4話 修行について
杉木立と石灯籠の並ぶ先。
社殿へと向かう道すがら、ツンと冷えた空気が鼻を抜けて、水緒はくしゃみをひとつした。
となりを歩くオオカミの銀月丸とタヌキの朱月丸が、おのれの身体を水緒の足にすり寄せる。身体の熱を分けてくれようとしているらしい。
もこもこと触れる毛がくすぐったくも心地よく、水緒はくすくすとわらった。
「お前たちさむくないの?」
「なんてったって某ら、二ヵ月も前から冬毛仕様ですからの」
「そういう水緒さまも滝行だけは欠かしませんな」
「気持ちいんだもん。あたし、高校で水泳部に入るんだ」
「ほほう。力は幼龍以下とはいえさすがは龍神さまの御子さまじゃ、修行の成果が楽しみでございます」
かかか、とうしろでサルの庚月丸が肩を揺らす。
しかし水緒の顔は浮かない。
「白月丸ったらなにも上じゃなくても──あのお屋敷、暖房ないから寒いのにさ」
「また水緒さまはおかしなことを」
と銀月丸は呆れた声色でモノを申す。
「われわれ四眷属が人のことばを話すところを、もし他人に見られでもしたら面倒でしょう。上が一番安全なのです」
フン、と鼻をならすオオカミに、水緒はだまって肩をすくめた。
まもなくして社殿の前庭にたどりつく。石畳の上、雪のように白いウサギの白月丸が出迎えた。
※
「では水緒さまよろしいかな」
白月丸がいう。──膝上で。
水緒の対面に銀月丸。両脇にぴったりと朱月丸と庚月丸、そして膝上に白月丸というぜいたくな獣肌暖房によって、水緒はぬくぬくと温まることのできる体勢をととのえた。
ちなみに父大龍は別室の御簾のなかにいてめったに出てくることはない。
水緒はドン、と胸をたたいた。
「いいよ。もうなんでも来い」
「それでは、……」
と大儀そうにつぶやいて、白月丸はちらりと銀月丸に視線をよこす。
某かよ、と銀月丸は吠えた。
────。
えっほん。
では水緒さま、まずは龍の世界についてお話いたしましょう。
ほらまたそうやってイヤな顔をしない。ようくお聞きくだされませ。
お父上である大龍さまは、この日本本土が生まれた、つまり『国生み』のころに生まれた気のうちのひとつです。そのころは大龍さまだけでなくたくさんのいのちが生まれましてな……。
天狗族、稲荷族、鬼族、人の先祖、そしてもちろん龍族も。
大龍さまはその龍族と呼ばれるなかのおひとりだったというわけです。とはいいましてもですな、みなさまは風や水、木々や雲などの自然の気からお生まれになったもの。肉体を持って生まれたわけではございません。
そんな各一族の者たちですが、みな一族はそれぞれ神より使命を授かって生まれました。他族の使命など知ったことではございませんが、龍族の使命というものは水緒さまもしっかりとその胸に刻まねばなりませんぞ。
それは──『人間を見守り導くこと』。
ええ。それだけです。
とかく龍は人を見守り、乞われれば雨をふらし、人の世が惰性にふけたときは叱咤して、そして人々がひとりひとり真理の心を宿すために道を正してゆく──それが龍としてこの世に生まれた使命なのです。
簡単?
まったく、とんでもないことをおっしゃる。
龍の使命である『人を導くこと』が簡単だというのならば、国生みからウン千年、なにゆえいまだに龍がこの世にいるのでございましょう。なにゆえ人は過ちを繰り返しましょう。
人が真理の心を持つまでに、龍族はこれまた気の遠くなるような忍耐と根性が必要なんですよ。
ま、それはそれとして。
龍族の使命についてはお分かりになりましたか。
では次。水緒さまもお生まれになった場所──『龍宮』についてお話いたしましょう。
龍族は『龍宮』という場所に住んでおられます。
そうですね、御前さまが水緒さまをお産みになったところです。このお山のなか、石祠がございましょう。その先を抜けると広い湖があるのです。もちろん、俗世のものではございません。此岸と彼岸をむすぶ湖──龍族のみなさまは『
ああ、もしかしたら水緒さまもどこかで一度お目にしたことがあるやも。
そうして湖をわたりますと、東西南北に大鳥居が設けられております。名前は後付けですが──。
北には黒の『
西には白の『
東は青の『
そして、南は赤の『
そうそう、中華街で見たことがおありでしょう。そんな風に東西南北にそれぞれ値する色の鳥居が設けられておるのです。
ふしぎなことに湖と岸は広けれど、上陸する際はこの四つの鳥居からしか入れません。
そうして大鳥居を通った先が『龍宮』のお宮。龍として生を受けた者はここで育ち、りっぱな龍となるべく修行を積んでゆくのです。
はい?
『半龍』は龍宮にいるのか──と。ううむ、いてはならぬことはないですが、そもそも人の血が流れた『半龍』はひどくめずらしい存在なのですよ。ええ、もちろん水緒さまも。
龍と人とのあいだに子を成すは、人間側がよほど優れた者でなければできんそうですな。たとえば巫女。そうですよ、御前さまも一応は神職の血を継いでいる『巫女』なのです。
多くは十月十日をむかえるまでに子は流れてしまうという。
しかし水緒さまのように、無事、肉体を持ってこの世に生をうけた『半龍』はたいそう貴重な子として龍宮に迎え入れられるのです。
いやいや。
水緒さまは例外ですよ、なんたって御前さまが我を通されましたからの。
ほら、人間は龍宮に住まうことはできんでしょう。このままでは水緒さまと離ればなれになってしまう──と、御前さまはあの大龍さまに啖呵をきったのです。
ははは。いやあれは前代未聞でしたな。
ね、とにかく。
ゆえに水緒さまもこうして十五のいままで俗世で暮らしてきました。
しかし半龍ゆえの問題はここからなのです。
人間は欲深い。
初めのうちは謙虚でも、いい気持ちを知ってしまうとさらにその先を求める。いつまでも「もっと、もっと」と欲を出すのです。
人の世に住む水緒さまならおわかりでしょう。人というのはどうしてもそういう心が芽生える生き物なのです。いや、わるいことではありません。もともと神がそのように創ったのですから、当たり前っちゃ当たり前なことですからの。
……しかしながら半龍はちがいます。
龍の力はつよい。
ただでさえ半龍とは、すぐれた巫女と龍のあいだに生まれるもの。そのため、ふつうの龍よりもつよい力を持つこともあるのだとか。ね、そんな者が人の世に生まれ出づれば、特別な扱いをうけるのもうなずけましょう。
そんななかで、人の血をもつ半龍に湧き出てくるものはなんだと思いますか。
……そう、うぬぼれ。
そしてそのうぬぼれから、引き起こされることとは?
ええ、ええ。
そのとおりですぞ水緒さま。
富、名声、権力。
ただの人間ならば空想で終えられた欲望も、半龍ならば叶えることができる。
──そうして狂い落ち、龍宮から追いだされた異端児が過去にも幾人かおったとか。
…………。
まあ、むずかしいことをお話しましたが、つまりは。
水緒さまがそうならぬよう、どうかこれからは修行に励んでいただかねばならぬというわけです。おわかりですか。
うむ、よろしい。
それではこれから修行の内容に入ってまいりましょう。
庚月丸、あれを。
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