15話 かけらの秘密

 ──社殿前庭。

 わっはっはっは。

「なんだおぬしら、それで水緒さまとともに長時間バスに揺られてそのざまか!」

 と、オオカミのわらい声が響く。

 一方、真っ青な顔で座敷縁側にぐったりと横たわるはサルとウサギだ。

「笑いごととちゃう……おえ、きもちわる」

「電車よりバスの方が酔いやすいからさ、あたしも大丈夫かなって思ったんだけど──でもお金がないっていうし、あそこから歩いて帰ってくるよりはずっとマシだとおもって。ごめんねむりやり乗せちゃって」

 水緒は縁側に腰かけてサルとウサギの身体をさすってやる。しかしオオカミは「いいや」ときびしく首を振った。

「水緒さまの機転があってよかった。お前たちはいったいなにをしに行ったんか」

 キリリと瞳をしぼって二匹をにらみつけるも、バス酔いのせいでいまは説教すら耳に入っていない。

 庚月丸はふるえる指で箱をさす。

「そら、朱月丸……お前のために買うてきた蒸しまんじゅうじゃ。それがしの最後の孝行じゃけん、ありがたく食えよ──」

「いやじゃあ庚月丸ゥ、死ぬでない!」

 と、いいながら庚月丸の屍を飛び越えて朱月丸は箱のもとへと駆けていく。

 それを横目に、銀月丸は水緒を見上げた。

「それよりも水緒さま。此度の林間学校にてなにか収穫はございましたかな」

「あっうん、あったよ。大きな収穫──ね」

「そうじゃ、そのことについて大龍さま交えてお話しせねば……ほれいくぞ庚」

 とウサギが身を起こしたときだった。


「水緒」


 と。

 奥座敷からのそりとやってくる影がある。──白銀色のおそろしく長い髪を揺蕩たせ、涼しげな目元にうっすらと笑みを浮かべるその男こそ、水緒の父、大龍。

「おとうさん──」

「宝珠のカケラを見つけたか」

 父はそういって、口角をあげた。


 ※

「ようも、あの邪気を散らしたものだ」

 父は感心したようにつぶやいた。

 その手には水緒が持ち帰った宝珠のカケラがおさまっている。きらきらと淡い光を帯びるそれは、祠のなかにあったときの禍々しさは微塵もなくなり、この聖域になじむ清浄な空気をまとっていた。

「こちらは焦りましたぞ」

「まこと。無遠慮に邪気まみれの宝珠をつかむもんじゃから、水緒さまが穢れやせんかと冷や冷やしましたわい。まあ、杞憂でしたがな」

 と、庚月丸と白月丸が顔を見合わせる。

 しかし縁側の父はおかしそうに肩を揺らした。

「なんのため、幼きころより水緒にみそぎをさせてきたと思うておる」

「あの滝行──でございますな」

「おお。この十五年のうちに身を清めてきた水緒さまじゃもの、邪気も散るわけじゃ」

 と納得したようにうなずくウサギとサルだが、水緒は話が見えない。

「それでつまり」

 と言葉尻がとがった。

「このカケラはいったいなんなの?」

「まあまあ水緒さま、それがしの毛を撫でて落ち着いてくだされ」

 と水緒の気を鎮めるため、タヌキが膝に乗る。サルはうらやましそうな顔で水緒の左ふくらはぎにそっと抱きついた。

「それでは」

 オオカミがずいと前に出る。

 それがしがお話いたしましょう、と。


 ────。

 宝珠のカケラ。

 これは、とある野良龍の『気』の欠片にございます。いや、そういうのもおかしな話ですな。正しくは『気』が入った宝珠の欠片と申した方がいい。

 なんですと?

 これに触れた瞬間に洞のなかでなにかを見た──と。映像ですか。おそらくそれは、その野良龍の『気』が持っとった記憶でござろう。


 その野良龍ですがの、名を『水守みずもり』といいます。


 ──水守は、かつては半龍でした。

 そう。

 水緒さまとおんなじ。父親が龍、母親が人間という子どもでした。しかもその母親はいまの御前さまとは比べものにならぬほど、強い霊力を持っとりましてな。ゆえに、水守の気はふつうの龍よりも強く、また徳も高かったのでございます。

 しかしそんな水守が、あるとき野良龍となってしまった。……これほど徳の高い龍が野良となるのはよほどのことなのですが。

 はは。こう端折ってしまうとたしかに超展開にも聞こえますな。おそらくはいろいろあったのでござろう。経緯は──くわしいことはようも知りませぬが、とにかく水守の生まれ持つ力が強かった分、ほかの野良龍たちにとって、そして人の世にとっても影響力のある野良と化してしもうたのです。


 水守が狙うたのは、大龍さまの宝珠でした。

 うむ。

 如意宝珠というのは……以前も申しましたとおり、”すべてを意のままにあやつることができる珠”にございます。

 おまけに大龍さまの持つ宝珠はほかの龍のものとは格がちがう。なにせ神と名のつくレベルの御方ですからのう。ゆえに水守は大龍さまの宝珠を狙うたのです。

 ──それは、…………さあ。

 どうしても叶えたい願いがあったのやもしれませぬ。


 ええ。

 もちろん大龍さまは、そうやすやすと取られる方ではござらん。しかし水守もかなりの力を持っておったために、それはそれはし烈な戦となったのです。

 当時の争いを知るものは、それを『紅来門の大戦』と呼びます。

 紅来門──幽湖から上陸する際の大鳥居のひとつですな。そう、そこで大龍さまと水守が衝突したことからその名がついたようです。

 とはいえ、いまとなってはその戦の話をする龍もほとんどおりませぬ。……あまり後味が良くなかったゆえ。


 大戦ののち。

 水守は半龍ゆえ、躯が残りました。

 え?

 ああ、ふつうの龍ならば気化して消えてゆきます。しかし半龍は人の血も混じっておるゆえ血肉が残るわけですな。

 大龍さまはその躯を別の場所に隠し、その気を水守の宝珠に封じ込め、五つのカケラにバラしてそれぞれ祠にしまわれたのです。

 大龍さまの気でしか解けぬ結界まで張って。

 なぜかって──。

 そりゃ、わるいことを考えるほかの龍の手に渡らぬため、ですわ。


 …………。

 龍は、『気』が集まればふたたび生まれ出づることができます。もともと生死云々とは別枠の世界に生きとりますからの。

 それが半龍となると『気』ともうひとつ、躯が必要なわけです。

 つまり言い換えれば、その者の躯と『気』さえ揃えば、また存在することができる、ということ。

 そこでポイントになるのが、『気』の状態じゃの。浄化されとるのか、穢れとるのかによって復活した野良龍は大きく変わってしまう。

 ただでさえ水守は、腕前も龍力も強かったゆえ、穢れも強い。


 つまり、──そう。

 そういうことですな。


 大龍さまが懸念されたのは、苦労して鎮めた水守を穢れの残るまま復活させ、その穢れを利用して人に仇をなさんとする輩の存在。

 気の浄化は一筋縄ではゆかぬもの。

 とくに半龍の穢れを浄化するのは、大龍さまのような龍神さまであっても難しいとされとります。

 できるのは──人間の巫女の力を継いだ龍。

 ……つまりは半龍だけなのです。


 さて水緒さま。

 ここまで申せば、それがしらがなにを言いたいかお分かりでござろう。

 …………。


 水緒さま。

 われら四眷属──水緒さまとは地の果てまでお供する所存にございます。


 この大役、どうぞ水緒さまの手でおつとめいただけぬものですかな。

 

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