりもこいつの方が強いという事が嫌でも伝わってきた。


「クローズ隊長……」

「頭を冷やせ、ロハン。人間……タチバナと言ったな。部下が手荒な真似をしてすまなかった」

「!」


 まさか、いきなり謝ってくるとは。隊長は意外と話の分かる奴らしい。こちらとしても引き際が分からなくなっていたところだ。武器は奪えたが2対1では確実に負ける。

 手を出してきたのは向こうだし、隊長が謝った以上、これで一先ず決着は付いたというところだろうか。


 歯をギリギリと噛み締めながら、ロハンがクローズの元へと戻る。去り際にこちらをギロリとにらみつけながら、噛み締めた唇からは血が流れていた。


 女神とやらも部下が人間ごときに遅れをとったどころか謝罪までしたのだ。内心穏やかではないだろう。畳みかけるならここだ!


「女神様でしたっけ? お宅のところの騎士に殺されそうになったんですけど、これどうしてくれるんですかねぇ? なんか変な空気になっちゃったし俺なんか呼んじゃった女神様の人選ミスでもありますし、今日はこのへんでお開き……ってことで」

「……さい」

「うん?」

「……るさい」

「なん……」

「うるさいうるさいうるさーい!!!!」

「!!!?」


 女神はキレた。泣きながらキレた。


「あんたなんか顔も見たくないわよ! さっさとどこへでも行けばいいのよ!!」


 目と顔を真っ赤にし、駄々っ子のようなその姿に女神としての威厳はどこにもなく、俺は普通にドン引きした。


 うわーマジかよ、引くわー。と思っていたら足元から白い光が放たれる。

 足元には自分を中心に円が絵描かれ、文字のようなものが書かれていた。


 これってゲームとかにある魔法陣ってやつじゃ……


 足元の白い光からはバチバチと火花のような弾ける音があちこちで鳴っている。


「おい女神! これ大丈夫なんだろうな?! ちゃんと帰れるんだろうな?! お――――――


 と声は途中で途切れ大和の姿は消えていった。


「ふん! ざまぁみなさい!」


 女神の表情はとてもスッキリと晴れ渡っていた。


「セレネ様。あの人間に加護は?」

「……あ」


「ま、まぁなんとかなるんじゃない? ほ、ほら日本人ってゲームとかラノベっていうのでこういうの慣れてるでしょ? きっと上手いことやってくれるわよ!」


 女神はぶん投げた。


 果たして、あの人間は魔王を倒せるのか? そもそも加護無しで生きていけるのか? クローズは淡い光を残して消えていく魔法陣をただただ見つめていた。




 ※※※※※※※※※※※

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