季節外れのかすみ草

ひーちゃん

第1話季節外れのかすみ草。

   

   季節外れのかすみ草

    

     

  一、人生を振り返り

    

 二〇六二年、私は渡辺圭介、今年で九〇歳を迎えた。

 妻も先立ち、残された家族は誰もいない。

 壁に飾られた、ドライフラワーのかすみ草だけが、私の話し相手。

 妻の話では、もう七五年もずっとここにある、不思議な、かすみ草だ。

 今、この世の中、欲しい物はすべて手に入り、病院だって医療機器を装備した医療機器車が出来、手術さえ車の中で行われる時代になった。

 入院せずに自宅に看護師がやっては来るが昔みたいな病院の大部屋で、わいわい過ごした、あの時を思い出す…。

 便利になったが、やっぱり一人は寂しいかぎり…。老人ホームに入ればいいじゃないかって?

 現在は、老人ホームは廃止になったんだ。

 介護士の老人に対する虐待が増え、又、老人同士の喧嘩…。

 政府は老人ホームを廃止して、ネットで介護士が相手をしてくれて、介護が必要な老人は、二四時間、付ききりで介護士ロボットが家に来て、世話をしてくれるんだ。

 ネット社会で画像を見て会話する世界。

 実際に人と人が集まる場所が激減したよ。

 人と会って話す機会が減り人はストレスを知らないうちに感じて住みにくく寂しい世の中になってしまった。

 それも、これも全て、私のせいだ…。

 私の話し相手は、ドライフラワーのかすみ草だけ。

 華やかな主役を立てる名脇役のかすみ草に今は亡き妻が毎朝、毎晩、かすみ草に語り掛けていた。

 かすみ草の花言葉は七つ

「永遠の愛」「幸福」 「純潔」 「感謝」

「清らかな心」 「無邪気」 「親切」

 

 よく妻の若菜は幼少期から私と出会うまでの話を沢山してくれた。

 若菜の話は楽しかったぁ…。

 

       

  二、不思議なかすみ草

 

 昭和六二年、私の未来の妻になる橋本若菜(一〇歳)が福岡県門司、大里のおじいちゃんの実家で生活していた。

 父の敏夫、母の和美、妹の恵、そして、おじいちゃんの拓三、おばあちゃんのキクの六人の大家族だ。

 敏夫は、ごくごく普通の会社員で趣味は、写真を撮る事だ。

 和美も、パートの仕事をして、若菜と恵は、おじいちゃん、おばあちゃんが面倒をみてくれていた。

 若菜は小さい頃から、おてんばでいつも男の子を泣かしていた。

 おじいちゃん子だった若菜は、おじいちゃんから花札や将棋を教わり、時には、おじいちゃんと相撲やキャッチボールをした。

 おばあちゃんから折り紙やあやとりを教わったが、どちらかと言えば男の子の遊びが大好きだった。

 しかし、もちろん、おばあちゃんも大好きだ。

 

 おばあちゃんの七〇歳の誕生日、若菜は、花をプレゼントしようと自分のお小遣いを寄せ集めて花屋に行った。

 昔から有る、古びた商店街の岡本花屋さんだ。

 六〇歳過ぎの店主が店の奥から、ふらふらと出て来て「お姉ちゃんプレゼントかい?」

「うん。おばあちゃんに…」

「どんな花がいいんだい? この季節、薔薇とか綺麗だよ。」

「おばあちゃん、薔薇とか似合わない!

 派手なの嫌いだし。」

「ちょっと待って…」

 店主は奥のガラスケースを開け、若菜に、「季節外れだけど、元気な花があるよ。

 きっと、おばあちゃんも喜んでくれるよ。どうだい…」

 店主は若菜に差し出したのは、真っ白な、かすみ草だった。

 おばあちゃんみたいに清楚で上品な感じのかすみ草は若菜も一目で気に入った。

 「他の花も入れるかい?」 

 「いらない!かすみ草だけで充分!

 おじさん、ありがとう!」

 

 その、かすみ草との出会いが、これから若菜の人生を変える事になるとは誰も想像もつかなかった。

 

「おばあちゃん、お誕生日、おめでとう。」

「あらっ…若菜が私に花を買ってくれるなんて…

 男勝りな若菜が花なんて、やっぱり、女の子だね!ありがとうね…。若菜。」

 おばあちゃんは大事にかすみ草を花瓶に入れた。

 不思議な事にかすみ草は枯れず三カ月が経過した。

「若菜、このかすみ草、全然、枯れないのよ…。

 匂いを嗅ぐと、余計に花が元気になる気がするの…不思議でしょ。」

「ふぅ…ん」

 

 若菜の家族はマイホームを購入し、折尾に引っ越す事になり大好きだった、おじいちゃんとおばあちゃんと離れ離れになった。

 

 引っ越しの荷物を乗せた車をおじいちゃんは見送り、車が発車すると、おじいちゃんは追いかけて車が見えなくなるまでおじいちゃんは追いかけ続けたそうだ。

 

 テレビのドラマでよくあるベタな話だが、若菜は当時を思い出し泣きながらその話をよくしてくれたなぁ。

 

 若菜は折尾に転校後、中学に上がり、やんちゃな子からヤンキーに進化した。

 それは当時の写真を見たらビックリした。

 長いスカートにペッチャンコのカバン、時には竹刀を持ってる写真まである。

 当時を振り返り、若菜の格好はヤンキーだが悪い事は何一つしなかったそうだ。

 ただ、クラスのいじめっ子を放課後呼び出し、木に吊るし上げたり、差別的で自分の考えを押し付ける先生には、タイマンを張り体育館の裏で先生をノックアウトさせた。

 充分、悪い事をしているが…

 若菜はどんな時でも理不尽な事に耐えれなかった。

 言わば正義の味方みたいだが、何故、そんなヤンキーの格好をしてるのかは疑問だが…

 周りも若菜を頼り正義の女ヤンキー軍団が結集した。

 学校の成績?

 もちろん、勉強は苦手?ではなく、ただ嫌い?勉強するのが面倒なだけだ。

 母に、通信簿を見せたらアヒルの徒競走って言われた。【お、一.二 お一.二】だって…

 しかし、母も父も若菜に無理強いする事なく、個性を重視してくれたそうだ。

 その結果が、お馬鹿なヤンキー娘になってしまった…。

 

 妹の恵は、姉を見て育ち、このままではいかんと思い、勉学に励み成績はトップクラス、しかし、姉のヤンキー伝説が広まり小学校では恵も恐れられてる存在になっていた。

 恵は、どちらかと言えば、ぼーとしたタイプの女の子。

 

「姉ちゃんのせいで友達が近づいてくれないんだからね!」

「解った!私が学校に行って恵の友達になれ!て言ってあげる!任しとけ。」

「頼むから、それだけはやめて…!お姉ちゃん…」

 

 若菜はヤンキー軍団を引き連れ、おじいちゃんの住む門司までチャリンコをぶっ飛ばし、よく、逢いに行ったそうだ。

 さぞかし、おじいちゃんもおばあちゃんもビックリしただろう。

 しかし、おじいちゃんはヤンキー軍団と一緒に釣りに行ったり、竹刀でチャンバラを教えたりした。

 竹刀を持った写真は、その頃で、おじいちゃんも一緒に写っていた。

 お父様の撮った写真には、若菜のヤンキー時代の写真はほとんど無く、恥ずかしく残したくなかったみたいで、竹刀を持った写真やヤンキー時代の写真は、きっと、友達が撮った写真だろう。

 他にも、皆んなで花札したり、おばあちゃんは、皆んなと綾取りしたり分け隔てなく相手をしてくれたそうだ。

「若菜のおじいちゃん、おばあちゃん、優しいね!」

 ヤンキー軍団も、おじいちゃん、おばあちゃんの優しさに触れ、今まで経験した事の無い体験を沢山、教わって、皆んな、若菜のおじいちゃん、おばあちゃんが大好きだった。

 二人も若菜達が逢いに来てくれるのを心待ちにしていた。

 ある時、若菜は、おばあちゃんのテーブルの上にある、かすみ草を見て、

 「このかすみ草、もしかして私がプレゼントしたかすみ草なの?」

「そうよ。あの時、若菜が買ってくれたかすみ草よ。でも、いまだに枯れないのよ…もう、二年も経つのに…不思議ね。」

 

 若菜は、かすみ草の匂いを嗅いだ。

「何、枯れないの…?」

 

 その時、自分が着てる赤い龍の刺繍のスタジャンとGパンが恥ずかしく思え、トイレに慌てて隠れた。

 

「おばあちゃん、私の着れる服、有りますか?」

「どうしたの?急に敬語で…まぁ、気持ち悪い。」

 

 これが若菜とかすみ草の長い付き合いの始まりだった…。

 

 

   三.転校生

   

 おばあちゃんは若菜のパジャマを出して来た。

「おばあちゃん、何で、私、あんな派手な服着てたんだろう。

 あんな格好じゃ外に出れないよ。」

 おじいちゃんもおばあちゃんも唖然となった。

「おばあちゃん、あやとりしましょ。」

「あらっ…若菜からあやとりなんて。」

 若菜は火鉢の前に座り、おばあちゃんとあやとりを始めた。

 いつもは、雑な取り方で若菜がいつも失敗していたが女の子らしい柔らな手つきで綾取りを繰り返した。

 

 おばあちゃんは若菜が、かすみ草の匂いを嗅いだ事を思い出した。

「やっぱり若菜、変よ…。若菜じゃない!」

 あの時から若菜が変わってしまった。

 おばあちゃんは不安になり、若菜の顔を揺さぶり「悪霊よ!早く若菜の体から出て行きなさい!」

 おばあちゃんは揺さぶり続けた。

「何をしてるんだ!キク」

 おじいちゃんは若菜を揺さぶる、おばあちゃんをつき突き離した。

 若菜は疲れからか深い眠りについた。

 

「キク、いったいどうしたんだい。」

「若菜が、かすみ草に話しかけて、匂いを嗅いでから若菜が女の子ぽくなったのよ。

 きっと、若菜の体に霊が入り込んだに違いないわ…

 だって、あのかすみ草、二年も枯れずに咲いているのよ…

 何かあるのよ…あのかすみ草。」

 

 若菜は三時間くらい寝ただろうか、目を覚ますと、いつもと変わらない若菜に戻っていた。

「おばあちゃん、さっき、変な夢を見たんだぁ…急に女の子ぽくなったと言うかさぁ…?今まで着ていた服がダサく感じたんだよね…変な夢だった。」

「夢じゃないわよ。

 あの、かすみ草の匂いを嗅いで若菜は女の子ぽくなったの。

 せっかく、若菜がプレゼントしてくれたのに…何故か怖くて。

 どうしましょう…」

「面白いじゃん!匂いを嗅いだら性格が変わるなんて!笑える〜。」

 その日、何回も、かすみ草の匂いを嗅いだけど何も変化はなかった。

 

 翌日、学校のクラスで若菜軍団が集まっていつもと変わらないくだらない話をしていた。

「昨日ね、おじいちゃん達の所に行ったんだよ。」

「ずる〜い!私も行きたかった〜。おじいちゃんもおばあちゃんも元気だった?

 おばあちゃんの作ってくれる、うどん、凄く美味しいよね!」

「あんた達二〇人、毎回、連れて行ったら、おじいちゃんの年金無くなるて!

 来てもいいけど一回に付き五〇〇円頂きま〜す。嘘、嘘、。

 それがね…」

 若菜は友達に昨日の話を全て話した。

 

「笑える〜若菜が乙女?一回でいいから見てみたい!気持ち悪いけど!

 私達も変わるのかなぁ…

 今度の土曜日の学校、半ドン終わったら、皆んなで行こうよ。」

 【この時代、土曜日の学校は昼まであり半ドンと言っていた。】

「食事したら五〇〇円だからね!」

 

 その時、若菜の一番のダチの蘭が、「あの窓際にいる子、誰?」

 美咲は、「あぁ…この前、門司の方から引っ越して来た子だよ。蘭と若菜が、ズル休みしてた日だよね。

 でも、まったく喋らないの…無視かと思って、ここは一発、脅しをかけに行こうと思ったんだけど、でも近くに行ったら、あの子、凄く輝いていたの。

 清楚と言うか…。私達と一八〇度違うね。」と笑い転げた。

 転校して来た子は花村沙月。

 自己紹介で門司で親が花の栽培をしていたが、今は栽培を辞め折尾に引っ越して来たそうだ。

 若菜は、その子に近づき、

「私、若菜。よろしく!私も門司に住んでたんだよ。

 花の栽培してたんだぁ〜いろんな花を栽培してたの?」

「私は、裏門司の山の近くだけど、いろんな花を栽培してたわよ。

 今は、もう辞めたの…」

 

「私達と友達にならない?格好はヤバいけど皆んな、いい奴だよ。」

「うん。ありがとう。転校して来て友達が出来るかなぁ…と思ってたの。

 私、ちゃんと解ってるよ。皆んな、いい人だって。」

 沙月は直ぐに若菜軍団の一員になったが、一人だけ模範的な制服に清楚な風貌。

 一人、浮いて見えそうだが、何故か若菜軍団まで輝いて見えた。

 

 

   四、沙月とかすみ草の関係

   

 土曜日、若菜軍団はチャリンコをぶっ飛ばし門司の、おじいちゃんとおばあちゃんの家に行き、沙月は風でめくれるスカートを必死に抑えながら若菜達に必死について行った。

「おじいちゃん、おばあちゃん元気?」

 若菜の友達は、おじいちゃんとおばあちゃんに抱きついた。

「この子達たら…あらっ、見慣れない顔、新しいお友達?」

 おばあちゃんは、沙月を見るなり

「なんて可愛い子なんでしょう。あそこに置いてある、かすみ草みたいだね。」

 

「そうそう、この前、話したかすみ草。」

 

「岡本花屋で売ってたかすみ草でしょ。」

 沙月は、若菜に聞いてきた。

「うん。そうよ。でも、何で知ってるの?

 岡本花屋は門司だし、もう、買ったのは二年前だよ。」

「この、かすみ草を栽培していたのは、私の家の花畑なの。

 そして、岡本花屋と後、数カ所に下ろしてたの。

 岡本花屋に下ろしたかすみ草は、私にとって忘れる事の出来ない花だったの…

 今は詳しい事は言えないけど…後で必ず話すね!でも、よかった…いい所に貰ってくれて…」

 若菜達は聞きたい気持ちはあったがあえて聞こうとはしなかった。

 

「若菜、かすみ草の匂いを嗅いでごらんよ。乙女に変わるの見たいし!」蘭が言うと若菜は、少し考え、「やっぱり、今日は辞めとくわ!

 ちょっと、恥ずかしいし…誰かやってみれば。」

「私がやる。」美咲が名乗りを上げた。

 美咲は、思いっきり匂いを嗅いで

 「私を乙女にして下さい。」とお願いした。

 

 しかし、美咲は乙女にはならなかった。

「もぉ〜、若菜の嘘つき!」

「きっと、かすみ草も人を選ぶのよ。」

 

 どうも、誰でも乙女になるとは限らないみたいだ。

 しかし、かすみ草と、沙月は何だかの関係がありそうだ。

 

 突然の知らせだった。

 おじいちゃんが亡くなった。

 

 その事は、若菜は、後々も私に多くを語らなかった。

 大好きだった、おじいちゃん。

 また、初めての人の死。

 きっと、凄いショックだったんだろう。

 告別式には若菜の友達も参列してくれたそうだ。

 

 おばあちゃんは長く住み慣れた門司を後にし、若菜の家族と住む事になった。

 引っ越しの日、おじいちゃん達と暮らした今までの事を走馬灯のように思い出し、門司を後にした。

 おばあちゃんは家に着くまでの間、かすみ草を大事に持ち、一言も喋らなかった。

 誰も、おばあちゃんに声をかける事が出来ず、若菜は、かすみ草に何気なく匂いを嗅いで話しかけた。

「寂しいけど、これからは皆んな一緒だよ。」

 若菜は、すっと穏やかな気持ちになってる事に気付いた。

 私、変わってきてる。

 車窓から見る風景や歩道を歩いてる人々までが優しく穏やかに感じる。

 初めての時より自分が変わっている事に完全に気が付いた。

「おばあちゃん、私、変わったみたい。」

「そうみたいだね…

 でも、私は、今までの若菜が好きだよ。

 上手く、かすみ草と付き合わないと、今までの若菜じゃなくなるからね。

 変わりたいと思った時だけに変わりなさいね。」

 家に着き、おばあちゃんの部屋に荷物を入れてる時に、すっと、元の若菜に戻った。

 

 

   五、歌劇団との出会い

 

 おばあちゃんも今の生活になれ、趣味の福岡歌劇団を観賞するのが唯一の楽しみになっていた。

 中でも、スター、オリオンの舞鶴翼の大ファンだ。

「明日、福岡歌劇団に行くけど若菜も一緒に行かない?

 スター、オリオンの舞鶴翼、凄くカッコいいのよ。

 男役で歌も上手くて演技力が凄いのよ。

 よく舞鶴翼を見ていると、若菜とダブって見えるの。」

 若菜は、あまり興味が無かったが翌日、おばあちゃんに連れられ福岡歌劇団の観賞に出かけた。

 福岡歌劇座に着いて若菜は建物を見渡した。

 天神にある福岡歌劇座は、豪華なヨーロッパ調の建築物で誰もが目を引いてしまう。

 広い会場に入ると華やかな舞台が待っていた。

 興味がない若菜も舞台を見るなり、鳥肌がたった。

 福岡歌劇団は五つの所属劇団がある。

 スター、シリウス。

 スター、ペガサス。

 スター、北斗。

 スター、オリオン。

 スター、カシオペア。

 各劇団の中にも男役と娘役のチームがあり劇場を盛り上げる。

 今日はおばあちゃん大ファンの舞鶴翼のいるスター、オリオンの公演だった。

 公演の幕が上がると華麗で豪華な衣装でスター、オリオンが現れた。

 観客は、ほとんどが女性で黄色い声援が飛ぶ。

 男役の舞鶴翼の「さぁー行くぜ!」の掛け声で公演がスタートすると華麗なステップ、キレキレなダンス、透き通るような声で観客を魅了した。

 若菜も歌劇団の公演に吸い込まれていった。

 男役の舞鶴翼達のチームも男らしく華麗だったが娘役の華咲舞の率いる娘役の清楚で上品なダンスに花を添えていた。

 公演が終わると割れんばかりの拍手が鳴り止まず、最後に握手会が行われた。

 若菜も華咲舞と握手をしてもらい、一生の思い出になったそうだ。

 これが若菜と華咲舞の運命を左右する初めての出会いだった。

 

「おばあちゃん、福岡歌劇団に入るのは難しいの?」

「それは大変な事よ。

 まずは福岡歌劇音楽学校に入らなくてはいけないの。

 入るのも倍率が四〇倍で難関なんだよ。

 お勉強も出来て容姿が良くないと難しいんだってよ。

 でも若菜は向いてると思う。

 男役とか若菜にピッタリと思うけど…お勉強がね〜…」

 若菜は男役の舞鶴翼も興味があったが娘役の華咲舞の華麗で清楚な姿と自分とは真逆の性格に引き込まれていった。

 あの時、かすみ草と話して性格が変わった、あの時、あの感じと重ね合わて華咲舞が憧れとなった。

「華咲舞みたいになるのは、どうしたらいいの?」

「まずは、女性らしくなる事ね。」

「女性らしくね…

 おばあちゃん、私に生け花を教えて!」

 おばあちゃんは生け花の先生をしていた事もあり若菜は礼儀作法から始まり、生け花を習った。

 初めては正座も出来ず、直ぐに根をあげると思っていたが若菜は頑張った。

 若菜軍団もほとんどが仕方なく参加していたが、沙月はセンスが良く、大胆かつ華麗な生け花を披露した。

 さすがのおばあちゃんもビックリしていたそうだ。

 若菜は、かすみ草の力を借りる事なく、若菜なりに頑張って福岡歌劇音楽学校を受ける事を決意した。

 若菜の父と母も反対はしなかったが学業で合格不可能と思っていた。

 

「おばあちゃん、無理ですって…あの子学校の成績、常に最下位争いなのよ。

 高校だって取ってくれる所も厳しそうなのに。無理、無理。」和美は笑って言った。

「さぁ〜掃除でもしますかぁ…お一.二お一.

 二」

 

   

   六、私の進路

   

 若菜も中学三年になり周りも進路について話していた。

「若菜は、もちろん、お馬鹿だから大明学園に行くんでしょ。あそこだったら、私達みんな、別れる事なく行けるもんね!

 でも、若菜は、もうちょっと勉強しなくちゃ何処の高校も危ないかもよ…。」

「うるさい!大明学園なんか行かないし!

 私ね、福岡歌劇音楽学校を受けるの!」

「嘘っ…!噂じゃ東大入るより難しいんだってよ。何より入っても刑務所より規則正しい生活をしないといけないみたいよ。

 さすがに私は若菜に付き合わないからね!友達としては別だけど!もちろん無理と思うけど応援するね!」

「うるさい!黙れ!

 そう言えば、沙月はどうするの?沙月は頭が良いし、私と福岡歌劇音楽学校を目指さない?」

「行きたかった…

 いや、行けないの…

 でも、若菜の事、凄く応援する。

 結構、私、福岡歌劇音楽学校の面接とか試験内容とか詳しいのよ。

 良かったら教えてるね!」

「うん!ありがとう。

 でも、何で…沙月も受けたいじゃないの?

 沙月だったら娘役にピッタリはまり役になると思うけど…。」

「……」沙月は黙ったままだった。

 

 沙月の面接の練習と、おばあちゃんからは礼儀作法や細やかな女性の動きなどに注意し、若菜は若菜なりに頑張ったそうだ。

 勉強は、直ぐには効果が表れる事なく沙月も呆れる事なく必死に教えてくれたそうだ。

「沙月、頭が壊れそうだ!ちょっと休憩をくれ〜」

「後、三十分でおしまい。若菜、頑張って!」

「はーい。」

 そして一九九二年一月一〇日、福岡歌劇音楽学校に願書を提出した。

 取り敢えず、保険で大明学園も推薦で受験し、沙月の力を借りどうにか合格の通知が来た。

 二月二〇日、第一次面接日と筆記試験だ。

 桜が満開を迎えて福岡歌劇音楽学校に、おばあちゃんと一緒に行った。

 おばあちゃんは、どうみても福岡歌劇音楽学校を、ただただ見学したいだけだ。

 若菜の緊張とは裏腹におばあちゃんは周りをキョロキョロ。

 渡り廊下に数人の未来の福岡ジェンヌが一列で歩き、列を乱れる事なく校舎に入っていった。

「うわっ〜カッコいいわね〜」

「おばあちゃん、私、もう行くからね!」

「頑張ってね。若菜。」

 

 試験会場の中に入ると中には一六〇〇人の受験者が机に座っていた。

 見る顔、見る顔、みんな自信を持った明日を夢見る少女ばかりだ。ヘラヘラしてるような奴は誰一人いない。

 筆記試験が始まり、予想通り若菜は散々な結果に終わったが、しかし、沙月の指導によりマークシートを、しっかり埋める事が出来た。

「私、結構、勘がいいのよね〜」

 

 午後から二つに分かれて一次面接が始まった。

 若菜は四番目で面接室に四人が入る。

 順番待ちしている時。周りを見ると、さすがに皆んな緊張がうかがえる。

 この日の為に努力を重ねてきたのだろう。

 若菜の列が面接室に呼ばれた。

 みんな、ハキハキと自分の思いを面接官に伝えた。

 しかし、ありふれた返答に面接官も黙々とチェックを入れている。

 若菜の順番が回ってきた。

「どうして歌劇団に入りたいと思ったの?」

「自分を表現できる場所、初めて福岡歌劇団を観て鳥肌がたったの」敬語を忘れていた。

「私を生かせる場所、それは福岡歌劇団しかないと気付いたわ!」

 面接官の一人の女性が笑いながらに問い詰めた。

 元福岡ジェンヌのトップスターの桜木彩奈だった。

「まだ、一五歳でしょ。

 あなたの生かせる場所って他にも沢山あるはずよ。

 他の世界を知らないだけじゃないの?」

 

「そうかも知れませんが、初めて歌劇団を見た日から私の進む道が見えました。

 私は真っ直ぐしか進む事が出来ません…」

 

「強いのね!あなた、面白いわ。

 目指しているのは男役でしょ。」

 

「いいえ、

 私は、娘役の華咲舞さんの舞台を観て引き込まれました。

 いずれは、華咲舞さんのような華麗で清楚な役を演じたいです。」

 

「今のあなたと真逆と思うわ。

 少ししか話してないけど…

 一次面接と試験に受かれば最終試験は歌と演技が有るけど、その時は娘役で演技するつもりなの?」

 

「はい!」

 

 桜木彩奈だけは若菜に迷わず、◎を付けた。

 試験の採点が終わり桜木を含めた面接官が揃い、合否の話し合いが行われた。

 桜木さん、一番に印象に残った子は?

「…。橋本若菜って子かな? 今のままでも、男役やらせても面白いし、娘役を目指してるところが気にいったわ。」

 

「確かに、強気で物怖じしない子でしたわね。

 でも、学業の方が…ダントツの最下位でした…。」

「参ったわ!

 ただの、お馬鹿さんだったの?

 でも、娘役のあの子を見てみたい!

 合格にしてあげて!お願い。」

 

 若菜は、めでたく一次試験をクリア出来た。

 最終試験の演技の台本が送られて来た。

 その中には歌も入っており、男役と娘役の台本が二つ入っており、どちらかを希望する事が出来る。

 おばあちゃんは男役を勧めたが、若菜は断固として娘役を目指した。

 最終試験までの四日間、若菜は、おばあちゃんと必死の特訓を行なったそうだ。

 しかし、おばあちゃんから見ても若菜の娘役は演技どころか、程遠いお遊戯会レベルだった。

 

「若菜、時間が無いわ…。無理よ。」

 

 最終試験当日。

 一六〇〇人いた受験生が二〇〇人に絞られていた。

 試験会場も歌劇音楽学校の中にある公演舞台のような会場で行われた。

 この日は、おばあちゃんも父、母、妹、そして沙月も応援に駆けつけてくれた。

「沙月、応援来てくれてありがとうね。

 がんばるね。」

「私の分まで頑張ってね。若菜だったら大丈夫!」と熱い握手を交わした。

 若菜と別れ会場内に戻った。

 しかし、家での演技を見ている家族は、この場から逃げだしたい気分だった。

「家族の恥だ…やっぱり、帰ろう…」父は腰を上げようとしたが、おばあちゃんは無理矢理に止めた。

「若菜、かすみ草を持って行きなさい。」とかすみ草の枝を折り若菜に手渡した。

 

 人数が多いが、一人がソロで歌って踊るパートが用意されてた。

 主役は二〇〇人が演じ公平に審査され、在校生が前列を埋めていて、在校生までが審査用紙を持っていた。

 試験は公演舞台同様に行われた。

 確かに、劇団員の演技と比べると素人に毛が生えた位の演技だか、一人が二分程度のソロパートで自分の持っている力を受験生達は演じた。

 審査員は、決して上手い下手では無く、態度、動作、華やかさを見て将来の福岡ジェンヌを見ていた。

 若菜が用意されたパートは、

 「みて…あなたを信じて遠く離れたこの国に私は来たの…」をダンスと歌で約二分間演じきるパートだった。

 母は「もうそろそろよ。見てられない。」と手で耳と目を押さえ隠した。

 「次だぞ!」


 《妻から聞いた話だが初めて妻が緊張して、頭が真っ白になった場面だったそうだ。》

 

 若菜が会場を見ると、かすみ草を持った、おばあちゃん。

 おばあちゃん、ありがとう。

 しかし、若菜のパートが始まって一〇秒の沈黙が続いた。

 その間、若菜は、思い切りかすみ草の匂いを嗅いだ。

 場内は騒めきが聞こえた。

 

「♪みて…♪あなたを信じて遠く離れた…」

 会場内は若菜の短い演技に吸い込まれた。

 在校生からも「あの子、凄くない?清楚でそれに透き通る声…」

 会場は若菜の演技に魅了した。

 一人だけ、ダントツに目立っていた。

 桜木彩奈も若菜の演技を見るなり、

「花を添える娘役が男役を喰っている。

 在校生の中でも、彼女と対等に演じ切る男役はいないわ。

 男役と対等に渡り合えるのは福岡ジェンヌのトップの人達だけかも…

 素質だけなら娘役の華咲舞に引けを取らないわ…

 そして最後の受験生の男役に場内は注目した。

 島崎茜(一七歳)胸に赤い薔薇を付け、引きつける低い声とシャープで切れのあるダンス。

 場内が静まり返った。

 なんと言う子だ。

「この子も凄い。」

 二人は次元が違っていた。

 全ての受験生の演技が終えてた。

 合格発表は後日だったが、審査する側は予想に反して揉めていた。

「島崎茜は素晴らしかったわ。

 合格ね。試験の成績もトップだし。

 それと橋本若菜…

 確かに演技は素晴らしかったわ。

 でも、あの演技の始まる間はなんだったの?

 それに試験内容が酷すぎるし、前回の面接の時も自分を強く出していたわ。

 福岡歌劇団の中で協調して、生活していけるかは疑問なんだけど。」

 若菜を支持する人と疑問を感じる審査官が二つに割れた。

 その時、桜木彩奈が「あの子を入学させないと、これからの福岡歌劇団の成長はないわ。

 これから先、あの二人が上手く成長して競ってくれたら面白くなりそうよ。」

 

 またしても桜木彩奈の力で福岡歌劇団は若菜、茜を含む四〇人が合格した。

 

 

 

   七、沙月がいない?

 

 学校に行くと多くの生徒が若菜の周りに駆け寄った。

「凄いねー!超難関の福岡歌劇音楽学校に入れるなんて。」

「今年も四十倍だったんだってよ。」

 

「まぐれ、まぐれ!」

 若菜は席に着き、周りを見渡した。

 窓際を見たら沙月がいない。

 沙月の座っていた机も椅子もない。

 若菜は首をかしげ、

 「沙月は?」

 ダチの蘭は「誰?…沙月って?

 何言ってるの?そんな子いないよ。

 若菜、頭おかしくなってる。笑える〜。」

「沙月がいない?どう言う事?

 私達、一緒に遊んだじゃん!

 私を騙しているね!そんな、くだらない嘘ついたら、あんたら命が無いからね!」

 若菜は軍団にブチ切れた。

 蘭は、恐れながらも「本当だって、そんな子、本当いないよ。夢でも見てるんだよ。」

 若菜は冷静を取り戻した。

「ごめん。私、どうかしてるかも、」

 

 えっ…どう言う事?

 沙月はいないの?

 そんな事ない!

 若菜は家に帰り、おばあちゃんにも訪ねた。

「おばあちゃん、沙月って知ってるよね。

 真面目で清楚な子、おばあちゃんも感心してたじゃん。

 かすみ草みたいな子だって。

 私の最終試験にも来てくれたじゃん。」

 

「そんな子、いたかしら?…」

 

 若菜は、おばあちゃんに全てを話した。

「若菜は幻想を見たのね。」

「幻想?」

「沙月って子、このかすみ草に関係が有るって言ってたのよね。

 後で必ず話すって…私と一緒に沙月って子の、花を栽培していた前の家に行ってみないかい?」

 

 翌日、おばあちゃんと若菜は岡本花屋からかすみ草を下ろしてた住所を頼りに、沙月のいた家を探し当てた。

 そこには昔ながらの家で、周りは広い畑が広がっていた。

 家の前には軽トラが有り、まだ人が住んでいる感じで、二人は恐る恐る開いている玄関に入った。

 おばあちゃんが声を掛けた。

 「すみませーん、居ますかぁー」

 奥の方から声がした。

「はーい。どなた?」

 家の奥から出て来たのは五〇歳前後の女性だった。

「すみません。前、この家に沙月さんって子が住んでいたと思うんですが、知りませんか?」と若菜は訪ねた。

 その女性は、ビックリした表情で「何故、沙月の事を…?」

 

 その女性は沙月のお母さんだった。

「五年前、沙月は花の配達を手伝ってくれた時、交通事故で亡くなりました。

 花の栽培も手伝ってくれて、花の好きな子で…

 そして、福岡歌劇音楽学校にも入学が決まってた矢先に…

 一時は意識が戻って回復したと思ったんですが…

 その時、沙月は長い夢を見てたらしく、 沙月は手紙を書いて、何年後かに来る友達に渡すって…

 結局、渡す事は出来ず、娘は亡くなりました。」

 おばあちゃんと若菜は唖然とした。

 

 二人は沙月の写真が飾ってある仏壇に手を合わせ、沙月のお母さんに今までの事を全て話した。

 沙月のお母さんは、「沙月が意識が無い時、夢を見たのは、若菜さんの事だったかもね…」

 仏壇の引き出しを開け、二通の手紙を出して来た。

 一通は、かすみ草。

 もう、一通は薔薇と書いてあった。

 沙月のお母さんは、「おそらく若菜さんには、かすみ草の手紙を渡したかったと思うわ。」と言い、かすみ草と書いた手紙を渡された。

「すみません。中を開けていいですか?」

「どうぞ…沙月があなたに書いた、手紙ですから…」

 若菜は手紙を開けた。

 

   かすみ草

 【若菜、合格おめでとう。手紙でしか書けなくて、ごめんね!楽しい夢だったぁー。

 若菜軍団に入れて。おばあちゃんもやさしかったね!

 私の分まで頑張ってよ、私、ずっと応援するからね。

 困ったら、かすみ草に話しかけてね!

 若菜、楽しい思い出、ありがとう。】

 

 若菜は溢れ出す涙が止まらなかった。

 おばあちゃんは、

 「あの、かすみ草、こんな繋がりがあったのね…

 ずっと、沙月ちゃんは若菜の事を応援してるよ。

 そして、おじいちゃんも若菜の事を見てくれてるよ。」

 

「うん!」

 

 若菜は、もう一通の薔薇と書いた手紙が気になった。

 

 

   八、新たな生活。

   

「卒業しても、ずっと友達だよ。

 歌劇音楽学校卒業するのも難しいみたいなだから若菜、大明学園に転校して来ると思うけど。笑」 

 若菜は寮生活を送るため家を離れた。

「若菜、このかすみ草を持っていきなさい。

 必要なときだけに話しかけなさいね。」

 

 若菜は、かすみ草の効果が少しずつ理解してきた。

 話し出して清楚になるのは三時間。

 それも一日一回。

 切っても、不思議に次の朝には切った所から枝が伸び花が咲いている。

 

  

 若菜軍団のほとんどの子は大明学園に入学が決まって新しい生活がスタートした。

 

 福岡歌劇音楽学校は全寮制で二年制の私立学校だ。

 夜間は高校単位取得授業が福岡歌劇団から義務付けられている。

 音楽学校を卒業しても二年間は夜間学校で高卒資格も取らないといけない。

 毎日がハードな練習と一年目は予科生、二年目は本科生に上がるが進級試験も難しく音楽学校を去っていく生徒も少なくない。

 礼儀作法を学校のモットーにあげ、厳しい授業に耐え、将来の福岡歌劇団の舞台に立てる豊かな人間を育成していく。

 

 寮に着くと全国の各地から未来の福岡歌劇を夢見る少女達が集まっていた。

 みんな、選ばれただけあって清楚で上品でエレガント。

 若菜は、相変わらずのスタジャンの服にジーパン姿。

 若菜は浮いて見えたがそんなことを気にする若菜ではなかった。

 寮の部屋は四人部屋。

 山口県出身の三輪可奈(十八歳、娘役)

 長崎県出身の藤田理沙(十八歳、娘役)

 北海道出身の沢田雅美(十五歳、娘役)

 若菜を含めて同じ部屋が娘役で他の部屋も娘役と男役が一緒にならないようにしている。

 女性ばかりの寮でも異性を感じて誤ちが起きないように配慮しているのだろう。

 そして若菜の四人で初めての生活がスタートした。

 若菜は部屋に入るなり、「よろしくね!」と声をかけたが三人は目を合わせることなく「よろしく」とだけ答えた。

 感じ悪い!

 

 

 ここではもう競争が始まっているのだ。

 しかし、若菜を含め皆んなオッサン座りでくつろぎ、娘役の女らしさは全くなかった。

 

 そして入学式が行われた。

 会場に入ると在校生の先輩達が出迎えてくれた。

 優しい笑顔で若菜達を迎え入れてくれた。

 岡田校長より、「ここからがスタートです。しかし、舞台人はスタートはあってもゴールはありません。…」

 若菜は校長の話を聞き歌劇団に入った事を実感したそうだ。

 続いて新入生総代の島崎茜が壇上に上がり答辞が行われた。

 若菜は、はっと気がついた。

 あの子だわ!最後にヤバい演技してた子じゃん…

 あの時と同じく胸のポケットに赤い薔薇をさしメリハリよく男っぽさを前面に出した立派な答辞を述べた。

 入学式が終わると教室に戻り、一日のカリキュラムが配られた。A組(男役)B組(娘役)に別れ日舞、演劇、モダンダンス、バレエ、合唱、ピアノまである。終業時間は五時までだが若菜みたいに未成年は、夜間、高校卒業の単位取得授業が強制で行われる。

 

 厳しい授業が始まり、若菜は付いていくのが精一杯と言うか、早くも遅れを取り先生達の間でかなりの問題児になっていた。

 ダンスの松本先生とピアノの門倉先生が職員室で愚痴っていた。

「松本先生、聞いて下さいよ。

 橋本若菜って生徒、未だにピアノも弾けず、指一本を鍵盤を弾いて、目を離したら、一人でカエルの合唱を弾いてるのよ!」

「ダンスだって、一人、ズレてるし…

 まれにみる劣等生だわ。」

「夜に特別授業が必要ね…」

「でも、高卒の単位授業でも先生達は悪戦苦闘してるみたい…」

「……」

「しかし、不思議なのよ…。

 橋本若菜、演劇の授業だけは抜群の歌唱力と表現力で他を圧倒してるのよ。」

 

「島崎も演劇の時は凄いわ!

 でも、他の時は全然、目立たない感じなのよ。」

 

 

   九、決闘

 

 演劇では、男役は島崎茜、娘役は若菜が早くも頭角を現した。

 若菜は、全て演劇の時は、かすみ草の力を借りて胸ポケットに小さな、かすみ草を忍ばせていたが、しかし効果は一日のうちの三時間のみ。

 時間に制限され演劇の時しか使われないでいた。

 若菜は焦り始めた。

いつも、かすみ草の力を借りていても、前には進めない事は分かっている。

 若菜は必死に頑張って、寝る間も惜しんで勉強した。

 いまだに会話がない相部屋の四人だったが二段ベッド上から、すすり泣く鳴き声が聞こえた。

 北海道出身の沢田雅美だ。

 一五歳で親元を離れて二カ月、周りには強がているが厳しい授業で親や家族、友達の事を思い出しているのだろう。

 若菜は沢田を外に誘った。

「初めて、ちゃんと喋るね!

 私は帰りたくなったら福岡だから、すぐ帰れるけど沢田は遠いもんね…北海道なんだよね。

 私達、同級生じゃん!ライバルだけど

 舞台や授業を離れたら関係ないじゃん。仲良くしない?無理には言わないけど…。」

「…うん!ありがとう。本当は寂しかった…

 強がって生きていかないとダメだと思って、自分の甘い所を見せたくなかったの…」

「私達、可奈さんや理沙より年下じゃん。あの二人に甘えようよ。

 絶対、仲良しの方が楽しいし!」

 

 二人は手を繋ぎ、翌朝、可奈と理沙に「お友達になって下さい。」と可愛らしく頭をペコンと下げた。

 可奈は、「気持ち悪い!あんた達。そう言われて嫌って断るほど子供じゃないよ!」

 理沙も、「あんたらも、寂しかったんでしょ…実は私もだよ。よろしくね!

 私達、年上だけど同級生だよ。」

 可奈や理沙に若菜と雅美はいろいろな話を聞いたり教えてもらった。

 若菜は授業で学ぶ事より人生の先輩、カナや理沙の考えの方が自分が向上している気がした。

 

 そして、事件が起こった。

 演劇の授業が終わり、島崎茜は演技の余韻が残るのかヤクザみたいに胸を突き出し風を切って歩いていた。

 それを見ていた上級生から、茜は囲まれた。

 

「あんた!調子乗るんじゃないわよ!ちょっと演技が出来ると言って、いい気になってるんじゃない?」

 

「演技に先輩、後輩なんてないわ!殴りたかったら殴りなさいよ!」

 

 本科生達は目を合わせ、その場は収まったが茜に対する、イジメが始まった。

 すぐに本科生から予科生にも通達が回ってきた。

 内容は、【島崎茜を無視して辞めさせろ。】と書かれていた。

 女だけの世界は陰険で怖いものだ…。

 

 すぐに若菜の耳にも入ってきた。

 若菜は、すぐに行動に動いた。

 茜を呼び出し、話を聞いた。

「島崎さん…茜って呼んでいい?

 ちょっと話を聞いたけど、何で上級生にあんな事を言ったの?」

「何故だろう?何で、あんなこと言ったんだろう?私もよく分からないの?

 今、すごく怖い…」

 若菜は、ここに居る茜が、あんな凄い男役の演技が出来る人には見えない…。

 何故?

「あなたにも、責任があるのよ。

 分からないて言っても言った事は事実だよ。わかった!後は私に任せて。」

 

「何処に行くの?」 

「茜に、いちゃモンつけた上級生の所に行くのよ!」

「行ってどうするの?」

「話をするだけだよ!でも分かってくれなかったら…吊るし上げるけどね!」

 

「えっ…。

 橋本さん、私も行くわ!」 

「若菜って呼んでいいよ!

 でも一人で大丈夫!邪魔なだけ!」

「嫌!一緒に行く。お願い。」

「分かったよ!でも、退学になっても知らないからね!」

「うん。大丈夫。」

 茜は一回、部屋に戻りポケットに何やら赤い薔薇をさした。

 

 本科生の部屋を訪ねた。

 茜はまず、あの日の態度と上級生に対しての失礼な失言を謝った。

 もちろん、許す事なく、「ここじゃ先生達に聞こえるわ!

 寮を出て裏山に行きましょ!」

 本科生は、他の部屋からも仲間を呼び出し三十人が集まり裏山へと向かった。

 裏山に着き、若菜と茜は一五人から囲まれた。

 若菜は、「先輩達、卑怯じゃないですか?サシで喧嘩出来ないなんて先輩達って、大した事ないですね!」

 若菜は火に油を注いだ。

 茜は胸に刺した薔薇に何かを言ってる。

 急に目つきや表情が変わり「悪いのは、私よ。本当ごめんなさい。でも、私達を甘くみてたら知らないわよ。

 文句があるんだったら出てらっしゃい!」

 本科生は、若菜と茜の迫力に尻込みした。

 その場の二人の雰囲気は殺気があり背筋が凍る舞台のような感じであった。

 

 その後、すぐに、可奈と理沙がやって来た。

 可奈と理沙は

「ごめんなさいね!あの二人、若いから…」

「生意気かも知れないけど、皆んな可愛いのよ。私達は高校卒業してここに来たから、本当、妹みたいなものね!」

「君達より、一つ年上かな?でも、ここではもちろん、あなた達が先輩!」

「どうか、二人を許して下さい。」

 可奈と理沙は本科生に土下座をした。

 「……。

 分かったわ。人生の、先輩には逆らえないわ!ごめんなさい。」

 本科生のボス格、岩井智子がカナと理沙に手を差し伸べ起こした。

 岩井は、若菜と茜に、「ごめんな!二人に、これだけの人数で…恥ずかしいわ!

 でも、二人の立ち回りは迫力満点!まったく太刀打ち出来なかったわ!

 人生の先輩達が来なくても、私達、負けてたわー。」

 

 《若菜は当時を振り返って、さすがに、あの日は福岡歌劇学校を辞める覚悟で挑んだ闘いだったそうだ。》

 

 そして、茜に対するイジメも無くなった。

 

 

 

  一〇、茜も??

  

「若菜、そう言えば、何で娘役を選んだの?」雅美は部屋で尋ねた。

 可奈と理沙も、「そうよ。日頃から男っぽいのに」

「演技じゃ娘役なんて、無理してないの?」

「この前の時、迫力あったよー!

 どっちでも出来るんじゃない?」

 

「無理、無理、一つの事でも出来ないのに無理ですよ〜。」若菜は笑ってごまかした。

 

 若菜は、茜の胸に刺した薔薇が気になっていた。

 あの薔薇、もしかして…

 あの時、沙月が残した、もう一通の手紙に書いた薔薇の文字…

 私の持ってるかすみ草と茜の薔薇、何らかの関係があるのかしら…。

 茜は普段は、妙に女ぽいのに…急に情熱ぽい男になる…

 私と逆…?

 あの、沙月が残した手紙は茜の薔薇?

 もしかして、沙月と茜も何か繋がっているかも…

 翌日、若菜な茜を呼び出して、それとなく尋ねてみた。

「茜、ちょっと聞いていい?

 持ってる薔薇、匂いを嗅いだら男っぽくなるんじゃない?」

「……何で?」茜は困った顔で何も答えなかった。

 若菜は、自分の事を全て話した。

「私ね、おばあちゃんにかすみ草をプレゼントしてから、かすみ草の匂いを嗅いだら女っぽくなるんだ…今、実はその力を借りて演技してるの…かすみ草の力を借りないと娘役なんて出来ないの…

 茜も、もしかしたら、薔薇の匂いを嗅いだら男っぽくなるんじゃない?」

 

「……違うわ!私の実力よ。

 あなたみたいに、かすみ草の力を借りるほど私は弱くないわ。」

 

 その日以来、茜は演技に精彩がなくなり、素人以下の演技になっていた。

「茜さん、どうしたの?

 このままじゃ男役なんて無理よ!

 しっかりしなさい!」演技指導の先生達からのお叱りがあった。

 若菜は強がってる茜に、もう一度話し合いをした。

「やせ我慢はやめたら…

 きつく言うけどね、今の茜は何の魅力もないわ!

 娘役になるんだったら別だけど…

 頼りなさいよ!薔薇に…

 私は自分が成長するまで、かすみ草に頼り続けるわ!

 それが私にとって沙月との約束だから…」

 

「沙月…?

 沙月、知ってるの?若菜…」

 

「茜も沙月を知ってる?」

 

「うん…私、門司に住んでいた時に、二年前なんだけど中学三年生の時、突然、転校生で沙月はやって来たの…

 男ぽい子だったわ…

 私と性格が全く逆…で輝いて見えたわ。」

 

「えっ…

 私の知っている沙月と違う。

 沙月は、凄く、清楚な女の子だったよ…」


「そうなんだ…沙月も男役か娘役を演じていたかも知れないわね…

 友達のいない私に沙月は話しかけてくれてすぐに友達になったの…

 私の家にある不思議な枯れない薔薇の事を話したわ。

 沙月は微笑み、何かを知ってる感じだった。

 沙月は、その時、自信のなかった私に福岡歌劇団の事を教えてくれたの…

 私は凄く興味を持って男役の舞鶴翼に、はまっていったの…

 でも、その時はまだ、私には遠い世界…

 そして、私は他の高校に進んで沙月とは連絡が取れなくなったわ。

 そして私は、高校に入っても私は冴えない日々を過ごしていたの。

 でも、男の子達には人気あったみたいだけどね!

 ある時、何気に家に飾ってある薔薇の匂いを嗅いだの…

 すると私、急に男っぽくなって体から出てくるエネルギーが燃え出した気がした。

 忘れていた、歌劇団を思い出し、高校を中退して歌劇団を目指したわ。

 でも、薔薇の力を借りないと何も出来ない自分がいた。

 若菜から言われた時、私は咄嗟に嘘をついてしまったの…

 やっぱり、薔薇の力を借りないと今の私は何の魅力もない子なんだよ。」

 

「茜、私より一つ年上だったんだぁ…

 そして、私より先に沙月と出会っているって事?

 おそらく、その後に沙月は私と知り合ったのよ。

 沙月は、もう、この世にはいないわ…。

 それも、もう、七年前に…

 

 私と茜が見た沙月は、幻だったのよ。」

 

 若菜は、沙月の事をすべて、茜に話した。

「沙月の家に私宛の薔薇の手紙がある?」

 

「行ってみない?沙月の家に。」

 

 

   一一、もう、一通の手紙。

   

「あらっ…この前の若菜さんですよね…

 ちょっと見ない間に立派になった気がするわ。」

 沙月の母が社交辞令か、お世辞で言ったかは分からないが若菜は少し嬉しかった。

「沙月さんが残した、もう一つの手紙の相手を連れて来ました。

 同じ、福岡歌劇音楽学校の仲間で薔薇の匂いを嗅いだら男っぽくなるんですよ。」

 

「二人共、福岡歌劇音楽学校なの?

 沙月の思いが二人に届いたのね…

 それにしても、可愛い娘さんね…娘役なの?」

「島崎茜です。

 私、男役で頑張ってます。

 私は沙月さんに福岡歌劇団の良さを教わり、この世界に飛び込みました。

 父と私が母にプレゼントした薔薇が、ここで栽培された花と思います。

 若菜と同じで沙月さんが大事に育てた花だと…。」

 

「若菜さんと茜さんは、まったくの逆なのね!

 でも、沙月は自分が叶えられなかった夢を二人に託して応援してるかもね…」

 と言い、奥の仏壇から薔薇と書いた手紙を茜に差し出した。

 

   薔薇

   

 【茜、この手紙はあなたの目には触れないかも知れないけど あなたの清純さと、薔薇の力を知った時、あなたは凄いパワーを手に入れる事が出来るわ、上手く使えば、どんな道に進んでも、絶対、成功するから諦めないで頑張ってね!。】

 

 茜も薔薇の力を借りて演技も元に戻り、予科生では秋に行われる文化祭に向け猛練習が行われていた。

 文化祭は講堂で行われ、初めて観客に披露する場だが、広い講堂では、一人一人の声や動作が分かりやすいので一人がズレていると、どうしても目立ってしまう。

 若菜は合唱の練習で音程がズレまくっていた。

 はっきり言って、かなりの音痴だ。

 朝から晩までボイストレーニングを行い、部屋の仲間や茜まで個人レッスンをしてくれた。

「そんな事、しなくても、かすみ草の力をかりたら大丈夫なんだけど…ねぇ、茜…」

「駄目よ!練習、練習!」

 

 文化祭当日

 一年目の予科生は音楽会のプログラムを配ったり、本科生の衣装の手伝いなどで大忙し。

 一部は歌、二部は芝居、三部はダンスと本科生が中心で予科生は舞台のお世話やバックダンサーで参加し本科生を盛り上げる。

 しかし、一部の歌では予科生のコーラスが入っている。

 若菜は毎日の個人レッスンと、何よりも、かすみ草の力を信じて自信満々だった。

 受付の入り口でプログラム販売を慌ただしく笑顔で働き一部が始まる舞台裏に戻った。

 一部では、まだ本科生の日舞を披露していた。

 若菜は、やっと落ち着きを取り戻し、胸ポケットのかすみ草を確認した。

 

 「あれっ…な〜い!」

 その声は舞台まで聞こえる声だった。

 舞台にいた本科生達は若菜の方を睨みつけた。

 本科生達にとって文化祭は二年間の集大成で日々の過酷だった練習を人前で初めて披露する最初で最後の場だ。

 幸い若菜の声は客席には気付かずに済んだが、周りは呆れ果てていた。

 予科生のコーラスでも若菜は音程を外すのを恐れて口パク…

 バックダンサーでは皆んなの個人レッスンの効果があり、何とかその場をしのげた。

 文化祭は本科生達の華麗なステージで観客は酔いしれ沢山の拍手で幕を下げ無事に終わった。

 しかし、もちろん若菜は先生や本科生達からキツい大目玉を貰った。

 

 《その話の後は妻は多くを語ってくれなかった。よっぽと悔しかったんだろう…》

 

 しかし、若菜以上に酷かったのは、茜だ。

 コーラスでは、周りとの調和を取らず、男ぽさを前面に出しバックダンサーでは本科生並みに目立ち客席から拍手が起きる始末。

 

 恐らく、若菜もかすみ草を持っていたら同じ結末が待っていたかも知れない。

 

 

   一二、進級試験

 

 職員室では、若菜と茜の問題児二人の話になっていた。

 高橋先生(歌、担当)

「島崎茜には、がっかりしたわ…

 予科生の中ではダントツだと思ったのに

 あの場面で自分の色を出し過ぎるなんて…橋本若菜は、口パク…練習の時は最近、完璧に出来てたのに…」

 かすみ草の力である。

 門倉先生(ピアノ担当)

「島崎はピアノは完璧だけど橋本がね〜最近、やっと両手で弾けるようになったのですがスローなリズムで全然、皆んなについて行けないの…」

 ピアノだけは、かすみ草の力を借りても上手くはなれない。

 松本先生(ダンス担当)

「本当、島崎にはビックリだったわ!目立ち過ぎ…でも、橋本は多少ながら進歩してるけど、来年、本科生に進級するのは難しいかも…」

 高橋先生

「少し、気になったのですが二人共、歌のレッスン三時間しか持たないんですよ…

 橋本は急に態度が悪くなって男ぽくなるし、島崎は、急に、ナヨナヨして女ぽくなるし気持ち悪いの…」

「確かに、あの二人、何か変よね…」

「うん、 うん。」

「もしかしたら、島崎は娘役で橋本は男役の方が合ってるかも知れないわね…」

 

 文化祭が終わったが、それも束の間、進級試験が待っていた。

 進級試験、落ちる訳にはいかない!

 

 若菜は文化祭の失敗をバネに必死でピアノや日舞、ダンス、歌を徹底的に練習し、自分の努力が成果に繋がっていく事が肌で感じられ、死にものぐるいで努力をした。

 

 《若菜は人生初めて何かに向かって走る楽しさを解ったそうだ。》

 

「毎年、数名の脱落者が出ますが、橋本さんは脱落者のボーダーラインに確実に入ってますね〜」

「でも、入って来た当初と比べるとピアノも周りに合わせるレベルになってきてるし大した根性よ。他の日舞の方もかなり上達してるそうよ。学業の方も… 問題はダンスと歌ね…

 上手い時はダントツに上手いのよ。

 歌も踊りも…でも、長時間、練習になったら疲れからか、女性のしなやかさが無くなり雑になるのよね。」

 

「今年は一人の脱落者を出さないように私達も頑張りましょ。」

 

 そして、年が明け、久しぶりに実家に帰って来た。

 両親は若菜を見るなり成長を感じた。

 以前は玄関から入ったら靴はバラバラで時には裏返ってる。

 しかし、今は膝をつきながら靴を並べたり、学校での集団生活が身についていた。

「お父さん、お母さん、ただいま〜おばあちゃんは?」

 喋り方は以前と変わっていなかったのは、母の和美にとって、何故か嬉しかった。

 テーブルで家族と久しぶりの食事をした。

 父は「歌劇音楽学校て厳しいだろ…ちゃんとやってるのか?」

「そりゃ〜厳しいよ。歩くのだって胸を張って腕をふり、曲がる時だって直角だよ。」

 母も「そんな訓練みたいな事、若菜に出来たの?発狂したり、投げ出したりしなかった?」

「発狂?…あははっ、笑える〜慣れ慣れ。

 結構、私って順応性が高いんだよ。

 おばあちゃん、元気だった?」

「わたしは元気さ!

 でも、人間て変わるものね…まだ、始まったばかりだよ。

 どんどん、上を目指しなさい。

 私が元気なうちに福岡歌劇団のトップスターの娘役になって観に行きたいわ。

 男役でもいいわよ。スター、オリオンの舞鶴翼みたいになって貰いたいわ.」

 やっぱり、家族は楽しいし暖かい。

 若菜は、実家を離れて当たり前だった以前の生活を噛み締めていた。

 家族っていいな…

 

 若菜は久しぶりの家族との再会でパワーをもらい本科生になる進級試験を行った。

 まずは日舞だ。

 若菜はかすみ草の力を借りず、扇子一本で若菜は表現して舞った。

 

「いいんじゃない?ちゃんとあの子らしさが出て表現が出来てるわ。」

 

 続いてピアノ。

 最初は、めだかの学校を片方の指で弾いてた若菜が今は楽譜を見てどうにか弾けるまでに成長した。

 今回の課題曲はフランチェスコ・パオロ・トスティのセレナータ 

 何箇所が失敗は有ったもののどうにか、合格ラインを超えた。

 問題は、歌とダンスだ。

 ダンスをしながら歌を歌うので同時に審査が行われる。

 若菜は、かすみ草を頼った。

 ポケットにかすみ草を入れ、大きく深呼吸しかすみ草の匂いを嗅いだ。

 以前とは違い、自然と若菜は変わっていった。

 審査する先生達も若菜の歌とダンスに引き込まれていった。

 中には手拍子する先生の姿まで…

 

 そして若菜は進級試験で合格になり本科生に進む事が出来た。

 しかし、学業では数学と国語が欠点で再試験。

 さすがに両方とも同時進行は若菜にとって無理があったが、追試でどうにか進級出来た。

 そして問題が茜だ。

 日舞、ピアノは完璧。

 しかし、茜は最後まで薔薇を使わなかった。

 自分との闘いか、ライバルとして見ている若菜との闘いかは分からないが、歌とダンスは不合格で、三日後に追試が言い渡された。

 これに落ちたら、福岡音楽学校を去るか留年が待っている。

「茜、何で薔薇を、使わないの?

 このままじゃヤバいよ!」

「いつまでも薔薇に頼ってはいられないわ。いつ、薔薇が枯れるかも分からないのよ…

 若菜もこの世界、甘く見ない方がいいわよ。」

 若菜は、はっと…した。

 確かに、かすみ草は枯れてしまったら、私はおしまい。

「茜、そこまで考えてるんだ。強いね…」

 三日間、茜は努力を重ねたが、なかなか直ぐ出来る事ではない。

 結局、茜は薔薇に頼ってしまった。

 

「やれば、完璧に出来るのに、不思議な子ね…」

 先生達も頭を抱えていた。

 

 若菜も茜も、この一年間、かなりの努力で頑張ったが歌劇団になる道は、決して甘い世界ではない。

 先輩の本科生のほとんどは福岡歌劇団に入ったり、中には芸能界から誘いがあり、違う道に進む本科生もいる。

 福岡歌劇団に入ってもスターになるのは一握り。

 本科生になり一年間で自分に合ったポジションが見えてくる。

 初めてはトップスターを夢見て入った人がほとんどだが、二年間に自分立ち位置が見えてくる。

 本科生達は、得意な分野を発見して自分の夢を叶える為、日々努力を重ねてきた。

 決して目立つポジションでなくても歌劇団の誇りを失っていない。

 

 そして本科生の卒業式が行われた。

 一年違いだが本科生は輝いて見えた。

 予科生には厳しかったが本科生は愛情があった。

 以前、若菜と茜が揉めそうになった本科生達に挨拶に行った。

 桜の花が満開に咲いた木の下で…。

「先輩、頑張って下さいね!」

 先輩達は、若菜と茜を強く抱きしめて、

「私達もだけど、これからだよ!

 まだ、始まったばかり。

 でも、あなた達二人はトップになれる素材よ、目を見たら分かるわ。

 お互い頑張りましょうね。」

 そして本科生との涙の卒業式が盛大に行われた。

 

 

   一三、文化祭。

   

 今年もトップスターを夢みる新入生が入って来た。

 若菜達は本科生となり歌劇団になる階段を、もう一歩、進み出した。

「見ていられないわ!

 あのダラダラした歩き方!」

 若菜は予科生達にイラだっていた。

 雅美は、「若菜だって最初は酷かったよ…凄く目立ってた。

 最初はあんなもんよ。

 これから、地獄の特訓が待ってるけどね〜」

「私、もしかして、あれ以上?」

 

 《妻は昔から自分の言動に気付かないタイプだった。》

 

 雅美も福岡生活にも慣れ、布団の中で泣く事も無くなり、年上の可奈や理沙がお姉ちゃん代わりに優しくしてくれた。 

 しかし、若菜には、母親代わりで厳しく躾けられた。

 

 《本当に面倒見の良い二人だったって、ずっと言っていたなぁ…。》

 

 しかし、それ以上に本科生は過激過ぎる特訓が待っていた。

 今年の文化祭は本科生が主体で行われるので、早くもチーム編成が行われた。

 と言ってもチームは一つだ。

 男役、娘役に分かれ、歌唱力のある子はエトワール

 ダンスの得意な子は少人数で踊るダンサー

 そして芝居は表現力のある子を抜擢し、早くも特訓が待っていた。

 職員室では男役と娘役の主役候補を考えていた。

「無難に行くなら娘役は三輪可奈かな?年上だし落ち着きもあるしね!

 男役は、島崎茜…いゃっ…やっぱり無理だわ!古賀百合で行きましょう。」

 文化祭に向け早くも特訓が始まった。

 若菜と茜は目立たない後ろのバックダンサーで配置された。

 二人は主役候補どころか劣等生だ。

 歌担当の高橋先生は文化祭で披露する課題曲を、本科生に任せた。

 歌劇団を夢見る気の強い個性的な本科生の中、若菜は歌やダンスは冴えないが本科生の中でリーダー的な存在になっていた。

「私ね〜…洋楽の曲、読めないし発音も分からないから無理だからね!

 日本の歌謡曲にしない?」

「だって、若菜、主役じゃないしバックダンサーだよ。

 また、今回も口パクでもバレないと思うよ。」

「なんだって!もう一回言ってごらん!」

 「ごめん…。」

 茜が突然、「私達、見えない糸で、ここ歌劇音楽学校に集まって来た気がするの…」

 周りは何を言ってるか意味不明だったが、若菜は、茜の言った意味を理解した。

 

 私達、二人は沙月の見えない糸に引き寄せられ今、ここに居る気がする。

 若菜が、「中島みゆきの糸にしない?」

 周りの皆んなも、

「中島みゆきの新曲の糸、凄くいい曲!

 私、毎日、ウォークマンで聴いてるよ。」

「決まり!私達の課題曲は【糸】に決定!」

 

「よっしゃ!」

 若菜は、中島みゆきの【糸】の曲が入ったカセットテープを高橋先生に持って行った。

 

 (♪…なぜ、めぐり逢うのかを私達は何も、知らない…)

 

「いいんじゃないの!面白いわ。

 でも最初は、いきなり娘役のソロから始まりだよね…三輪は責任重大だよ。」

 翌日より、主題歌の糸で猛練習が始まった。

 なかなか、皆んなの音程とダンスのリズムが合わない…。

 その時、岡田康夫校長(五六歳)が見学に訪れていた。

「駄目だ!

 最初の出だし、娘役のパワーが足りない!

 男役も前に出てない!

 目立たないんだよ。

 主役の二人!

 皆んなを引きつける物が無いから、皆んなが付いて来ない!」

 

 その後も何度も校長の前で演技を行ったが一向に校長を納得させる事が出来なかった。

 

 その時、若菜が、「茜、行っちゃう?」

「うん!」

 若菜と茜は校長に、

 「すみません!私達に歌わせて頂けませんか?」と高々と手を上げた。

「構わん!歌いなさい。」

 若菜は、かすみ草。

 茜は薔薇。

 胸ポケットに刺した、花の匂いを嗅いで、お互い目を合わせて糸の課題曲が流れ、リズムを取りタップを踏んだ。

 

 (♪…なぜ、めぐり逢うのかを、私達は、何も知らない…)

 

 岡田校長は、にゃっと笑った。

 そして演技が終わった。

 

「素晴らしい!

 周りも、二人に乗せられて変わったぞ!

 何と言う歌唱力だ!

 先生方には悪いが、何故、あの二人の歌唱力に気付かなかったのか?」

「あの二人、駄目な時は、本当に駄目なんですよ…。」

「それを育てるのが先生達でしょう。

 取り敢えず、あの二人に主役は決定だ!」

 

 若菜は、部屋に帰り、三輪に頭を下げた。

「ごめんなさい!可奈さんの主役を…」

「…馬鹿ね!そこで謝られたら私、恥ずかしいじゃん!

 もっと、人の気持ちも、お勉強しなさい。

 でも、明らかに若菜の方が上だよ…

 あの演技を見せられたら太刀落ち出来ないわ。」

 

 可奈と理沙と雅美は笑顔で若菜を抱きしめてくれた。

 そして、若菜、茜を中心とするチームが結成された。

 

 茜の母も明日の文化祭を楽しみにしていた。

 「いよいよ明日、茜の文化祭ですね。

 あなた、お仕事の都合はつきましたか?」

 

「たかが文化祭で仕事を休めるか!

 ただの学園祭だろ。くだらん!」

 

「歌劇音楽学校の文化祭って言ったら、茜達の二年間の総決算ですよ。

 元歌劇団出身の女優さん達も、たくさん来られるそうですよ。」

「あの大女優の香山千里も来るのか。」

「来るかも知れませんよ。それより、茜は男役の主役に抜擢されたんですよ。

 大女優より茜と思いますけど…。」

「茜が主役?

 分かったよ。仕事、休んで行くよ。」

 本当、来るんだろうなぁ…香山千里…

 

 文化祭当日

 予科生達が場内のセッティングをしたり受付でお客様を誘導したりと慌ただしく働いていた。

 予科生や本科生の家族は、この一年、娘の成長を楽しみにして、広い会場の多くの客席が埋まっていく。

 茜の家族も客席にいた。

 茜の父は、キョロキョロしながら、「香山千里は何処にいるんだ?」

「きっと、特等席で私達には見えない所に、いるんですよ。」

 「……。」

 

 若菜の家族も客席についた。

 おばあちゃんは、すでに涙を流している。

「あの若菜がねぇ…それも、演劇で主役なんてビックリ!

 生きていたら、こんな素晴らしい事も有るんだねぇ。」

 その時、若菜と茜は、会場を覗くと、ある人物に気づいた。

 会場の隅に沙月の母がいた。

 沙月の写真を持って若菜と茜のステージを我が子のように待っていた。

 

 《若菜は、あれだけの観客がいる中、茜と私は何故かすぐに気づいたそうだ。

 沙月のお母さんの所だけが輝いて見えたって言ってたなぁ…》

 

「茜、最高の演技、沙月に見せてあげようよ!」

「うん!」

 

 そして、若菜はかすみ草、茜は薔薇の匂いを嗅いだ。

 

 本科生は、最後の打ち合わせを終わり会場の幕が上がるのを待っていた。

 まずは一例に並び、若菜と茜はセンターにいた。

 一番、心配なのは、先生達だ。

「本当に大丈夫?大きな賭けだわ…。

 胃が痛い!」

 

 幕が開いた。

 例になった本科生は、肩を組み、華麗な曲に合わせ右足を天まで高く突き上げた。

 全員が狂いもなく揃って、皆んな笑顔で楽しんでいる。

 会場から割れんばかりの声援と拍手が送られダンスコンサートは終了した。

 引き続き二部の日舞、日頃の成果が試される。

 若菜は全て、かすみ草の力を借りた。

 完璧だった。

 タップダンスも確実に決めて最後は演劇だ。

 もちろん、主役は男役、茜。

 娘役は若菜だ。

 茜は、赤のタキシードに、リーゼントで髪を固め、若菜は白のドレスで二人は手を握り、動きを停止して曲の始まりを待った。

 【糸】の曲が流れて、歌が始まり、若菜は、透き通った天使のような歌声で演劇はスタートした。

 客席からは、次第に声援から騒めきに変わっていった。

 「なんて美しい声、そして清楚な振舞い」

 

 続いて茜だ。

 低音ボイスの効いた声で会場のボルテージは最高潮になった。 

「なんて会場を響き渡る声なの…」

「カッコ良すぎ!素晴らしいわ。」

 

「凄すぎる!あの二人…」

「本当の歌劇を観に来てるみたい!」

 

「たった、二年の間に、こんな演技が出来るなんて…」

 

 若菜のおばあちゃんは、キョトンと放心状態だった。

「信じられないわ…」

 

 若菜の父もカメラのシャッターを押しまくっていた。

「凄いぞ!若菜!」

 

 

 二人は最高の舞台を終えた。

 会場は、スタンディングオペレーションが鳴り止まなかった。

 本科生は会場の観客に最高の笑顔で手を振り、一つのミスもなく、今までにない、最高の文化祭で幕を下ろした。

 会場の隅で、沙月の母は、涙を流しながら、最後まで拍手を送ってくれた。

 

 舞台裏で、現在、福岡歌劇団で活躍中の男役、舞鶴翼(おばあちゃん大ファンのスターオリオン男役)と華咲舞(スターオリオン娘役)が会場に訪れていた。

 

 そして、この成功で二人の演劇への進む道が大きく変わる事になるとは誰も予想はしなかった。

 文化祭も終わり、日常的な生活に戻ったが

若菜にとって、まだ、落ち着く暇はない。

 高校卒業単位取得授業に追われる毎日だ。

 若菜達、中学卒業組は音楽学校を卒業しても、残り二年間は学業生活が待っている。

 

 

   一四、修学旅行

 

 若菜達が廊下を歩いていると、久しぶりに見た顔が…桜木彩奈だ。

 若菜達の面接官を務めていた元福岡ジェンヌのスターだ。

「久しぶりね!面接以来ね。

 特徴あったからよく覚えてるわ!

 頑張ってる?

 辞めてないで安心したわ。頑張りなさいね。」と、にやっと笑いながら職員室に入って行った。

 職員室には、岡田が桜木を来るのを待っていた。

「やっと、来たか!私を呼んどいて…」

「ごめんなさい…。私だって忙しいんですよ。

 福岡ジェンヌを引退して映画や講演、バラエティまであって…」

「最近、凄い勢いだな。

 ところで用とは何なんだ。」

「橋本若菜と島崎茜の文化祭のビデオ観させて貰ったわ。

 確かに素人の域を超えていたわ。

 しかし、まだ、伸びしろが二人にはあるわ。いずれ、舞鶴翼や華咲舞を脅かす存在になるかも…いや、それ以上…

 

 二人を舞鶴翼と華咲舞の付き人にと思いまして…

 もちろん男役の舞鶴翼は島崎茜

 娘役の華咲舞は橋本若菜。     

 四六時中、二人の身の回りの世話からマネジメントまで全てやって貰うわ。」

「いつからなんだ。付き人は…島崎は、あと一年、高卒の単位が残ってるし橋本は二年も残ってる。その間はどうするんだ?」

「夜の授業だけは行かせましょう。

 ずっと付いていたら翼も舞も、うっとうしいだろうし…

 二人は卒業してからでも、構いませんわ。

 しかし、付き人生活の間は舞台には出さないように、翼と舞には言ってる。」

 

「出さないだと…あの二人の歌唱力やダンスを観ただろう。」

「だから、舞台には出さないのよ。」

「お前達の考えは、よう、判らんわ!好きにせい!しかし、潰すんじゃないぞ!

 あの二人は金のなる木なんだ!私が発掘したんだぞ!渡したくない…

 私は、来年、ここの校長を譲り、福岡歌劇団の社長の椅子が転がって来そうなんだ!

 あの二人は私の物だ!」

「役者有っての経営者じゃないの?

 器の小さい事言っていたら、今度の株式総会で岡田校長の社長就任、反対してもいいんですけど…」

 「……」

    

 福岡音楽学校の最後の行事、皆んなが楽しみにしている修学旅行だ。

 行き先は北海道。

「雅美、やっと北海道に帰れるね!」

「修学旅行、北海道とか嫌だなぁ…

 帰れば、いつでも来れるもん。

 でも、広いし若菜達にも、北海道の大自然を見せたいなぁ〜。

 メロン最高に美味しいしトウモロコシだって生でも食べれるんだよ。」

 食に目のない若菜は、修学旅行を楽しみに日頃のレッスンに励んだ。

 

 広がる大地を眺めながら、観光客が大勢いるさとうきび畑にバスは止まった 。

 周りの観光客は、きっと滑稽に映っただろう。

「凄え〜景色やん!」

 「橋本さん!言葉使い気をつけなさい!

 誰が見てるか分からないのよ!」

 「はーい!すみません…」

 

 本科生達は、ばっちりしたメイク、背筋を伸ばし腕を振り一列で歩いている。

 

 《若菜が話していたが、私達は当たり前の事でも、世間からしたら別世界。何にも恥ずかしくなかったわ!なんて言ってたなぁ…

 プライドが誇りなんだろう。

 若菜は音楽学校で更に、強くなったって言ってた。》 

 

 クラーク像の後ろに並んで全員が右手を青空に突き出して、像と同じポーズを取り写真撮影を行った。

 すると本科生の周りに大勢の観光客が集まり瞬く間に観光客が写真を撮り始めた。

 もはや、クラーク像より本科生の方が目立っていたかも知れない。

 

 先生達は、人に見られても、絶対、恥じない格好でいなさい。

 と常々言っている。学校の品格もあるが、彼女達はスターの卵なんだ。

 

 観光地を巡り、旅館に着いたら、早速、枕投げだ。

 格好は大人だが、彼女達は、まだまだ子供。

 松本先生がゆっくり扉を開け、大声で、

「お前達、いい加減にせんと、置いて帰るぞ!」

 

 本科生は、大声でもビビったが、何より、日頃、おしとやかな松本先生の暴力的発言に本科生の皆んなが腰を抜かした…。

 

 毎日のレッスンも忘れ、若菜達は修学旅行を楽しんだ。

 しかし、帰って来てからは、卒業試験のバレエ、ピアノ、ジャス、タップ、そして演技、お化粧まである。

 歌劇団に入れば、新人はメイクさんもなく自分で行う事になっている。

 最初の頃は、皆んな正月に遊ぶ、福笑い並みの化粧だったが日々の練習で男役は凛々しく娘役は可愛らしく化粧が出来るようになった。

 《若菜は人は努力で何でも出来る。

 自分が物覚えが鈍い分、寝る時間もけずり、卒業試験に挑んだそうだ。

 そして、この二年の間に人生でいろいろな経験をして成長出来たんだ。

 と言っていた。

 だから、怪物に進化したんだろう…》

 

 

   一五、それぞれの道

 

 若菜は、かすみ草の力を借りず、ピアノ、ダンス、タップなど周りの予想をはるかに上回る成績を残した。

 そして最後の演技…

 若菜は無理せず、かすみ草の力を借りた。

 

 《さすがに演技だけは、かすみ草に頼らないと無理と若菜は気づいていたみたいだ。》

 

 茜も薔薇の力を借り、卒業試験では二人はトップで卒業試験が終了した。

 卒業生の大半は福岡歌劇団に進むが中には引き続き、音楽を勉強する為、音大に進んだり、芸能界にスカウトされる子もいる。

 若菜と茜も何度か、スカウトに声を掛けられたが断っていた。

 理沙は、某プロダクションにスカウトされ、芸能界入りを決断した。

「理沙さん、夢だった福岡歌劇団を諦めても良いんですか?」

「諦めたんじゃないよ。

 近道したいだけなのよ。

 いずれは、歌劇団から芸能界に進む予定だったしね…

 それに若菜の演技見てたら、違う道で闘ってみたくなったの!

 進む道は違うけど負けないわよ!」

 理沙は笑って言った。

 

 《のちに理沙は芸能界ではブレイクしなかったが、福岡民放のリポーターなどでテレビをつけると見ない日は無いくらい活躍していたなぁ〜。》

 

 若菜は、校長室に呼ばれた。

 雅美は心配して、「若菜、なんか悪い事した?

 暴力を振るったとか…

 卒業取り消しになったら大変だよ!」

 

「出た!雅美の妄想劇にはついて行けないわ!

 でも何にも問題、起こして無いけどなぁ…

 取り敢えず、行って来るわ!」

 

 理事長室に入ると、そこには、岡田校長と桜木彩奈がいた。

 岡田校長は、「橋本若菜君はもちろん、卒業後は福岡歌劇団に入るんだよね。」

 

   「は、はい。」

 

 「私も今年から君達と同じく福岡歌劇団に行く事が決まった。

 ここの校長から歌劇団の社長に辞令が出たんだ。

 そこで、将来のスター候補の育成に力を入れないといけない!

 橋本若菜君、あなた、華咲舞の付き人で二年間、勉強しなさい。

 そして、華咲舞の持ってる全てを自分の物にして来なさい。」

 桜木は、唖然とした。

 自分が持ち掛けた話を岡田校長は、いかにも自分が思いついたかのような発言で、桜木は若菜に返す言葉が無かった。

 最後に桜木は、「二年間、付き人の間は、福岡歌劇団のステージには、出れないのよ。

 華咲舞を全力でバックアップするのが、あなたの仕事よ。」

「えっ…私が、華咲舞さんの付き人ですか?そして、私はステージには出れないのですか?」

「そうよ…」

 《若菜は、その時は、桜木を恨んだそうだ。

 おそらく、桜木も心痛めての発言だったと思うが…》

 

 その後、茜も校長室に呼ばれ、同じ内容で舞鶴翼の付き人の話がされた。

 茜もショックを隠しきれず、自宅に電話を入れた。

 母は、留守だったので父親が電話に出た。

「私、卒業したら、歌劇団の舞鶴翼の付き人にならないか?って言われたの。」

「付き人だって!

 やっぱり、いい大学を出て、公務員とかになった方が良かったんだ…。

 歌劇団なんか夢みて、結局は人の世話か…

 文化祭の時は、茜に期待したんだけど…

 付き人って、歌劇団の男役をしている舞鶴翼か?

 分かってたよ。

 お前が選んだ道だ…

 任せるよ。

 

 しかし、付き人してたら、あの香山千里と、何かしら接点が出来るなぁ…」

 

「パパ、気持ち悪いよ…」

 

 

   一六、卒業式

   

 職員室では、卒業式の総代選びに悩んでいた。

「今年の総代は誰にします?」

「入学式は島崎だったけど…この二年間、山あり谷ありだったしね〜。」

「この二年間、仲間を引っ張って来た子はいるかなぁ…」

「引っ張って来た子ね…?」

 その時、松本先生は、

「引き連れて来た子は、居るわよ。

 いつも、彼女の周りは友達の渦、引き連れてるって言うより、皆んな、橋本若菜に何故か付いてくるのよ。

 現に私だって、彼女の魅力にひかれそうになるもの…。」

「出たぁ…。また、最後に大きな賭け!

 面白そうね!私も彼女の魅力に引きずられていたわ。

 挨拶、かなり怖いけど…任せますかぁ…」

 と門倉先生は笑いながら、今年の総代は若菜に決定した。

 

 《若菜は当時を振り返り、先生達は、学校の名誉より、自分達が卒業式を楽しんでるだけだと話していた。》

 

「えっ…わ、わ、私が総代…?」

 松本先生から卒業式に代表挨拶するカンニング用紙の手紙を渡された。

「書いた通りに挨拶しなさい!

 失敗は許されないわよ。」

 とは、言ったものの松本先生は絶対に書いた通りに言わないと解っていた。

 それに期待している先生達が、ほとんどかも知れない。

 

 

 そして、春の訪れと共に晴れて卒業式がやって来た。

 若菜は、その時、卒業式の代表で総代の挨拶を考える余裕なんて無かった。

 何故なら朝から自分でメイクをしたり紋付袴を着たりと慌ただしく時間だけが過ぎて行った。

「可奈お姉様、袴の着付け手伝って下さい。

 間に合いません!助けて下さ〜い…。」

 

「やれ、やれ…、私達の代表がこんな子で大丈夫?」

 理沙も雅美も笑い転げた。

「…」

 

 衣装は黒の紋付と深緑の袴で統一され、男役はリーゼントで固めた髪で、娘役はパールや花のモチーフの髪飾りを付けて卒業式の会場の門に集まった。

 そこには、福岡歌劇団を愛するファンが多数いた。

 若い層から年配の女性まで、警備員が配置される位に大変な騒ぎになっていた。

 ファンは歌劇団の新しいスターの卵を、今のうちから調べているのだ。

「あれっ…橋本若菜さんじゃない?」

「向こうは、島崎茜さんもいるよー」

「若菜さん、可愛い!」

「茜さん、カッコ良すぎ!」

「この前の文化祭、例年にない盛り上がりだったよねー!

 特にあの二人の迫力、絶対、将来のスターだわ!」

 文化祭に観に来てくれた人がいたり、ビデオが販売されたりした為、話題は広まり二人は、一気に歌劇団の中で一躍、有名になっていた。

 

 遠くから、茜が若菜に手を振って小走りに近付いた。 

「最近、忙しくて、あまり話が出来なかったね!

 あっという間の二年間だったね…

 若菜がいたから、私は成長出来たんだよ。

 でも、いまだに、薔薇の力を借りないと駄目だけど、でも今は、それでも良いと思うようにしたわ。

 少しずつでも、舞鶴翼さんの下で勉強しようと思う。」

「えっ…茜も舞鶴翼の付き人?

 私、華咲舞の付き人だよ。私達、どうなってるの?」

「ところで、今日の総代の挨拶大丈夫?」

「大丈夫だって!

 先生から貰った、挨拶のカンニングペーパーがあるし!」

 若菜はポケットに入れた先生から貰った挨拶が書いた手紙を探した。

「な〜い!寮のトイレに忘れてきた!」

「何故、トイレ?」

「トイレで暗記してたら…」

「もう、間に合わないよ。」

「まぁ、いいや!堅苦しくて、結局、覚えきれなかったしね!」

「若菜は強いね…」

 会場に、若菜達、本科生は一列に並び、卒業式の始まりを待っていた。

 予科生達の演奏で卒業式は開始され、卒業生は腕を振り予科生達が待つ会場内に入り予科生達からブーケを受け取りステージに上がった。

 岡田校長からの式辞で「壁にぶち当たっても、ここで過ごした、二年間を思い出したら、きっと乗り越えて行きます。

 私達は職員は、強い精神を貴方達に学ばせました。

 あなた達は将来の金の卵です…。」

 最後は、何となく意味が解らなかったが、温かい校長の式辞だった。

 

 

「続きまして、総代、橋本若菜の答辞。」

 若菜は、呼ばれ、卒業生達の前に出て、会場を見渡した。

 若菜は家族を探し、カメラを持ってる父の隣に、溢れ出る涙をハンカチで抑えてる、おばあちゃんを発見した。

 「おばあちゃん、見てる!

 私、ちゃんと卒業する事が出来たよ!

 これから先は、おばあちゃんが大好きな福岡歌劇団に入れるんだよ!」と、おばあちゃんに大きく手を振った。

 会場は、大笑いの渦になった。

 松本先生は、唖然として、

「やっぱり、やってしまった…。」

  若菜は、深呼吸してから話し始めた。

「私は、福岡歌劇団になる事を夢見て、この福岡歌劇音楽学校に入って来ました。

 この二年間は凄く、厳しく過酷なレッスンだったけど、私は楽しんだ!

 折れたら、終わりだもん!

 だから必死に闘った。

 そして、先生方も必死で闘ってくれました。

 だから、ここにいる四〇人、全員が卒業出来る事が出来ました。

 一番、ヤバかったのは私だけどね!(笑)

 歌劇団に進む人や違う道に進む人もいますが、みんな、ここにいた二年間は、辛く厳しかったけど、何年か先には、きっと良い思い出となり自分のステップアップになると思います。

 先生!二年間、ありがとうね!

 最初は、鬼かと思ったけど、凄く感謝してるよ!」

 会場は、笑いと大きな拍手が送られた。

  

 最後に若菜は、ブーケを持った右手を高々と掲げ、後ろにいる卒業生に目で合図を送って、

 

【"Boys,Be Ambitious"】

 と大声で叫び卒業生、全員も、その後に続いた。

 「青年よ大志を抱け!」と全員で叫び、若菜と同じくブーケを持った右手を差し出して、いっせいに天高く飛び上がった。

 そして、めでたく卒業式は終了した。

 

 会場は割れんばかりの拍手と歓声で最高潮を迎え、客席では、「あの子、娘役なのに、凄いパワーだったね。

 引き込まれたわ!これからの新しい、歌劇団のスターかも…!」

 観客も、これから始まる若菜の新しい時代を感じ始めていた。

 

 卒業式が終わると若菜達、卒業生の周りに予科生達が集まった。

「橋本先輩、答辞、凄く良かったです。」

「カッコ良すぎですよ!」

「最後、青年よ大志を抱け!て言って、ポーズ取って飛び上がったのて最初から決めてたんですか?」

「全然!全て若菜のアドリブだよ。

 それに私達は乗せられただけ!」

「先輩達も凄いですよ!一瞬で橋本さんのやる事、理解するなんて!」

「私達、二年間も一緒だよ。

 そして、この子の魅力に私達もハマってるもの」

「それにしても、橋本先輩、敬語、全滅でしたね!(笑)」

「なにぃ…貴様ら!!!」

「ごめんなさ〜い」

 そして、みんなに最後の別れを告げた。

 と言っても、ほとんどが福岡歌劇団に進むのだが…

 松本先生達は、「無茶苦茶だったが、橋本の答辞は、今までにない、最高のインパクトを残してくれたわ。

 どう、成長するか楽しみね…」

 

 

  一七、付き人

   

 福岡市内のワンルームマンションで若菜は始めての一人暮らしが始まった。

 とは言っても下の階には、茜もいる。

 今日から二人の付き人生活がスタートする。

 ピンポ〜ン♪

「若菜!起きてるー!

 急がないと、間に合わないよ!」

 

「起きてるって!

 服選びに時間がかかって!

 これでいいや!

 終わった!すぐ出る、待ってて!」

 

 歌劇音楽学校を巣立って行った同期の仲間は、早くも六月二〇日から始まる初舞台に向け、チーム分けが行われ、シリウス、ペガサス、北斗、カシオペア、オリオンに各自が配属された。

 もちろん、そこには若菜と茜の名前はなかった。

 二人は福岡歌劇座に到着し、周りを見渡した。

 改めて見たら、迫力満点の建物だ。

「茜、私達いずれ、ここで芝居するのね。

 」

「そうね…でも、ゆっくり観てる暇なんかないわよ。急ごう。」

 福岡歌劇座の中にある事務所に着き、社長室に呼ばれた。

 そこには、社長の机を撫でて、ニヤけている岡田がいた。

「また、会えたねぇ!

 どうだぁ!似合うかぁ?

 人は努力を重ねると、神様は、ちゃんと見てくれてるもんだ!

 君達も、華咲舞と舞鶴翼の全てを盗んで次世代のスターになってくれ!

 待ってるぞ!金の卵ちゃん!」

「は、はい…」

「は、はい…」

 そして、華咲舞と舞鶴翼が社長室に入って来た。

 初めて近くで見た若菜と茜は、二人のオーラに吸い込まれた。

 華咲舞(二八歳 本名 前田美智子)は、清楚でエレガントな雰囲気。

 舞鶴翼(三〇歳 本名 木戸小百合)は、背が高く、サングラスをずらして、鋭い目線で二人に、「よろしく!」と小さな声でつぶやいた。

 二人は、何故か、顔を赤らめた。

 華咲舞は、「こんな子が、私の付き人?

 私、全ての事を把握して、私の身の回りの世話をしてもらいたいの!

 こんな子で大丈夫?

 自分の事も、ちゃんと出来てないみたいだけど…。」

 若菜は、自分がスッピンだった事に気付いた。

「まぁー若いから通用するけど、服のセンスもゼロね!

 まぁ、いいわ!頑張って…」

 舞鶴翼は分かっていたが、岡田社長も含め若菜も茜も華咲舞の見た目とのギャップに唖然とした。

 

 舞鶴翼は茜を見るなり、「君は本当に男役なの?

 まぁ、いいや!」

 そして、二人の付き人生活がスタートした。

 華咲舞は、タクシーの中で一年間のスケジュールを渡した。

「こまごまなスケジュールの確認は事務所に一時間おきに連絡しなさい。

 そして、寝泊まりは、私の隣の部屋を貸すわ!

 食事は、カロリー計算もしてよね!」

 

「あの〜、私、住む場所あるんですけど…

 そして、料理の経験が……。」

 

「彼が来た時だけ帰りなさい!料理は一から勉強でいいわ!」

「は、はい…」

 彼がいるんだ…

 

 《若菜は初めて不安と緊張で胸が、張り裂けそうになったそうだ。》

 

 そして、タクシーが着いたのは華咲舞のマンションだった。

 二八階建ての高層マンションの最上階だ。

 部屋に着き、ドアを開けた。

 何だ…この部屋は…

 あまりにも、汚すぎる…。

 超高級な高層マンションの豪華な部屋を期待していた若菜だったが、あまりの散らかってる部屋に唖然とした。

「あのぉ〜…昨日まで、他の付き人さんが付いていたんですよね…。」

「そうよ!

 最初は、片付けてくれてたけど、付き人も疲れたみたい。

 他の事は、しっかりやってくれたから、我慢したけど…。

 あなたは、ちゃんと頼むわよ。」

 

「はい…。」

 

 華咲舞は明日から始まるスター、オリオンの公演があると言うのに、お菓子が散らばったソファで寝転んでポテトチップスを食べながら、昨日に録画されたであろう、お笑い番組を観ている。

「ぎゃははははっ!ウケる〜」

 

 この人、本当に福岡歌劇団のナンバーワンの娘役の華咲舞?

 カロリー計算?すでに、計算出来ないし…

 私、この人に憧れて、この世界に入ったのに騙された気分…。

 

 若菜はテレビを観ている華咲舞をよそ目に、半日がかりで掃除を終わらせた。

 夜、六時から音楽学校に戻り、夜間学校の授業が待っている。

 残り時間まで後、一時間、若菜は母から教わったスパゲティを思い出しながら作った。

 取り敢えず見た目は普通だ。

 若菜は一口、味見をした。

「マズっ…ケチャップ入れ過ぎで、パスタも茹で過ぎた…」

 怒られる覚悟でテレビを観ている華咲舞のソファの前にあるテーブルに差し出した。

 華咲舞は、テレビを観ながらスパゲティを口にした。

「結構、美味しいかも!?」

 「…」

 華咲舞は、かなりの味覚音痴だった。

 

 

 

  一八、舞鶴翼と茜

 

 若菜は、全てを終え、音楽学校に戻った。

 そこには、一緒に卒業した仲間達。

 久しぶりに会う連中。

「若菜。元気だった?」

 皆んな、声を掛けてはくれるものも、若菜は上辺だけの付き合いに感じた。

 周りの会話は、初舞台の話ばかり…

 そして雅美がやって来た。

「若菜、久しぶり!

 元気だった?

 みんな、初舞台で必死なのよ。

 そして、夜は夜間学校でしょ。

 今は、初舞台で皆んな、まとまっているのよ。

 皆んな、若菜にどうやって接したらいいか分からないと思う。」

  「久しぶりって言うのに、何か皆んな、冷たいよ…」

 「でも、皆んなプロになろうとしてるのよ…

 だから、若菜と茜の存在が怖いだけと思うわ。」

 その日、若菜は雅美以外、誰とも話さなかった。

 

 若菜は、華咲舞のいるマンションに戻ると部屋の奥のトレーニングジムで体を鍛えている華咲舞の姿があった。

 自転車を漕ぎ、台本読みながら発声練習をしている。

 時には、自分にキレて髪の毛を、ぐしゃぐしゃにしたり、発狂して叫んだりしている

 そこには先程、見た華咲舞ではなかった。

 若菜はドアの隙間から何かを感じ取った。

 これがプロなんだ。

 オン、オフの切り替えでこんなにも、輝いて見える。

 それにどんな偉大な人でも、日々の練習をしっかり積み重ねて舞台に立ってるんだと…

 しかし、若菜は、それどころではない。

 お風呂の用意や洗濯、まだまだする事が山積みである。

 全て、終わったのが夜中の0時過ぎ、寝具を持って来てないのでソファーで寝た。

 汚すぎる!華咲舞が寝転んでいたのでソファーを掃除するの忘れていた。

 お菓子の食べカスでいっぱいだ…

 若菜も疲れからか、汚いソファーで、朝まで爆睡した。

「橋本!いつまで寝てる!

 もう、六時よ!あなたは、四時には、起きてスケジュールの確認や朝食の準備、十一時が公演時間だから最低三時間前に楽屋入りしないと間に合わないの!

 朝食は、いいから自分の化粧しなさい。

 服は、私のを貸すわ。」

「すみません…」

 華咲舞は、すでに全てを終わらせていた。

 そして、若菜にコーヒーを入れてくれていた。

 すでに、華咲舞のスイッチはオンに入っている。

 八時にタクシーで福岡歌劇座に到着した。

 そこには、早くも多くのファンの姿。

「華咲さん、開演まで三時間以上あるのに、もう、開演を待って並んでるんですか?」

「そうよ!ファンは私達の公演を心待ちにしてるの。

 だから、絶対、失敗は許されないのよ。

 何年、経っても緊張するわ。

 逃げ出したい事もしばしば…

 あらっ…何であなたに、そんな事を話したんだろう…。

 さぁ、行くわよ!荷物、忘れないでね!」

 多くのスタッフ達が華咲舞の到着を待っていた     

「おはようございます!」

 さすが、大スターだ。

 到着するなり衣装室に通され、衣装係やメイク係が行ってくれる。

 若菜は、不思議に思いメイクをしている、華咲舞にたずねた。

「ここでメイクしてくれるのに、何故、家でも化粧するんですか?」

「当たり前でしょ。

 家から出た時から私達は、人に見られてるって事よ!

 あなたも日頃から気をつけなさい!

 服装も、ちょっとは、お金をかけなさいね!」

 若菜は、高いプロ意識に戸惑いを感じつつも華咲舞という女性に引き込まれて行った。

 

 そして、メイク室に舞鶴翼に連れて来られるように茜が後ろから付いて来ていた。

 若菜は、小さく手を振り茜も小さく、うなずいた。

 どうも、茜に話しかける雰囲気では、なかった。

 明らかに茜は怯えてる。

「翼、おたくの付き人はどうだ?」

「初日から寝坊。朝から、私がコーヒーを入れてあげたわ。

 でも、初日にしたら、まずまず頑張ってるんじゃない。」

「舞の付き人は?」

「駄目、駄目! ずっと、怯えてる。

 昨日、あの子に試したのよ!

 玄関に置いてる私のブーツ、ちょっと斜めにしたのよね。

 あの子、全然、気づかないで自分の靴だけ真っ直ぐにしたのよ!

 信じられる?」

 

「私もあの子も、確か斜めだったわよ。あの子だったら即刻クビね!

 翼は、几帳面過ぎるのよ!」

 

「びったれから言われたくないわ!」

 【福岡弁で、びったれとは?=だらしがない】

 舞鶴翼は、極度の綺麗好きの几帳面人間だった。

 茜も、どちらかと言えば几帳面な方だが、舞鶴翼は度を超えている。

 側から見れば、付き人いびりしか見えない。

 ただ単に、いびっているだけかも知れない…。

 だから舞鶴翼の付き人は、誰も一週間も持たないのだ。

「公演リハーサル入ります。」

 華咲舞と舞鶴翼は衣装室を後にした。

「島崎!スケジュールの確認と帰りのタクシー予約しなさいよ。タバコ臭いのとホコリがあったら、私、乗らないからね!」

「は、はい。」

 

「なんなのよ。あいつ!茜、悔しくないの?」

「悔しいよ。

 他の同期を見ていたら羨ましいよ。

 何で、私だけ?て思うの。

 あっ、若菜もだったわ…。ごめん。

 若菜は、今どうなの?」

「華咲は舞鶴と真反対。

 部屋は汚いし、家では気を抜きっぱなし、でも、突然、オフからオンになるのよ。

 私達が、花の匂いを嗅ぐようにね。」

 

「舞鶴も、そうなのよ。

 細かい事、言うわりには、発声練習したり、ジムに行ってる時は、服が乱れていたり、汗を飛ばしたり、床を拭こうとしたら怒るのよ。」

 「……。」

 そして、スター、オリオンの公演が開演した。

 若菜や茜が経験した、歌劇音楽学校の文化祭の規模とは、かけ離れた世界だった。

 六〇人のダンサーによる、歌とダンスのショーが始まった。

 一列なり、一糸乱れぬ足上げラインダンスだ。

 以前、おばあちゃんに連れられて、初めて観た、あの感動が今、また蘇った。

 そして、憧れだった人が近くにいる。

 自分が思い描いた人とは多少違うが…

 そして、男役、舞鶴翼と娘役の華咲舞が華麗な衣装でステージに出てきた。

 二人によるデュエットダンスに観客のボルテージは最高潮になった。

 若菜と茜も、鋭い視線で二人を観ていた。

 

 二部は、芝居だ。

 【風と共に去りぬ】の上演が行われ、主役の二人は場内を熱狂させた。

 舞鶴翼は、男らしい情熱とパワーを前面に出し、引き込まれる演技を、華咲舞は女性らしい清楚な動きだが体から溢れる魅力的な演技を披露した。

 公演は観客を魅了し、幕を閉じた。

 

「お疲れ様です!」

 「あー疲れた!帰りにポテチとコーラ買ってきてね!」と一万円を渡された。

 

 どうにか付き人生活にもなれ、華咲舞の性格がつかめてきた。

 大雑把で仕事のオフの日は、ただの怠け者。

 気前もよく、スター、オリオンの仲間達を飲みに連れて行く。

 もちろん、支払いは、華咲舞、持ちだ。

 飲みに行く時は、若菜は外で何時間も待たされる。

 しかし、華咲舞は、自分の着ない服やアクセサリーを若菜に好きに使わせた。

 おかげで、福岡歌劇団の少ない給料でも、全く使わず、お金が増える一方だった。

 華咲舞は、お金の価値が分からないのか、ただの馬鹿なのか分からないが、オンになった時の華咲舞は、若菜の手の届かない遠い存在だった。

 

 そして、舞鶴翼と言うと、超几帳面で、かなりのケチ…。

 ほとんどタクシーを使わず交通機関を使って福岡歌劇座に来ている。

 サングラスにマスク、いかにも怪しい。

 飲み会は、誘われたら行くが決して自分の財布は出さない。

 おそらく、おばあちゃんの大ファン舞鶴翼が、こんな性格だと分かれば、かなりのショックを受けるだろう…。

 取り敢えず、黙っておこう…。

 そして、若菜と茜は、飲み会が終わるまで二人で待っていた。

 それが、二人が会える唯一の近況報告の場所であった。

「茜、あんた!大丈夫?あんな、ケチ野郎に付いてて!」

「この前、電車賃を立て替えて、まだ返して貰ってないのよ。

 几帳面なのに、お金を貸した事だけ忘れるの!」

「なんぼ、貸したの?」

「二〇〇円。」

「……あんたも、セコイね…。」

「そうかなぁ…。

 そういえば最近、若菜って凄く、おしゃれ!」

「でしょ!全部、華咲の御古。」

「でも、凄く可愛い!いいなぁ〜。」

「私なんて交通費は、出さないといけないし、給料じゃ追い付けないよ!」

「でも、若菜と華咲さん、何かよく似てるような気がする。

 びったれな所とか。」

「うるさい!あんた達もよく似てるよ!

 セコさとかね!」

「わははっ…。」

 

 

  一九、それぞれの家族

  

「おーい!和美、最近、若菜から連絡あるのか?」

「全然、有りませんよ!

 こっちから何回も電話してるけど、全然、出ないのよ。

 私達より、おばあちゃんと話したいはずなのに。

 おばあちゃん、若菜が出ないって分かっていても毎回、スターオリオンの公演に行くんですよ。

 よく、毎回、行っても飽きない事ね!」

「いいじゃないか!趣味なんだから!

 俺も、若菜が出たら写真をいっぱい撮りまくるぞ!」

「グッズ売り場でプロマイドとか売ってるから、おそらく写真撮影は駄目よ。」

「そっかぁ…。」

 おばあちゃんは、毎日、若菜の幸せを仏壇で、おじいちゃんにお願いしていた。

「おじいちゃん、若菜を舞台に出してちょうだい。」

 

 若菜からの電話だった。

「お母さ〜ん!元気?おばあちゃんも元気?」

「皆んな、元気よ。お父さんもね!」

「あぁ…。携帯買ったんよ。

 ほとんど家に帰れないから用事があったら、ここに電話して!090ーxxxxーxxxx

 あっ…、おばあちゃんに代わって!

 おばあちゃん、元気にしてる?」

「若菜かい?元気だよ!ちゃんと食べてるかい?

 華咲舞は良くしてくれるかい?」

「うん。こき使われるけど、お陰様で掃除洗濯もやれるようになったし、料理だって、美味いって、言ってくれるんだよ。」

「若菜が料理?信じられないわ!それと、舞鶴翼は、カッコいいかい?」

「……うん。

 舞台に立つのは、まだ、先だけど頑張ってるよ!もう、時間無いから切るね!」

「おふくろ、若菜は元気だって?」

「あぁ、元気だってよ。」

 

 その時、茜は…

「お母さん、元気?セルラーの携帯電話、買ったの。本体0円だったから買えたのよ。」

「通話料は大丈夫? お金は有るの?

 困ったら言いなさいよ。」

「うん。生活はギリギリだけど心配しないで、これでも頑張ってるから!」

「舞鶴翼さんは、良くしてくれる?」

「地獄です…。」 

「電話は茜からか。」

「そうですよ。

 茜、お父さんと代わるね!」

「いや、もう時間ないからいいよ。切るからね。」

 

 何処の家も父親は、立場が弱い物なのか…?

「一回、茜の様子を見に行かないとなぁ。」

「あなたが行った方が茜は嫌がるかも知りませんよ。」

「何故だ。俺達は親子だぞ!」

「………。」

 

 そして、六月二〇日からの公演で同期、三六名の初舞台が行われる。

 シリウス、ペガサス、北斗、オリオン、カシオペアに各、七名ずつ別れ毎日、五チーム日替りの一ヶ月公演が行われる。

 スター、オリオンには、雅美がいた。

 スター、オリオンの公演は、四日目の二四日だ。

 順調に初舞台が進んで行く中、雅美達の初舞台が本日から行われる。

 福岡歌劇団に入ってはや、二ヵ月半、この初舞台に向け、歌劇音楽学校以上の訓練を行って来た。

 若菜と茜は、ステージの隅からしか、観る事しか出来ないが、同期の初舞台に感動しつつも、心からおめでとうと言う気持ちには、なれなかった。

 ステージの幕が上がると一列に揃いラインダンス、そこには一糸乱れず、堂々とした同期の姿があった。

 そして、新人の自己紹介の場所が用意されていた。

 新人七名、全員、芸名が付けられていた。

 雅美の芸名は姫乃飛香に決定した。

 

「第三六期生娘役の姫乃飛香です。

 北海道出身で慣れない福岡で二年間、歌劇音楽学校で学び、晴れて福岡歌劇団に入る事が出来ました。

 初舞台に向け、大変な練習を行い、やっと、ここの舞台に立てる事が事が出来ました。

 今、ここの舞台にはいませんが、私の友人二人が付き人として頑張ってます。

 音楽学校では、全く敵いませんでしたが、これから先、追い越されないように頑張りますので宜しくお願いします。」

 観客は雅美に盛大な拍手を送った。

 観客の数名のファンは、茜と若菜だと気づいた。

「あの二人、舞鶴翼と華咲舞の付き人になってるそうよ。」

「歌劇音楽学校の文化祭のビデオ見たけど、あの二人、凄かったもんね!」

「あの、二人見たかったなぁ〜。」

 舞台の隅にいた若菜は、茜に、「あいつ、私達に気を使ってくれて、自分の初舞台って言うのに…」

「ありがとう。雅美さん。」

 そして、雅美の初舞台は無事に終了した。

「翼、どうだった?今年の新人は?」

「まぁまぁね!目立った子もいないし、まだまだ安泰ね私達!」

 そして、一年の月日は経ち、二人は相変わらず忙しい日々を過ごしていた。

 周りは、茜の奮闘振りに関心するばかりだ。

「あの子だけよ。

 舞鶴翼の付き人で、一年もったのは。

 今は、舞鶴翼が何も言わなくても、察知して、行動してるそうよ。」

「舞鶴翼は、それが嫌みたいで、落ち度を探してるけど、完璧すぎ。

 今度は、周りに当たってるみたい!」

「標的がこっちに来たら最悪だ。」

 もしかして、茜は舞鶴翼より几帳面か、何処まででも気が効く性格なのかも知れない。

 若菜の方も、しっかり華咲舞の付き人をしつつも、最近では一緒にソファーに座ってポテチを食べ、やたら二人は仲が良くなった。

「おーい!若菜。

 明日、彼氏が来るから自分のマンションに帰りな!

 何か彼の方が面倒くさいのよねぇ!

 あんたの方が楽でいいや。

 取り敢えず、彼が来るまで掃除よろしくね!」

「福岡歌劇団て、お付き合いは禁止ですよねぇ」

「男を知らないと、いい演技できないわよ!

 あなたは、いい人いないの?」

「いません!」

    

 《若菜は、かすみ草を使う時が無いので頻繁にかすみ草の匂いを嗅いで掃除、洗濯、食器洗いをしていたが、しかし、食事は、匂いを嗅いでも、腕は上がらないが、相変わらず、味覚音痴の華咲舞は、腕を上げたねぇ〜と褒めてくれたそうだ…。》 

   

  

  二〇、思わぬ展開

  

 社長室に久しぶりに桜木彩奈が訪れていた。

「どう、社長の椅子は?岡田社長。」

「どうだ。似合うか?」

「社長、用件とは?」

「あの二人、もうそろそろ舞台に立たせても良いかと思ってるんだ。」

「橋本と島崎ですか?」

「そうだ。あの二人だったら必ず、トップスターになれる。

 今も、あの二人は癖のある華咲と舞鶴の付き人を上手くやっている。

 人間的にも、成長したと思うぞ。」

「しかし、社長。

 今、あの二人を舞台に出すのは、どんな、やり方で?

 普通に新人扱い?

 一気にトップに持っていく?

 それは、劇団員が許さないでしょうね!

 それにトップは固定されて、空いたポジションは無いはずよ。」

 

「アメリカに修行に出すかぁ…。」

「面白いわね!橋本が高卒の資格が取れた来年の四月位かしら…。」

「そうだなぁ…」

 若菜と茜がいない場で二人の今後が話し合われていた。

 茜は高卒資格を取り、舞鶴翼に付ききりだが、若菜は一八時より歌劇音楽学校で高卒資格の勉強中。

 華咲舞も応援してくれた。

「あんた、えらいね。

 私なんか、無駄な事はしないタイプだから歌劇音楽学校に行っても高卒の資格なんて取らなかったわ。

 でも、今考えると学歴って必要かもね。

 今の仕事を失ったら、私は何も残らないもの。

 彼に、結婚を申し込まれたのよ。

 返事はしなかったけど…

 今、この座は誰にも渡したくないの!

 私を超える人が現れるまではね!」

 

 福岡歌劇団の事務所に思わぬ来客が来ていた。

 手には沢山の、お土産を持ち事務所の女性が対応していた。

 舞鶴翼と茜がタクシーから降りて来た時、茜が、直ぐに気が付いた。

「あっ…。お父さん。」

 茜の父が走って舞鶴翼に、お土産を地面置き握手をして来た。

 舞鶴翼は、咄嗟に手を引いた。

 父はスーツで手を拭き再度、握手を求めて舞鶴翼は渋々握手をした。

「初めまして。茜の父です。

 娘が大変、お世話になってます。

 つまらない物ですが…」

 と、地面に置いていた、お土産を舞鶴翼に差し出した。

 舞鶴翼は手を震わせ、「も、もらう事は出来ませんので事務所の方に差し上げて下さい。」と言って、小走りで立ち去ろうとした時、社長室から岡田社長が近づいてきた。

「この方は?」

「茜君の、お父様だそうです。」

「そうですかぁ。

 茜さんは、頑張ってますよ。

 もし、宜しければ社長室までどうぞ。」

「つまらない物ですが…」と先ほどの、お土産を岡田社長に渡し、二人は何故か話が合い二、三時間は社長室から出てこなかった。

 それから、ちょくちょく福岡歌劇団に、茜の父は訪れるようになった。

「お母さん、お父さんに事務所に来る事をやめさせて!

 舞鶴さんも気持ち悪そうに見るのよ。」

「実はね、茜、お父さんリストラになって仕事クビになったのよ…

 せっかく部長まで上り詰めたのに…

 今になって、仕事から解放された感じで茜の事が心配になったみたいでね…

 いつも茜、茜てね…。」

 

「あっ!いらっしゃい。

 また、遊びに来たんだぁ。

 お父さん?」

「家に居ても、妻が煙たがられるもんで…

 社長さんも忙しいと分かってるが、ついつい。すみません。」

「いえいえ!私は、構いませんよ。

 お父さんと話してたら楽しいからね!

 ところで、お父さん、お仕事は?」

「実はですね……リストラに遭いまして…。

 長年勤めて結局はクビですよ。

 会社って冷たいですよ…」

「そうでしたか…それは、失礼な事を聞いて…」

「でも、社長に話して、スッキリしましたわ」

「ところで、何処の会社でした?」

「古山商事です。」

「あの外資系大手の古山商事だったんですか?

 じゃ、英語も、ペラペラで?」

「まぁ、多少は。若い時は、世界を飛びまくってましたわ。」

 

「……どうですか?

 もし良ければ、うちで、もう一度、一花咲かせませんか?マネージャーですけど…

 来年、ある二人をアメリカ修行に行かせようと思っておりまして、

 その二人は…、橋本と、お父さんの娘さんの島崎です…」

「えっ……。」

 

「取り敢えず娘さんには、内密にお願いしますよ。

 返事は、ゆっくり考えて下さいね!」

 

 「はっはい…。」

    

 何も知らない二人は、忙しい日々の中、付き人や身の周りの世話、そして舞台に立つ華咲舞や舞鶴翼の芸を盗み、飲み屋の前で二人で待ってる時は、自己流にアレンジした芸を二人で練習していた。

「若菜、私達、花の力を借りるのは、辞めない?

 実力で勝負したいの…」

   「分かったよ!でも、実力を披露する場はあるの?私達…」

   

   

  二一、初舞台

  

 若菜の高校卒業の単位取得も全て終了した。

 そこには、一緒に高校卒業の単位取得を目指していた仲間達も集まり晴れて学業での卒業式が行われた。

 仲間達は、すでに三年目を迎えようとしていた。

 周りは、若菜を気遣い舞台の話は避けていたが、若菜の方から皆んなに話し掛けていた。

「薫、この前、ちょっとミスったでしょ」

「誰も気付かれてないと思った。

 若菜、ちゃんと観てたんだ…。」

「観れる時は、ちゃんと観てるよ。

 あら探しでね!」

「若菜たらっ…でも、ありがとう。」

 

 そしてアメリカ修行の話は二人にとって突然、訪れた。

 二人は、福岡歌劇団の社長室に呼ばれ、そこには岡田社長と桜木彩奈、そして、その隣に茜の父、(島崎公平 五四歳)がいた。

 な、何で、お父さん…?

 岡田社長が、「君達は、今年の四月から、アメリカ修行に行かせようと思う。

 アメリカで、語学や風習を学び向こうでのエンターテイメントを盗んで来て欲しい。   

 そして新しい歌劇の風を日本に持って帰って貰いたい。」

 桜木彩奈が、「あなた達は、福岡歌劇団を代表して行って貰うの。

 向こうでの公演は全く予定に入れてないわ。

 全て、現地で探して、そこで収入を得る事よ。

 福岡歌劇団に泥を塗るような事はしないようにね!

 そこで、あなた達のマネージャー島崎公平と一緒に行って貰う事にしたの!」

 

「島崎公平です。

 あなた達のスケジュールは、私が全て管理します。

 私に任せて安心して下さい。」

 

「えっ…お父さんがマネージャー?」

「茜のお父さんなんですか?」

 

「頼もしいなぁ〜、お父さん。

 嫌、嫌、島崎マネージャー、二人を宜しく頼みますよ。

 そして、アメリカ出発前に福岡歌劇団のファンの皆様に、二人の初披露を考えているんだ。

 直ぐに練習に入れるかな?

 えっと、…三月二三日のスターオリオンにしようかな? 後、四日後だ。

 芸名は島崎茜は

 聖香茜(せいか あかね)

 橋本若菜は、

 香輝若菜(こうき わかな)

 下の名前はそのままだ。

 いいかね?聖香茜君」

  「は、はい…」

 香輝若菜君

  「は、はい…」

 

 二人は、四日後に行われる公演のリハーサルに参加した。

 そこには舞鶴翼と華咲舞がいた。

 珍しく、舞鶴翼が二人に話しかけて来た。

「あなた達、よく頑張ったね。

 私のマネージャーこんなに続いたのは、島崎だけだよ!

 初舞台、期待してるからね!

 二人共、胸を張って自信もって頑張りなさい。」

 茜は、初めて舞鶴翼から褒められた一言だったので、目から大きな涙が溢れ出た。

 

 華咲舞は舞鶴翼の言葉に笑顔でうなずいていた。

 

 そして三月二三日、いよいよ若菜と茜の初舞台が行われた。

 若菜のお母さんは、この日の為に新しいワンピースを買い、お父さんは高感度レンズのカメラを両手で持って、妹の恵は、初めて見る福岡歌劇座の劇場内を見渡した。

 「お姉ちゃん、こんな凄い何処で舞台に立つんだぁ…」

 そして、おばあちゃんは、早くも、泣いてる。

「私が死ぬ前に若菜の舞台を観れるなんて、長生きして本当、良かった。」

 

 そして、茜の母も、清楚なファッションで若菜の家族に挨拶に来た。

「初めまして、茜の母です。

 挨拶、遅れてすみません」

「いえいえ、こちらこそ。

 今度、茜さんのお父様がマネージャーになって下さいまして、家族みんな本当に安心してるんですよ。

 迷惑かけると思いますが宜しくお願いします。」

「いえいえ…」

 お互いの家族は、初めての対面だった。

 

「お父さん、茜さんの、お母さんの顔ばっかりじーっと見てたでしょ!」

「すまん、すまん、恵。

 茜ちゃんの、お母さん、清楚で綺麗な人だったよねぇ…」

 同期の今日、出演のないシリウス、ペガサス、北斗、カシオペアの仲間達も二人の舞台に集まった。

 

 そして、初舞台の幕は開いた。

 一列に並び、中央には舞鶴翼と華咲舞、そして両隣りに若菜と茜がいた。

 一斉にラインダンスが始まった。

 若菜も茜も皆んなとズレる事なく、ダンスは終了し、茜から自己紹介された。

「みなさん!初めまして。

 男役の聖香茜です。

 初舞台で元気な何処、沢山見せるんでヨロシク!」

 右手の人差し指でを突き出し、男らしく挨拶した。

 続いて若菜だ。

「初めまして、香輝若菜です。

 私達、二人は舞鶴さんと華咲さんの付き人として二年間、勉強して来ました。

 その成果を今日、皆様に披露する日がやって来ました。

 頑張りますので応援、宜しくお願いします。」

 場内から、二人に沢山の拍手が舞い上がって福岡歌劇団の華麗なショーが再開した。

 大人っぽいタンゴやコミカルなダンスを披露して、最後の二部は演劇。

 二人は失敗する事なくやり遂げた。

 しかし、歌劇音楽学校の文化祭のビデオを見たファンは、二人に物足りなさを感じたファンも少なくなかった。 

 最後のフィナーレが終わり、舞鶴翼と華咲舞から二人に送る言葉が用意された。

「みなさん!二年間、僕の最高のパートナーだった聖香茜。

 パートナーとしての別れは、辛いけど、四月から香輝若菜と聖香茜はアメリカ修行に行きます。

 今日は、初舞台でしたが、残念ながら当分の間は、二人は観られません。

 きっと、成長して帰って来ると思います。

 茜、二年間よく頑張ったな、がんばれよ!」

 茜は、出てくる涙を我慢して、観客、後ろのスポットライトを見ていた。

 引き続き華咲舞が、

 「この子も、私の大切なパートナーでした。誰からも好かれる性格は、私も、あなたの虜になりました。

 アメリカ修行頑張って来て下さいね!」

 舞鶴翼と華咲舞から最高のエールを貰い舞台の幕は降りた。

 岡田社長も桜木彩奈も、二人の演技に納得してなかった。

「俺が知ってる二人じゃない!

 どう言う事だ!

 これじゃ、他の新人と変わらないぞ!」

「確かに…。無駄な二年間だったかしら…?これから、先も…」

 

 しかし二人は、今回の初舞台を満足していた。

 何故なら、花の匂いを嗅がずにやり切った事に納得したからだ。

 

 

   二二、アメリカ修行

 

 島崎マネージャーは岡田社長から、支度金、百万円とラスベガス行きの航空券を渡された。

「どうやって、一年間、百万円で生活するんだよ!

 生活費は、自分で稼げって…ふざけやがって。あの社長にだまされた。

 飛行機もエコノミーで将来を有望されてる物の扱いか!」

「お父さん、いやっ…、マネージャーそんな事言っても仕方ないないよ。

 ごめんね!若菜。」

「いや、いや、大丈夫だよ。」

 若菜も、これから始まる珍道中に不安を感じていた。

 羽田空港を出発しロサンゼルス経由でラスベガスに到着した。

「あぁ〜!疲れたぁ〜初めましての海外だぁ〜茜も海外初めて?」

「ううん。八歳まで父の仕事の関係でニューヨークにいたんだ。」

「お父さんって、あのお父さん?

 なんか偉いんだ…。」

「偉くないよ!ただの商社マンだっただけ。」

「茜も、英語、喋れるの?」

「二年間だけ、アメリカンスクールに通ってたから少しわね。」

 

 最初の一週間は、歌劇団側がホテルを予約してくれていたがその後は、自分達で宿探しだ。

 ホテルに着いた島崎は早速、大手のエンターテインメント業界に電話を入れ二人の営業活動を始めた。

 しかし、この業界の経験の無い島崎は大手は、もちろんラスベガスのナイトクラブなどに電話をしても相手にされなかった。

「仕方ない…」

 島崎は、二人を連れ出しラスベガスの夜の街を歩き、飛び込みで営業活動を開始した。

「お父さん、怖いよ!」

「俺は、お前達のマネージャーだ。安心しろ。」

 ナイトクラブやパブ、時には、ストリップ劇場まで足を運んだ。

 島崎は、得意の英語と商社で培った営業経験を生かしたが、なかなか仕事は貰えず、店から島崎は蹴られ、放り出されたりもされた。

 茜も父の姿に感謝を感じた。

 しかし、ホテル生活も苦しくなり、安いモーテルなどを探し歩いた。

 島崎マネージャーは必死だった。

 そして頼もしいマネージャーに付いて行く事を二人で誓い合った。

 

「Look at the acting of the two.」

  【この二人の演技を見て下さい。】

 

 島崎の営業努力により、少しずつ仕事が増えて行った。

 ショーパブの前座やナイトクラブなどでは、ポールダンスを披露した。

 歌劇団で磨かれたダンスは、現地でも受けてチップなどで生計が多少出来るようにはなったが、二人を受け入れてくれる店は、ほとんどが酒場。

「全然、聞いてくれないね…若菜。

 そして客が、やらしい目で見るのよ…」

「確かに…この前、胸にチップ入れられそうになって、平手打ちしそうになった。」

 

 そんな生活が三カ月位続き、島崎は新しいジャズバーを発見した。

 古めかしいドアを開けると、若いスタッフが出てきて島崎は、出演交渉の話を持ちかけた。

 するとタバコの煙が充満している人混みの奥から一人の老人が出てきた。

 オーナーのジミー・ブラウン(七五歳)

 (これから、若菜と茜にとって人生を左右する、重要な人物との初めての出会いであった。)

「What about Tom?」

 【どうした?トム。】

 【この人達が、ここのホールでダンスを踊りたいそうです。】

 【初めまして、私は日本から来ました、島崎と申します。】

 【私は、ここの支配人のジミー・ブラウンです。】

 【日本人ですか?】

   「Yes.」

「私、日本語、少し話せます。

 日本語で大丈夫ヨ」

 島崎は、気が抜けたかのように、肩の力が抜けたように話し出した。

 「後ろにいる二人は、福岡歌劇団に所属していて、修行でアメリカに来てるんです。

 そして、私は、マネージャーの島崎と申します。」

 

「何て言う事だ。修行で… 

 私は昔、ミュージカルのプロデュースしていて日本にも長期で何回も行ってたよ。

 そして、日本のエンターテイメントの歌劇団は、よく知ってる。

 しかし、ここはジャズの店、ジャズを歌ったりピアノを弾いたりは出来るか?」

 

 二人は、福岡歌劇音楽学校でジャスとピアノは教わった。

 二人は何も考えず、「大丈夫です。」と、とっさに答えた。

「じゃ明日、見せて貰えるかな?

 結果は、見てから判断させてもらおう。」

 

「若菜、明日大丈夫?

 私はピアノは大丈夫だけど、ジャズのピアノって初めて…そして、ジャズとか習ったけど人前で披露するほどじゃないわ!

 ましては、ここはジャズ発祥の地アメリカよ!」

「そんな事、分かってるて!

 私なんかピアノは、やっと二、三曲弾けるレベルよ。

 茜、まだ私達は花の力を借りないと無理なんだよ。

 私も、実力で勝負したいけど、いつも私の近くで沙月が応援してる気がするの。」

「沙月が…?

 実は、私も若菜と一緒にいたら、沙月が近くで見ている感じがして…」

「私達、二人じゃないかもね。

 沙月も、ちゃんと私達を見てくれてたんだよ。」

「うん。そうだね!私達が一人前になるまで沙月は、見守ってくれてるかも…」

「明日は、沙月のパワーを借りて派手に行っちゃう。茜?」

「了解!」

    

 島崎マネージャーは、二人の軽返事な言葉に不安を抱いていた。

 本当に大丈夫かぁ……?

 

 

   二三、飛躍

   

 三人は、オープン前のジャズバー【ジャズバー、リバーサイド】の中をジミー・ブラウンに案内されステージに上がった。

 茜は、ステージの隅にある黒のピアノの前に座り、赤い薔薇の匂いを嗅ぎ、鍵盤の前に置いた。

 ステージの中央には、マイクスタンドに昔から使われていたであろうレトロなゴールドマイクが置かれている。

 若菜はゴールドのマイクを握り、胸につけた、かすみ草を匂い深呼吸して、茜と目を合わせて歌い始めた…。

 【♪窓にえがお……

  あーロマンス列車よ “A ”T R A I N

  甘い夜風……

      ばら色の夢をのせ♪】

      

「オォ…この曲は?ビリー・ストレイホーンの曲ではないか。」

「そうです。

 ビリー・ストレイホーンの曲を美空ひばりがカバーした【A列車で行こう】曲です。」

「あの美空ひばりが、カバーした曲か…

 彼女は、知ってるよ。」

 若菜と茜の絶妙なハーモニー、そして茜の強弱をつける繊細なピアノ

 そして二人は、歌い終えた。

 島崎マネージャーは、あまりの迫力で腰の力が入らない。

 ジミー・ブラウンは即答した。

「 Betty good 素晴らしい!もちろん合格だよ。

 今日から、ここで思う存分、やってくれ。

 君達にはパワーがある。

 しかし、まだ足りないのは唄を思う気持ちがまだまだだ。

 おそらく美空ひばりと比べてみたら、きっと分かるはずだ。

 それに、ここは本場のジャズの街、ジャズには古い歴史がある。

 それを出すのは大変だが、ここで本場のジャズを学んでくれるか?」

 

「はい!勉強します。」

 そして、その日から二人はジャズバー、リバーサイドで一日一回、週五回の出演が決定した。

 

「たまげたぞ!

 凄い迫力だった。

 しかし、ジミー・ブラウンって人、本当、解って言ってるの?

 俺なんか、鳥肌立ったよ。」

「解ってないのは、お父さんでしょ!」

「茜、マネージャーだよ。」

 

 二人の評判は、直ぐに広まり、酒を飲みにくる客よりジャズを楽しむ客層が増えた。

 若菜も茜もレパートリーを増やして行き、店は座る場所が無いくらいの盛況ぶりで、遠くからも二人を観るために訪れる客も少なくなかった。

 【素晴らしい!何て言う日本人だ!】

 

 ジミー・ブラウンは、二人の成長の速さに唖然としていた。

 たった、二週間でジャズを自分達の物にした…

 ジャズを愛する古き客まで彼女達の魅力に吸い込まれている…


「島崎マネージャー、ここはジャズの店だが明日からラストまで、二人の全てを見せて貰えないか?」

「それはジャズだけではなく、ダンスや演劇も良いんですか?」

 

「是非、観たい!

 宜しいですか?島崎マネージャー」

 

 二人は残り一週間、ジャズバー、リバーサイドのステージを使って二人だけのオリジナルのショーを考えた。

「茜、私達は歌劇団だから歌劇は、やっぱり取り入れなくっちゃね。」

 「でも、時間がないわ…。若菜は英語喋れないし…」

 「ごめん…じゃ、歌とダンスで行こうよ!

 音楽学校で皆んなで歌った【糸】にしない?」

「糸、懐かしいなぁ…

 なんか、沙月も応援してくれる感じ。」

「だって私達、見えない糸で繋がってるんだよ。

 よし!決定。」

「それと、もう一つ、なんか無いかなぁ」

「日本から来たんだから、日本らしさを感じる何かを入れてみる?」

「日本らしさ…?」

 「この際、歌劇音楽学校で習った、日本舞踊とか入れてみる?」

「こっちで受け入れてくれるかなぁ。」

「やってみないと分からないじゃん!」

「歌劇も時間がないから、日本語でやってみようよ!」

「お父さん、日本舞踊に着る着物と扇子、日本舞踊の音楽テープ持って来てる?」

「大丈夫!若菜ちゃんの分も、ちゃんと持ってきてるよ。」

「もう、茜…お父さんじゃないでしょ!」

「ごめん、なかなか、マネージャーとか言えなくて…」

 急な事で時間がなく、これが精一杯の二人が考えた公演内容だった。

 

 島崎マネージャーは、二人の話し合いに耳を傾けて、うっすらと泣いていた。

 茜、成長したな…

 

 そして当日、ジャズバー、リバーサイドには、二人を待つ客が長蛇の列になっていた。

 そこには酒場ではなく、劇場の雰囲気だった。


   

   二四、勝負の時

   

 小さいステージだが、二人なので十分な広さだ。

 ステージには、幕はないが暗闇の中、客は待ちきれず酒を飲みながら二人のステージを待っている。

 失敗したらブーイングの嵐だ。

 そして準備は整った。

 暗闇の中からスポットライトが二人を照らし出した。

 若菜は、かすみ草の匂いを嗅ぎ、茜は薔薇の匂いを嗅いだ。

 島崎がテープを流し、そして二人の日本舞踊が始まった。

 初めて観る客は、最初は不思議な感じで観ていたが、次第に二人の踊りに酔いしれ始めた。

 【素晴らしい!これが日本舞踊か!美しい】

 盛大な拍手で日本では、あり得ない手拍子で店の客、全員が二人に注目した。

 引き続き、衣装を着替えてダンスファションになった。

 いつもは、大勢でするラインダンスも今は二人。

 しかし、二人だけでも、迫力があった。

 元気、笑顔、そして、はち切れんばかりパワーで客を魅力した。

 【実に素晴らしい!二人共、全く同じ動きだ。】

 そして、ラストステージは、華麗な衣装に着替えて歌とダンス。

 再び暗闇の中、スポットライトが当たり、茜は真っ赤なタキシード。

 若菜は、白のドレスで登場すると、中島みゆきの糸の曲に乗り二人は再度、目を合わし微笑んで歌い始めた。

 ここは、酒場。

 いつもはガヤガヤ賑わってる店内が、二人の歌で店内は静まり、そのうち店内は大歓迎に変わった。

 二人は歌って踊って店内を突き破らん勢いで全力で駆け抜けてた。

 そして二人の舞台は終了した。

 客は、歌に酔いしれ全員が立ち上がり、拍手が最後まで鳴り止まなかった。

 

 【こんな所で、こんな素晴らしいショーを観れるとは思わなかった!】

 そして、客は満足した笑顔で帰って行った。

 そして一週間、二人のショーは、大成功に終わった。

 ジミー・ブラウンは、

「これで、君達の公演は終了した。

 実に素晴らしいかったよ、。

 そして二人は、日に日に成長していった。

 

 もし、良ければ成長の続きを私にも見せてくれないか?

 もう一度、私はプロデューサーをしたくなった!

  二人をプロデュースさせてくれないか?

 お願い出来るか?島崎マネージャー。」

 

「えっっ…じゃ、この店は?」

「あーっ…若いトムに任せるよ!」

 

 

「岡田社長、大変な事になりました。」

「おーぅ、君達の事をすっかり忘れていた、元気にしているか?」

    こいつ……。

「実は、ジャズ、バーで二人を歌わせていたんですが、そこのオーナーが二人を気に入ってくれて、二人をプロデュースしたいと…」

「何者なんだ?そいつは…」

「はいっ…ジミー・ブラウンといいまして。」

 

「なにぃ〜  ジミー・ブラウン。」

 

「知ってるんですか?」

 

「馬鹿か!お前は…

 知らないのか?あの有名プロデューサー、ジミー・ブラウンを?

 日本の女優や歌手をアメリカや海外で何人も有名にした強者だ。

 最近では、プロデュースを辞めたみたいで話を聞かなくなったが…

 しかし、嘘じゃなかろうな!島崎ちゃんよ〜!

 それだと大変な事だよ!」

 

「そうなんですか?」

 

 そして、若菜と茜は、ジミー・ブラウン、プロデュースとの契約を結んだ。

「私達、契約したら、どうなるんだろう。」

「おそらく、ジミーブラウンが仕事を持ってきて、君達は売れるだろうが、所詮、君達は福岡歌劇団に所属しているから、儲かるのは福岡歌劇団とジミーブラウンだけさ!」

「えっ、そうなの…

 だから店を任せてまでプロデュースしたかった訳だ!」

「いや、ジミーブラウンは君達に賭けてると思うよ。」

 

 

   二五、打ち合わせ

   

「島崎マネージャー、大手プロダクションに売り込んでもいいが、それでは時間がかかり過ぎる。

 全米から、いや世界から集まって来る、オーディション番組に出演してもらう。」

「いやいや、ジミー・ブラウンが一言、大手プロダクションに話せば、この子達は、すぐに売れるんでしよ。」

「誰がそんな事を言いました?

 勘違いしないで下さい。島崎マネージャー。

 今のままでは、無理ですよ。

 これくらいのレベルの子は、世界に沢山います。

 英語を覚えて風習に慣れ、そして心の底から唄えるまでになるには時間がないんですよ。

 そのオーディションは、いろいろなエンターテイナーが集まり、技、演技、パフォーマンス、マジック、音楽、なんでも有りのオーディションだ。

 そのオーディションを受けながら、勉強してもらい毎週、勝ち上がって行きながら最後には、完成された二人の姿を世界中の人達に観てもらうのです。

 今からが二人の始まりです。

 よろしいでしょうか?島崎マネージャー。

 それでは、打ち合わせに入りましょう。

 まず、英語の歌詞を覚えてもらいます。

 日本の歌では今回は通用しません。

 そして、決勝に進出したら二人だけの演劇を行うのです。

 演劇の内容は、私が決めます。

 そして、君達二人のユニット名は、歌劇Y&Aだ!」

「ジミー・ブラウンが演劇の脚本を?

 そして私達のユニット名は、歌劇Y&A」

「何で、ジミー勝手に、どんどん決めるの…俺、マネージャーだよ…」

 

 ジミーブラウンは、早速、オーディション番組に応募をした。

 応募のエントリーは、二万組を超えていた。

 ジミー・ブラウンは、前回、リバーサイドで歌ったテープが残っていたので、そのテープをエントリーに出し書類選考は通過した。

 番組のプロデューサーには、ジミーブラウン本人が応募した事は隠していた。

 そして、オーディション予選が二週間後に決定した。

 予選を通過すると一回戦から全米にテレビ中継される。

「一、二回戦は、日本舞踊など日本の伝統芸能を前面に出して行きましょう。

 その間に英語の曲とその意味を理解して覚えましょう。

 歌舞伎なんか出来きますか?」

 

 若菜と茜は、目を合わせ首を横に振った。

「では、、オーディションまでに完璧に覚えて下さい。」

「茜〜、アイツ、紳士ぶってるけど、鬼じゃん」

「ほんと…鬼だね。

 若菜、今まで歌った事のある英語の曲は何か有る?」

「音楽学校で歌った事あるけど、どれも、よく、覚えてない。

 でも、エルヴィス・プレスリーの曲なら聴いてるよ。」

「エルヴィス・プレスリーかぁ…いいかも、」

「それは、いいよ!

 エルヴィス・プレスリーは、ここ、ラスベガスのウェストゲート・ラスベガスで八年で八三七連続でコンサートチケット完売させた記録があるんだぞ!」

「お父さん、詳しいね!」

「マネージャーだって!茜。」

「ごめん。」

「近くだから行ってみるか、ウェストゲートラスベガスのホテルに。」

 そこには、エルヴィス・プレスリーを思い出させる資料やエルヴィスの銅像があり、ここアメリカでどれだけ愛されていた偉大なミュージシャンだったか理解出来た。

 すでに二人の体の中には、エルビスが入り込んでいた。

「茜、急に体が熱くなってきた。

 エルヴィス・プレスリーにしよう!」

 

「映画になった、ミュージカルの監獄ロックなんてどうだ?」

「知ってまーす。」

 音楽学校の時、皆んなで観て、しびれました。茜も観たよね!

「うん!最高だった。」

「よしゃー猛練習だ!

 これなら、直ぐに歌詞、覚えると思う!」

 

 その頃、ジミー・ブラウンは決勝に進出した時に行う演劇の脚本を書いていた。

 

「あの二人、逆も出来ると思うけど…」


 そして、オーディション番組のある、ニューヨークに旅立った。

 

 

   二六、オーディション(予選)

   

「ニューヨークだぁー!」

 若菜には、見るもの全てが新鮮だった。

「茜は、感動するって事ないの?ニューヨークだよ。」

「だって、ニューヨークには、小さい頃から何回も来てるし。

 ねぇ、マネージャー。」

「あぁ…。」

「初めて、マネージャーて言ったよ…。茜、」

 オーディション会場に着くと、そこには、明日を夢見る若者達が世界中から、さまざまな役者の卵が集まっていた。

 前の公園でも、ダンスの練習をしたり、手品をしたりして、周りには子供達が集まり若者達の芸を観て楽しんでいた。

 中に入ると、二万組のエントリーの中から書類選考を勝ち上がってきたのは、三百組だった。

 毎回、頂上は、ただ一つ、決勝で勝っても合格出来ない時もある。

 そして、明日から始まる予選番号を引いた。

「えっ…後ろから五番目」

「お、お前達、今から緊張して、ど、ど、どうする。

 ま、ま、まだ、明日は、テレビにも、映らない予選だぞ!」と言いながら一番緊張していたのは、島崎マネージャーだった。

 

 そして当日、受付を待ちロビーには今日、エントリーした人達が溢れかえっていた。

 ジミーブラウンから電話があり、予選会場には、来ないとの連絡があった。

「今日、ジミーは来ないんだって!

 成功を祈る、と言っていたぞ。」

 若菜が首をひねり、

「何か、おかしいよね…ジミー、アメリカの関係者と、全く会ってない気がする。」

「そうなんだ。

 ジミーは俺に、私の名前は関係者には絶対に言うなと言われたんだ。」

「どうしてなんだろう…」

 

 受付を済ませ若菜達は、取り敢えずは客席で、これから始まる役者の卵達の演技を観る事にした。

 予選会場は、審査員とオーディションを受ける人達だけで広い会場には、関係者だけだ。

 そしてオーディションの予選が始まった。

 二人は、多少の自信があったがエントリーした人達の演技を観たら唖然とした。

「これでも、アマチュア?

 完成されてるよ。

 あの、ラップなんて凄くない?」

 さまざまな、ジャンルの中から二万組の中で審査で選ばれた三百人、プロの目は確かである。

 島崎マネージャーは、三組を観たところで席を立った。

「ひとまず、ホテルに戻り食事でもするか?

 予定は、夕方の四時だ。

 楽屋に入るのは、三時前でいいだろう。」

 島崎は二人に、いらぬ緊張を与えないように会場を後にした。

 ホテル前のレストランで三人は、食事をした。

「若菜ちゃん、よく食べるねぇ。今日もステーキ?」

「はい!こっちに来たら、やっぱり、肉ですよねー!」

「あんまり、肥えないで下さいよ。」

「若いから消化がいいから大丈夫!

 ね!茜。」

「いや、私はすぐに肥えるの…」

 

 そして、会場に戻り、二人のエントリー番号が呼ばれステージで、茜が英語で自己紹介をして、予選は、ビリー・ストレイホーンの曲で美空ひばりの「A列車で行こう」で予選をなんなく通過した。

「パワー出し過ぎた!また、さっきのステーキが食べに行かない?」

「嫌!」

 そして、来週から、いよいよ一回戦だ。

 予選を突破したのは、一〇〇組になっていた。

 日本から琴を取り寄せ一回戦は、交互に琴を弾いて一人が踊る。

 だから、座って弾く余裕なんてない。

 ピアノみたいに琴をテーブルに置いて、斬新なアメリカ的な発想で一回戦を挑む事にした。

 一回戦は、朝からテレビ中継があり、参加一〇〇組が抽選で当たった相手と一対一のトーナメント方式で争われる。

 すなわち、二回戦に進出が出来るのは、五〇組に絞られる。

 そして、全米でテレビ中継が行われて勝ち進む事でエントリーした役者や芸人は、注目を浴び、視聴者などから支援を得る。

 

   一回戦、

 会場に入ると、予選とは全く違って大勢の観客が詰め掛けていた。

 二人の一回戦は三番目、対戦相手は五人組の男女混合のダンスユニットで出身地はドミニカ国。

 前評判も高く、し烈な戦いが予想された。

 そして一回戦が開始された。

 会場での中継がアメリカ本土に流れるとあって、他の役者や芸人も緊張を隠しきれない。

 ウケれば、大拍手の嵐、外せば会場全体からのブーイング。

 若菜達も舞台裏にあるテレビ中継をくぎいるように見ていた。

 明らかにレベルが違う。

 そこには、アマの領域を超えて十分、客を呼べるプロのレベルに見えた。

 

 

  二七、オーディション(本選)

 

 そして、いよいよ、歌劇Y&Aとドミニカの五人組ダンスユニットが呼ばれステージに立った。

 先行は、ドミニカの五人組。

 司会者から紹介され、ラテン諸国の情熱的なダンスで始まった。

 会場は、一緒にサルサのリズムで体を揺らし観客は乗ってきて、体からラテンの音楽が入り込んだ感じだった。

 続いて若菜と茜の番がやって来た。

 司会者が、

 【日本から来た二人組、歌劇Y&A、

 今日は、日本伝統の琴を使い皆さまに日本舞踊を見せてくれるそうです。】

 【それでは、どうぞ!歌劇Y&A】

 二人は、ステージに立つと見慣れない観客

 は、【日本の着物だわ!綺麗だわ。あの楽器は?】

「Koto. Japanese musical instrument」

 【琴よ。日本の楽器】

 そして若菜は、かすみ草の匂いを嗅いで茜は、薔薇の匂いを嗅いだ。

 茜は立って琴を弾き、若菜は扇子を持って、二人は、舞うように踊った。

 会場は、初めてみる日本舞踊に酔いしれ

、二人の華麗で清楚な日本伝統とアメリカ版にアレンジした情熱も入れ、交互に琴を弾き、新しい日本舞踊を披露した。

 観客は、日本文化に酔いしれた。

 【素晴らしい!これが、日本伝統のダンスか!初めて観たが優雅だ。】

 会場から、多くの拍手を送られた。

 ドミニカチームが勝てば、赤のランプが点灯して歌劇Y&Aが勝てば白が点灯。

 その前に、三〇人の審査員から批評が行われる。

 ドミニカチームは、絶賛の嵐だった。

 そして、歌劇Y&A。

 審査員の意見が割れた。

 何故なら、日本舞踊を知っている審査員は、本来の日本舞踊とは、かけ離れた日本のダンスと映ったからだ。

 新しい日本舞踊と取るか、本来の日本舞踊を取るかは、考えは違うが審査員達は二人の演技に満足をしていた。

 そしてランプが点灯した。

 赤と白が分かれた。

 白が一七、赤が一三…。

 どうにか、ギリギリ一回戦を勝ち上がった。

 そして、二回戦は、初めて挑戦する歌舞伎で挑戦する。

 二週間の練習で本当の日本の伝統芸能の歌舞伎が出来るものではない。

 二人は、ビデオを繰り返し見て表情や動きを確認し合った。

 そして、二回戦、

 対戦相手は、マジシャンだ。

 異色の対決とあって審査員の評価が分かれる事は想像出来た。

 マジシャンは、巧みな手品で場内は驚きの連続だ。

 これは、まさしくオーディションでは、なくプロのショーだ。

 

 そして、歌劇Y&A

 茜は、武士の裃(かみしも)で登場し若菜は、華やかで斬新な花魁(おいらん)の衣装で二人は、白く塗られた顔に赤で力強い線で描いた隈取(くまどり)をメイクしてステージに立った。

 観客に与えたインパクトは、凄かった。

 【今回は、歌舞伎か?こんな所で日本の伝統芸能が観られるなんて! 】

 そして、今回も二人は花を嗅ぎ、若菜な赤長い髪を振り乱し、茜は白い髪を振り乱して歌舞伎のショーが始まった。

 二人は、歌舞伎のセリフ回しで場内を沸かし、短い五分のショーだったが二人は全力で駆け抜けた。

 司会者達も、二人の迫力に圧倒され、場内は静まりかえり、その後、大歓声が起きた。

 【凄い迫力だ!彼女達は、日本で何をしてたんだ!歌舞伎のプロか?】

 【福岡歌劇音楽学校で日本の文化やダンスなど習ってたみたいだけど、でも歌舞伎は、初めてだってよ!】


 【素晴らしかった! 】

 この勝負も審査員の評価が分かれたが、二一対九で、どうにか二回戦も勝ち上がる事が出来た。

 

 

  二八、ジミー・ブラウンの脚本

  

 ジミー・ブラウンは、若菜達が居るホテルのロビーで待っていた。

 三人は、ホッとした様子でホテルのロビーに入って来るとジミー・ブラウンは三人を連れて、ホテルの中にある喫茶店に誘った。

「もう、君達は普通には、歩けない。

 二回戦を勝ち上がって来たらテレビ中継で顔を覚えられる。

 外を見てみろ。」

 窓の外は二人がホテルに居る事を聞きつけホテルの周りを数人が見渡していた。

 幸いここは、外から見れない。

「君達は、もうスターになろうとしている。

 絶対に一人で外に出ないで下さい。」

「えっ…私達がスター??」

 

「島崎マネージャー、出来ましたよ。

 決勝で行う、演劇のシナリオが。」

「ジミー、どんなシナリオですか?」

「簡単に話すと、二人は途中で、男と女が入れ替わるストーリーだ。

 花に話しかけると二人は変わるんだ。」

「ジミー、それは面白いストーリーだね!」

 

 二人は、その話を聞き思わず、ハッとした。

 何故…

「君達を見ていたら男役でも娘役でも関係なく出来ると思って、書き上げたんだ。

 それに二人は何故か始まる前に、茜は薔薇の香りを嗅いで、若菜は胸に刺した、かすみ草を嗅いで演技に入る事に気づいたんだ。

 それをヒントに、この脚本を作らせてもらった。

 決勝は最大で一〇分の演劇が出来る。

 それに合わせての脚本だ。

 さぁ、今から練習に入るぞ!」

 「でもジミー、二人は、三回戦のミュージカルダンスも有るし、準決勝の英語の歌も残ってますよ。大丈夫ですか?」

「彼女達なら大丈夫だよ。成功を祈ってるよ!」

 

 《若菜は、その時を振り返り、ジミーブラウンの脚本に唖然として、これから先が怖くなったそうだ。》

 

「若菜、怖いよ。

 皆んなに全てがバレる気がして…」

「うん。」

「そして、私が娘役もして、若菜も男役をするって事よねぇ…?」

「なんか、それは、普通に出来るかも…」

 

 そして三回戦は、明後日。

 三回戦に進んだのは二五組で、三組が出場して一組だけが勝ち残る。

 テレビ中継もゴールデンタイムで放送される。

 そして、歌劇Y&Aの猛特訓がホテル近くのレッスンスタジオで始まった。

 三回戦に向けての歌劇、準決勝の歌、そして決勝の演劇。

 演劇に二人は、なかなか身が入らない状態で練習していた為、全ての動きが、ばらばらになっていた。

 不思議な事に二人は、花の匂いを嗅いでも、二人の動きに迷いがあった。

「駄目だ!今日は、中止にしよう。

 何回やっても同じだ。

 明日の練習は、頼むぞ。」

 ジミー・ブラウンは、レッスンスタジオを後にした。

「お前達、いったいどうしたんだ!

 このままだと、決勝は、おろか三回戦も、間に合わないぞ!頼むよ…」

「分かってるよ!お父さん、いやっ、マネージャー。」

 

 ホテルに帰り、二人は部屋で話し合った。

「茜、私達バレるのを恐れて演技出来なかったけど、もしかして、私達を見てくれている沙月も、そうだったかも知れない。

 だって、匂いを嗅いでも、いつもの私達じゃなかったもん」

「それって、もしかして匂いを嗅いだら、沙月が、私達の体に入るって事?」

「…もしかして、そうかも知れない。」

「そうだったら、もし、匂いを嗅いで変わる事バレたらどうなるんだろう…」

「もう、変わる事は出来なくなるかも…。」

「それって沙月がいなくなるって事?」

「そうかもね…」

「若菜!

 沙月と一緒に三人で闘わない?」

「久しぶりに聞いた気がする。茜の熱い気持ち。そうだね!沙月と一緒に闘おうよ!」

 

 二人は、テーブルに真ん中に飾っている薔薇とかすみ草が一緒に入った花瓶に話しかけた。

「沙月の力を貸して!

 そして、三人で闘おうよ!」

 

 そして翌日、昨日とは、違う二人がいた。

「昨日とは、別人だ!

 この調子だと、大丈夫ですね!ジミー」

 「いや、まだまだだ。」と言いつつもジミーブラウンは笑顔があった。

 

 

  二九、三人の力で

  

 そして、三回戦の当日、朝起きるとホテルから下を覗くとホテルの周りに歌劇Y&Aの姿を一目見たさに大勢の人が集まっていた。

 若菜達は、窓を開けて手を振った。

 歌劇Y&Aを応援するファンは、

 【おい!出て来たぞ。あれは、若菜だ!】

 【あれは茜だ!俺は、くわしいだろ、彼女達のファンだからな! 】

 

 「皆んな、ありがとう!今日、頑張るから応援してね!」と二人は叫んだ。

 

 しかし、日本語の分からない人達は、

 【今、なんか言ったぞ?でも、よく分からん? 】

 

   三回戦

 歌劇Y&Aは、三回戦は歌劇で勝負に出た。

 曲は、地元、アメリカが誇る大スター、 エルヴィス・プレスリーのJailhouse Rock 監獄ロックをそのまま、英語で歌い踊る。

 外したら、終わりだ。

 おそらく、ブーイングの嵐だろう。

 他の国から来て、エルビス・プレスリーを選曲するのは、勇気のいる選択だ。

 司会者は、三組のグループを紹介した。

 まず一組は、四人グループの男子グループ、高校生くらいだろうか?

 司会者によると、イギリスのリバプールから来た今大会の本選では、最年少高校生バンドだそうだ。

 

「そう言えば、一回戦からビートルズのカバー曲を歌ってたもんね!」

「うん。ヤバいくらいビートルズに似てパワーがあった。」

 続いて、紹介されたのは、チャップリン風の黒いタキシードを着た二人の若者。

 二人は、一回戦も二回戦もダンスで勝ち上がってきた。

 二回とも、相手を寄せ付けないくらいの圧勝で勝ち上がり、地元出身とあって、会場は彼らに対して凄まじい応援だ。

 そして、歌劇Y&Aだ。

 司会者から紹介された。

 【今回は日本の、どのような文化を見せてくれるんだい?歌劇Y&A!】

 司会者は今日、行う内容を確認した。

 【なんて事だ!今日は、歌とダンス?

 歌劇と言うのか。

 それも、我らのエルビス・プレスリーの曲で勝負に出たぞ!楽しみだ。】

 最初は、イギリスから来た四人組。

 ビートルズナンバーの、(She Loves You)を熱唱。 

 観客は、ビートルズの再来かのよいに大きな歓声を上げ盛り上がった。

「若菜、ヤバいよ。ビートルズそっくりだよ。」

 四人は全てがコピーされていた。

 続いて、二人組が、ステージに立って、スポットライトが二人に当たった。

 二人は、パントマイムで、チャップリンを思い出すように足を大きく広げ、コミカルなガニ股で歩きでショーが始まった。

 セリフも音楽もないサイレントコメディーで、先程とは違い会場は、笑いの渦になって観客は、総立ちで拍手を送った。

 また、地元出身とあって人気も高く、数々のアマチュアの賞を総ナメしている優勝候補の一組だった。

「凄かったね…」

「感動してる場合じゃないよ!茜、 私達の番だよ。」

 

 二人は、胸に付けた花を匂い、エルヴィス・プレスリーの激しいJailhouse Rockの曲が流れ二人は、リズムを取り、爆発的な弾けるリズムで始まった。

 《♪The warden threw a partyin the county jail. …♪》

 エルヴィス・プレスリーの歌でありながら、二人は、独自にアレンジして新しいエルヴィス・プレスリーの曲を歌い出した。

 観客は、戸惑いを感じつつも次第に二人に引き込まれていった。

 余りにも、二人のインパクトは凄かった。 

 【初めて聞いた、新しいエルヴィス・プレスリーの曲だ。いや、違う。これは、新しい彼女達の曲だ。】

 会場は、天上まで、はち切れんばかりの勢いて歌い終えた。

 会場は、大歓声だ。 

 【素晴らしい!俺達、アメリカの心を日本の少女が歌いあげたぞ!】  

 【俺は歌劇Y&Aの、虜になった!俺は、お前達を応援するぞ!】

 審査員の採点が行われた。

 結果は、予想外の圧勝で勝利した。

 ただのコピーバンドじゃなく、独自の発想でエルヴィス・プレスリーに肩を並べる勢いだったとまで言われた。

 最後まで鳴り止まぬ声援と応援、二人は観客に手を振りステージを降りた。

 

 

  三〇、準決勝

  

 そして準決勝残り八組が残り、ファイナルステージに進出するのは、二組。

 準決勝は四組で対戦して、そこで勝つと決勝進出になる。

 今回、ジミー・ブラウンは、大きな賭けに出た。

 何故なら次は歌のみの勝負。

 今、一番、彼女達が心から歌える歌を選んだ。

 その曲名は、【糸】を英語に変換して、英語バージョンで歌う。

 果たして日本の歌がアメリカで受け入れてくれるかが勝負の鍵だった。

 残る八組は、強者揃いでミスは許さない。

 ホテルに帰るタクシーの外を見るとホテルの前は、歌劇Y&Aを待つファンで溢れていた。

 中には、手作りの応援プラカードを持って来てるファンまでいた。

「ホテルの入り口からは入れないぞ!

 【運転手さん裏の入り口に回って!】

 

 島崎マネージャーは、歌劇団に久しぶりに岡田社長に電話を入れた。

「おう!島崎ちゃん、久しぶりだ!

 大変な事になってるなぁ…

 噂は早くから届いてるよ。

 しかし、連絡が遅いよ!島崎ちゃん。

 朝から事務所は、歌劇Y&Aの電話で鳴りっぱなしで、こっちは、仕事にならんよ!」

 

「すみません…。」

「いやっ…嬉しい悲鳴だ!

 しかし、よくやったなぁ!あと少しだ!頑張ってくれ!歌劇団員、皆んな応援してるぞ!」

「ありがとうございます。二人に伝えておきます。」

 二人は、糸を英文に変換した曲を覚えながら、決勝に向けた演劇の練習も行い時間の足りない日々を過ごしていた。

 

 そして準決勝。

 そこには、今日、対戦する四組がスタジオに集まっていた。

 八人組の韓国からのダンスユニット。

 噂では、韓国の大手プロダクションがアメリカ進出に乗り出す為に韓国の優秀な人材をオーディションで集め今大会に出場させた、ダンスユニットだ。

 一人一人のダンスの技術が非常に高く優勝候補の一角だ。

 続いて、やたら体格のいい四十歳前後の女性。

 一回戦から、抜群の歌唱力で観客と審査員を圧倒させた人物だ。

 エントリーされた中で、前評判も決して高くなく、ダークホース的な存在だった。

 それと、三人組のジャスバンド。

 ピアノ、トランペットを巧みに操り、ボーカルの歌声も素晴らしく最高のチームワークで勝ち上がって来たバンドである。

 

 今回、歌劇Y&Aは二番目。

 ホテルの部屋で見ているジミーブラウンは、この準決勝が最大の山場になると予想していた。

 歌劇Y&Aの前には、韓国ダンスユニットの曲が流れて舞台では、激しい熱気で場内を沸かしていた。

 そして、歌劇Y&Aがステージに上がった。

 【今回は、日本の曲を英文に訳し歌劇Y&Aが私達に歌を届けてくれるそうだ!日本のアーチスト中島みゆき【糸】どうぞ! 】

 

 そしてイントロが流れて来て、二人は、マイクを握り茜は薔薇、若菜は、かすみ草の匂いを嗅いで歌い出した。

♪. …No one knows why an encounter is born.

 We don't always know when an encounter will come.

We don't always know Where were you alive

Two stories under the distant sky

The vertical thread is you The horizontal thread is me

Invisible lines may connect us. ♪♪

 

 【♪…なぜ めぐり逢うのかを、私たちは 、なにも知らない。

いつ めぐり逢うのかを私たちは 、いつも知らない。

どこにいたの 生きてきたの、遠い空の下 ふたつの物語。

 縦の糸はあなた、横の糸は私、織りなす布は いつか誰かを、暖めうるかもしれない…。♪】

 二人は、歌い終えた。

 観客は、静まり返っている。

 そして、次第に大きな大歓声へと変わった。

 【素晴らしい歌声だ!日本の曲を俺達の為に英語で歌ってくれるなんて!日本から来た歌姫だ!】

 そして、審査の時…

 韓国のダンスユニットは、赤

 抜群の歌唱力の女性は、 青

 三人組のジャスバンドは、緑

 そして歌劇Y&Aは、  白

 三十人の審査員によってファイナルステージ行きが決定される。

 赤ー三人 青ー十二人 緑ー四人

 そして白の若菜達は、十一人だった。

 ファイナルステージに進むのは、抜群の歌唱力だった、ダークホースのエニー・マーラ 

だった。

 司会者が、

 【今回のファイナルステージ進出は、エニー・マーラです! 】

 若菜と茜は、全ての希望が崩れて行った。

「茜、終わったね…。」

 

 その時、歌劇Y&Aの白を押した、審査員が、

 【ちょっと待ってくれ!俺は納得がいかない!歌劇Y&Aは、素晴らしかった!もう一度、彼女達にチャンスを与えてあげないか?】

 それは、前代未聞の出来事だった。

 その審査員は、他の審査員から制止されていたが、会場からも賛同の声が上がり、やがて、その声は、一つになった。

「Come back to Kageki Y & A!」 

 【歌劇Y&A、戻って来い! 】

 若菜達は、どうなっているか全く、理解出来なかった。

 再度、審査員で話し合われ、

 審査員の代表から、

 【審査員全員が話し合った結果、皆んな歌劇Y&Aの歌声は、素晴らしかった!皆んな、もう一度、彼女達の歌声を聴きたいそうだ!最後のチャンスだ!】

 会場は、今日一番の拍手と声援で観客同士でハイタッチを交わしていた。 

 そして、歌劇Y&Aのファイナルステージが決定した。

 予定では、ファイナルステージ進出は二名の予定が、審査員特別枠で歌劇Y&Aも認められ、三組の出場となった。

 

 

  三一、おばあちゃん…

  

 奥の喫茶店に、ジミーブラウンが若菜達の帰りを待っていた。。

「君達、よく頑張った!

 準決勝が大きな山だった。

 日本の曲がアメリカで認められるか、私も多少の不安があったが、君達は、どんな形であれ乗り越える事が出来た。

 素晴らしかったぞ!

 確実に、歌劇Y&Aの認知度も上がり二人のファンが増えている。

 見ての通りだ!」

 マジックミラーになっている、窓ガラスの外は、多くの歌劇Y&Aを見たさに沢山のファンが歩道を埋め尽くしていた。

「しかし、エニー・マーラって女性、かなりの強敵だ!

 迫力があって、実に美しい歌声だ!

 顔は、全然だが…

 そして、ファイナルに上がって来た、もう一組の女性七人のユニットバンドだ。

 アメリカ出身とアイドル性も高く人気は、君達より超えている。

 実力も、かなりのものだ!

 ファイナルは、大変な闘いになるぞ!

 ファイナルまでの一週間、完全に演劇の英語を覚えてくれ!」

 その時、福岡歌劇の事務所から電話があった。

「橋本さん、至急、自宅に電話をして下さい。」

「いったい、何があったんですか?」

「おばあさんが倒れたそうで…、橋本さんに連絡を取りたかったそうですが、なかなか連絡が取れなかったみたいで、こちらに連絡が…」

 

「えっ…おばあちゃんが倒れた…」

 

 若菜は、直ぐに国際電話を入れた。

 

「若菜かい…」

「お母さん…おばあちゃん、大丈夫?」

 電話の向こうで、お父さんが泣いているのを若菜は、気づいた。

「もしかして、おばあちゃん…」

「つい、さっき、おばあちゃん息を引き取ったのよ。

 おばあちゃん、亡くなる前、若菜、若菜って、ずっと言っていたよ。

 早く、若菜の娘役を見たいって…

 立派になって帰って来るのを、おばあちゃんは心待ちにしていたのに…」

 

「おばあちゃん…」

 

 《若菜は、その時、直ぐに、おばあちゃんの元に帰りたかったに違いないが若菜は、おばあちゃんに約束を果たしたかった。って言ってたなぁ…》

 

「若菜君、帰らなくていいのか?」

「いやっ、大丈夫です。

 練習、始めましょう。」

 ジミー・ブラウンは、遠くから若菜を見ていた。

 なんて強い子だ…

 

 そして、若菜は、何もなかったかのように演劇の練習に没頭した。

「若菜ちゃん、いつも以上に迫力が凄くないか?」

「ほんと!そして、凄い勢いで覚えている。

 あんな若菜みたのは初めてだよ。」

 

 《しかし、若菜は、ホテルで一人になった時、ベッドで、おばあちゃんと過ごした日々を思い出し、ずっと泣いていたそうだ。》

 

「さぁ!明日は、いよいよファイナルステージだよ!茜、大丈夫?」

「若菜こそ、大丈夫?空回りしないでね!」

「なにぃ〜!」

 島崎マネージャーも二人を見て安心した。

 明日は、絶対やってくれるぞ!

 

 

  三二、ファイナルステージ

  

 そして、ファイナルステージ当日。

 ホテルの前は、歌劇Y&Aを見たさに来てくれたファンだけじゃなく多くのマスコミも多く訪れていた。

 また、隣角を曲がった大きなツインホテルには、ここを上回るファンの山が出来ていた。

 そこは、七人組の女性ユニット、ディバ・セブンの泊まっているホテルだった。

 二つのホテルが近くにあるため、交通は麻痺状態で大混雑だ。


【俺は、歌劇Y&Aを応援するぜ!彼女達は、可愛いし、なんでも出来る。本当のプロだ!】


【俺は、ディバ・セブンが好きだ。七人、皆んな可愛いぞ!そして、俺は母国の彼女を応援したいんだ!】 


【しかし、ダークホースがいるぜ!最高に歌声が凄い、おばちゃんもいるぜ。…でも、俺達、若者には、ちょっとなぁ…】 

 

 三人は、ホテルの裏門から逃げるようにタクシーに飛び乗った。

「凄い人気だ。

 世の中が変わってしまった感じだ!

 もし、ファイナルで勝ったら、お前達は、どうなるんだ。」

「……。」

 会場に到着し、ファイナルに出演する三組と鉢合わせた。

 二組とも目を合わせるだけで通り過ぎて行った。

 これから何時間後に結果が出たら、一組だけが確実に人生が一八〇度、変わってしまう。

 

【それでは、皆様、舞台裏に集合して下さい。】

 歌劇Y&Aは、舞台裏に向かった。 

 順番は、三番目。

 若菜と茜は、悔いの残らないように誓い合った。

「若菜、私達、あれだけ練習して来たから、大丈夫だよね!

 それに私達は、三人だよ。」

 沙月…

 

 それを聞いていた、島崎マネージャーは、「親に感謝が出来るようになったか… 大人になったな。茜。」

 

「えっ…」

 

 一番手の七人組のディバ・セブンが呼ばれた。

 会場は、凄い人気だ。

 一人一人の名前が書いた手作りプラカードを持って熱狂的なファンが沢山、生まれていた。

 金の卵をファンは、追い求めていた。

 

「凄い人気だね!」

「茜、でも私達は、アイドルでもないし、自分を出し切ろう!」

 

 そして、ディバ・セブンの歌が始まった。

 見た目は、アイドルだが歌が上手い。

 絶妙なハーモニーと全員の揃ったダンス。

 島崎マネージャーも、うっとり見てる。

「マネージャー!」

「あぁ…ごめん、ごめん。」

 

 完璧な演技だった。

 鳴り止まぬ声援、もしかしたら、彼女達を観る事は、最後になるかも知れない。

 涙を抑えているファンもいる。

 七人は、明るく観客を手を振った。

 

 そして、二組目は、エニー・マーラ。

 観客は、先程みたいに黄色い声援はないが、年配の人や本当のプロの歌を聴きたい人は、彼女の歌を期待していた。

 彼女の歌は、まさしくプロの歌姫なのだ。

 観客は静まり、彼女の曲の始まりを待った。

 最初のワンフレーズで会場は、一瞬息を呑み、審査員も目を丸くした。

 彼女の歌は、会場を響き渡り、さっきまで興味がなかった若者達まで大声援がおきた。

 【あの、おばちゃん、凄過ぎだろ!俺、鳥肌が立ったよ!】

 そしてエニー・マーラの歌は終わった。

 

 そして、歌劇Y&Aだ。

 会場のコールと同時に舞台に立った。

 会場は、ディバ・セブンに引けを取らない声援で歌劇Y&Aを迎えた。

 二人は、目を丸くした。

 司会者が、

 【日本から渡って来た歌姫は、今は、アメリカ全土が君達に夢中になってる。

 今日は、何を観せてくれるんだい?

 んっ…演劇だって!

 この短い時間で演劇だって!それは、楽しみだ!】

 二人の演じる演劇のストーリーは…

 ニューヨークに住む貧困な少女、ジュリアン(若菜)は、大富豪で傲慢な男、ジョン(茜)が暮らす家の家政婦だった。

 格差のある二人は、全く別世界の生活だったがある花に触れるまで…

 花に触れた二人は、花に触れると二人の性格は入れ替わった…。

 

 この話を一〇分で演じるには、無理があったがジミー・ブラウンには、戦略があった。

 

 

  三三、戦略

  

 周りの照明が消えて、一つのスポットライトが若菜に照らされた。

 ここは、中世ヨーロッパの大きな豪邸。

 そこで家政婦で働く、貧しい姿のジュリアン(若菜)の姿が浮かび上がった。

 観客は、【あっ…若菜だ!すごく、可愛い!でも、汚い衣装だわ。】 

 そこの、御曹司の息子、ジョン(茜)の姿が現れた。

 【おっ、茜も出たぞ!カッコいい〜茜は、男役ね! 

 

 そして、ジョンは家政婦である、ジュリアンを家畜のように扱った。

 ジュリアンは、それでも耐えて御曹司の息子に従った。

 【なんて酷い事をするの?観ていられないわ…】

 と言いながらも、押さえた両手の指の隙間から観客は、しっかり観てる。

 観客は、歌劇Y&Aの演劇にのめり込んで行った。

 その時、ジョンはテーブルが汚れてる事に腹を立て、ジュリアンに怒鳴りつけた。

 そして近くにあった、花瓶の中に入っていたマーガレットと薔薇を握りしめて、怒鳴った。

「俺は真っ赤な薔薇だ。

 しかし、お前は、こんな綺麗なマーガレットには、一生慣れない!」

 ジョン(茜)は、マーガレットをジュリアン(若菜)に投げつけた。 

 ジュリアンは、薔薇を握りしめて、薔薇に謝った。

「I'm sorry」

 【ごめんなさい。】

 その時、照明が全て落ちた。

 少しずつ照明が明るくなり、傲慢なジョンが、何故か、ナヨナヨしている。

 そして、ジュリアンは、ジョンの前に仁王立ちし、

 【私は、今まで辛い時も耐えて来た。お前は、私の何を知ってる? 】

 ジョンは、謝るばかりだ。

「I'm sorry」

 【ごめんなさい。】

 

 二人は、花に触れて、お互いの性格が入れ替わった事に気づいた。

 ジュリアンは、

【あなたは、私にした事を理解出来る?】

 

 観客は、演劇にのめり込んでいった。

【花に触れた二人は、性格が入れ替わったのか! 】

【実に面白い!そして、素晴らしい演技で分かりやすい!】

 【これから、どうなるんだい?】

 

 ジョンは、直ぐ返事が出来ず、

【あなたにした、たくさんの無礼は、直ぐには、理解出来ない…時間をください。 】

 【いつになったら返事がくれる? 】

 ジュリアン(若菜)

「This reply will be spoken on Broadway.」

 【返事は、ブロードウェイで、ちゃんと言うから… 】

 ジョン(茜)

 【ブロードウェイまで皆んな待てるか?その日が来るまで! 】

 そして歌劇Y&Aの演劇は、終わった。

 

 観客は、湧いた!

 【続きは、ブロードウェイで観れて事か?これは、びっくりだ!しかし、続きが気になる…】  

 【それにしても、素晴らしい演技だった。楽しませてもらったよ。 】

 

 観客からと審査員側から、今までにない盛大な拍手と歓声で会場は、今日、一番の盛り上がりをみせた。

 二人は、観客に手を振り、鳴り止まない声援に応えた。

 

 

 結果が出るまで歌劇Y&Aは控室で待っていた。

 そこに、ジミー・ブラウンから電話が入った。

「よくやったぞ! 演技は、完璧だった。

 後は、結果を待つだけだ!」

 島崎マネージャーが、不思議に思って聞いた。

「ジミー何故、会場に来ないのですか?」

「いやっ…私は、人混みが嫌いでねぇ…しかし、ちゃんとテレビで観てたぞ。

 いい結果を期待している。」

 その言葉を残して電話は切れた。

 

 

  三四、優勝は誰の手に…

 

 そして結果発表の時が来た。

 三組が横に並んだ。

 ファイナルステージは、審査員が合格(Pass)のプラカードを上げるやり方だ。

 すなわち、審査員は、各番組放送の審査員が行っているので、番組出演の交渉権が、貰える。

 ただし優勝は、一組。

 優勝したら、直ぐに番組に出演が決定する。

 長い、このオーディションの中でファイナルステージまでたどり着いても優勝者ゼロの時もある。

 まずは、ディバ・セブンがステージの中央に立った。

 【まずは、ディバ・セブン、プラカードは、上がるか?】

 審査員からは、一枚のプラカードも上がらなかった。

 観客が悲鳴の声が聞こえる。

 【何故だ!俺は、あの七人を追い続けて来たのに…】

 無情に司会者は、先に進む。

 【続きまして、エニー・マーラ、ステージ中央にどうぞ。】

 審査員から三枚のプラカードが上がった。

 【おめでとう!優勝したら、あなたは、今日からスターだ。】 

 

 そして、最後に歌劇Y&Aが呼ばれた。

 【そして、ラストは日本から来たエンターテイナーだ!

 では、どうぞ、ステージ中央に… 】

 

 そして、審査員のプラカードは上がった。

 

 【な、な、なんて事だ!三十枚全て全員、上げたぞ!こんな事は始めてだ!】

 

 観客から響めきが起き、大声援に変わった。

 【信じられないわ。審査員全員が上げるなんて…】

 大声援の中、歌劇Y&Aは、司会者に呼ばれた。

 【優勝、おめでとう!私は、今でも、信じられない。

 プラカード全てが上がるなんて…。

 最後の演劇は、素晴らしかった!これで、先程の続きが観られるね!】

 英語の喋れる茜が司会者の質問に答えた。


 【ありがとうございます。これで、皆様は、ブロードウェイシアターで、私達の演劇の続きを観る事が出来ます。】

 会場は、笑いが起きた。 

 【おっと、宣伝上手だねぇ!さすがだ。

 ところで、この素晴らしい演技を考えたのは、誰だい?審査員、全員が知りたいそうだ。教えてくれないか? 】

「 Yes. Jimmy Brown. 」

 【はい。ジミーブラウンです。】

 

 司会者と審査員は、唖然とした。


 【あの、有名な演出家のジミーブラウンか?なんて事だ…】 

 

 実は、ジミー・ブラウンは、アメリカで、いくつもプロデュースを手掛けていたが、傲慢過ぎるやり方で、いろいろな業界ともめて、テレビ業界から姿を消したそうだ。

 

 二人は、その話を会場を後にした時に、島崎マネージャーから、その話を聞く事になった。

「さっき、関係者から、聞いたんだ。

 だから、ジミーは、会場に顔を出さなかったんだ。」 

「じゃ私達、この先どうなるの?」

「分からないさ…取り敢えず、ジミーに会って話し合おう…」

 三人は、人目を避けるように会場を後にした。

 ホテルの喫茶店にジミー・ブラウンがいた。

「ジミーなんで言ってくれなかったんだ!」

「すまなかった、島崎マネージャー。

 しかし、全て、計算通りだ。」

「どう言う事だ。俺達を騙したって事か?」

「いやっ、違う。表を見てみろ。」

 

 そこには、今までにない歌劇Y&Aのファンと報道陣の数、多くの警備員が配置されている。

「そして、テレビも見てみろ。」

 そこには、歌劇Y&Aの昨日のオーディションの様子も流れていたが、話題はジミー・ブラウンの事だった。

「業界は、私の事を許してくれないだろうが、歌劇Y&Aのファンは、君達を待っている。」

 ジミー・ブラウンの過去をマスコミや報道陣が騒ぎだてて歌劇Y&Aの人気は、更に過熱していた。

 日本から、岡田社長から電話があった。

「し、し、島崎ちゃん、おめでとう!日本でも、大変な騒ぎになっている。

 一躍大スターだ。

 しかし、噂は聞いてるぞ。

 ジミー・ブラウン…

 何処の放送局も二の足を踏んでる状態じゃないか?」

 

 

   三五、二人の行く先は…

 

 しかし、一週間経っても、何処の業界からも連絡が入らない。

 歌劇Y&Aの出演を依頼したら他の放送局から敵を作ってしまう。

 狭い業界、危険を冒してまで出演させる勇気がなかった。

 

 その時、小さな民放ラジオ局から電話があった。

 【新しく出来たラジオ局ですが、宜しければ、出演していただけないでしょうか? 】

 

「やっと来たぞ!」

「しかし、ジミー、たかが小さいラジオ局ですよ。

 もっと、テレビ局で大きな放送局の方が…」

「そんな、事を言ってられませんよ。」

 

 そしてラジオ収録当日、三人は、ラジオ局に向かった。

「何だ!このオンボロな建物は!」

 

 一人のヨレヨレのスーツを着た青年が出て来た。

 【ようこそ、いらしゃいました。私、ここのサミー・ジョンソンと申します。

 私も、審査員でいましたよ。

 だから、私にも、出演交渉権は有るんですよ。】

 三人は、古びたスタジオに案内された。

 収録スタジオに着くと、島崎マネージャーは、辺りを見渡した。

「大丈夫かぁ…それにしても汚いスタジオだ!それに、あんな若い青年で…」

 【取り敢えず、歌劇Y&Aの収録を撮らせてもらいませんか?】

【ここは、ラジオ局では?】

 【歌劇Y&Aを、このスタジオで、一週間まとめ撮りして世界に流すんです。】

「このスタジオで?」

 【私達に歌劇Y&Aとの一年契約を結んでくれませんか?必ず私が、ブロードウェイシアターで公演を実現させます。】

 

 島崎マネージャーは、ジミー・ブラウンに電話を入れて全てを話した。

「ラジオ局の社長と話をしたんですが、若いし、なんか怪しくて、でも一年契約を結んでくれないかと…」

 

「いいんじゃないですか?

 出来たばかりのラジオ局だから、彼らは勝負に、出たんだろう…。

 吹けば飛ぶような放送局だから、周りの圧力に恐る事もないんだろう…。」

 今から私は、報道陣の取材に応じるつもりだ。

 

 三人は、テレビを観ていたら、ジミー・ブラウンの会見が行われていた。

  そして、ジミー・ブラウンの過去の出来事が明かされた。

 

【以前、私は一人のアーティストを売り込む為に、プロデューサーに、多額のお金を渡して彼女をスターダムに押し上げた。

 しかし、彼女の人気が陰りが出てきて、その腹立ちか私はプロデューサーに暴力を振るった。

 プロデューサーは、おおやけには、しなかったが、私は、この業界から去ることになった。

 全て、私が招いた事だ。

 

 もし、許される事だったら、私に、もう一度チャンスを貰い歌劇Y&Aの二人をプロデュースしたいんだ。

 

 彼女達は、私が見た中で一番、輝いている。

 もっと磨けば、とてつもない光を照らしてくれるだろう。】

 

 若菜と茜はジミー・ブラウンの会見を涙ながらに見ていた。

 ジミー・ブラウンは、引き続き会見を行った。

 【今日、一一時三〇分歌劇Y&Aは、S・Jスタジオと、一年契約の出演を結んだ。】

 会場に来ていた、番組プロデューサー達は、唖然とした。

 【S・Jスタジオて知っているか?

 先を越されたぞ!】

 

 S・Jスタジオと一年契約をした事で、全ての出演交渉権は、S・Jスタジオが握った事になる。

 ただし、若菜と茜は、福岡歌劇団に所属しているので、優先権は、福岡歌劇団である事を条件に島崎マネージャーは、契約した。

 ジミー・ブラウンの会見で、S・Jスタジオの事務所の電話は、鳴り続けていた。

 

 【いつから歌劇Y&Aのスタジオ収録が流れるんだ。早く見たいんだ!】

 

 

 

  三六、翔け!歌劇Y&A

   

 そして全米、いや全世界に歌劇Y&Aのスタジオ収録が流れた。

 世界は、歌劇Y&Aに酔いしれ歌劇に対する社会現象にまで発展した。

 それから、一年が過ぎた。

 S・Yスタジオは、歌劇Y&Aに延長の五年契約を結んだ。

 日本では、これまで歌劇を知らなかった若者や外国人まで福岡歌劇団の公演は、超満員だそうだ。

 S・Jスタジオは次第に大きくなり、五〇階建ての自社ビルを建てた。

 社員も五人から、五〇〇人を超える大手の放送局になっていた。

 ジミー・ブラウンも高級なスーツに赤いマフラーをまとい、毎回、巻きタバコをくわえてスタジオ入りをしてる。

 ちょっと前の老人姿のジミー・ブラウンではなく、大富豪の老人紳士風に変わっていた。

 しかし、何も変わらないのは、ここの三人だ。

「若菜、私達、何も変わらないね。

 毎日、スタジオ収録ばかりで…

 おまけに、外にも、出れないし…」

「ほんと…この前、フロントまで行ったら、パパラッチに追い回されたよ。

 全く自由がないよ!」

「お前達、気をつけろよ!

 絶対に外には出るなよ。頼むよ!

 しかし、人気が出ても、俺達は給料が上がらないしなぁ…。」

「福岡歌劇団に所属してるから、私達は、基本給だけ…

 全て、福岡歌劇団とジミー・ブラウン S・Yスタジオが持って行くみたい。」

「善人ぶったフリをしやがって、奴らは金の亡者だ!」

 

  福岡歌劇団に一本の電話が入った。

「My name is Sammy Johnson. Is there President Okada?」

 【 私、サミー・ジョンソンと申します。岡田社長は、居ますか? 】

 事務員は、岡田社長に電話を繋いだ。

「誰だ!サミー・ジョンソンて?

 私は、英語なんて分からんぞ!通訳出来る奴を呼べ!」

「誰もいません…」

「困ったなぁ…

 はい。もしもし、My name is Okada.

 I can't speak English.」

 

 【私の名前は、岡田です。英語は、しゃべれません。】

 【それは、困りましたね…後日、ジミー・ブラウンから電話をして貰いましょう… 】

「あれっ…切れちゃったよ。

 ところで誰なの?サミー・ジョンソンて…?」

 翌日、ジミー・ブラウンが福岡歌劇団の岡田社長に連絡を入れてた。

「初めまして。私、ジミー・ブラウンと申します。」

「あ、あのジミー・ブラウンさん?

 My name is Okada 」

「いやいや、私は、日本語、喋れるから大丈夫です。」

「そ、そうですか? ところで、わざわざ何の用で、お電話を…?」

「昨日、サミー・ジョンソンが岡田社長に連絡を入れたと…。」

「あぁ〜昨日の人ですね。」

「あの人は、S・Yスタジオの社長で、今年の年末、ブロードウェイ・シアターの会場が抑えられたので、歌劇Y&Aの公演を予定したいとの話が有りました。」

「えっ…あの二人がブロードウェイに立てるの? とうとう、その日が来たのか!」

「つきましては、福岡歌劇団の公演も考えておりまして、メインは、歌劇Y&Aになると思いますが、宜しいですか?」

「な、何ですって…福岡歌劇団がブロードウェイの舞台に立てるの?信じられん。」

「答えは、急がなくても構いません。

 日にちは、まだあるので。」

「いやいや、答えは、もちろん、YESです。

 こちらの、スケジュールの調整はしますので宜しく、お願いします。

 近く、桜木彩奈と言う福岡歌劇団のトップをそちらに行ってもらいます。

 サミー・ジョンソンさんにも宜しくお伝え下さい。」

 

 

  三七、ブロードウェイシアター

 

 数日後、桜木彩奈がジョン・F・ケネディ空港に到着して、島崎マネージャーが迎えに行った。

「長旅、ご苦労でした。

 お疲れでしょう。荷物、私が持ちます。」

「あぁ、貴方、島崎のお父さん、マネージャーで頑張ってるみたいですね。」

「あの二人は…来てないの? なんか、恩知らずじゃない?」

「あの二人、公共の場に来たら大変な騒ぎになるんですよ。」

「あの二人、そんなに凄いの?」

「凄いのなんのって!今は、アメリカでは、時の人ですよ。」

「大げさな…」

 二人は、タクシーに乗りS・Yスタジオに向かった。

 タクシーの中では歌劇Y&Aのジャスの歌声がラジオから流れ、窓の外には二人のポスターが何枚も張られている。

 

「本当ね…想像以上だわ…

 日本でも、二人の話は、聞いていはいましたが、ここまで過熱しているとは…」

「こちらじゃ、歌劇Y&Aか野茂英雄と言った感じで日本ブームですよ。

 全米のビルボード三週続けて一位ですからねぇ…。」

「それは、日本でも、かなりの話題になってますが、ここまでとは…」

 

 S・Yスタジオに着いた二人は、周辺にいるファンを押しのけビルの中に入って行った。

 【今の派手な、おばさんは誰?】

 【売れない女優さん?かも…】

 

 二人は、スタジオに着くとジミー・ブラウンとサミー・ジョンソンがいた。

 そして、収録室には、若菜と茜が収録を行っていた。

 ジミー・ブラウンとサミー・ジョンソンが桜木彩奈のもとにやって来た。

「ようこそ、いらしゃいました。

 私、二人をプロデュースしてます。

 ジミー・ブラウンです。桜木彩奈さんの日本での活躍も、もちろん知っていますよ。

 今は、福岡歌劇団の名誉会長に就任されたそうで、こちらは、サミー・ジョンソンです。

 ここ、S・Yスタジオの社長です。」

 【初めまして。長旅ご苦労様です。わたしがサミー・ジョンソンです。】

 【こちらこそ、初めまして。

 私は、福岡歌劇団の会長をしてます、桜木彩奈と申します】

「歌劇Y&Aは、ただ今、収録中ですが、終われば、早速、ブロードウェイシアターの見学に行かれませんか?

 その後、打ち合わせと言う事で。

 私の車を用意してますので。」

 二人は、収録を終えて、久しぶりに桜木彩奈と逢った。

「ご無沙汰してます。

 噂は、聞いてます。名誉会長になられたそうですね!」

「橋本こそ。あっ、今は、香輝若菜ね。」

「こちらでは、そのまま、若菜と呼ばれてます。」

「そうなんだぁ、じゃあ、聖香茜も?」

「はい。私も、そのままの茜で呼ばれてます。」

「じゃ、こちらでは、芸名なんて要らないわね!

 でも、二人の活躍には、ビックリしたわ!

 私が、何十年も築いて来たのを、貴方達は、一年半で成し遂げるなんて!

 それも、私とは、桁が違うわ。全米いや世界で成し遂げるなんて…」

「いえっ…これは、全てジミー・ブラウンやサミー・ジョンソンがいたからです。」

「そう。上手いわね!若菜さん。」

「立ち話もなんですから、私の車でブロードウェイシアターに向かいましょう。」

 

 S・Yスタジオを出ると入り口の前は、ファンの渦。

 警備員が通路を確保して五人は、三列シートのキャデラックに乗り込みブロードウェイシアターに向かった。

 そこブロードウェイ通りには、沢山の劇場が有り、若菜達も始めて見る建物ばかりだった。

「ねぇ若菜…私達、こんな、凄いところで公演するんだぁ…」

「私、鳥肌が立ってるよ。」

 サミー・ジョンソンがブロードウェイシアターの中を案内した。

 【それでは、中に入りましょう。今日は、公演が無いので、ゆっくり見学して下さい。関係者には、言ってますので。】

 

 《若菜が、初めて見たブロードウェイシアターは、一生、忘れられない派手な風景と素晴らし中世を描くような会場内に圧倒したそうだ。》

 

「凄いぞ!ここが、お前達が出演するブロードウェイ・シアターか!」

 二人は、文化祭の舞台、福岡歌劇団の初舞台、オーディションの舞台を経験しているが、これは初めての主役の舞台。

 しかも、ここは、ブロードウェイ。

 

 

 

   三八、やばい…

   

 S・Yスタジオに戻り年末に行うブロードウェイの打ち合わせに入った。

 サミー・ジョンソンが【細かい日程は、福岡歌劇団に送って、ご存知だと思いますが、予定は一カ月公演を予定しています。

 一日、二回の公演で一回の公演時間が三時間、昼の部、夜の部で公演を行う予定です。

 公演の前半に福岡歌劇団のショーを行って後半は、歌劇Y&Aの演劇を含めたショーでいかがでしょうか?

 福岡歌劇団のショーの内容は全て、お任せします。

 しかし、歌劇Y&Aの舞台構成は、私とジミー・ブラウンに一任して頂きたい。

 そして、売り上げの利益は、八・二で構いませんか?

「八が歌劇団ですか?」

「えっ…とんでも無い。

 八は、私達です。」

 桜木彩奈は、呆れた顔で、「ほとんどの利益がS・Yスタジオとジミー・ブラウンさんの手に…しかも、福岡歌劇団は前座的な扱いですか?

 そして主役は、福岡歌劇団の初舞台しか立ってない二人に…。

 この話は、無かった事にして下さい。」

 

【残念ですね…分かりました。

 桜木彩奈さんは、もう少し、経営に理解のある人と思っていました。

 先程からの二人の人気を見られたでしょ。

 おそらく、福岡歌劇団だけの力では、ブロードウェイシアターを満員にする事は無理でしょう。

 しかも一カ月間も公演をしたら大赤字ですよ。

 よく考えて下さい。

 二でも安くないはずです。

 私達に任せてくれたら、福岡歌劇団に莫大な利益をもたらしますよ。

 公演中より、公演後の方がね…。」

「分かりました…。契約しましょう。」

 桜木彩奈は、サミー・ジョンソンの差し出した契約書に渋々、サインをした。

 

 《若菜は、当時を振り返り初めて大人の世界を見た。と言っていた。》

 

 契約が終わり、静まり返った部屋に、急に茜が思い出したように若菜の耳元で、「さっき、サミー・ジョンソン一日、二回の公演て言っていたよね。

 無理だよ。出来ないよ。私達。」

「何で?

 あっ…。

 花の匂いは、三時間だった…。」

 

 桜木彩奈は部屋に帰り、岡田社長に連絡を入れた。

 

「契約を結びました。」

「そうですか?ご苦労様。名誉会長様。」

「実は契約内容が……。」

「えっ…うちが二割なの…。」

「福岡歌劇団は、シリウス、ペガサス、北斗、オリオン、カシオペアの五つのスターに一週間ずつ、ラスベガスで公演を行ってもらいます。

 その間は、福岡でも残った四スターで公演を頑張って貰いましょう。」

「はい、はい。会長様。全て、貴方が決めるようになったのですね。」

「何か問題でも?」

「いえ、いえ…。」

 二人は、年末の舞台に向け、ジミー・ブラウンの指導のもと猛特訓が始まった。

 練習が終わりホテルに桜木彩奈が待っていた。

「ちょっと、話いいかなぁ。」

「はい。私達の部屋でいいですか?」と若菜は、茜の部屋を案内した。

 何故なら、若菜の部屋は、華咲舞並みの散らかり放題。

 茜の部屋に入り、桜木彩奈は、冷蔵庫のビールを取り出して、一気に飲み干した。

「ゲプッ…」

 すでに、何処かで呑んで来たみたいだ。

「あなた達の演技は、福岡歌劇団の演技とは、違うわ!ジャズにロックに、挙げ句には、歌舞伎ですって?」

 

 《若菜は、酔ってる桜木に、うなずくだけだったが珍しく、茜が桜木に抵抗したそうだ。》

 

「私達は、福岡歌劇音楽学校で、全てを学び、日本の音楽文化を学びました。

 そして、日本の良き文化を世界に通信して世界の素晴らしい物は、日本にも取り入れる事だと思います。」

 若菜は、感動した。

 桜木彩奈は、机に両手をつき、イビキをかきながら寝ていた。

 

 

   三九、ブロードウェイ公演に向けて

 

 そして、街の中は、クリスマス・イブで賑わう中、シリウスの男役、岬光也と娘役、花椿瑠衣がシリウスのメンバーを引き連れジョン・F・ケネディ空港に到着た。

「世間は、クリスマス・イブって言うのに、私達はクリスマスも正月も無いの?

 第一便って、最悪じゃない?」

「そんな事、言わないのよ!光也」

「しかも、私達は、あの二人の前座だろ。

 しかも、迎えも来てないし。」

 

「すみませ〜ん。

 遅れて、私達、島崎と申します。

 歌劇Y&Aのマネージャーをしてまして。」

「あの子達、いい身分ね!マネージャーだってよ。」

「本当!舞台も、ろくすっぽ立ってないのに!」

「あははっ…」

「お疲れとは思いますが、ホテルで、少し休んでもらって、スタジオの方を案内しますので…。」

「クリスマス・イブなのに遊びにも行けないの?」

「いえっ…ジミー・ブラウンが時間が足りないと…歌劇Y&Aを入れた全体練習で…」

「何様のつもり?」

「そんな事言わないの!光也」

 シリウス一行は、ホテルで少しの休憩を取った後、S・Yスタジオに向かった。

 そこには、桜木彩奈が歌劇Y&Aの練習を見ていた。

「ご無沙汰してます。」

「やっと、来たのね。花椿さん

 シリウスのメンバーも全員いる?」

「はい。 あの二人が歌劇Y&Aですか?

 日本のテレビで何回か見ましたが…」

 

 練習している二人を岬光也と花椿瑠衣が思わず目を合わせた。

「明日からシリウスのメンバーも練習に入ります。 今日は、ゆっくり休んで明日に備えて下さい。」 

 他のメンバー達は、クリスマス・イブをゆっくり過ごせると大喜びだったが、二人は、ヤバい事に気付いた。

 

「あの二人、半端じゃないよ!マジ凄い。」

 

 翌日、S・Yスタジオに行くと、ジミー・ブラウンがいた。

「ようこそ、いらしゃいました。

 長旅の疲れは、有りませんか?

 早速ですが、シリウスと、あの二人で最後のエンディングのダンスを合わせたいと思います。

 少しのズレも許されません。

 彼女達のダンスに付いて行って下さい。」

「私達があの二人に、付いていく?」

 

 しかし、シリウスのメンバーは、誰一人、歌劇Y&Aに付いて来る事が出来なかった。

 あの、岬光也と花椿瑠衣でさえも。

「もう一度、やり直し!

 あなた達、時間がありませんよ!」 

 練習が終わり若菜が岬光也と花椿瑠衣の元に近づき、

「練習、有り難うございました。

 体の切れとか勉強になりました。明日も宜しくお願いします。」

「あの子、私達を馬鹿にしてる?」

「……。」

「桜木さん、あの二人いつの間に…」

「あの二人の人気は本物よ。

 誰もが認めるエンターテイナーになってるわ。化け物よ。」

 

 そして、ブロードウェイ公演を控えた前日、茜は不安を若菜に伝えた。

「私達、大丈夫なの?

 最初の昼の公演は、いいとして問題は、夜の公演だよ。

 一日、二回だよ。それも、三時間。」

「やるしか無いでしょ!

 あれだけ練習したんだから。

 三人で…」

 

「沙月…」

 

 

 

   四〇、ブロードウェイ公演

   

 一九九九年一月一日(元旦) 

 

 そして、福岡歌劇初のラスベガス公演を迎えた。

 【やっと、オーディションの続きが観られるぞ!】

 【俺は、この日を待っていた。】

 

 福岡歌劇団の公演を待つ人で長蛇の列。

 公演を待つ人のほとんどは、歌劇Y&Aの初舞台を心待ちに待っていたからだ。

 連日、マスコミの報道でブロードウェイ・シアターは、凄まじい騒動になっていた。

 日本での福岡歌劇団の公演ビデオもテレビで流されて、アメリカ本土も歌劇ブームが訪れていた。

 予約チケットも販売二時間で、一カ月公演、全てが完売した。

 若菜と茜は、シリウスメンバーが来る二時間前から、会場の手伝いをした。

 主役は、歌劇Y&Aかも知れないが、若菜と茜にとって、福岡歌劇団での立場は、新人同然だからだ。

 二人は、自ら率先して働いた。

 

「おはようございます!宜しくお願いします。」

 

 そして、ブロードウェイ初日の公演がスタートした。

 会場は、超満員、一七六一の客席は、全て埋まり、福岡歌劇団、スターシリウスの公演がスタートした。

 幕が上がると全員が一列になってラインダンス。

 【実に素晴らしい! これがラインダンスか。】

 【一つの狂いもないぞ!】

 そして、会場が、若菜と茜のコールが、上がった。

  「Akane、Wakana、」

   「Akane、Wakana、」

    「Akane、Wakana、」

 スター・シリウスのラインダンスが早くなり、そして歌劇Y&Aが登場し、一列の真ん中に入って、両肩を全員で組みラインダンスに参加した。

 【若菜と茜が出たぞ!】

 【カッコい〜い!最高!】

 会場は、最高潮に盛り上がった。

 スターシリウスの中に二人が加わってた事で、シリウスは、輝きが増した。

 【やっぱり、あの二人は、凄いぞ!

 他の仲間までが、動きが良くなった気がする。】

 観客は、初めて観る福岡歌劇団の舞台に盛大な拍手と歓声を送った。

 ラインダンスを終えて、歌劇Y&Aは、観客に手を振り舞台を後にした。

 【もう二人は、引っ込むのか…】

 会場は、ブーイングが巻き上がった。

 これは、ジミー・ブラウンは、計算済みだった。

 シリウスの歌劇と演劇で場内は、歌劇Y&Aの存在を忘れブロードウェイの会場は、盛大な盛り上がりをみせた。

 【凄いぞ!日本のミュージカルを初めて観せてもらった。】

 【カッコいい!男役の岬光也のファンになったわ!】

 【私は、花椿瑠衣だわ!凄く美しいもの!そして、シリウスの皆んなも良かったわ〜】

 そして、シリウスの歌劇と演劇のショーは、終わった。

 鳴り止まぬ拍手と歓声だったが、ライトが消えて、会場に演劇の前説が流れた。

 

 

 【時代を遡り中世ヨーロッパ一六五〇年頃の話。

 大きなお城に住む御曹司ジョンと豪邸で働く家政婦ジュリアンの心が入れ替わる不思議な話である…。】

 

 大きな豪邸が舞台に現れた。

 そこで家政婦で働く、貧しい姿のジュリアン(若菜)の姿が浮かび上がった。

 【あっ…若菜だ!すごく、可愛い!でも、汚い衣装だわ。前に見た時と同じね!私、覚えてるわ!】 

 そこの、御曹司の息子、ジョン(茜)の姿が現れた。

 【おっ、茜も出たぞ!カッコいい〜。楽しみ!続きが観られる。

 

 ジョンは、家政婦である、ジュリアンを家畜のように扱った。

 ジュリアンは、それでも耐えて御曹司の息子に従った。

 観客は、歌劇Y&Aの演劇にのめり込んで行った。

 その時、ジョンは、テーブルが汚れてる事にジュリアンに怒鳴りつけ近くにあった、花瓶の中に入っていたマーガレットと薔薇を握りしめて、怒鳴った。

 【俺は真っ赤な薔薇だ。

 しかし、お前は、こんな綺麗なマーガレットには、一生慣れない!】

 ジョン(茜)は、マーガレットをジュリアン(若菜)に投げつけた。 

 ジュリアンは、薔薇を握りしめて、薔薇に謝った。

「I'm sorry」

 【ごめんなさい。】

 その時、照明が全て落ちた。

 少しずつ照明が、明るくなり、傲慢なジョンが、何故か、ナヨナヨしている。

 そして、ジュリアンは、ジョンの前に仁王立ちし、

「私は、今まで辛い時も耐えて来た。お前は、俺の何を知ってる?」

 ジョンは、謝るばかりだ。

「I'm sorry」

 【ごめんなさい。】

 

 ジョンは花に触れて、お互いの性格が入れ替わった事に気づいた。

 ジュリアンは、

「あなたは、私にした事を理解出来る?」

 

 ジョンは、直ぐ返事が出来ず…

 

 ここからが、ブロードウェイシアターの公演で見せる内容の始まりだった。

 

 

   四一、本当の進化。

 

 【ここからだわ!オーディションの続きは!やっと、続きが観られるぞ!】

 ブロードウェイシアターの会場は、静まり返った。

「私は、お父様やお母様に、甘やかされて育ったから、人の気持ちが分からなかったの…

 だから、貴方みたいに、何でも耐えたりしてる人をみたら、どこまで耐えれるか試したくなって…」 

 【茜がオカマになった!いや、本当は、茜は、女だからオカマじゃないよ!凄く可愛い!男役も娘役も出来るんだ…凄いぞ。】

「どうだい。少しの間、ジョン様は、私達の家政婦の気持ちを経験してみるかい?」

  

 前説が流れた。

 【約一カ月の間、他の家政婦も、ジョンに優しく接して厳しい一日の家政婦の仕事を教えてた。

 ちなみにジュリアンは、花を触ると性格が変わる事は、知っていた。】 

「私は、ここの、お父様に頼まれて、ジョンの教育係を頼まれていたんだ!

 この薔薇とマーガレットは、ご主人様から頂いたもの。

 この花は何代もの、ご先祖様達が正しい道を歩ませてくれた花だ。

 決して今の気持ちを忘れては、なりませぬ。

 そして、ジョンがこの花達を後世に伝えてくれ!」

 【素晴らしい!実に面白い内容だった!

 それに、若菜の男役も最高だった。】

 【あの二人、男役も娘役も出来るなんて凄すぎる。】

 そして歌劇Y&Aの二人だけの演劇は、終わった。

 観客は、総立ちしてスタンディングオペレーションが鳴り止まなかった。

 最後にシリウスのメンバーが出てきてエンディング曲、定番の【すみれの花咲く頃】を歌劇Y&Aと一緒に熱唱した。

 

 さぁ、問題は、夜の部だ!

 もう、花の力は、借りられない!

「茜、やるしかないよ!」

「おう!任せとけ!」 

「おっと、もう、男役に入ってるじゃん…」

 

 そして夜の部が開始された。

 ブロードウェイ・シアターには、昼の部を上回る報道陣やテレビ曲などが多く詰めかけたいた。

 何故ならブロードウェイ・シアター初のアメリカ本土に生放送されるからだ。

 国民の皆んなが、オーディションの続きを期待している。

 昼の部、同様にスター・シリウスのショーが、終わり歌劇Y&Aが舞台に向かった。

「茜、行くわよ!」

「沙月、見ていてね!」

 二人は、かすみ草と薔薇の花を舞台の隅に置いて二人の演劇は、始まった。

 

 二人は、昼の部と変わらず、素晴らしい演技を披露した。

 茜も若菜も全力でブロードウェイ・シアターの屋根を突き破る勢いで歌い、熱い演技をした。

 初めて、花の力を借りず二人は、夜の部を乗り切った。

 【二人の演技は、実に素晴らしかった!

 彼女達は、日本の文化を私達に教えてくれたが、歌劇Y&Aを育てたのは、私達だ!】

 初日の公演は、大成功に終わった。

 

 舞台を後にして二人は、薔薇とかすみ草を手に取った時、二つの花は、枯れ始めていた。

「沙月、ありがとう。

 あなたに逢えて、私は強くなれた。

 弱い私を薔薇の力で、強くなって、そして、自分の力で演技が出来るようになったんだよ。沙月、観てくれた?私達の演技を…」

 

「茜、これからだよ!

 私達は、やっと独り立ちしたんだよ。

 沙月は、ずっと、これからも、私達を見てるよ。」

 

 《その夜、二人の夢の中に沙月が出てきたそうだ。

 昔、逢った沙月は、十四歳。

 しかし、夢に出て来た沙月は、大人の女性になっていたそうだ。》

 

「沙月も、私達と一緒に、成長して来たんだね!」

「夢で、おめでとう。て言ってくれたよ。

 これからは、応援する事しか出来ないて言ってたけど…だって。」

「私にも一緒の事、言ってた…。」

 

 

  四〇、ファイナルステージ

 

 ブロードウェイ公演もシリウス、ペガサス、北斗も公演は大盛況で成功して、スター・オリオンが来日した。

 空港には、舞鶴翼と華咲舞が到着した。

 福岡歌劇団の人気は、アメリカでも、うなぎ登りで、スター・オリオンを待つ歌劇ファンでいっぱいになっていた。

 

「何年か前に、先輩達がラスベガス公演した時は、客は全く入らず、最終公演を待たずに終わったそうよ。」

「皮肉なものね…

 私達の世話役が今では、私達をブロードウェイに招いてくれるなんて…。」

「あの子達、世話役しながらも、私達の姿を見て、全てを盗んでたのよね。」

「アイツらの、初舞台は、酷かったが他のスターチームの話によると、あの二人、化け物に変身したみたいよ。」

「だから、どのチームも、いつも以上に練習してブロードウェイに乗り込んでくるんだね。」

 二人は、S・Yスタジオの専用車で、直ぐにスタジオ入りした。

 

「舞鶴さん。お久しぶりです。」

「おぅ、元気か?島崎、」

「はい!毎日、覚える事ばかりですが、楽しくやってます。」

「あんた、変わったね!

 最初、見た時、全てに怯えた娘だったのに、今じゃ、自信に満ち溢れてるわ。」

 

「華咲さ〜ん。」

「若菜。あんた、何にも変わらないね!」

「華咲さんこそ。」

「早く、練習するわよ。

 遊びに来たんじゃないからね!」

 

 オリオンのメンバーの隅に雅美の姿があった。

 雅美は、若菜に小さく手を振った。

「雅美、元気?隅にいないで、こっちに来なよ。」

 「…。」

 若菜、空気読んでよ。 全く変わってないんだから…

 

 スター・オリオンと共同で練習した。

 舞鶴翼も華咲舞も二人の成長に唖然とした。

 

 そして、スター・オリオンのブロードウェイ公演も終了した。

 

「若菜、私、彼と結婚してオリオンの娘役を降りろうと思っていたの。

 そして、オリオンの娘役を若菜に譲ろうと思ってたが、私の大きな大間違いだったわ。

 あなたは、オリオンの娘役で止まる人じゃなかった。

 今、あなたと代わったら、私の存在自体が無くなるような気がする。

 もう一度、見つめ直して娘役を勉強するわ!

 次の公演、一緒になったら、絶対に負けないわよ。」

 そして、最後のスター・カシオペアの公演のファイナルステージは、日本から若菜の家族、そして、茜の母も、日本からやって来た。

 若菜の母は、おばあちゃんの写真。

 お父さんは、おじいちゃんの写真を両手で持って福岡歌劇団の最後の公演を待っていた。

 福岡歌劇団のショーが終わり、歌劇Y&Aが出てきた。

 茜がマイクを持った。

 【  Akane! Akane! Akane! 】

 茜コールが巻き起きた。

 【この一カ月、私達は、凄く成長出来た。

 今日が最後だけど、最後も全力で行くぜ!】

 【 Wakana! Wakana! Wakana! 】

 続いて、若菜コールが巻き起こった。

 若菜も英語で【今日が、ブロードウェイのファイナルコンサートです。

 最後まで、演じ切りますので楽しんで下さい。】

 若菜の父は、観客の熱狂的な応援に圧倒されつつも、

「おい!若菜が英語で喋ったぞ!それにしても、凄い人気だ!」

 おばあちゃんの遺影写真を持った若菜の母は、「おばあちゃん、若菜が出ましたよ。

 若菜の成長を観ましょうね。」

 そして、二人のショーが始まり全力で駆け抜けた。

 観客は、ヒートアップし、失神者続出で救急車が何台も出動する騒ぎにまでなった。

 そして、福岡歌劇団のブロードウェイ、ファイナルステージは終了した。

 別れを惜しむファンが最後の公演を終えても帰らなかった。

 場内からアンコールが巻き起こった。

 【 Opera Y & A! Opera Y & A! Opera Y & A! 】

 公演を終えた歌劇Y&Aとスター・カシオペアが再度、舞台に出て来た。

 【おーい!皆んな、楽しんだか!

 また、逢える日を楽しみにしてるぜ!】

 【茜、カッコいい!シビれるわ!】

 茜は、若菜にマイクを渡すと、

 【次は、日本で四大ドーム公演です。

 福岡、大阪、名古屋、東京で、ちょっと、アメリカを離れますが、是非、日本にも訪れて下さいね。】

 【え〜っ…日本に帰るの…】

 観客から悲鳴が上がった。

 茜が、【S・Yスタジオで沢山、収録するので大丈夫だよ。

 そして、直ぐに戻って来るからな!】

 

 二人は、手に持った花束を、右手で天高く、差し上げ、 

 【"Boys,Be Ambitious"】「少年よ、大志を抱け」と大きく叫び、スター・カシオペアのメンバー全員も花束を天高く投げた。

 

「若菜、また、やっちゃったね!」

 観客の熱狂は、最後まで鳴り止む事は無かった。

 そして、福岡歌劇団のラスベガス公演は、無事に終了した。

 

 

   四二、世界の反響

   

 ホテルで若菜は、久しぶりに家族と再会をした。

「凄かったなぁ、迫力満点だったよ。」

「昨日の公演、おばあちゃんに見せたかった。 本当に頑張ったわね。」

 

「お父さん、お母さん、ありがとう。

 こんな、遠くまで来てくれて!」

「こんな、時にしか、来れないわよ。

 特に、お父さんと二人旅なんてね!」

「お母さん、寂しい事言うなよ。

 しかし、ニューヨークの街並みは、凄いなぁ…。

 俺も、エルヴィス・プレスリーになった気分で、リズムを取りながら、街並みを歩いたよ。」

「あなたたらっ…

 でも若菜、凄い根性だったわね。

 おばあちゃんが亡くなった時も帰らず、ここで頑張ったんだよね。

 おばあちゃん、亡くなる前日まで、若菜からの連絡はあったかい?

 元気かなぁ…?なんて毎日、心配したよ。」

 

「おばあちゃんに心配かけたね…

 おばあちゃんが亡くなった日、本当は、直ぐに帰りたかった…。

 でも、あそこで帰ったら、今の私は無かった気がする。おばあちゃんも、それを望まなかったと思う。

 おばあちゃんも、天国で応援してるよ。沙月と一緒に…。」

 

「沙月…?」

 

 そしてテーブルに置かれた、かすみ草はドライフラワーになっていた。

 

「ジミー・ブラウンですか?

 私、福岡歌劇団の岡田です。

 この度は、ブロードウェイコンサート成功ありがとうございます。」

 「いえっ…福岡歌劇団の皆様のお陰で素晴らしい公演が出来ましたよ。

 つきましては、今年、六月からの日本、四大ドーム公演を観劇Y&A二人で行う計画は、大丈夫なんでしょうか?」

「場所と日程は、抑えましたが、二人で大丈夫ですか?」

「岡田社長は、まだ、二人の実力を分かってないようで…」

 そして、二人は、二カ月の間に一年分の収録を終えた。

 そして、福岡空港に特別専用機で歌劇Y&Aと島崎マネージャー、それにジミー・ブラウンが日本に凱旋帰国した。

 「最初は、エコノミーで社長から酷い扱いだったが、帰りは特別専用機だよ。

 お前達、よくやったな!」

 空港での混乱に備え、ヘリコプターを五機用意して、羽田空港とホテルの間には、沿道警備に警官三万人を動員をしていた。 

「何あれ…。」

 飛行機を降りる時、昔、テレビで観た風景が自分達になっている。

 ビートルズが日本に来日した光景が今、自分達に…。

 日本の国旗を振る人や歌劇Y&Aのプラカードを差し上げるファン。

 空港内は、溢れんばかりの人。

「茜、あの時ってビートルズどうした?」

「確か、皆んなに大きく手を振ったよ。」

 

 二人を迎えてくれたファンに、大きく手を振った。

 歌劇を知らない若者達も、今ではアイドルをしのぐ勢い。

 歌劇Y&Aは歌では、海外や国内のアーティストのカバー曲や歌劇の曲を入れたアルバムを製作して、アメリカの歌部門でも、ビルボード連続一位を一八週の偉業を成し遂げ、日本でも、アルバム総売り上げがオリコン、年間チート一位に輝いていた。

 歌劇Y&Aを乗せた、福岡歌劇団の専用車は、沿道警備に守られてホテルに辿り着いた。

 

 そしてドームツアーは、福岡ドームから始まった。

「日本に帰って来て早速、公演って、しんどいね…。」

「温泉なんか、入ってゆっくりしてぇ〜」

「若菜、誰が見てるか分からないから汚い言葉は駄目よ。」

「はいはい。」

 

 福岡ドーム公演初日、会場は五万二千五百人の観客で超満員に膨れ上がり歌劇Y&Aの登場を待っていた。

 初の日本公演とあってファンは、この日を心待ちにしていた。

 福岡ドームの屋根は開き、二人は、派手にヘリコプターからハシゴで降りて来た。

 爆風と凄まじい音で観客は、耳を抑えた。

 そして、日本初の歌劇Y&Aの凱旋公演が始まった。

 ジミー・ブラウンの演出で日本に無い、新しい歌劇が誕生していた。

 福岡歌劇団から五十人のバックダンサーを借り、派手やかにラインダンスから始まった。

 二人は、アメリカの修行で経験した、ポールダンスも披露した。

 高さ一〇メールあるポールを、軽々と上がって二人は、逆さまにになったり、回転等のトリック技で場内を熱狂させた。

「まるで、海外でショーを観てるみたいだ!」

「いやっ…アメリカでも絶賛されたくらいだから、彼女達は、本物よ!」

 初めて観る二人のショーは、新鮮かつ斬新だった。

 そして演劇ではヨーロッパ中世時代の大きくな、お城が福岡ドームに出現した。

「なんだあの巨大な城は…」

 会場に演劇の前説が流れた。

「それでは、歌劇Y&Aなよる、【心の変化を感じて!】を行います。

 演出 ジミー・ブラウン、 

 出演 歌劇Y&A

 

「時代を遡り中世ヨーロッパ一六五〇年頃の話。

 大きなお城に住む御曹司ジョンと豪邸で働く家政婦ジュリアンの心が入れ替わる不思議な話である…。」

 

 二人は、日本でも、最高の演技を披露した。

 場内は、二人の演技に酔いしれて、全てのドームツアーは、大成功を収めた。

 

「若菜、私達って人気が落ちるまで、ずっと、こんな状態なのかなぁ…」

「おそらくね…でも、人気が落ちるのは相当、早いと思うよ。少しでも気を抜いたらね…」

 二人は、ドライフラワーになった薔薇とかすみ草を覗いた。


 

    

   四三、新しい出発

   

 四大ドームツアー公演も成功を収めて歌劇Y&Aの勢いは止まらずアメリカだけじゃなく全世界に人気が駆け巡った。

 しかし、二人の見る風景は、派手やかな世界ばかり…

 二人は、疑問を感じた。

 私達の舞台を観に来てくれるのは、裕福な人達。

 世の中、貧困で今日一日を乗り切ろうとする人だって沢山いるはず。

 自分達は助ける事は出来ないが、楽しませる事は出来る。

 私達には歌劇や演劇がある。

 貧困で困ってる人は、豊かな心が失いかけて明日を生きろうとする事で精一杯かも知れない…

 

「茜、無料野外公演しない。

 少しでも、皆んなの心にパワーをやりたい!」

「いいね!」

 

 ジミー・ブラウンがプロジェクトする、歌劇Y&Aプロジェクトチームで全世界野外公演を計画した。

 

 島崎マネージャーは、歌劇Y&Aを含む五人のマネージャーの部長になっていた。

 「それは、危険ですって!

 誰でも、舞台に入れるですよ。

 それに、広い国定公園を使うなんて、馬鹿げてる。」

 もちろん、岡田社長も、反対した。

「ジミー・ブラウンさん、それは駄目だって!

 危険だし、ましては全く、お金が入らないんだから…

 逆に、プロジェクトチームが全世界を駆け回ったら旅費などで福岡歌劇団は、大赤字で大打撃ですよ…。」

「分かりました。全て、旅費、現地での生活は、私とS・Yスタジオに頼みます。

 そして、現地のライブ映像を全世界に流します。

 岡田社長は、この話には、乗らないて事でいいですね。」

 

「その話、やっぱり乗ります。」

「それでは、福岡歌劇団は、半額負担してくれますか?

 しかし、放映収入は二割って事で。」

「えっ…」

 

 若菜と茜の意向で先進国を避け、貧困な国を島崎部長に希望した。

「お前達、危険過ぎるって!

 警備も相当な人数を動員しないと危な過ぎる。 

 何故なんだ。」

「茜と話し合ったんです。

 先進国だったら、私達の事を知ってるけど、発展途上国の人達は、テレビも無いし、私達の事を知らないわ。

 知らない人達に観て貰いたいんです。」

「そして、その国の民謡ダンスも覚えたいの。」

「だから、警備なしで、現地の人達と触れ合い同じ生活を体験したいんです。」

「正直な気持ち、毎日が缶詰状態で、外にも出れない毎日だったわ解ってよ!お父さん…」

「茜…」

「そこまで、思い詰めてたのか…気付かなくてすまなかった。

 一からマネージャーやり直しだな。

 俺が、お前達を守ってやる。

 最初、アメリカに行った時と同じようにな!」

 島崎部長は、岡田社長に了承を得て、二人は、まずネパールへと旅立った。

 

 若菜、茜、島崎部長、ジミー・ブラウン、そしてS・Yスタジオの撮影カメラマン三人の計七人で首都カトマンドゥに到着した。

「ふっ…何か息苦しぞ!」

 茜は、手に持った、ガイドブックを見て、

「標高千四百メートルだって、」

「こんな、ところで、お前達は、歌って踊るのか?」

 二人は、まず目にした物は、人やオートバイの多さ。

 排気ガスで空気がよどみ、道路の片隅には牛が寝ている。

 現地の人は、気にする事なく横断している状態だ。

 現地の子供達が寄って来た。

 それは、珍しいカメラの機材。

 若菜と茜の事は、誰も分からなかった。

 それが二人にとって、凄く懐かしく新鮮だった。

 

 

  四四、こんな、とこに日本人?

  

「気圧も低いし、排気ガスで空気も悪い、さすがに、ここは彼女達の喉を駄目にする、もっと田舎に行こう。」

 

「もっと、田舎だって!

 ジミーも、どうかしてるよ。

 ここは、まだ飲食出来る店も有ったり安心したのに…」

「部長、そんな事を言わずに行きますよ。」

「はい。はい。茜様。」

 

 七人は、西ヒマラヤ山脈を見渡す素晴らしい風景が見渡せるガーラ村にたどり着いた。

 そこには、もちろんコンビニもレストランもない。

 ここでは、グルン族が自給自足の生活を送っている。

「凄いとこに来たなぁ…。

 よくジミーも、こんな、へんぴな所を探したもんだ。」 

 そして、その日の夜、グルン族のガーハ村長が七人を歓迎してくれた。

 【 स्वागत छ, धेरै टाढा। हामी तपाईलाई सबैलाई स्वागत गर्दछौं।  】 

 七人は、全く言葉が解らなかったが、現地の通訳が、

「遠い所、ようこそいらしゃいました。私達は、皆様を大歓迎します。だと申しております。」

 その日の夜にグルン族から盛大な歓迎会が行われ、現地にしてみれば、豪華な食事だったが誰一人、口に合わなかった。

 そして、グルン族は民族ダンスを披露してくれた。

 決して派手ではないが、皆んな笑顔で心から楽しく踊っている。

 二人は、これがダンスの原点なんだと気づいた。

 

「現地通訳に明日、お返しの歌劇Y&Aのショーをするから、グルン族に伝えて下さい。

 そして、この広場にセッティングするようにカメラマンにも伝えて下さい。」

「ジミー、ここでするの?」

「大丈夫ですよ、島崎部長、安心して下さい。」

 

 【それは、ありがたい!

 そう言えば、山奥の隣村に、たった一人の日本人らしい人が海外ボランティアで来てるのを、わしは聞いた事がある!

 隣村の村長に聞いて、その日本人も誘おうじゃないか。】

 

「えっ…こんなとこに、日本人?」

 

 若菜(二三歳)

 茜 (二四歳)

 

 そして、三人に運命の出会いが訪れる。

 

     

     

  

     

     第二章

     

  四五、運命の出会い。

     

 やっと出て来ました。一番最初に私が出て来た事を、まだ覚えてますか?

 私、渡辺圭介は、北九州農業大学で農業を学び、その後、企業に就職するが、自分の思った仕事に就けず、三年で退社した。

 自分は、明るく住みよい生活を世界に広めたい野望が強く、各企業に自分の気持ちを前面に出して面接を受けたが気持ちが強過ぎ、面接官も圧倒され、どこからも合格の通知が来なかった。

 そして私は、ニートになり悶々とした日々を過ごしていた。

 その後、青年海外協力隊を紹介され、ここネパールのガーラ村を派遣先に選ばれた。

 一年半前にガーラ村に来て日本の大学で学んだ技術を生かして、現地の人達に技術指導に来た。

 

「 हे! केइसुकेजापान आउँदैछ। गाउँ प्रमुखले मलाई सोध्यो यदि म सँगै सामेल हुन सक्छु! 

【おい!圭介、日本人が来ているそうだ。村長が、一緒に参加しないか聞いて来たぞ!】

 

 こんな、ところに日本人が来てるのか?

 それもショーをするだと…

 観光気分で来られても困るんだけど…。

 【明日は、田植えの準備も終わった事だし行ってみようよ。】

【そうだなぁ…リン。

 久しぶりに下の村まで行ってみるか。】    

【よう、リン!久しぶりだな!隣に居るのが渡辺君か?】

 【村長さん元気にしてた? この人が渡辺さんだよ。

 いろいろ教えて貰ってるんだぁ。】

【初めてお目にかかるな、わしは、グルン族の村長のガーハだ。】

 【挨拶、遅れました。わたし、渡辺圭介と申します。】

 【ネパール語が、短い間で上手くなったなぁ…

 ところで紹介したい人物がいるんだ。

 紹介するよ。

 こちら、ジミー・ブラウンさんとカメラマンの三人、そして、日本から出た歌劇のアイドルの橋本若菜さんと島崎茜さんだ。

 そして、その隣が島崎部長、マネージャーだな!島崎茜さんの父親でもあるらしい。

 渡辺君も、久しぶりの日本人再会だ、今日は、ゆっくりして行きなさい。】

 【はい。時間は、あまり有りませんが、ご招待、ありがとうございます。】

 【リンは、ワシらと久しぶりに呑もうじゃないか!】

 【そうだね!】

 

 日本から来た七人は、もちろん村長と私の会話は、分からず、ぼーとしていた。

 

 私から、日本から来た皆様に挨拶をした。

「遠い長旅ご苦労様でした。

 私、渡辺圭介と申します。

 現在二八歳で、ここより、少し山奥で青年海外協力隊のボランティアで農業指導員を来てます。

 先程、隣に居たのが農業を教えてるリンです。

 なかなか物覚えが良くって、びっくりしています。

 現在、こちらでも、コシヒカリや秋田こまちなどの日本米も手掛けて、お花も作ってるんですよ。

 是非、お暇が有ったら観に来て下さい。」

 私は、全員に握手をしようとしたが女性二人は恥ずかしがって手を出さなかった。

「どうした?お前達…

 まさか、緊張してるのか?」

「父さん、やめてよ…。」

「でも、お前たち握手会で沢山、握手してるじゃないか?

 ねぇ、ジミー」

「握手会のファンとイケメンの渡辺君とは、違いますよ。

 男の免疫も出来て無いだろうし。」

 全員が笑った。

 しかし、若菜と茜は、下を向いてるだけだった。

 若菜達は村長の家に今日と明日、泊まる事になった。

「茜、あんた男とまともに話した事ある?」

「あるに、決まってるよ。

 ジミー・ブラウンとか、カメラマンの人とか、全然、普通に喋れるよ。」

「そうじゃなくて若い同世代の男子だよ。」

「……。話せないかも…さっき、本当は手も出せなかった。

 福岡歌劇音楽学校の時から男子禁制だったから、何か怖くて…」

「実は、私もなの…」

「おーぃ。お前達、明日の準備は出来てるか?

 誰も手伝う奴はいないぞ!

 それと、あの男、お前達を狙ってるかも知れないから気を付けろよ。分かったな、茜!」

 

 

  四六、まさか…

  

 翌日、広い広場にグルン族が集まってきた。

 二人は、予行練習をしていたが、何故が調子の上がらない歌劇Y&Aの二人。

「お前達、どうしたんだ!全然、いつもらしさが無いぞ。」

「茜、どんな大きな舞台より緊張する。

 何でだろう…」

 私は大学時代から、あまりテレビを観たり芸能など詳しくなかったので二人が今、世界の注目を集めている歌劇Y&Aなんて知る余地もなかった。

「島崎さん、あの二人、コスプレみたいな服装ですが何かの仮装パーティーでも行ったんですか?」

「仮装パーティー?

 渡辺君、面白い事、言うねぇ。

 君、知らないの歌劇Y&Aを…」

「有名人なんですか?」

「たまげた!

 わざわざ、こんな異国の山奥に来なくても、知らない日本人だっていたんだ。」

 

 島崎さんは、有名人と言っていたが、こんな、へんぴな所に有名人が来るとは、私は信じなかった。

 しかも、たった七人で…

 【圭介、あの二人、凄いカラフルな衣装だね!日本人の女の人って皆んなあんな衣装着ているの?】

 【リン、俺も初めて見た。 あんな派手な人いないよ…】

 

 そして二人の歌劇のショーが始まった。

 やっぱり、若菜も茜もいつもの演技が上手くいかない。

 最後まで調子が出ないまま、ショーは終わった。

 【圭介、グルン族の方がダンス上手いと思うよ。】

 【そうだね…リン。】

 グルン族は、それなりに喜んでくれて、私も、素人より歌も踊りも上手かったので楽しませてもらった。

 

 【カメラマン、今日の収録は、撮ったのか?】

 【はい!全て収めてます。】

 【今日のは使えん。全て廃棄しろ。】

 【は、はい。了解。】

 

「若菜、なんだろう…最初は、あの人を意識したけど舞台に立てば、そんな事、気にならないはずなのに…。」

 

「そうなのよ…」

 

 私は今日のお礼に夜、ガーハ村長の家を訪れた。

 二人は、柱の向こうから私を覗いていた。

「宜しかったら、一緒に飲みませんか?

 美味しい日本酒を持って来たもんで!」

 二人は、トコトコやって来た。

「今日は、素晴らしい歌とダンスありがとうございました。

 二人は、福岡出身ですか?」

「はい。二人共、福岡の門司出身ですよ。」

「えっ…世界は、狭いですね。

 実は、私も門司でして。」

 

「やぁ、渡辺君、来てたのか すまん、外で体を洗ってた。

 おっ、日本酒じゃないか!」

「お父さんも一緒に飲みませんか?」

「なんで、お前から、お父さんて呼ばれないかんのだ?」

「すみません…。部長でいいですか?」

「うぅん…まぁ、いいや。」

「さっきまで話していたんですが、私も門司なんですよ。」

「渡辺君は、いい歳だし彼女とかいないの?」

「そんな人いませんよ。

 中学生の頃、付き合ってる人がいたんですが、交通事故で亡くなって、ずっと引きずってるんです。

 その子から、花の種類や花の育て方を教わったんです。」

 二人は、目を合わせ、私に聞いてきた。

「もしかして、渡辺さん、花村沙月さんって知ってます。」

「その子です。

 何故、若菜さんは、沙月の事を…」

「私も知ってます。」

「茜さんまで…」

 

「どう言う事?俺、話が見えないんだけど…」

「お父さんは、黙って、どっか行ってくれる?」

「えっ…分かったよ…渡辺君、遅くならないようにね…」

 

 

  四七、沙月との関係

 

「何故、二人は、沙月の事を…」

 

 まず、若菜が自分の過去を話し出した。

「私は、門司に住んでいたんだけど、おばあちゃんの誕生日に、かすみ草をプレゼントしたの。

 のちに、直ぐに分かったわ…。

 匂いを嗅ぐと、性格が変わるって。

 気が強かった私は、女らしくなったの。

 数時間、約三時間だね。

 信じられないと思うけど…

 そして、自分が中学二年の時に沙月は、折尾に転校して来たの。

 すごく清楚な子だったわ。

 私は、おばあちゃんが大好きだった福岡音楽学校を目指して、沙月も応援して歌劇に入る事をいろいろ教えてくれたわ。

 そして、私は福岡音楽学校に受かった日から沙月は、いなくなった。

 いなくなったと言うより、沙月の存在自体が無くなったの…。

 私の頭の中でしか沙月は、存在してなかった。」

 

 続いて、茜が話し出した。

「私は中学三年の時、沙月と出会ったの。

 私も門司に住んでいたけど、沙月が転校して来て、自信のなかった私に優しくしてくれた。

 沙月は、福岡歌劇団を私に勧めてくれて、そして私は福岡歌劇団の男役にハマっていったの。

 高校生になって、沙月とは連絡が取れなくなってしまった。

 自信の無かった私は普通の高校に進学したの。

 そして、家にあった薔薇を何気に匂いを嗅いだら、急に男らしくなって福岡歌劇団の事が忘れられなくて、高校を中退して福岡音楽学校に入ったの」

 

「それって、お互い沙月との出会いが重なってない訳?」

「そうなの。

 私の方が一つ歳上だから、先に沙月に会って、その後に若菜に出会ってるの。」

「茜ちゃんは、失礼だけど何歳?」

「私が二四歳、若菜が二三歳かな?」

「ちょっと待てよ………。

 沙月は、俺と同級生で中学三年で交通事故で亡くなった。

 俺が今、二八歳、茜ちゃんが二四歳、四年後の話か…そして、若菜ちゃんは五年後の話?」

「その薔薇とかすみ草は、裏門司の山で沙月のご両親が栽培していたみたいで、私と茜は、二年後に沙月の家を訪ねたわ。

 そして、沙月が七年前に交通事故で亡くなっていた事に気付いたの。」

「確かに沙月の家で、薔薇やかすみ草を栽培していた。

 沙月は、ご両親と一緒に栽培を手伝って私にも、いろいろ教えてくれた。

 だから今、ネパールのガーラ村でも沢山の薔薇や、かすみ草も栽培してるんですよ。

 明日でも良ければ、山に登ってみませんか?

 あっ…すみません。

 話が脱線して…沙月は、二人に対して違う性格で接していたんですね…

 茜さんの場合は、男ぽく、若菜さんの場合は、女らしく。

 自分の知ってる沙月は両面を持ってました。

 時には男らしく私を怒り、時には女らしく私を慰めたり、そんな沙月が大好きでした。

 しかし、不思議な話だ。

 先程の演劇と話が似てる気がする。」

「あれはジミー・ブラウンの脚本で、最初に聞いた時はビックリしたわ。私も茜も。」

「じゃ、その薔薇とかすみ草って今は?」

「私達、ブロードウェイの舞台で花の力を借りなくても、どうにか成長する事が出来た時、花は枯れて今は、ドライフラワーで大事にしてるんです。」

「二人はブロードウェイに出たの?

 しかし、あの演技で?」

「渡辺さん、かなり失礼ですね!」

「あっ…若菜さん、ごめんなさい」

 

「不思議な話だ。

 沙月は二人の心に残っていたのか…」

 若菜は最後に言った。

「いやっ…まだ、私達の中に沙月は居るわ、

だって、今日の舞台、私達より、沙月の方が動揺してたかも…」

「なるほど…」

「あれは、二人の実力じゃなかったって事?」

「当たり前でしょ。」

「茜さん、ごめんなさい。」

 

「お前達、何時だと思ってるんだ!

 渡辺君、さっさと帰ってくれ!」

「すみません、遅くなりまして、では明日、宜しければ私の花畑に、お越し下さい。

 お邪魔しました。」

 

 

  四八、見えない糸

 

 そして翌日、若菜と茜は、私達の花畑に来てくれた。

 ここがリンが所有している畑です。

 【凄く綺麗でしょ!全て、圭介が教えてくれたんだよ。】

「…。何って?」

「あぁ、綺麗でしょ!と言ってます。」

「わっ…ホント綺麗!」「それに沢山の花畑。」

「全部、渡辺さんが栽培したんですか?」

「いえいえ。

 私は、リンや現地の人達に栽培のやり方など指導しただけですよ。

 でも、大学の時に勉強したけど、始めは、沙月や沙月の親から教わって花が好きになったんだ。

 昨日、家に帰って、いろいろ考えたのですが私とあなた達二人が、こんな所で知り合ったのは沙月の見えない糸に引き寄せられて巡り逢ったかも知りませんね。」

 「私も茜と巡り逢ったのは、見えない糸だと話していたんですよ。

 そして、渡辺さんまで引き寄せられたって事だよね…」

「沙月のお陰で私達は、ここまでこれたわ。

 この先も私達を応援してくれると思う。

 渡辺さんは、この後どうするんですか?」

 「今年で青年海外協力隊の活動期限がもう少しで満了するんですよ。

 今は何も考えてないが、人の為に役立つ事をしたいと思ってます。

 あなた達みたいに…あなた達は、これから…?」

「私達は、ネパール中を二週間滞在して、各地で舞台をして世界中に歌劇の素晴らしさをを伝える為に発展途上国を周るつもりです。」

 

「お前達、まだか!

 ジミー達が待ってるぞ!」

 

「あっ、お父さんの事、忘れてた。」

「部長でしょ!親離れしてないね!」

「違うって!どうしても、部長って呼びにくくって!」

 そして、歌劇Y&Aは、発展途上国、エチオピア、イエメン、中央アフリカ、南スーザン、ルワンダ、ギニアなど三二ヵ国を二年間に及び周った。

 各国の民族ダンスを覚えたり、生活を共にして、一緒の目線で現地の人達と生活している映像やライブ映像が全世界に流れ、歌劇Y&Aは、二年経っても二人の人気は衰える事なく、さらに帰国後も各国の著名人やロイヤルセレブが来日した時は招待されたりと二人の思ってもない道に進んでいった。

 そして、ライブ映像で入った放映料で発展途上国の村に学校や病院と次々に建設した。

 

 しかし茜は、南スーザンで出会った一人の民族に恋をしてしまう。

 素朴な優しさに触れ、茜にとって初めての恋がスタートした。

 でも茜にとって許される恋では無かった。

 福岡歌劇団は恋愛禁止、ましてや父親が本部長だ。

 しかも、相手は南スーダンの現地のヌエル民族。

 茜は、彼のたくましく生きる姿に惚れた。

 

「どうしても、アラザンに逢いたい♡♡♡」

 茜の心は、抑える事が出来ずにいた。

 しかし、二人は今まで以上に忙しい生活が始まっていた。

 もちろん年三回、福岡歌劇団では歌劇Y&Aと福岡歌劇団コラボの特別公演を開催していた。

 福岡歌劇団の会場じゃ入りきれないので、福岡ドームを使用しての舞台だった。

 

「私達、歌劇音楽学校を卒業して、実際に皆んなと一緒の舞台をしたのは、初舞台の一回だけだよね。」

「私達は、今の現実を喜んでいいのかな?

 福岡歌劇団に入りたくて、毎日、夢みて努力した姿が今なんて…」

「沙月も、今を喜んでいるかな…」

 

 その時、二人に驚きの朗報が届いた。

 世界ノーベル平和賞が二人に決まったと島崎本部長(本部長に昇進していた)から電話があった。

 内容は、全世界の恵まれない人々に勇気と希望を歌と踊りで娯楽を伝え学校、病院の建設。

 歌劇Y&Aの平和に対するスピーチで国内の反乱、戦争は減って訪問国は、歌劇Y&Aを神だと持ち上げている。

 

 その時、私は日本に帰って来て政治家を目指していた。

 何故だって…。

 私が若菜さんと茜さんを見た日から、私は、このままで良いのか…。

 私にしか出来ない事がきっと有るはず、私は毎日考え続けた。

 二人に再会した日には、対等の立場でいたい。

 そして出した答えは、政治家になる事だ。

 今の政治のままで良いのか。

 テレビや報道で聞くのは政治批判ばかり。

 汚い、政治の汚職に私は終止符を打ちたかった。

  自らの地位や職権を利用して横領、収賄や天下り。

 私は絶対、そんな政治家は許さない。

 私の手で今の政治を変えてみせる。

 

 私は、門司の統一地方議員から立候補したが一年目は落選…。

 知名度も無いし、大した学歴もない、そして政治の経験もない。

 そして一番大事な、お金もない。

 アルバイトをしながら供託金を貯めたが。

 もちろん選挙カーたる物も無い。

 有るのは、明日を夢みる根性だけ!

 

 

  四九、再開

  

 歌劇Y&Aは、個人での仕事も増え、月の半分は別行動が続いていた。

 テレビ出演や海外からの取材などが殺到していた。

「今日は、初めての門司で講演だわ!

 ちょっと、離れると懐かしいなぁ…」

 若菜が車中から、ふっと外を眺めるとポスターの看板が…そこには、私の選挙ポスターを目にしたそうだ。

「えっ…渡辺さんの写真だ!

 何で渡辺さんが選挙に立候補してるの?

 前田マネージャー(若菜専属のマネージャー四八歳男性)これって、地方選挙のポスター?」

「統一地方選の門司ですね。

 この時期、選挙カーがうるさくて困りますわ!」

「前田さんは、政治とか詳しいの?

「私は全く…。

 自慢じゃありませんが、選挙の投票なんか一回も行った事が有りません!」

「自慢する事ですか? でも私も…」

 

 しかし、こりゃあ、暑いなぁ…今日も自転車で選挙活動。

 門司駅とかで話しても、誰も聞いてくれないし。

 今日も、自転車で海岸沿いを走って、手を振りまくるしかないか…

 

「久しぶり!遠くに関門橋が見える!

 天気もいいし、門司港レトロにでも行きたいなぁ!」

「今日は、門司港のホテルで講演だから、最上階から門司港レトロが見えますよ。」

「歩いて散策したいの!」

「無理ですよ!一生。」

 

 そして私は、若菜と偶然とも言える二回目の再会をした。

 

「あれっ…あの自転車に乗ってるハチマキとタスキしてる人は?」

「あぁっ選挙の立候補ですかねぇ…」

「渡辺圭介? えっ…渡辺さんだ!」

「渡辺さーん!」

 

「あっ…若菜さんじゃないですか?何でこんな所に…?」

「今日、門司港ホテルで発展途上国での現地との交流の話を講演で話すんですよ。

 あっ…、よかったら、ご一緒に講演に参加しませんか?

 渡辺さんも講演に来て下さった方に、青年海外協力隊の話もしてくれたら助かるんですが…一人じゃ時間を持たせる事が苦しくて。

 それに選挙のアピール存分にして下さい。私も応援します。」

「本当ですか?私なんかの話で…」

「じゃ決まり!良いよね、前田マネージャー」

「島崎本部長に報告しないと…」

「大丈夫!茜に連絡しとくから!

 茜が言ったら、本部長は嫌とか言わないから。」

「そうですか…? じゃ、お願いします。」

 

 若菜は茜に連絡を入れて、私との再会にビックリしていたそうだ。

「若菜だけズルいよ!

 私も会いたかったなぁ…渡辺さんに…。

 仕方ないなぁ、伝えておくわ。」

 

「時間がないわ!急ぎましょ。」

「あの、チャリは?」

「乗せられないからダッシュで付いていて!」

「は、はい。」

 

 私は必死に付いて行き、門司港ホテルの入口にたどり着いた。

「渡辺さん、えらい汗ね!背広まで、びしょびしょじゃん。

 これじぁ、講演に出れないね、どうしよう…

 そうだ、前田マネージャー、渡辺さんと体型が同じぐらいだね!背広貸してあげて!」

「えっ…私の服は?

 前田マネージャーは、トイレでも隠れておいて!」

「えっ…」

 

「すみません。私の為に…」

 

 その時、若菜の強引な性格を私は気づかず、私に対しての優しさと勘違いしていた。

 

 

  五〇、恋?

  

 ホテルの会場は、溢れんばかりの客や報道陣。

 若菜が壇上に上がり、マイクを握るとフラッシュの嵐だ。

「皆様、ただいまー。

 久しぶりに門司に帰って来たよ。

 今日は、門司で生活していた話とか、福岡歌劇音楽学校の話、オーディション、ブロードウェ公演、そして発展途上国に歌劇Y&Aとして行った出来事を、たくさん話すね。」

 

 私は、政治家を目指していたが、若菜さんは人に訴え掛けて喋れる会話は素晴らしく、誰もが若菜に注目した。

 私とは格段に人を惹きつける力が違い過ぎる。

 私も知らず知らずのうちに彼女の魅力に吸い込まれていった。

 

「……そして、発展途上国に向かった歌劇Y&Aは、最初の土地ネパールのガーラ村にたどり着いたの。

 そこには、私達が生活している便利な物なんて何も無かった。

 でも、彼らは私達以上に温かさがあったの。

 そこで、たまたま青年海外協力隊の一人の日本人に出会ったの

 その人は、現地の人達にボランティアで農業指導員をしながら日本のお米を作ったり、お花畑で花を栽培したりしていたわ。

 彼は、活動期限が満了して日本に帰った事は聞いてはいましたが、まさか、こんな所で再会出来るとは思わなかったわ」

 場内は騒めいた。

「その人は隣にいる方、渡辺圭介さんです。自己紹介して貰っても構いませんか?」

 

「渡辺圭介です。

 私はガーラ村で歌劇Y&Aに出会えた事は衝撃でした。

 私は彼女達が大スターとかで衝撃を受けたのでは無く彼女達は、ガーラ村で歌やダンスで交流をはかり一人一人と向き合ってくれた。

 そして、村の皆んなは彼女達に引き込まれていった。

 彼女達が居なくなっても永遠と村の灯りが消えない感じだった。

 村は争いが無くなり、村にはポスターが貼られ、歌劇Y&Aの信者が列を作り朝から晩までポスターの前で、お祈りでした。

 私も彼女達みたいに人の役に立ちたい。

 皆んなに喜ばれる人間になりたい。

 そんな事を彼女達が私に教えてくれたんです。

 私は日本に戻り、私が今の日本に貢献出来る事を考え、数々のアルバイトをしながら政治家になる事を目指す事に決めました。

 しかし、そんな気持ちだけだったら駄目なんです。

 地位も名誉もお金の無い私に誰も見向きもしてくれません。」

  私は、一気に会場の雰囲気を悪くした。

 「アイツ結局、選挙をいい事に若菜様を利用してるだけだよ!」

「若菜様も何で、わざわざ?」

「あの二人、もしかして…」

 報道陣やカメラマンは一斉に、二人に沢山のフラッシュを浴びせた。

「二人の関係は?」

「渡辺さん、若菜さんの力を借りてまで選挙に当選したいんですか?」

 マスコミや報道陣を止めるマネージャーはトイレの中だ。

 

 若菜は、壇上を叩いて会場を黙らせた。

「私は、渡辺さんを応援します。

 ネパールのガーラ村で見た渡辺さんの姿は本物です。

 現地の人達にも愛されて、ガーラ村の少しの地域だけど豊かにしました。

 私は渡辺さんだったら、この日本だってもっと素敵な世の中が作れると思います。。

 そして、私は渡辺圭介さんを尊敬してます。」

「それって、お付き合いしてるって事ですか?」

「そう取って貰っても構いません!

 私は、渡辺圭介さんが大好きなんです。」

 

「えっ…若菜さん、どうして、そんな事を…」

 

 会場は、大変な騒ぎになった。

 いやっ、日本中、いやっ世界中に…

 

 翌朝、テレビやマスコミは二人の話題で持ちきりだ。

 特にマスコミは、私に取材が集中した。

 私は若菜さんみたいに話が上手くないのでマスコミを避けて過ごしていた。

 

 その頃、岡田社長はカンカンに怒っていた。

「いったいどう言う事だ!島崎本部長!

 なんで、マネージャーが中に入って二人の話を止めなかった!」

「すみません。

 前田マネージャーは、何故かトイレにいたそうです。」

「何だと、トイレ???クビ、クビ、クビにしろ!

 それに、茜まで!あいつは現地の、何とかって部族にハマってるって、話じゃないか?

 どうなってるんだ!

 福岡歌劇団は恋愛禁止だよ!

 分かってるの?島崎ちゃん…もう、頭が痛いよ…」

 

 

  五一、二人の行方

  

 私は、若菜さんに尋ねた。

 「若菜さん何で、あの場であんな事を…?

 自分は嬉しかったですが。」

 「すみません…。私の不注意な一言で、また思った事を直ぐに言葉に出しちゃった…

 でも、渡辺さんを思う気持ちは本当です。

 以前から…沙月には悪いけど…

 改めて言っていいですか?

 私とお付き合いさせて下さい。」

 

「こんな私でもいいんですか?

 宜しくお願いします。」

 

「若菜、テレビやマスコミで大変な騒ぎになってるけど大丈夫?」

「茜こそ!大丈夫なの?

 実は私、渡辺さんと付き合う事に決めたんだぁ。」

「えっ…そうなの…」

 私も、アタックしてみようかな…

 アラザン様に♡、♡、♡。!」

 そして、二人に福岡歌劇団から処分が下された。

 一年間の公演禁止命令だった。

 

 即刻、茜は南スーダンのアラザンの元に…

 

 そして私は、市民から嫌われて地方選挙にも落選した…。

 またしても、アルバイト生活だ。

 

 しかし、私達は周りを気にせず、付き合った。

 若菜らしい振る舞いで、私達は手を繋ぎ街並みを平気で歩いた。

 だが、ボディーガード付きだが…

 世間からは、私はヒモ扱いされた。

 確かに、私は凄く情けなかった。

 

「痛いぞ!痛すぎる。

 あの二人を一年間公演禁止したら福岡歌劇団は、どうなるんだ!

 うちのドル箱だぞ!」

「分かってますって。岡田社長。」

「島崎ちゃん、何かいい手は無いの?」

「う〜ん、ない事は無いですが…」

「何だい、それは…もったいぶらずに言いなさい!」

「この際、結婚させたら問題は解決すると思います。

 福岡歌劇団は恋愛は禁止であっても結婚したら駄目って、規則は無いでしょ。

 香輝若菜に関しては、自称政治家タマゴちゃんと結婚させましょう。

 聖香茜は、元々、付き合いなんて私は認めてませんし、世間にも知られてないから南スーザンに行かせなかったら二人は直ぐに消滅しますよ。

 だって上半身裸で、手には槍を持ってる本物の発展途上国の部族ですよ。

 見たらビックリしますって… 」

 

 そして翌日、ある人物から若菜に話が来た。

 

 国民平和党の黒田潤吉総理大臣からの直接の電話だった。

「若菜さん、初めまして。私、国民平和党の黒田康次と申します。」

「えっ…総理大臣?」

「はい。香輝若菜さんの活躍は政党内でも話題になっています。

 実は香輝若菜さんに、お願いがあって電話をした次第です。

 次の参議院選挙、私達の国民平和党から比例区で立候補して貰いたくて…

 今、仕事も大変忙しいと思いますが是非、貴方の力が必要なんです。

 実は聖香茜さんには、大変いい話を昨夜、頂けました。

 彼女の方から香輝若菜さんには、内緒って事でしたが…」

「もし、私が議員になったら今の仕事は…」

「そ、その際は議員の方を優先して貰いまして、今の歌劇団の方は、一旦、休止となりますが、噂では一年間公演禁止と聞きましたが…」

「茜は引き受けたんですか…?」

「まだ、正式では有りませんが…」

「香輝若菜さんも、いいお返事を期待しています。」

 

  五二、番外編 (茜の恋)

  

 話は、さかのぼるが、茜の恋の話を始めよう。

 歌劇Y&Aは、六カ国目の南スーザンに向かった。

 そして、現地のヌエル民族と出会った。

 二人が旅した中で一番過激で危ない村だった。

 部族同士の争いや食料不足。

 ジミー・ブラウン達は、決して食料を支給せずに彼らに接した。

 それが、お互い対等に居られる条件だからだ。

 何処の国も最初は、警戒される。

 銃やヤリで殺されそうになり、何回も逃げ出した事もある。

 しかし、この村のヌエル民族は、ヤバかった。

 初日から荷物は盗まれ、ヌエル民族から石を投げられ心を開いてくれない。

 その時、茜が南スーダンのヌエル民族の歌【African style】を熱唱した。

 次第にヌエル民族が集まり、茜の歌で皆んなが踊り出し、ジミー・ブラウン率いる歌劇Y&Aのスタッフを受け入れてくれた。

 その中でも、一番世話をしてくれたのは、アラザンだった。

 アラザンは、ヌエル民族の青年リーダーで次期村長候補の二六歳の青年だ。

 アラザンには不審に思ってるヌエル民族の仲介役になってもらい、村長に紹介してもらった。

 その夜、ヌエル民族から盛大な歓迎を受けて、青年団による民族ダンスを観せてもらった。

 その中心に居たのもアラザンだった。

 茜は、何故か胸が張り裂けそうなトキメキを感じた。

 その後、歌劇Y&Aの舞台を行った。

 初めて観る歌劇、演劇にヌエル民族も一緒に踊り出し熱い夜の宴は終わった。

 

 茜は、アラザンを誘い川が流れる誰も来ない場所に行き熱いキスを交わした。

 

 もちろん、その時、島崎部長は全く知るよしもなかった。

 車でヌエル民族に別れを告げて出発する時、アラザンは、車が見えなくなるまで最後まで手を振って茜も泣きながらアラザンに応えていた。

 そして二人は、連絡を取り合い南スーダンを後にした。


 茜にとっても、初めての恋だった。

 

「茜、どうした?今回も、いつもと同じ別れだぞ!」

 

 しかし若菜だけは、気づいていた。

 

 恋って、いいなぁ…

 

 日本に帰り、アラザンからの大量の恋文が島崎家に届いていた。

 ♡、♡、♡、♡ばかりの恋文だ。

「何だ?コイツ…」

「茜、アラザンって誰だ!」

「あっ…南スーダンのアラザン様よ!」

 

 島崎本部長は、その時、初めて二人の関係に気がついた。

 

  

  五三、結婚

  

 話を戻そう。

 

 ジミー・ブラウンとサミー・ジョンソンとの間でこれから先の歌劇Y&Aの方向性について話し合われた。

 【アイドルじゃあるまいし恋愛禁止なんてあり得ない】

 【私の方は、発展途上国でのライブ映像とスタジオ撮影をまとめ撮りしてるから一年間は大丈夫ですが、ジミーは、どうする考えだい?】

 【歌劇Y&Aの休止は、痛すぎる。

 下手をすれば、解散だってあり得る。

 歌劇Y&Aを待ってるファンに一年後、アッと驚く事をしたいんだが…】

 【アッと驚く事とは…?】

 【世界三大劇場スカラ座・オペラ座・コロン劇場で復帰全世界衛星生中継コンサートを開催したらどうだろう…。

 どうだい?サミー・ジョンソン、場所は確保出来るか?】

 【凄いですね!面白いですねぇ!

 それは一年間休止していても話題性十分ですよ。

 一年後でしたら歌劇Y&Aの名前を出したら、場所を押さえられるかも知れません。

 直ぐに当たってみます。】

 

 二人は、歌劇Y&Aが一年間、活動休止になった事で、自分を見つめ直す時間が出来た。

 

「渡辺さんは、沙月と付き合ってたの?…」

 

「ただの幼なじみだよ……。」

「嘘つき!

 前、沙月の事が忘れられなくて、誰とも付き合えないって言ったじゃん!」

 あぁ…沙月の事は、好きでしたが、告白は出来ずに… 

 でも、何で沙月は若菜さんと茜さんの前に現れたのかなぁ…

 二人は、そのまま歌劇に入っても若菜さんは男役、茜さんは娘役で十分に活躍出来たのに、わざわざ逆をさせて試練でも与えたんだろう?」

「試練…?

 沙月のおかげで私達は、成長する事が出来たけど…」

 

  その夜、若菜は夢を見た。

 夢の中に沙月が現れ「若菜、久しぶりだね…活躍ずっと見てたよ。

 お願いがあるの…

 圭介君の事、若菜にお願いしていい?

 私、心配で…」

 そして若菜は、目が覚めたそうだ。

 

「ナベちゃん…私達、結婚しようか?」

「えっ」

 

 若菜さんは、いつからか私の事をナベちゃんと呼ぶようになっていた。

 

 その頃、若菜は国民平和党の黒田総裁に断りの電話を入れた。

「大変、嬉しい話ですが、私は歌やダンスで国民を平和にしたいと考えています。

 実は、私以上に国民の事を考えている人がいるんですが…誠実な方で、その人とは近く結婚をと考えています。

 その方は渡辺圭介と言います。

 次の衆議院議員選挙、渡辺圭介が比例区から出馬させて頂きたいのですが…」

 

「えっ…あの、香輝若菜さんと問題になった人ですか?

 政治は、スキャンダルは御法度ですからねぇ…

 それに、国民からの支持がないと…」

 

「私達が結婚したら、スキャンダルは解消されるのでは…

 それに私は、渡辺圭介を全面的に応援します。」

 

「困りましたね…知名度もなく政治経験もないアルバイト青年ですよ。

 失敗したら政権逆転ですよ…」

「大丈夫!私に任せて下さい!」

 

「香輝若菜さんが、そこまで言うので有れば、私達も全力で渡辺君をバックアップしますわ。」

 

 私は若菜さんから、その話を頂き、嬉しい反面、戸惑いもあった。

 何故なら、自分の力じゃなく、全て若菜さんが政治への道を作ってくれてるからだ。

 このまま若菜さんと結婚して政治家になっても若菜さんに、おんぶと抱っこで一生過ごすのか…

 しかし、私は若菜さんが大好きになっている。

 そして政治家にもなりたい!

 

「私は、若菜さんを一生、大事にします。

 こんな私ですが、け、けっ、結婚して下さい。」

「いいよ!今から籍を入れに行くよ。」

 

「はい。」

 その時、若菜の部屋に置かれたドライフラワーになった、かすみ草が一瞬、白い輝きをみせた。

 

 そして若菜は、茜に電話した。

「私達、結婚したよ。

 おそらく明日、ファックスで福岡歌劇団に報告すると思うけど…」

 

「おめでとう!でも世間は大変な騒ぎになるね!」

 

「大丈夫!もう慣れっこだから!

 あっ…聞いたよ。

 茜も、国民平和党で衆議院議員選挙に出馬するの?」

「うん、私達、発展途上国とか周ったでしょ…

 私も何か、もっと世界を変えたくて…」

「それで政界に???

 でも、政治家になったら歌劇の復帰は難しいみたいよ。

 簡単に辞めるの?絶対に後悔するよ、茜の性格だったら尚更…」

 

「うん、大丈夫!

 明日、南スーザンからアラザンが来るの楽しみ♡・♡・♡」

 

「島崎本部長は、知っているの?」

「あんな奴に言う訳ないでしょ。」

「えっ…駄目だ、こりゃ…」

 

 そして翌日、福岡歌劇団に結婚報告のファックスが届き、世間は、大変な騒ぎになっていた。

 不思議にファンは若菜に祝福をしてくれたが、私は、その日以来、ヒモ男と呼ばれるようになった。

 

 

   五四、選挙活動

   

 二人は福岡歌劇団に呼ばれた。

 そこには桜木彩奈、岡田社長、島崎本部長そしてジミー・ブラウンとサミー・ジョンソンとそうそうたるメンバーが揃っていた。

 そして、何故か茜の隣にアラザンが…

「何で、お前はここにいる!」

 島崎本部長が怒鳴りつけた。

 

「うるさいなぁ…島崎君、ここは私の社長室だよ。」

「あっ…ごめんなさい」

「まぁ、良いじゃないか。」

 

 桜木彩奈が若菜に一年間の休止を告げた。

「いくら結婚したとは言え、結婚前に付き合ったのは事実。

 よって一年間、歌劇Y&Aは活動を休止します。

 茜さんの方は、引き続き福岡歌劇団の一員で頑張って貰おうと思っています。

 でも、政界からの噂がチラホラ聞こえますが…」

 

「あぁ、あの話は、お断りしました。

 これから一年間、私、アラ様とコンビで頑張って行こうと思います。

 引き続きジミー・ブラウン、私達にプロデュースして下さい。」

 

 その場にいた全員が唖然とした。

「アラザンは、男だぞ!福岡歌劇に男の踊り手なんて入れる訳ないじゃないか!

 ましてや、あの泥棒猫が!」

 島崎本部長は、右手を強く握り締めて、テーブルを叩いた。

「やめて下さいよ。私のテーブルなんですから」

「あっ、すみません…」

 

 ジミー・ブラウンもさすがに困った。

「えっ、茜とのコンビですか…二人だけのミュージカルなんか考えても良いが一回観ないと答えようが有りませんね…

 まぁ、その話は後ほどで…

 実は今回、ここに集まって貰ったのは休止後、世界三大劇場スカラ座・オペラ座・コロン劇場で復帰全世界衛星生中継コンサートを公演したいんだ!

 全世界に流す。

 もちろん発展途上国にもだ!

 世界中は、歌劇Y&Aに熱狂するだろう!三大劇場は、サミー・ジョンソンが押さえてくれた。

 急だったので、無理を言って夜中の二時だが、場所は押さえた。

 世界中に衛星放送だから関係ないだろう。

 ありがとう。サミー・ジョンソン」

 

【それまでの一年間は、歌劇Y&Aの発展途上国のライブコンサートなどがあるから人気は、維持出来ると思います。

 成功を祈ります。】

「茜、ごめんね!私の為に休止させて…」

「全然、平気だよ。

 だって、アラ様がいるもん♡、♡、♡。」

 

「I love Akane! eternally…」

 【私は茜を愛しています!永遠に】 

 

 そして、衆議院議員選挙が始まった。

 私は比例区で立候補をして、若菜は私に最大限の応援をしてくれた。

 若菜が選挙カーに乗れば、大渋滞が発生する。

 街で私と一緒に選挙活動すれば何万人の人が訪れる。

 もちろん若菜目当てだ。

 若菜が喋ると、皆んなが集まる。

 私が喋ると、ヒモ男コールがかかる。

 しかし、若菜は闘ってくれた。

 若菜は人通りの多い街角に立って、通行人に笑顔で握手を交わし、私を力一杯、応援してくれた。

「どうか、国民平和党の渡辺に一票をお願いします!」

「若菜だよ!生で若菜を観れるなんて!」

 有権者は、若菜の一言一言に聞き入ってくれた。

 有権者は、しだいに私の話も聞いてくれるようになった。

「ヒモ男も、わりといい事、言うじゃん

 少しイケメンだし。」

「もう、若菜の旦那だよ!」

「逆玉だね!」

 そして私は、国民平和党で選挙に当選した。

 まぁ、若菜の力で当選出来たもんだけど…。

 私は国民平和党の為に全力で頑張った。

 

 しかし、そこには、いろいろな派閥が存在していた。

 何故、同じ党なのに…

「渡辺君は、もちろん吉永派に入るよね!

 悪い様にはしないよ。」

 そして若い新米議員は、上手いように使われる。

 自分が思い描いた政治では無かった。

 薄汚れた世界がそこには存在した。

 口だけの公約、何一つ変わらない政治、私は政界の闇を目の当たりにした。

 そして私は、国民平和党の考えとは合わない事に気づいた。

「若菜、俺、政界に入って世の中を住み良い社会にしたかったのに無理だよ…」

 「だったら、自分で党を立ち上げたら…」

「そんなの無理に決まってるよ。新米の議員なんだから…」

「一年間、退屈だし、あなたの手伝いしてもいいんだけどなぁ…。」

 

 

   五五、裏口入学

   

「渡辺君、今度の宴に付いて来てくれないか?」

「黒田総理、何の宴ですか?」

「ちょっと私の知り合いのゼネコンの会長に会うんだが、この話は内密に進めたいので、口の堅そうな渡辺君にお願いしようと思って!」

 

 高級料亭に到着した。

 「黒田総理、遅くなってすまんなぁ」

「いえいえ私達も今、来たもんで」

「そちらの若いお方は?」

「私、新しく議員になりました、渡辺圭介と申します。」

「あぁ…歌劇何とかの、香輝若菜の旦那さんだよね。」

「実は総理、うちの孫が来年、大学受験でね、どうも頭の方が、ちょっと弱くって…

 総理、私の言いたい意味解ります?

 どうしても、大江戸大学に入れたいんだよ。

 つまらん菓子箱だが、受け取ってくれ!」

 黒田総理は、菓子箱の中身を確認した。

 お菓子の底には、札束がごっそり。

「大江戸大学なら、私の知り合いがいまして、安心して下さい。

 明日でも、私が大江戸大学の理事長に連絡して、この渡辺君を大江戸大学に向かわせます。」

「お孫さんの将来は心配なもんですなぁ…」

「渡辺君、頼みますよ。」

 

 菓子箱の札束、百万円を私のポケットに総理は、押し込んできた。

 私は、宴が終わり総理を官邸まで送り、迷わず警察に行った。

「あ、あの黒田総理が裏口入学で、お金を貰い、私のポケットに…☆●☆♪◼︎△…?」

「落ち着いて下さい。ゆっくり教えてね!」

「は、はいっ…」

 

 そして総理の汚職は世間にバレた。

 

「ナベちゃん、明日からどうするの?」

「裏切って警察にチクったから国民平和党には、戻れないよ…」

「ナベちゃんらしかったね!

 でも、議員は辞める事ないよ。

 新党でも立ち上げる?

 どうせ私、暇だし、ナベちゃんの信用出来る人教えて!私、アポ取ってやる!」

「それ、バレたらヤバいよ…」

「大丈夫だって!早く教えて!

 教えろって言ってんだろうがっ!アホ。」

「は、はいっ…」

 

 その頃、茜は福岡歌劇団の練習スタジオでアラザンとダンス特訓をジミー・ブラウンが覗いていた。

「凄いじゃないか!あの腰使いは半端じゃないぞ!」

「しかし、ミュージカルになったら、覚えが悪くて…茜も呆れてます。」

「本能のまま、踊ってるんだな…」

「そうですね…」

 ジミー・ブラウンと島崎本部長は納得した。

 茜に歌わせて、アラザンは後ろで踊らせるか…

「それなら、茜一人でも良いのでは…?」

「いやっ、あの奇妙な腰使いが良いんだよ!」

「ジミー勘弁してくれよ…」

「明後日の歌番組に二人の出演が決まりました。

 決して、二人は付き合ってる事は内密にね!二人のユニット名は、茜ザンに決定だ!」

「二人は付き合ってないよね?? それに茜ザンって、そのままでしょ!

 私は、認めませんよ!ジミー、あの腰振り男め!」

 

「総理大臣が居ないなんて前代未聞ですよ。

 総理が居なくなったら、内閣総辞職が待ってます。

 そして解散総選挙になります。

 このままでは国民平和党の支持率が六%を切ってしまい、はっきり言ってヤバいです。

 いい手は、有りませんか?

 酒井官房長官。」

「うん、我が党のイケメンの高橋大臣に当たってみるか!主婦からも人気が有るし、私達の話もホイホイ聞いてくれるし、前回の渡辺君みたいに馬鹿じゃないだろう。」

「しかし、野党から解散総選挙の声で早くも盛り上がってますよ。」

「私達に敵う巨大政党はない!

 総選挙しても必ず勝てる。

 半数を超える事なんて考えられない!

 解散総選挙だ。」

 

 

  五六、新党設立

  

 若菜は私の書いた政界の信用出来る人材を全て当たってくれた。

 与党から野党まで沢山の政治家が集まった。

 それは私に付いて来てくれた政治家じゃなく、若菜の存在が大き過ぎた。

 若菜の話に吸い込まれたのか、若菜に脅かされたかは疑問だか、百人を超す議員が自ら所属する党を脱退してまで私の所に集まってくれた。

 ほとんどが若い議員、希望を持ち政界に入ったが汚い昔ながらのやり方に、ついて行けない若者が集まった。

 ただ一人、年配の原口勲(七二歳)以前、国民平和党で大臣を経験した人物だ。

 その日、原口氏は渡辺宅を訪問した。

「渡辺君達の熱い気持ちを私はいつまで持っていただろうか…私は、長い間ずいぶん忘れていた。

 君達の若い力に協力したくて、やって来たんだ。

 近いうちに賛同してくれた議員を呼び、渡辺君の思う政治、新しい党の公約を聞かしてくれないか…

 し、しかし、隣に超有名が居たら、長い人生を生きてきた私でも緊張しますわ。

 それと、新しい政党の名前も決めないと…。

 君が新しい政党のリーダーなんだから」

「お、俺が党首???」

「当たり前でしょ!」

 

「大変です、酒井官房長官。

 党を出て行った渡辺圭介が、新党を設立しました。

 そして、うちからも野党からも続々、渡辺の元に…」

「あんな若造に何が出来る!」

「しかし、渡辺の奥さんは、香輝若菜、そして背後には、原口勲がいるそうです。」

「あの原口かぁ…

 曲がった事の嫌いな原口ね…

 ズルく生きていたら、総理に一番近い人物だったのに…

 大丈夫だ!安心しろ。うちには、イケメンの高橋がいる。

 新党に何が出来る。長年積み重ねた、実績が全てなんだよ!

 ところで総理の名前に泥を塗った黒田元総理は?」

 

 警察の取り調べ室では…。

 「私は知りましぇん…」

 

 若菜のちょっとした、ポケットマネーで渡辺圭介の事務所が出来、そこには多くの議員が集まった。

 そしてその後ろに報道陣、カメラマンまた後ろに若菜見たさに集まったファン達。

 どう見ても千人以上の人集り議員達は事務に入った。

 入り口には、新党の旗が、

 《国民福党》

 皆んながテーブルに座った。

 私は、壇上に立ち、「私が、この新党、国民福党を立ち上げた渡辺圭介です。

 国民の全員に福が来る政治になるようにと国民福党にしました。

 まぁ、私と嫁も福岡出身て事も有りまして福を入れたかも知れません。」

 

「ナベちゃん、余計な事、言わないの!」

 

「それでは、私の考えた公約を発表します。

 まずは、働き方改革

 週休三日にして、働く人にゆとりを持って貰う。

 のちには、週休四日を目指し、それを補うのは、全自動ロボットの導入だ!

 介護ロボット、生産ロボット、AI導入。

 ロボットの設置は、国が半額負担して、売り上げに対して返金して貰う。

 仕事の効率も上がり人は余裕が生まれ、街にショッピングなどに行き、お金を落としてくれる。

 最初は多額の財政が必要だが、必ず十年後先には国は潤って来る。」

「若菜は、多少の不安を抱えつつも私を応援してくれた。」

 「面白いじゃないか!」

「若いもんじゃないと考えられない発想だよな!」

「昔みたいに、せこせこ働く時代なんて終わったんだよ!」

「やってやろうぜ!」

 私は、原口氏に最後に聞いた。

「いかがでしょう。原口さん」

 

「……。いいんじゃないでしょうか。」

 

 事務所前に私と若菜は、国民福党の旗を持ち、国民に旗を持ち上げた。

「若菜〜!」

 相変わらずの凄い人気だった。

 

   

   五七、解散総選挙

   

 私は、国民に訴えてた。

「住み良い生活は、時間の余裕です。

 これからは、ロボットやAIが世界を支える時代です。

 皆さん、いかがですか?

 休みは沢山欲しくないですか?

 貴方が休んでる間、ロボットが全て、やってくれるんですよ。

 それも二四時間、働きぱなしで、給料アップ、余裕が出来、仕事に行ってもロボットの管理のみ!

 最初のロボット購入は、私達が責任持って面倒を見ます。

 週休三日制を行わなかった企業や職場には、違約金を支払って貰います。

 いずれは週休四日制も考えています。」

 「面白いじゃないか!」

「働き詰めの人生なんて嫌気がしてたんだ!」

「週休三日制を守らなかったら違約金だってよ。これで、ブラック企業も無くなるかもね!」 

「分からないわよ!

 闇で働かせたりする会社が、絶対にあるよ…」

「あなたが家に居てくれたら家事や食器洗いもお願いしょうかな!」

 

「奥さん!家事も掃除もロボットですよ。

 だから安心!

 週休三日制を守らなかったら、企業に生産中止命令を出します。

 それでも守らなかったら廃業に追い込みます。

 産業ロボット業界は、莫大な利益を得るでしょう。

 私達が衆議院解散総選挙で国民福党が新たに政権交代した際には、国民の生活を私達、国民福党が守ります。

 そして皆様には、福が訪れるでしょう。」

 

「結構、強気だね!若菜さんにケツを叩かれてたんでしょうね!」

 

 そして衆議院解散総選挙が開始された。

 

「どうなんだ!うちの国民平和党で裏切り者は居ないだろうな!

 大丈夫ですよ。全員に確認していますから安心して下さい。酒井官房長官」

「国民福党なんて、私達の議席の半分も取れませんよ、安心して下さい。」

「しかし、うちの新しい高橋党首は、大丈夫か?

 さっきから震えてるぞ!」

「三日前から食が進まないようで、よろけて歩いてます…。」

 

 そして、国民福党は予想外の大進撃をして、違う政党の社会新党と協力を行ない議席を伸ばした。

 

 結果、国民平和党をしのぐ、過半数を遥かに超える圧勝で新政権が誕生した。

 首相は私。

 渡辺圭介総理大臣(三〇歳)

 伊藤博文を遥かに上回る最年少で新政権、国民福党が立ち上がっりスタートした。

 官房長官には、原口氏に依頼した。

 

 私は、公約を守った。

 しかし、国の財源は底をついていた。

「官房長官、前の政党は、どんだけ、無駄なお金を使っていたんですか…」

「底なんて、有って無いようなもんですよ。」

 

 しかし私は、ロボット、A1の導入を全職種に導入した。

 

 若菜は、私の為だけに時間を費やしてくれた。

 そして、若菜が休止して九カ月が過ぎ、久しぶりに茜に再会した。

「最近、生放送で茜を観ないねぇ…」

「アラザンが本番に弱って…ストレスに耐え切れなくって南スーザンに帰りたいって…

 でも、私とも別れたくなくって悩んでるみたいなの…」

「でも、ちょうど良かったんじゃない?

 後、三カ月で世界三大劇場公演の練習もある事だし…」

 

 そして世界三大劇場スカラ座・オペラ座・コロン劇場コンサートのチケットは、売り出し直後に完売した。

 開催が夜中の二時にも関わらず、多くの著名人や、各国の首相や大統領、各国の王室の方々も招待されている。

 もちろん若菜が首相夫人になったからだ。

「茜、何か変じゃない…

 コンサートなのに大変な著名人が集まるなんて…」

「若菜は、何故か急に首相夫人だから仕方ないよ。

 しかし、凄い展開ね!若菜は…

 私のを見てよ。」

 アラザンが隅でモジモジしていた。

 

 

  五八、世界三大公演に向けて

  

 そして、ジミー・ブラウンとの話し合いが行われた。

「君達とは約一年ぶりだ。

 この一年で二人の生活は激変したなぁ。

 若菜は、首相夫人、そして茜は、何だ!

 何キロ肥えた?」

「約、十キロ…ストレス太りで…」

「もちろん、今日から減量に励むように!

 それと今日から若菜と茜は公演に向けての練習を行なってもらう。

 今回も福岡歌劇団メンバーも参加して貰うので打ち合わせも密に行いたい。

 もう、時間はないぞ。

 私の新しい脚本で全世界をアッと驚かしてやる。

 それと名誉会長の桜木彩奈氏には伝えていたが、芸名の変更だ。

 聖香茜を変更して、アカネ。

 香輝若菜は、ワカナだ。

 そのままの名前でいく。

 君達は全世界から、そう呼ばれてるからだ。

 島崎本部長も岡田社長も宜しいですね。」

「は、はい。」

「それとアカネとアラザンのコンビは今日をもって解散だ。

 You did your best. Thank you! And goodbye」

 【君は良く頑張った。ありがとう。そして、サヨナラ。】

 アラザンは、しょんぼりして事務所を走って出て行った。

「茜、いいの?追い掛けなくって…」

「いいのよ。最近のアラザン気持ち悪くって…すぐベタベタ引っ付いて来るし、舐めるような目で私を見るの。

 今月のお給料も有るし私も、お小遣い渡してるから南スーザンに帰る、お金くらいは有るわよ。」

「茜、冷静に観る事が出来るようになったんだね。

 まぁ、この一年間、二人の関係がバレなかったのは凄いわ!

 一番、嬉しいのは、本部長だね!」

 島崎本部長は、先程からずっと手を叩いていた…。

 ジミー・ブラウンが困った顔をして話し出した。

「実は、政府が打ち出した、週休三日制をどんな職業でも導入しようとしている。

 もちろん、私達の福岡歌劇団の練習も週休三日制になってしまう。

 世界三大公演も週休三日制が導入されたら公演日程も狂ってしまう。

 政府は、ルールを守らないと莫大な違約金を考えてるみたいだ。」

 若菜は、その時、公約の恐ろしさを知った。

 休みが増えれば、全員の職業が楽になるんじゃないんだ…。

 

 きっと、似たような人だって沢山いるはず

…。

 ジミー・ブラウンは、机をたたき、

「歌劇やショーを行うのは、人間だ!

 ロボットなんかに、ショーは出来るか!」

 

 世間も少しずつ、気づき始めた。

 企業では、納期の遅れが問題になり、農業では、収穫が追いつかず心配されていた。

 

 国民福党では、

 「早く、産業ロボットで大量生産に入れ!」

「企業では早くも週休三日制を実験していて、ロボットの大量生産は追い付けない状態だそうで…」

「何だと…」

 私は、頭を抱えた。

「企業に人員を増やして、フル稼働で生産するように働き掛けて下さい。

 国から多少の補助を出すと…」

「この国の財源は底をついてます…」

「いやっ…必ず、週休三日制を違反して違法で働く奴が出てくる。

 そこから違約金を取ろうじゃないか!」

「なるほど…しかし、原口官房長官が何と言うか?」

「私が総理大臣だ!この国のトップは私だ!」

 

 

  五九、食い違い

  

  しかし、国民福党を批判してるのは、ごくわずかで、ほとんどの国民は、週休三日制を期待していた。

 そして国民福党の公約が次々と実行された。

 実際にロボットは、どんどん生産され、ロボットを生産している企業は、人員を増やして周りには中小企業も増えていき街は活気づき潤っていった。

 そして医療でも、介護ロボットが増え力仕事が減少して不人気だった介護士も増えて国は、少しずつ上昇気流に乗ってきた。

 その一方で、中高年の世代は、ロボット操作に、なかなか馴染めず、今まで必要とされてきた職人は仕事に溢れてきだした。

 もちろん、週休三日制を無視して働くサービス業なども現れた。

 国は、違約金を取り財源も少しずつ増えていった。

 ここ福岡歌劇団も、その中の一つだ。

「島崎君、このまま違法を重ねてたら、国民福党に狙われて潰されてしまうぞ。

 若菜君に頼んで、うちだけ免除して貰うように伝えて貰えないか?」

「うちだけとか無理ですよ…岡田社長。」

 

 福岡歌劇団もスターカシオペアが消滅して他のスターに分散され週休三日制を取り入れた。

 

「しかし、来年の二月から始まる世界三大公演は、無視してでも三か月間、毎日休み無しの公演を行う。

 ワカナとアカネは、三か月休み無しだ。

 他の歌劇団員は週休三日でも構わないが…」

「ジミー、結構、ハードな事させますね…」

「彼女達は随分、休んだだろう。

 私も実は財源が底をついてだね。分かるだろう。島崎君。」

 「えっ…私も三か月間無休ですか…?」

「君は、居ても居なくても関係無いから、ゆっくり休んで下さい。」

「えっ…。」

 

 そして若菜は、島崎本部長に呼ばれた。

「若菜ちゃん、いやっ若菜君?いやっ総理夫人。」

「あの〜芸名のワカナでいいです。」

「あぁ…。ワカナ、実は総理の強行な公約を少し止められないかなぁ…」

「私も、少し前から感じてました。

 彼、責任感が強く、今は前が見えて無い状態で私が言っても断固として自分を貫いているんです…」

 

「若菜、どう言う事だ!

 世界三大公演休み無しで働くだと!

 そんな事したら、野党が黙ってないぞ!

 いやっ、野党だけじゃない!

 与党からも反発が出るに決まってる。

 首相夫人が公約を無視して違約金を払うなんて、いい笑い者だ。

 頼む!それだけは、やめてくれ!」

「それは、無理。

 皆んなが私達のショーを心待ちにして待っていたのよ。

 もし、私が従って週休三日を守ったら、あなたは世界中からパッシングされるわ!

 そうなったら、政権なんて一瞬に終わりね…」

「じゃ、どうすれば良いんだ!」

「自分の無い頭で考えたら!」

「何だと!」

 私は、若菜を認めるしか無かった。

 

 そして、歌劇Y&Aと福岡歌劇団の世界三大公演の特訓が大詰めを迎えた。

 ジミー・ブラウンは歌劇Y&Aの動きを見て、

 「歌劇Y&Aは、動きを取り戻したな。

 アカネの体重もやっと元に戻ったみたいだな!」

「茜は、ご飯をやめて主食は、キャベツなんですよ。料理は、私が作ってるんですがね。」

「島崎さんマメですなぁ。」

「あの子、最近、一人暮らし辞めて私と一緒に生活してるんですよ。

 全て、私が面倒みて…家でもマネジャーと思ってるみたいで…

 前は、几帳面過ぎる位だったのに…」

「アラザンが帰って、ほっと、してるんですよ。」

「アラザンの話は、もう結構です…」

 

 そして、世界三大公演に向けて記者会見が行われた。

 報道陣は、三カ月無休を歌劇Y&Aについて鋭い質問が飛んできた。

「首相夫人が自ら公約無視ですか?」

「首相夫人が引き続き芸能活動を続けて、渡辺総理に支障は無いのですか?」

「総理とは、上手く行って無いのですか?」

 夫婦不仲説までが若菜に問われた。

 

 

  六〇、世間の反応

 

「私は一年間、お休みさせて貰い渡辺圭介と手を取り合い助けて来ました。

 しかし、総理まで登り詰めたのは、本人の実力だと思ってます。

 しかし、全てが渡辺圭介の公約が正しいとは思いません。

 家でも主人とは、かなり揉めました。」

 カメラマンから沢山のフラッシュが焚かれ

 た。

「では、若菜さんは、総理の公約に反対と捉えていいんですね!」

「若菜さんが政権交代の時、一緒に演説したのは、本音では無かったって事で良いんですね!」

 

「私は渡辺圭介に強い信念を感じました。

 あの人は、日本の風習や時代の流れをより良い方向に変えようとしているのが私には分かります。

 しかし私達、歌劇Y&Aも全世界の人々を裏切る事が出来ません。

 世界三大公演が移動日を除けて三カ月間、全世界に衛星中継されます。

 毎回、各国の著名人や私達がお世話になった発展途上国の人を招き全日、大変な騒ぎになるでしょう。

 それを週休三日の出演になったら、恐らく日本の政治が叩かれるでしょう。

 福岡歌劇団やジミー・ブラウンらと話し合った結果、放映収入の半分を発展途上国に寄付する事を決めました。

 そして…」

「若菜、ここからは、カッコいいから私に言わせて!」

 茜は、若菜からマイクを貰い、

「この三カ月、私達、歌劇Y&Aはボランティア活動で公演します。

 それなら、誰も違法行為は無いはずです。

 事実、私達の小さな力ですが、小さな村に学校が出来て病院が出来、治療を受けれない感染者も少しずつ減少していると聞いてます。

 もっと、全世界に広めたいんです。

 私達だけの小さな力ですが…」

 二人には沢山のフラッシュが焚かれ、集まった報道陣や関係者から割れんばかりの盛大な拍手喝采が起きた。

 

「若菜、君は凄い。

 これで、他の党からも非難される事がなくなった。

 僕より、君の方が総理に向いてると思うよ。」

「あなたは人の目を気にして政治してるの?

 何処で、あなたは、自信を失ってしまったの?

 自分が正しいと思ったら突き進んで行ったらいいじゃん!

 私、応援するよ。」

 

 私は、また若菜から助けられた。

 そして、若菜から沢山、成長させて貰っている。

 あの人は、無限のパワーを秘めている…

 

 そして、第一便、スターシリウスらと歌劇Y&Aは最初の公演場所イタリアのミラノ・スカラ座にたどり着いた。

 

 世界最高峰のスカラ座の建物を見たスターシリウス達は、「なんか、ちょっと地味じゃない?」

「でも、ここで二〇〇年以上もここで舞台が行われてるんだってよ!」

「中に入れるかしら…」

【はい、宜しければ、中へどうぞ!】

 中に入り、ステージから見渡すと六段になるバルコニー席の壁が細かい彫刻で美しく浮かび上がったように見える。

「凄い!ラスベガス公演も凄かったけど、伝統や文化が全部ここに詰まってる感じがする。

 こんなところで舞台が出来るなんて…」

 

「岬さん(シリウス 男役)花椿さん(シリウス娘役)今回も宜しくお願いします。」

「こちらこそ!あなた達のおかげで、夢の様な舞台を踏めるなんて、私達の方が貴方達に礼を言わないと。」

「ほんと、ありがとうね!ラスベガス公演に一緒に行った時は、あなた達を甘く見ていたけど、今では何処のスターもあなた達を目標に頑張ってるのよ。」

「あなた達に負けない演劇をするから宜しく頼みます。」

 

「やめて下さいよ。

 私達は、先輩方を見習う事が沢山有るんで…」

「なに言ってるの!

 私達の全て盗んだくせに!

 これから、部屋で一緒に呑まない?」

「お誘い、ありがとうございます。

 しかし、これから各国の大統領方のお誘いが有りまして…」

 

「それは、失礼しました…。」

 

 

  六一、三大公演開始

  

  二〇〇三年二月一日

 イタリア ミラノ・スカラ座公演を皮切りに三大公演が開始された。

 ミラノ・スカラ座の収容人数は、二千人の会場だが、全ての公演が全世界に衛星中継される。

 スカラ座に入れる二千枚のチケットは、闇業者から百万の高値で売買されてる噂さえ流れた。

 イタリアのアンドレア首相の挨拶からスカラ座公演はスタートした。

 【私の親友、圭介渡辺とは、国際会議で意気投合した中だ。

 そして、圭介の夫人、ワカナは私達、イタリアでも知らない人はいないビックスターだ。

 私は、ここで歌劇Y&Aと福岡歌劇団のショーを心待ちにしていた。

 夜中、二時の無茶苦茶な時間だが、私がスカラ座に無理を言って押さえて貰ったんだ!凄いだろ!それでは、楽しみに観させてもらうよ。】

「結局、最後は首相の自慢話だったね…

 何処の首相も変わらないね、若菜。」

「ごめん…。」

「あっ、」

 公演時間は三時間、福岡歌劇団のスターシリウスが出てきた。

 一列に揃うと、岬と花椿の掛け声でラインダンスが始まった。

 いつもとは雰囲気が違う。

 いつもは、熱い声援などて賑わう会場は、ここ、スカラ座では、場内は静まり返り観客は、息を呑んで福岡歌劇団のラインダンスと煌びやかな衣装を堪能した。

 ラインダンスが終わった途端に会場席とバルコニー席から割れんばかりの拍手喝采と声援がスターシリウスに送られた。

 岬光也がマイクを持ち、イタリア語で

 【皆さん、初めまして!スターシリウスです。

 今から、お待ちかねの歌劇Y&Aの登場です。】

 二人は、静かにスターシリウスの中央に入り、再び二人を入れたラインダンスがスタートした。

 もう、観客は、静まり返っていない。

 凄い熱狂だ。

 観客は総立ちになりシリウスと歌劇Y&Aのコラボは、徐々にエンジンのギアを上げて行った。

「Incredibile!」

 【素晴らしい!】

 【凄いぞ!彼女達、人間じゃない!ロボットだ!

 一つの狂いも無い!】

 そして歌劇へと進んで行った。

 歌劇では、岬光也とアカネの男役が甘い歌声でエルヴィス・プレスリー《好きにならずにいられない》を熱唱し花椿瑠衣とワカナは、オリビア・ニュートン・ジョンの、《愛のデュエット》だ。

 四人の息も合い、シリウスメンバーも華麗に舞った。

 【素晴らしい歌声、それにしなやかな振り付けだわ…】

 【歌劇Y&Aも、素晴らしいがスターシリウスも、凄いぞ!】

 【毎日、どんな練習をしているんだ!】

 そして、全員で、すみれの花を熱唱した。

 そして最後は、ジミー・ブラウンが演出した演劇を披露した。

 この演劇は、毎回、ストーリーの内容が変わり衛星中継で観ている人を飽きさせない為の作戦だった。

 その内容は短編になっているがストーリー自体、続きものになっている。

 今日が第一話だ。

 今回も若菜と茜が性格が変わるストーリーだがシリウスのメンバーも娘役から男役に…男役は娘役に変わってしまう内容だ。

 しかし、シリウスメンバーは、もちろん、そんな演技は出来るはずがない。

 そこをジミー・ブラウンはコメディータッチで描いた作品に作り上げた。

 場所は、ここイタリアのミラノから話は始まる。

 時は一八世紀、イタリア、ミラノの宮殿で働く青年達の話で若い帝王の下で働く女性達が恋人を妬み奪い合う物語である。

 帝王の役は、男役の茜だ。

 その恋人役には、パリの帝王の娘、ワカナが演じる。

 ワカナ姫はフランスからアカネ帝王を追ってイタリア、ミラノで恋を育んでいたが、それを妬む宮殿で働く女性達(シリウス娘役)、また、それに嫉妬する男達(シリウス男役)そんな感じで物語は始まった。

 

 

  六二、オペラ座公演

  

 【始まるわよ!】

 【わっ、凄い宮殿が現れたわ!あっ、ワカナだ!】

 若菜がスポットライトに照らされた。

 若菜の響き渡る歌声で演劇はスタートした。

 そこに帝王の茜が登場した。

 【アカネだ!カッコいいわ!】

「どうした。ワカナ姫、今日は、朝から歌なんて良い事でもあったのかい?」

 

 何故か名前はアカネとワカナだった。

 観客は、不思議がる事もなく演劇に夢中になって行った。

「アカネ帝王は、私達の憧れ、他の国から来たワカナ姫を私達は、許さない!」

 ワカナ姫を妬む宮殿で働く召使の女性達は、ワカナ姫の暗殺計画を立てていた。

 

 第一話は大成功に終わった。

 【早く、続きが観たい!続きは、テレビだわ!】

 

 そして二話に入ると銃による、ワカナ姫、暗殺計画が実行された。

 しかし、ワカナ姫の前にあった、かすみ草と薔薇の入った花瓶に助けられ、ワカナ姫の命は免れた。

 しかし、それ以来、ワカナ姫は男役、アカネ帝王は娘役に変わってしまった。

 ぐちゃぐちゃな話だが、宮殿で働く召使の女性は男役、男性も娘役に変わってしまった。

「このままでは、危ないアカネ帝王を守らないと…」

 勇しくなったワカナ姫は、情けなく、ひ弱なアカネ帝王を連れ出し、ワカナ姫の故郷、フランス、パリに逃亡した。

 そこはフランス、パリの宮殿。

 ワカナ姫の父はフランスの帝王でワカナ姫は、許されない恋をアカネ帝王にしていた。

 

 そんな感じで話は進み、次の三大公演地、フランス、パリのオペラ座ガルニエ宮と向かった。

 公演中、シリウス、ペガサス、北斗、オリオンが交互に公演を引き継ぎ、三大公演を盛り上げてくれた。

 【アカネもワカナも凄いが、福岡歌劇団の人達も、素晴らしいわ!私も福岡歌劇団に入りたい!】

 

 そんな声を聞きつけ、桜木名誉会長と岡田社長は、各国に福岡歌劇中国劇団やアメリカ劇団、ブラジル劇団の創立計画が発表され、大掛かりな建設が実行された。

 そして福岡歌劇団は世界が認める大企業に成長した。

 

 その頃、日本で徐々に週休三日制が浸透していき国民から理解される様になった。

 一部を除いては…

「うちらみたいな、商店街の人間にどうやってロボットを置くの?

 週休三日も休んでたら生活出来ないわよ!

 国が補助してくれるだって…

 でも、私達、補助金の倍の違約金払っているのよ!週休三日も休んだら明日にでも店は畳まないといけないわ!」

 一部の国民から暴動が起きた。

 ロボット工場に侵入し放火される工場まで出てきて、治安の低下が続いた。

 そして、若者は、自由を手に入れ、仕事をすれば、無気力状態。

 ロボットにも、異変が現れた。

 精密だったロボットが手抜きの作業で頻繁に壊れて暴れ出し死亡事故まで多発した。

 

「どうしら良いんだ…。

 教えてくれ、若菜。」

 

 離れ離れになって二カ月、私は自棄になっていた。

 

 フランス、パリ、オペラ座ガルニエ宮に到着した。

 中に入ると天井に巨大なフラスコ画が有り三十本の大理石で出来た円柱に細やかな中世時代の彫刻で覆われている。

 北斗のメンバーは周りを見渡し唖然とした。

「私達、今度もこんな凄い所で舞台出来るの…」

 ただ今、全世界で衛星放送で流され、何処の国も最高視聴率を上げていた。

 ジミー・ブラウンは演劇のエンディングを考えていた。

「アカネかワカナを殺してしまうか…。

 ファンは悲しむだろうなぁ…

 どちらが良いと思う?島崎君。」 

 

「えっ…演劇ですよね…どちらかと言うと

 …ワカナかな?」

「やっぱりな!君に聞いたのが間違いだったよ。」

 

 そして、第二のオペラ座公演がスター北斗と共に開演を迎えた。

 

 【しかし毎回、面白いわ!歌劇Y&Aの男役と娘役、両方の演技も素晴らしいが福岡歌劇団の入れ替わった娘役や男役の下手くそな演技も笑えるわ!

 あれって絶対、ワザとにしてるのよ!

 上手いね!】

 【あっ、始まったわよ!アカネだ!】

  ワカナ姫のフランス、パリの宮殿にアカネ帝王は逃げて来た。

 それを追ってイタリア、ミラノから娘役に変わってしまった召使(福岡歌劇団)の男役が乗り込んで来た。

 観ていて、いささか気持ちが悪い。

 何故なら男役だからだ…。

 

 イタリアから乗り込んで来た娘役とパリの宮殿で働く召使の青年達との闘いが始まった。

 【おっと!ワカナが出て来たぞ!】

 ワカナ姫は、争っている人々に優しく美しい歌声で争い事を静めた。

 【何て美しい歌声だ!

 やっぱりテレビより舞台で観ると迫力が違うわ!】

 【やっぱり、ワカナは美しいわね!】

 アカネ帝王は、「もう、私には、関わらないで下さい。

 さもないと、あなた方をクビにしますわよ…。」

 ひ弱な声で言った。

 召使は、弱々しいアカネ帝王に、納得するしかなかった。

 争い事は収まりミラノから来た召使は帰って、晴れて幸せの日々を迎えたの様に見えたがワカナ姫の父、ローレル帝王はアカネ帝王を許さずにいた。

「何だ!アイツはナヨナヨして気持ち悪い!本当にイタリアで帝王をしてたのか?

 ワシは認めん!

 さっさとイタリアに帰ってもらえ!」


 「アカネ帝王、ここで暮らそう!」

「いゃ、無理だわ。

 イタリアの国民が私を待ってる。

 しかし、今の私の姿を国民が見たら呆れるでしょう。」

「何故、私達は性格が変わってしまったんだ?」

「確か花瓶に入った、かすみ草と薔薇を銃で打った時から私達は、変わった。」

「あの花に私達を変えた何かが有るんだわ。

 きっと…。」

 

「大変です。 イタリアから大規模な軍隊が、ここに向かって来てます。

 どうも、イタリアからアカネ帝王を連れ戻しに来ている模様です。」

 

 イタリア軍は、宮殿を囲んだ。

 アカネ帝王は、乗り込んで来たイタリアの兵士達に、「私は、大丈夫!心配しないで。」

 イタリアの兵士は、不思議そうな顔で、

「アカネ帝王は、どうしたんだ!

 気持ち悪いぞ!帝王の頭をおかしくしたのは、あのワカナ姫に違いない!」

「ワカナ姫を殺して元のアカネ帝王に戻さなくては…。」

 

 二人は、第三の都市、アルゼンチンへと二人は逃げた。

 

 

  六三、最終公演コロン劇場。

 

 スカラ座、オペラ座も順調に終え、最終公演地、コロン劇場コンサートに到着した。

 最終公演の初日とあって、いろいろな国の首相や大統領、そして、渡辺圭介総理大臣も公演に招待された。

 いつもの首脳会談では私は目立たず、いつも隅。

 しかし、今回は違った。

 各国のトップの人が、やたらと私に握手を求めてくる。

 常に私が中心だ!

 私は胸を張り、各国のトップに私の公約の成果を喋りまくった。

 しかし、会釈をして握手するだけで皆んな直ぐに逃げて行く。

 私より若菜なんだ。

 私は、勘違いをしていた。

 若菜、あっての私…。

 

 福岡歌劇団のスターペガサスと歌劇Y&Aは、アリゼンチンのコロン劇場を見学した。

 アルゼンチンのコロン劇場は、入り口の天井ホールは突き抜けで。天井や窓に多数のステンドグラスが鏤められ周りは細かい彫刻で飾られ、中世を思わせる建設物だ。

「どこも、凄いわ…。若菜と茜のお陰だわ!こんな素晴らしい所で舞台が出来る私達は幸せものよ!」

「やめて下さいよ、白雪さん、(スターペガサス娘役)私達も福岡歌劇団やジミー・ブラウン、スタッフのお陰でこんな素晴らしい所で舞台を踏めるんです。」

「上手くなったね!若菜」

 

 なんとも奇妙なジミー・ブラウンの適当なストーリーだが世界中は熱狂し、二人の演技と、ちょっとコミカルな福岡歌劇団の演技が話題になっていた。

「しかし、何で私達、娘役が男役をしなくちゃならないの?」

「絶対、無理だって!頑張ってやっても観客から笑われるだけだし…。」

「観客は、コメディだと思ってるよ。」

「こっちは、マジでやってるのに…」

「何で、若菜と茜は、普通に逆を演じられるの?」

「あの子達、本当の天才よ…。」

 

 そして、私は久しぶりに若菜と会って食事をした。

「いよいよ、コロン劇場で三大公演が終了するね。」

「いいの?いろんな国の首相や大統領が来ているのに、私達二人で食事して。」

「首相や大統領は若菜達を見に来てるだけで、私なんか他国から見たら、ワカナの旦那に過ぎないだけだよ。」

「若菜は、いいのかい?私と食事して…。

 しかし、二人ゆっくり食べれないよ。

 周りは君のSPばかりで大注目されてるよ。

 さっき、フォークを落としただけで一斉にSPが立ち上がったんだから…」

「あなたもSP沢山いるじゃん!」

「いるけど、力負けして隅に追いやられてるよ。

 これからは、力の強そうなSPを頼まないと…。」

 

 「ジミー、ところで最後の結末どうなるの?

 誰も聞かされてないけど…。」

「そこなんだよ…。

 島崎君、どっちに死んで貰おうか、まだ悩んでいて…」

「えっ、まだ、決めてないの?

 もう最終公演のコロン劇場まで来たんですよ。

 私が冷静に観た限り、ストーリーが、はちゃめちゃだから、どっちでも良いような気がするんだけど…。」

「いゃ…。

 この選択は、今後、二人の生き方を左右する気がするんだ。」

「えっ、あんな、くだらないストーリーで…。」

「何だと!もう一回、今のセリフ言ってみろ!ただじゃ済まさん!」

 

 しかし、コロン劇場に移動しても、福岡歌劇団と歌劇Y&Aの衰えは無く全世界が歌劇ブームになっていた。

 【凄いぞ歌劇は! 最高のエンターテイナーだ!】

 

 

  六四、ジミー・ブラウン最後の演出

 

「桜木名誉会長さん、全世界は福岡歌劇団の世界三大公演の大成功で莫大な収入が入り込んでますよ。

 七割は、ジミー・ブラウンとサミー・ジョンソンが持っていくがね…。」

「ケチな事を言わないの!岡田社長。

 それに名誉会長さんって、あなた、私の事を馬鹿にしてる訳?」

「いえいえ」

「また、音楽学校に戻してやっても良いんだけど!」

「…。」

「今ね、ジミー・ブラウンに変わる演出家を探してるのよ!

 出来れば、若手の有望な演出家の卵をね!」

「歌劇Y&Aだったら、どんな演出家でも、客は入って収益は、見込めるわ!」

「なるほど!そうなったら、全ての収益が福岡歌劇団に転がり込むって事だよね。」

「んっ…。」

 ですね。でした。すみません。」

 

「若菜、茜、久しぶり!」

「あっ、雅美じゃん、元気してた?」

「私、役を貰ったんだよ。」

「知ってる!台本見てビックリしたの。

 これから、スター街道爆進だね!」

「歌劇Y&Aに比べたら、話にならないわ!」

「頑張りましょ!」

 

 演劇の続きの、どうでもいい内容だが…。

 ワカナ姫を狙って、追ってくるイタリア軍を二人は逃げるようにフランスを後にした。

 アカネ帝王と帝王の娘ワカナ姫は、自分の地位や身分を捨てて、ここアルゼンチンのブエノスアイレスに渡った。

 ブエノスアイレスには、ワカナ姫を昔から可愛がってくれていた、叔父のパトリシア帝王と叔母のジョンリナが居るからだ。

 

「長い旅だったわ!ワカナ姫。」

「アカネ帝王、帝王らしく、男らしく話してくれないか!

 そんな、姿をパトリシア帝王とジョンリナが見たら泣いてしまうぞ!」

「分かってるわ…。

 でも、無理なの…ワカナ姫だって、変よ。

 もっと、女性らしく振る舞って!」

「それが無理なんだ…。」

 

 ブエノスアイレスにある宮殿に二人は、たどり着いた。

 待っていたのは、叔父のパトリシア帝王(スターオリオンの舞鶴翼)

 そして、叔母のジョンリナ(スターオリオンの華咲舞)だった。

 そして、帝王の娘役、シーシア役に(沢田雅美)が抜擢されていた。

 「アルゼンチンまで、よく来たな!ワカナ姫。

 隣に居るのはイタリアのアカネ帝王じゃないか!

 まぁ、中に入りなさい。」

「ワカナ姫、久しぶり!」

「ジョナル姫も大人になったなぁ!」

「ワカナ姫は、何か男ぽくなったみたい。」

 会場は、大爆笑だ。

 二人は、パトリシア帝王に全てを話した。

 性格も変わる事も…。

「何って事だ!

 よく見たらアカネ帝王、ナヨナヨして気持ち悪いなぁ…。」

 観客は、アカネ帝王の動きに大爆笑をした。

 そんな感じでストーリーは進んで行った。

 

 コロン劇場でも公演は進み中盤に差し掛かった。

 コロン劇場でも、歌劇Y&Aの人気は、凄まじく観客を熱狂させた。

 【あの二人、凄い演技だわ!喋るだけで鳥肌が立つわ!】

 

 若菜は、ジミー・ブラウンから呼ばれた。

「最終公演の日、お前はイタリア軍から暗殺される。

 これは、この公演の最大の見所だ。

 しっかり、台本を見て最高の演技を見せてくれ!」

「急、過ぎますって!そして私、死んでしまうんですか?」

「そうだ!でも、もちろん芝居だけどな!

 全世界は、ビックリするぞ!」

 観客、スタッフ、共演者は最終公演の内容を知らされず公演の終盤を迎えていた。

 世界中のファンは、いろんな予想をしていた。

「イタリア軍がワカナを許して、二人は結婚するのよ。」

「ブエノスアイレスで二人は、パトリシア帝王の後に帝王になるんだって!」

 世界中、ジミー・ブラウン演出の演劇に誰もが注目していた。

 そして、全てのスタッフや関係者が呼ばれて最後の打ち合わせが行われた。

 ジミー・ブラウンが、「イタリア軍がワカナを銃で暗殺する。

 その時、全ての照明を消すんだ!

 そして、照明が入り、明るくなってワカナは見えない糸に吊るされ天国に旅立つのだ…。」

 初めて、スタッフ、関係者にジミー・ブラウンは全ての演出の内容を明かした。

「えっ、ワカナが死ぬだって…。」

「全世界が泣くぞ!それが演劇だとしても…。」

「演劇に入り込んでる熱狂的なファンは、悲しみの余り、イタリア軍を演じてる、スターオリオンに被害が及ぶ可能性だって有るかも知れませんよ…。」

「演劇が終われば、元気なワカナが出て来て挨拶すればいい。

 テレビでも、これは演劇なんだと、しっかり伝えたら、納得してくれるだろう」

 

 

  六五、ワカナ暗殺計画

  

 コロン劇場には首脳会談以上の多くの国を代表する人達が早くも集結して、私もアルゼンチンのブエノスアイレスに長期在住していた。

 もちろん、若菜に会う為の私用だ。

 若菜は忙しい練習を終えて、久しぶりに夜、若菜と食事をした。

「いよいよ、明日だな…

 三カ月間、お疲れ様、大変だったね。」

「まだ、一日あるよ。

 それに明日は私にとって一番、大事な日だから…。」

「それって、どういう事?」

「明日、私は死ぬのよ…。」

「何、言ってるんだ。 演技の話だろ…。」

「そうだけど、なんか怖いの…。

 ナベちゃん、かすみ草の花言葉て知ってる?」

「んっ…。分からない。」

「かすみ草の花言葉は、七つ」

「永遠の愛」「幸福」 「純潔」 「感謝」

「清らかな心」 「無邪気」 「親切」

 

 二〇〇三年四月二九日、三大公演の最終公演を迎えた。

 福岡歌劇団から、全てのスターが勢揃いした。

「初めてね!スター全員が舞台に立つなんて…。

 私達の付き人が、今では世界的なスターだよ。

 私達は、あの二人から逆に沢山の事を教わったわ…。」

「そうだね…。翼。」

 

 朝から近くにある四つ星ホテルの会場を抑え著名人や首相、大統領が会場を埋めていた。

 取材どころではない。

 著名人、首相、大統領の周りにはSPが配備されている。

 そして私、渡辺圭介も、もちろん出席した。

 

 「しかし、凄い人達、一同が会場に集まりましたね。

 ジミー、会場の用意が整ったみたいですよ。

 ステージに向かわれて下さい。」

「ありがとう。島崎君。」

 

「皆様、各国、遠い所から遥々お越し下さいまして誠に有難う御座います。

 今日、いやっ、日時は変わり、明日の二時に三大公演のラストを迎える事になりました。

 最後の結末を知っているのは、公演関係者のみです。

 外部には一切漏れず、今日この日まで彼女達は、大変な練習に耐えてファイナルステージまで来れた事を私は誇りに思い、感謝します。

 そして、お集まりの皆様、今日は彼女達の最高の演技が観られるでしょう。

 では、こころゆくまで楽しんで下さい。」

 会場は、盛大な拍手が起こた。 

 ジミー・ブラウンと対立していたアメリカの放送局も今では、演出依頼が殺到しているそうだ。

 取材者側から「会場には、歌劇Y&Aは、来てないのですか?」

「今は最終調整でステージで練習中です。」

 「残念だ。

 ワカナ、アカネに会いたかった…。」

 

「茜、最後の公演、全力で頑張ろうね!」

「うん。私、若菜と出会えて、本当に良かった…。」

「何、急に…。」

「がんばりましょ!」

 最終公演AM二時、福岡歌劇団最終公演が開催された。

 全世界が注目のラストステージを観客は、息を飲んで待っていた。

 福岡歌劇団の華麗なショーで始まり歌劇へと進んだ。

 今日は、ワカナとアカネは歌劇には参加していない。

 【今日は、歌劇Y&Aは一回も出て来てないよ!

 最後の演劇に力を入れてるのよ。

 最後は、いったいどうなるの…。】

 

 そして、ジミー・ブラウン演出の最後の演劇が始まった。

 パトリシア帝王のもとで、これから先の事を考えていた。

「まずは、二人の性格が戻る事が先決だ!

 そして、アカネ帝王は、祖国イタリアに帰って、ワカナ姫と結婚するのが一番だ。

 そうすれば、イタリア軍もフランス国民も納得するだろう。」

 

「大変です。

 イタリア軍が宮殿に乗り込んで来ました!」

 福岡歌劇団の総勢一五〇名が扮するイタリア軍が集結した。

 【凄い迫力だ…。】

 【カッコ良すぎる!全てのスターが観れるんて…。】

「うちの兵隊を集めろ!」

 しかし、圧倒的にイタリア軍の勢力が勝りワカナ姫とアカネ帝王は追い込まれた。

「アカネ帝王を駄目にしたのは、お前、ワカナ姫だ!

 俺達は、お前の首をイタリアに持って帰る!」

「辞めて下さい!ワカナ姫は悪くないの…。」

「アカネ帝王、気持ち悪いので喋らないで下さい。」

「は、はい。」

 そして、照明は全て消えた。

 

 銃撃の音が二発なった。

「ワカナ姫が撃たれたぞ!」

 

 照明が入り、そこには、ワカナ姫が倒れていた。

 

 

  六六、結末

  

【えっ…。ワカナが撃たれてた…。

 ワカナ姫、イタリア軍から本当に殺されたの…。これが、最後の結末…。】

 

 ワカナ姫は、見えない糸に吊るされて、天井のステンドグラスが開き、そこから光が差し込み天国に登って行った。

 【嫌だ!ワカナ姫…。】

 【何故、ワカナ姫が殺されないといけないの?】

 観客は、悲鳴をあげた。

 その時、アカネ帝王は本来のアカネ帝王に戻った。

 ワカナ姫!俺の愛しきワカナ姫…。

 アカネ帝王は、ワカナ姫を殺害したイタリア軍を許す事は出来なかったが、

「私は、あなた達を許さない。

 でも、命ある者、これ以上、争い事は、私は望んでいない…。」

 アカネ帝王は、剣を空に突き上げ、

「ワカナー!ワカナー!」

 と永遠に叫び続けた。

 

 なんとも、ハッピーエンドでもなく、中途半端な終わりだったが、会場の観客は、酔いしれ鳴り止まぬ歓声と拍手で演劇の幕を閉じた。

 世界中、この日だけは眠らない人達が沢山いただろう…。

 

「ジミー最高の演技でしたね!」

「ありがとう。

 島崎君。

 特にワカナの最後の演劇は、凄かった。

 あれがプロだよ。

 いやっ…もちろん、アカネも最高だったが、一つだけ気になった事があって…。

 銃弾の音が二回鳴らなかったか?」

「あまり、気にして無かったですが、練習の時も銃弾は二発じゃなかったのですか…?」

「演出家は、俺だぞ!効果音のミスか…

 まぁ、いいかぁ…。

 さぁ、最後の挨拶だ。

 皆んな、準備は、出来てるか?」

  

「た、た、た、大変です!

 ワカナさんが…。」

「慌ててどうした。」

 

「ワカナさんが舞台の天井で血を流して倒れてます…。」

「は、は、早く、救急車だ!」

「アルゼンチンの救急車って一・一・九?」

「知るか!アルゼンチンの人に聞け!」

 

「救急車が来るまで、ワカナを手当てしろ!誰か看護の経験者は居ないのか!」

「ジミー、皆んな歌劇音楽学校出身だから居ません。」

「島崎、いませんじゃないだろ!アルゼンチンの人達にも聞け!」

「は、はい。」

「取り敢えず、観客は待っている。

 この事は観客に言わず、皆んなをステージに向かわせろ!」

 

「私、行かない!若菜に付いてたい!」

「アカネが舞台に行かないと…分かった!急いで若菜の所に行きなさい!後は、私達に任して。」

「ありがとう。ジミー・ブラウン。」

「ジミー大丈夫ですか?

 最後の挨拶、歌劇Y&Aが居なくて…。」

「ワカナは、どうやってステージに立てるんだ!

 そして、動揺しているアカネにステージに立たせるのは酷すぎる。

 福岡歌劇団の仲間達も動揺が有ると思うが彼女達はプロだ。

 舞台挨拶が終わったら、観客にワカナの状況を報告しよう。

 観客の中にワカナを射った犯人が居るかも知れない。

 入り口、出口、関係者の出口全て、通行止めにしろ!

 観客を外に出すな!」

「ジミー、さすがだ!警察が来る前に的確な指示だよ。」

「無駄口はいい!早く皆んなに伝えなさい。」

「は、はい。」

 

「若菜…。」

 そこに倒れていたのは、床面が真っ赤に染まって倒れている若菜の姿だった。

 アルゼンチンの三人が若菜の応急処置を行なっていた。

 スペイン語の通訳の人も駆けていた。

「若菜、若菜、若菜、大丈夫?」

「Es muy peligroso Por favor no tocar. 」

 【非常に危険ですので触らないで下さい。】 

 若菜は振り絞って喋った。

「私達、やり遂げたね…。

 もう、悔いは無いよ。

 有るなら、ナベちゃんの事だけが心配なだけかな…。

 茜、楽しかったね!

 あなたが居たから私は、成長出来た。

 かすみ草の力を借りなくても…。

 何か、私、予想してたの…。

 こうなりそうな予感が…。

 だから、今までで最高の演技が出来た。

 天国に行けるかな…。

 真っ先に逢いたいのは、

 おばあちゃんかな…沙月かな…

 早く二人に逢いたい…。

 茜、私、あなたに出会えて良かった。

 ありがとう…

 茜は、ステージに戻って…」

 若菜は、右手を差し出して茜と手と手を握り締め若菜は、息を引き取った…。

「若菜!若菜!若菜…」

 

 渡辺若菜(二六歳)スペイン、ブエノスアイレスの地で短い人生を終えた。

 

 

  

  六七、観客の悲鳴

 

「アカネ、最後の挨拶だ…。

 君から観客や世界の歌劇Y&Aを応援してくれた人々に、ワカナの死を伝えなさい。」

「は、はい。

 分かりました…。」

 場内アナウンスが流れた。

 【只今、事情があり出入り口、全てを閉めました。会場内から出る事が出来ません。

 もうしばらく、席を立たずにお願いいたします。】

 【何かあったの?】

 【これも、演出かもよ。

 ジミー・ブラウンって有名な演出家だそうだし。】

 【また、私達に、あっと驚く事を考えているんだわ!】

 【楽しみ!】

 それでは、お待たせいたしました。

 最高の演技を観せてくださった福岡歌劇団の登場です。 

 スターシリウス、スターペガサス、スター北斗、スターオリオンが舞台に上がった。

 スター達は、ワカナの死を聞かされていたが、動揺する事なく観客に手を振り全員によるラインダンス、早い手拍子でラインダンスも加速した。

 【凄いぞ!】

 【素晴らしい!芸術だ!】

 スター達は、最高のラインダンスを、やり切った。

 歌劇の為に、いやっ…ワカナの為に…。

 

 【続きまして、歌劇Y&Aのアカネ、舞台にどうぞ!】

 

 【何故、アカネだけ?】

 【これが、ジミー・ブラウンの演出なのよ。】

 【なるほど!】

 

「皆様、世界三大公演、無事?、いやっ、終わる事が出来ました。」

 【アカネが噛んだぞ!】

 【珍しいわね!そんな、事も有るわよ。】

「私達は、スカラ座、オペラ座、コロン劇場と三つの国をまたぎ、このジミー・ブラウンの最高の演劇を世界中にお見せする事が出来ました。

 そして、最後のエンディング、ワカナ姫は、天国に旅立ちました。

 私との最後の別れでした。

 演劇の中でも、そして現実に…。」

 【えっ…。どう言う事?】

 【ワカナは、本当に死んだって言う事?】

 【そんなな事、ある訳が無い!】

 【全て、ジミー・ブラウンの演出が続いているんだ!】

 【なるほど!】

「ワカナは、本当に暗殺されました。

 先程、私の手を取り二六歳の短い人生を終了しました。

 この三大公演と一緒に…。

 彼女は、最後まで立派に演技を成し遂げました。

 イタリア軍が射った銃弾は一発、しかし銃弾の音は二発

 すなわち、一発は本当の銃弾だったって事です。

 おそらく、演劇の内容を知っている関係者の犯行だと思われます。

 関係者は、全てSPの元に各部屋で待機してます。

 ご安心下さい。

 直ぐに警察が入られると思います。

 皆様、申し訳ございませんが席を離れずにそのままお待ち下さい。」

 アカネは、深々と頭を下げた。

 しかし、観客は半信半疑だ。

 【さすがだ!こんなオチか。

 私達は、もう、騙されないぞ!さすがだ、ジミー・ブラウン】

 一斉に警察が入って来た。

 【どうなってるんだ!

 演技にしたって、少しやり過ぎだぞ!】

 警察は、一人一人、持ち物検査と指紋を取り観客を出した。

 世界中は、直ぐに激震が走った。

 【ワカナ演劇中に死んだのか?

 それとも、ジミー・ブラウンの演出は続いているのか?】

 【演出だったら、やり過ぎだ!

 ワカナが手を振って出て来ても私達は、許せない!】

 

 しかし、ワカナの死が現実だと世界中に速報として伝わった。

 世界中は、鳴り止まぬ悲鳴で朝を迎えた。

 

「屋根裏に不審な奴がいるぞ!

 直ぐに捕まえろ!」

 

 

  六八、別れ

  

 【大変な、ニュースが入って来ました。

 ワカナ暗殺の容疑者が逮捕された模様です。

 容疑者の名前は、アラザン。

 皆様もご存知の方もいらっしゃると思いますが、南スーザン出身 一時期、アカネと茜ザンと言うユニットを結成していた、自称ダンサーがコロン劇場で身柄を確保との情報が、たった今、入って来ました。】

 全世界にまたしても大変な激震が走った。

 福岡歌劇団では、桜木名誉会長と岡田社長らが対応に追われていた。

「私達も現状は、全く解りませんよ。

 今は、現地からの情報待ちの状態ですって!」

「本当にワカナは、殺されたの?

 世界中の人達を騙してるんでしょ!」

「それは、事実の様です。

 AM五時四五分、死亡が確認された連絡が入りました。」

「桜木名誉会長さん、大看板のワカナが死んじゃって、うちで雇っていたアラザンが犯人だったら福岡歌劇団は、大打撃ですよ。

 全世界に歌劇会場が建設中なのに…。」

「今は、それどころじゃないでしょ!」

「は、はい…。」

 

 取り調べ室

 【お前は何故、屋根裏に入れたんだ!】

 【私はコロン劇場の初日から屋根裏で生活していた。】

 【何故だ!】

 【私は、アカネを忘れられなかった。

 そして、一緒に最後まで、コンビを組みたかったんだ!

 私達の間を邪魔したのは、ワカナだ。

 だから、憎かった。

 屋根裏でジミー・ブラウンの演出の話を聞いて殺害を思いついた。

 ワカナが暗殺される時に同時に暗殺する計画を立てたんだ!】

 なんとも身勝手な犯行だった。

 

 私の若菜、俺はこの先、どう生きたらいいんだ。

 周りも状況を把握しだし世間も少しずつ落ち着きを取り戻した。

 そして、若菜の遺体が日本に戻って来た。

 福岡空港は、多くの人達が日本の国旗を振って若菜の帰りを迎えた。

「ワカナ!お帰りなさい!」

 そして、盛大に若菜の葬儀が行われた。

 各国の大統領、首相、著名人、福岡歌劇団の皆様など、多くの参列者が若菜との最後の別れに集まってくれた。

 私は、周りの皆様に挨拶どころでは無かった。

 立っているだけで必死だ。

 今でも、若菜が居ないなんて信じられない。

 その時、茜さんが私の所に来た。

「私のせいだわ…。

 アラザンと知り合ったばっかりに…

 私の一番の親友、そして一番のライバルを無くしてしまった。

 若菜ね、言ってた…。

 死ぬ寸前に…。

 ナベちゃんの事だけが心配だって…

 渡辺さん、落ち込んでたら若菜から、また怒られるよ!

 若菜の最後を、渡辺さんの演出で若菜を見送ってあげて。」

「ありがとう。茜さん。」

 私は、茜さんの励ましで若菜の最後を私なりに見送る事が出来た。

 

 そして、五年の月日が経つた。

 今では、若菜と茜は、伝説の人物だ。

 小学校の歴史の教科書に登場するまでに、世界を歌と踊りで平和にした人物で紹介されている。

 茜は、その後、福岡歌劇団でスターカシオペアが復活してカシオペアの男役と娘役の兼任で福岡歌劇団の代表取締役も兼任している。

 そして、私は五年間務めた総理の長期政権を一番信用していた原口官房長官が国民福党内で私を敵に回し、原口派閥を広げて、私を政界から追い払われた。

 しかし、私は総理としてやり遂げた。

 つもりだった…

 

  六九、ー現在二〇六七年ー

 

 長い話を聞いて貰って悪かったな…。

 今年で、私も九〇歳を迎えた。

 妻も先立ち、残された家族は誰もいない。

 壁に飾られた、ドライフラワーのかすみ草だけが、私の話し相手だ。

 私の政治改革で日本、いやっ、世界が変わったよ。

 今、この世の中、欲しい物はすべて手に入り、病院だって、医療機器を装備した医療機器車が出来、手術さえ車の中で行われる時代になった。

 入院せず、自宅に看護師がやっては来る。

 便利にはなったが、私は大事な何かを忘れていた。

 人との繋がりだ。

 あの時、私は一人で突っ走っていた。

 若菜は、たくさんの仲間に支えられて人間的に素晴らしく成長したんだ。

 最近になって、やっと私は目が覚めた。

 ロボット、AI、今の私には、全く必要がない。

 私は今、人の温もりが欲しいだけだ…。

 

 かすみ草の花言葉は七つ

「永遠の愛」「幸福」 「純潔」 「感謝」

「清らかな心」 「無邪気」 「親切」

 

 

「あなた、また独り言で同じ事を言ってますね…。」

「あぁ…茜か…。」

「しっかりして下さいよ。

 私達、結婚して五〇年以上経つたのですよ。

 私が全て、あなたのお世話してるから、ロボットかAIとしか私の事を思ってないでしょ!」

 

「お前は何でも気が効いて最高の妻だから、ついつい甘えて、お前の存在を忘れてしまうわ…。」

 

「失礼な人だわね…

 赤い薔薇の花言葉も知っていますか?」

「もちろん、私の愛する妻の薔薇くらい知ってるよ。」

 

 「あなたを愛してます」「愛情」「美」「情熱」「熱烈な恋」「美貌」

 

 テーブルの真ん中には、かすみ草と一本の赤い薔薇が飾らせていた。

 

 

      ーおわりー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

  

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

  

 



 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 


 

  

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

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季節外れのかすみ草 ひーちゃん @akatetsu

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