空港にて。

またたび

ただ純粋な言葉で

 僕は空港にいる。

 決意というのは素晴らしいものだ。たとえそれが周りの総意と食い違ったものだとしても、否定することのできないただ一つの魂。

 しかし僕は素直に笑えない。


「そろそろ行くね」


 君が笑いながら僕にそう言う。

 綺麗な瞳が潤んでいたこと、目の周りが赤く腫れていたこと……。君は笑ってなんかいやしない、そんなことは明確だった。

 でも僕も君も、あの正直に心をぶつけ合ったあの日から、決意に向かって覚悟の練習を何度も繰り返してきた。だから泣くことはなかった。


「遠く離れても。一緒に居られないわけじゃない。電話でいつでも声は聞けるし、テレビ電話なんてこともできる時代なんだから、私たちは繋がってる。うん、大丈夫」


 さっきから喋らない僕に気を使ってるのか、彼女はらしくない励ましの言葉を僕にかける。君はそんな悲しそうな顔で語るような人じゃないだろう、軽くからかうくらいがちょうどいいのさ。しかし君が君らしくない原因が僕なのだから、どうしようもない。でもせめて、あとひとつ。あとひとつ伝えたいことがある。


「あのさ」

「うん……?」

「あとひとつだけ、言いたいことがあるんだ。良いかな?」

「そろそろ時間が来ちゃうけど」

「大丈夫。すぐ終わる」

「そっか……わかった、言っていいよ」


 君は急に不安になったのか聞きたくない素振りを見せたが、結局は優しい君だ。僕にチャンスをくれた。

 君はこう思ったのだろう、怖くなったのだろう。

 もしかしたら僕が君を引き止めるかもしれない、と。自分の決意が揺らいでしまうかもしれない、と。

 でもそれは大丈夫。君の決意の重さは僕が君の次に分かっている。


「なんで分かってくれないの!? 私は確かに貴方と一緒にいたいけど、それと同じくらいの気持ちで、変わりたいって思ってる! このままじゃダメなんだ。そんな気持ちが最近はずっと心を占めている。胸を絞めている。いつか、いつか……! 立派になった私を、世界の広さを知った私を、貴方に見せてあげたいって強く思ってるの!」


 僕は寂しかった。

 ようやく手に入れた幸せ、人なんて信じられなかった僕が君と出会い世界が変わった。比喩なんかじゃなく、本当に変わった。

 そんな君との出会いが、君との別れとなって、それが思い出を締めるならなんて切ないことだろう。

 だから君の決意がいくら伝わってこようと、僕はわがままに否定し続けた。


 でも。


 だけど。


 君は言ってくれた。帰ってきたとき、僕に立派になった自分を見せてあげたい、と。そうつまりは君は僕のいる場所に帰ってきたいと言ってくれたということだ。

 そして、君の未来がどうなろうと、たとえ万が一、僕と君が離れる未来がやってこようと、その想いだけで十分な気がした。君のその自由なステップを誰が止められるだろうか、いや、止める必要もないだろう。そうして僕はようやく君と向き合った。


 だからここで言いたいのは、否定でも応援でもわがままでも思い出でもない。ただひとつ、ただひとつ、それだけ言えたなら十分な言葉だ。そう。


「ありがとう」


 そして騒がしいのは変わりないのに、少し寂しい気がする空港にて。

 僕は彼女が気に入っていた詩集を読んでいる。彼女が世界を廻りたいと思ったきっかけの詩集だ。いわば元凶なのだが、彼女のバイブルである以上僕にとっても宝物だ。

 彼女は常に持ち歩いていたこの詩集を僕に預けた。今度は詩集じゃなくて私の目で世界を知りたいから、と。私だと思って大切に貴方に持っていて欲しい、と。そう言って。


 ペラペラとめくる。

 適当にページを開く。

 するとふと目に入った詩があった。

 夢を駆け抜ける彼女にぴったりの詩だった。

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