あやかし旅館奮闘記~怖いものがダメな私が嫁いだ旅館はあやかしが出る旅館でした。仕方ないので若女将として頑張ります~

きさらぎみやび

第1話 あやかし旅館の竜泉閣

 ここは創業100年以上の歴史を誇る老舗温泉旅館「竜泉閣」。設備は多少時代がかっているのだけれど、都心から新幹線と在来線を乗り継いで2時間程度というアクセスの良さのおかげでなんとかここまで続いている、こじんまりとした旅館だ。

 私は清水優菜ゆうな。去年の春にこの宿の跡取り息子である清水継春つぐはると結婚し、ここの若女将として働いている。もともとはイラストレーターとしてひとりで孤独に働いていた私に、接客業なんて果たして務まるのだろうかと不安で仕方なかったけれど、周りの人たちに支えられてどうにかこれまでやってこれている。


 ただ、私にはいまだにひとつだけ、どうしても慣れないことがあるのだ。


 私が最初にそれに気が付いたのは、まだ若女将を始めて間もない頃、団体客の夕食が終わり、大量のお膳をばたばたと片付けている時だった。

 旅館のスタッフとあわただしくお膳をまとめて下げていく。今日の団体客はお年を召した方が比較的多かったので、残念ながらお膳の中身も割と残されていたのだけど、それでも煮物などの食べやすいものはたいてい召し上がられていた。その中にぽつんと一つ、見るからに料理に全く手をつけていないお膳があったのだ。

 その時は「この方はお腹の調子でも悪かったのかな」と思ったくらいで片付けに回ったのだが、後からふと、ある事に気が付いたのだ。


 


 団体客の人数は偶数だったので、すべて向かい合わせに用意したはず。もちろん数が足りなかったら問題なので、きちんと食事の前に数が合っているかどうかは何度も確認をしている。

 なのにいつの間にかずらっと並べた列の端に余分なお膳が一つ残されている。(間違えて多く用意しちゃったのかな?もったいない、次からは気を付けないと)と肝に銘じたのを覚えている。

 それだけで終わったなら、ただの勘違いで済ませていたかもしれない。


 ところがその現象はその一回だけではなかった。いつもいつもという訳ではなかったけれど、団体客の来た日にふと気が付くとお膳がひとつ多いのだ。


 さすがに複数回ともなると、単なる間違いでは片付けられない。私は意を決し義理の母親である清水春子、つまりこの旅館の大女将にこのことを相談した。

 大女将から返ってきたのはずいぶんあっさりとした返答だった。


「あらあら、あの方、また来てたのね」


 え。どういうこと? 「また来てた」という言い方をするということは、この現象について大女将も把握していたということだ。それはつまり。


「昔からそんなことしょっちゅうよ。あら、言ってなかったっけ。だからこの宿、そのスジのお客さんの間では有名なのよ」


 この宿は、、ということなのだ。


「私、ぜんぜん聞いてなかったです……」

「あらそうだったの。私はてっきり継春から聞いていたのかと思っていたわ」

「たぶん、言い出せなかったんだと思います」


 そう、私は昔からこの手の話が大の苦手なのだ。

 大人になってからはなんとか人並みに振舞っているものの、子供のころはちょっとした暗がりに対してですらあまりの怖がりように手がつけられなかったらしい。いまでもお化け屋敷なんてとてもじゃないけど近づけない。

 大学時代に絶対大丈夫だから、怖くないからと説得されてしぶしぶとディズニーランドのホーンテッドマンションに行ったときは、ひたすら無理無理無理、と声の限りに叫び続け、友達に「アトラクションよりあんたの方がよっぽど怖かったわ」と言われたくらいなのだ。


 その日の夜、私が夫の継春を鬼の形相で問い詰めたのは言うまでもない。私はその時初めて人が本気で土下座をするところを見た。人生初土下座(させる方)が夫になるとはまさか思わなかった。


「ごめん。本当にごめん。言ったら絶対結婚してくれないと思って……」


 うんまあ、それはそうだけどさ。それでもせめて結婚前に言ってほしかったぞ、そういうことは。


「私、いまだにそういう怖い話がまったく平気な人がいるっていうのが信じられないんだけど」

「いやー、だって僕にしてみればそれこそ生まれた時からのことだしさ、そういうもんだと思えば、案外平気だよ?別にそこまで実害があるもんじゃないんだよ。むしろお客を呼び込んでくれているようなもんだからさ。大丈夫、きっと優菜も慣れるよ」


 継春は気軽そうにそう言うものの、とてもじゃないが慣れる気がしない。それを言うならばこっちだって生まれた時から怖い話が苦手なのだ。年季としては夫に負けるつもりはない。何を張り合っているのか自分でもよくわからないけれど。


「まあ、時々お膳がひとつ多くなるくらいなら、なんとか私だって我慢するけどね」

「あ、なんだ」


 ポロリと漏らした継春の言葉に私は敏感に反応する。いやいや、ちょっと待って。『まだ』『それだけ』とは聞き捨てならない。詳しく説明して、あ、いや細かいディテールは怖くなるのでいいから、概要だけ話すように。

 私の般若のような形相に恐れをなしたのか、すこし後ずさり気味になりながら、継春が答える。


「ええっと、ざっくり言うとね。……この旅館、少なくともあと六つは怪奇現象があるから」

「いぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 言われた瞬間に私の喉から迸ったのは、自分でも驚くほどの悲鳴だった。


 結局一年かけて『竜泉閣の七不思議』コンプリートを私は果たすことになる。ちなみにその夜の私の悲鳴が危うく八個目の不思議にカウントされるところだったのは、いまだに私の一生の不覚だと思っている。

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