レコーダー

ASA

レコーダー

 海外のとある上空に僕はいる。


 小型の飛行機に乗って世界有数のスカイダビングの名所を現在飛行中。外は清々しい晴天で、遠くには綺麗な海と地上から生えるビルが見え、少し下へ目を向けると広大な平野が待ち構えていた。


「準備はいい?そろそろ始めるよ」


 隣に座る知的な女性アシスタントが声をかけてきた。僕が口を開かずにオーケーサインを出すと、すかさず膝に乗せたノートパソコンをカタカタと操作し始めた。


 普段の彼女はとてもはつらつとした人なのだが、仕事となるとキリっとした人格に豹変する節がある。そこがまた彼女の良さであり魅力なんだけど。


「全条件クリア、5分後に五感情報のレコードを開始します。それじゃ皆さんよろしくお願いします!」


 登場している人達が返事をすると各々スカイダイビングの準備を始めた。


 これから仕事上、地上に戻るまで僕は僕ではなくなる。

なるべく一個人の痕跡を消して、普遍的な行動のみ取ることを心掛ける。ただしその体験によって生まれた感情を押し殺してはならない。それがこの仕事に必要なプロ意識だと教わってきたが、その意味が最近ようやく分かってきた。


 今の僕は全ての五感がデータとして記録されている。このデータは後に知らない誰かが僕の五感が知覚した全てを、FSRという特殊な装置を介して追体験することが出来る。様々な事情で挑戦できない何かを、僕らの五感を通して擬似的に体験してもらえる。その体験を作り出す事が「レコーダー」としての仕事。


 どんなエンターテインメントよりも簡単に没入出来るものだと、この仕事に携わるみんなが自信を持っている。VRやらなんやら、仮想空間で遊ぶゲームも根強い人気を誇っているが、五感全てを刺激するFSRは全く負けてはいない。


 しかし実際は、レコーダーという人間が経験した際の五感情報を使って追体験しているに過ぎない。自由度の点においては劣っている。そこはFSRの特性として割り切ることが出来るが、問題は売りにしている没入感だ。


 実際にユーザーからあった嘆きとして、追体験中に自分ではないことを自覚してしまったため醒めてしまったとの声があった。せっかく楽しんでいるのに自分の口から自分でない声が出れば、今動いている体が、感覚が、自分の物でないと再認識してしまえば没入感が失せて醒めてしまう可能性があるという実例。声だけではない。内容によっては一挙手一投足を自然に、無個性に抑えながら行動しなければならない。


 僕はレコーダー歴もまだ浅く、更に不器用な方だと自覚している。だから仕事が始まる1時間前からなるべく話さないようにしていた。幸いにも僕が担当するレコードはどれも体を動かすものだけど言葉によるコミュニケーションが必須なわけじゃない。サインなどでしっかり意志疎通が取れれば問題がないものが多く、僕自身やりやすかった。


「あと2分よ」


 可愛らしい声のカウントに頷く。装備品に抜かりはない。

 最後に、ジャンプスーツのジッパーを少し開けて温度調節。僕が不快に感じれば追体験する人も同じように感じてしまう。それは絶対に避けたくて、自分の状態管理をいつの間にか徹底するようになった。ズボラだった僕の変わりように一番驚いているのは僕だった。


「最終チェックオーケー。レコード開始」


 飛行機のドアを開き、高度4000mから見える絶景をしっかりと目に焼き付ける。


 ここからの僕は誰でもない。

 追体験する人達の目となり、耳となり、足となり。ここから始まる短い空の旅を五感全てで味わい楽しむ。この一瞬は僕だけのものじゃない。胸の高まりさえも、まだ見ぬ誰かに届けるために。



 「僕ら」は空へ飛び出した。

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